誰がために 12
「………………」
「……………………」
「…………………………」
見事な仮説を打ち立ててくれた大川係官と別れて宿舎へ戻る途中、俺達の周りには、先程までいた保管庫の陰湿な空気を、持ってきてしまったかのように、重々しい雰囲気が漂い、無言のままだった。傍目には、俺達の周りにどす黒い靄がかかっているように見えていたのかもしれない。
そんな意気消沈の俺達が宿舎へと戻ったのは、まだ正午を回ったところだった。
昼食をとる気力も無くそのまま部屋に入ると、鈴音と彩華は何も言わないまま自分達の荷物置き場に使っている客間へと入って、静かに扉を締めると、二人ともそのまま閉じこもってしまった。
そんな二人に俺は声をかける事も出来ないで、一人主室に入り、中央の座卓の前に、ドカリと、それこそ一週間分の疲れを溜め込んだような重い体を座らせ、
「――疲れた…………」
ポツリ呟き、思い返す。
先程の話を聞いて、鈴音は特に衝撃が大きかったようだ。それを隠そうともしていない。いや、それすら出来ない程の衝撃を受けたのであろう。
鈴音にとっては、ほとんど記憶として残っていない、だからこそ、もっとも知りたかったであろう幼い頃の話の結論が、『親が反抗組織の中心的人物であり、そのために、今の自分が使える国に暗殺をされた』である。
それが、確たる証拠も無い仮定の話であったとしても、期待とは正反対、それどころか予想もしていなかった最悪の結果を、突きつけられてしまったのだから。
今は話かけても、無駄だろう。とりあえず彩華が付いているので、心配は無いだろう。
俺は保管庫で見つけた『守備隊救援出動記録』の事は、閲覧室では言わなかった――いや、言えなかったのだが。
――鈴音や彩華がここに来るまで待つしかないな。
俺は体を倒して畳にゴロリと寝転がり、天井を見たまま、いろいろと考えを巡らす。
「この先どうしたものだろうか――」
俺自身、実感がわかない。
「だからと言って、今の体制を恨むのは違うだろうし――」
何をどうしたいのかもわからない。
「ちょっとした好奇心のような事で始めてしまったが……取り返しがつかない事になっちゃったな………………」
ふと気付くと、部屋は真っ暗であった。いつの間にか眠っていたようだ。
だが、おかしな時間に寝てしまったためだろう、寝ていた数時間のズレが体感的につながらない。言えば寝たという意識は無く、頭の中では『気付いたら暗くなっていた』程度の認識である。そんな寝ぼけた無防備な頭で、先程の続きを考える。
「鈴音や彩華にはどう言って伝えようか――」
後で言葉を変えてみれば良いと、先ずは、頭にある事をそのまま浮き上がらせてみる。
「先程は言えなかったが――俺達の両親は当時、反体制の組織に属していて、それが原因で暗殺されたのは、ほぼ、間違いなく、仮定の話ではないみたいだ。
あの保管庫で、それを裏付けるような資料を見つけてしまった。
だからと言って、戦時中にバルドア帝国と通じていたかは定かではない。今となっては、そこまで突き止める事は出来ないだろう。
こんな感じかな――」
この時俺自身は、声にして呟いていると認識していなかった。
と、
ガサッ、ガサッ。
真っ暗で静かな空間に、布地が擦れる音がする。同時に、
「に、兄さん! それではやっぱり事実――」
「神楽! 本当の話であったのか?」
鈴音と彩華の声が暗闇と静寂を切り裂いた。
「あっ、お、俺、え? 声に出していたのか? って、鈴音、彩華、いたのか、な、なら明かりぐらいつければ良かったのに」
俺の言葉が理解出来たのだろう、彩華が立ち上がり、ランプに火を灯した。
柔らかな光が周りを照らすと、今にも泣き出しそうな鈴音の顔も浮かび上がらせた。
――マズったか……いや、話すつもりの事だったから、どう言葉を変えようが同じ事だな。
焦りは隠せないが、思考は半ば開き直り気味になっていた。
「い、いたんです。でも兄さんがあまりに気持ち良さそうに寝てましたので――」
無理している様子は隠せない鈴音だが、俺を気遣う優しさは、普段通り――かな?
「――い、いいえ、そうではなくて、兄さんの話は本当なのですか? いつもの通りの冗談とか、毎度おなじみのただの勘違いとかでは?」
「神楽、お前の資料を探す能力は先程拝見したが、決してだな、褒められたものではなかった気がするぞ」
最後の望みを俺の間違いにかけているような美人姉妹だが、
「いくら俺でも冗談とか、単なる間違いとかでは、ここまでは考えないぞ」
俺はきっぱり否定をした。
「それで兄さん、それは、どんな資料だったのですか?」
「守備隊が災害救援なんかで出動するだろう。その記録を探したら、あの保管庫にあったんだ」
「火災からの線か。だが神楽、自分の本名も住所も覚えていないのに、どうやって?」
「報告書の綴って、一ページがあらましというのか、目次みたいになっているだろう――」
俺が言うと、鈴音も彩華も思い出すように、視線をちらりと左上にやって、はい、とか、ああ、とか呟きながら頷いた。
「――そこに、三枠並んで墨塗りしてあったんだ。ご丁寧に『要差し替え』と注意書きまでしてあったんだ。たまたま見落とされたのか……さすがに報告書は残ってはいなかったけど」
俺が一息入れるために言葉を止めると、すかさず鈴音が、
「で、でも、それじゃ、本当に私達に関係している事なのか、わからないですよね。偶然なのかもしれませんよね」
「だから、『ほぼ』だよ」
言い訳がましく答える俺に、
「だが、『ほぼ、間違いなく』だな、神楽」
彩華が追い打ちをかけてきた。
「だから俺も悩んでいるところがあるんだ――」
先程までの大川係官との仮定の話。あくまでも仮定の話だった。
が、それを裏付けるような資料。
だが、核心部分は隠れて見えない。
だから、これも推測の域を出ていない。
けれども、全てが簡単につながって、仮定の話を事実に変える。
「――確かにその資料は鈴音が言う通り、単なる偶然の一致なのかもしれない。
でも、あの日、自分の家が紅蓮の炎に包まれて、燃え落ちたのを見ている。
残されたお袋を助けに飛び込んで行った親父が、崩れる家からは出てこなかったのを、俺は覚えている。
大泣きしたのも覚えている。大泣きしながら、親父を追って紅蓮の炎に近づこうとするのを、黒い影のような大人に取り押さえられて……大勢の黒い影のような大人が、家を取り囲んで……」
ここまで話を紡いだ俺の頭の中に、
バシッ!!
突然、激しい閃光が放たれ真っ白になる。
同時に黒い影のような一人の大人から、冷たく鋭い双眸が覗く。
それは見覚えのある双眸。
――音無……忍……大将? 何故? いや、やはりか。
なによりも、今まで何故気付かなかったのだろう、あの紅蓮の炎は『オウノ』を焼き付くした紅蓮と同じ色。火災と言うにはあまりにも不自然な色。標的を焼き尽くすためだけに生み出された、悪魔の炎。
――いや、冷静になれ。ただ、あの『オウノ』と記憶が重なって混乱しているだけかもしれない。
「兄さん! 兄さん! どうしたのですか?」
「神楽! おい! どうしたのだ」
俺は耳に飛び込んできた、鈴音と彩華の取り乱したような声で、現実へと引き戻された。
「――あ、すまん、なんでも――いや、思い出した事が…………」
「思い出したって、一体何をですか?」
鈴音の言葉が突っ込んでくる。
「あ、い、いや…………」
「神楽、一体どうしたんだ?」
更に彩華の言葉も突っ込んでくる。
俺は言葉を何とかつなげて答える。
「思い出した、と言いたいところなのだが、俺の記憶がはっきりしない訳でだな――なあ、彩華」
「何だ?」
「自宅は火災で焼けたのだろう?」
「ああ、そうだが」
「炎の色を覚えているか?」
「確か赤だ。紅蓮と言って良いだろう。それが何か?」
考え込んでまで思い出す必要のない、唯一記憶に残っている事なのだろう、俺と彩華は淡々としたやり取りを続ける。
「なあ彩華、その色は変だと思わないか」
「何がどう変なのだ神楽」
「ほら、ランプを見てみろよ」
「ん?」
「赤とか紅蓮というより、橙色だろう」
「そ、そうだな」
「戦時中の俺達は、何度も火災の現場を見ているはずだ。その中で、一度でも紅蓮の炎を出している現場を見た事があるか?」
ようやく彩華が考え込んだ。そして、
「無いな。
――強いて言えば、あの『オウノ』ぐらいだ」
「だよな」
「それがどうしたのですか、兄さん」
鈴音がようやく加われる話になって、声を出した。
「ほら『オウノ』を焼き付くした紅蓮の炎って、音無忍大将やその一部隊が、多分何らかの化学反応を使って作り出した炎だと思うんだ。
それにな、俺が思い出した記憶に、音無忍大将がいるんだ――多分間違いないと思う」
俺が話すと、突然出てきた名前にだろうか、鈴音も彩華もキョトンとして聞いている。
「だからな、彩華の記憶にも残っていないか?
燃える自宅を囲むようにいる、黒い影のような大人とか、ひときわ鋭く冷たい視線を持った大人が」
俺がそこまで言うと彩華は首を軽く振って、
「いや、すまん。じっくり思い出せればと思うが、私にはそこまでの記憶は無いな」
少々申し訳なさそうに告げた。
俺は彩華の返事を、そうか、と受けて、
「まあ、俺もそれが本当の記憶か、自信が無い。もしかすると、あの『オウノ』の記憶と混乱しているのかもしれない――」
一旦切ると、鈴音と彩華の顔を見て、
「――それを確かめるために『本殿』に戻ろう。
直接帝に確認するために」
言い切ると、鈴音と彩華は無言のまま頷いた。
同刻、神国天ノ原の首都『本都』、その要衝『本殿』敷地内にある皇宮の主室にて、一人の男性がくつろいでいた。八枚看板の二枚目に描かれていてもよい、典型的ないい男。この国の王、天命ノ帝である。
食事前の晩酌と、猪口を傾ける彼が、軽く手を挙げ合図を送ると、側に控えていた侍女が別室へとさがる。入れ替わりに、
「あら、もうお飲みになっているのですね……ふふふ」
言ったのは、派手な色合いの着物を着崩した女性。琥珀色の髪をシニヨンにまとめ、ピンと伸ばした背筋で、しゃなりしゃなりと入って来た。神国天ノ原軍軍師社守静である。
大きく開いた着物の襟元から覗く胸の谷間や、艶かしいうなじへと、ついつい目をやってしまうが、下品という訳ではない。彼女は下衆を寄せ付けない気品に満ち溢れている。
「ああ、静、早いな」
空いた猪口の酌を止めていた帝であったが、機嫌良さそうに返した。
「続けて下さって構いませんわよ……ふふ……何ならあたしがお酌を……ふふふ……さっき、瑠理ちゃんから報告が入りましたわ……うふふ」
言って、静は帝の右側に座り、撓垂れ掛かる。帝も受け入れ、
「神楽達か――気付いたか」
先読みで返す。
「ようやくですわ……ふふふ……勘の悪い神楽ちゃんでも……うふ……上手く誘導できましたわ」
「だが、あいつらの事だ。『オウノ』の時のように、また肩すかしをくらわんとも言えんぞ」
「あれには、私も参りましたわ……ふふ……さすが神楽ちゃんね……ふふふ……普段の行動から、ああなるとは読めませんでしたわ……うふふ」
「それだけ傷が深かった訳だ。で、今回はどう出るかな――いや、思惑通り事が進んでくれないとな」
少々眉を寄せた帝に、
「そうですわ、上手くいってもらわないと困ります。こちらは手札を全て晒したようなものです」
表の人格になった静が襟元を直して返した。
「この後、どう動くかな」
「明日以後はこちらに足を向けて来るでしょう。前回のように、あっちこっちをうろつく事はないと思います。ですが――」
言葉を続けにくそうに微妙な間を空けた静に帝が割り込み、
「その後が不明か……」
補足するように言った。
「――はい。
しかしながら、彼らの道筋が定まらないようなら、こちらからまた道を作ります。
帝の御意向にお応え出来るよういたします」
言うと、静は立ち上がる。一歩、二歩と進んだところで、クルリ振り向き、帝に向き合うと立ち去りの一礼する。頭を上げて部屋の出入口へと向き変え一歩足を出す。と、
「なあ、静――」
帝の言葉に、はい、と言って静が再び振り返る。
「――俺と二人……瑠理と三人でも良いか……その時だけでも、裏でいてくれないか? 演技でも良いからさ」
対して静は、ツンと口を尖らせ突き出し、不機嫌サインを送る。が、すぐにニコリと笑みを浮かべ、ポツリ、暑い、と一言呟くと襟元を広げ、
「あら、光栄ですわ……うふふ……あたしでいて欲しいなんて、帝も男ですわね……ふふ。
でも、それじゃ表の静が悲しみますわよ……ふふふ……だって、あたしはあたし、表の静のまねは出来ないし、表の静もあたしのまねは出来ませんわ……うふふ――」
裏人格の静の言葉に、しまった、と頭を掻く帝。続けて静は、
「――け・れ・ど・も・帝と表の静の仲が悪くなると、あたしも困っちゃいますわ……うふ……仕方ないですわ……ふふ……今回はあたしと帝のひ・み・つ……ふふふ……秘密のお話にしておきますね……うふ……よろしいですね」
穏やかな迫力で迫る。
「あ、ああ、そ、そうしておいてくれ」
「そ・れ・で・は・また後ほど、伺います……うふ」
静はペコリと立ち去りの一礼をすると、再度出入口ヘと向き変えて主室から出ていった。
帝は視線で見送ると、
――こ、怖かった……しかし、あれは本当に裏静だったのだろうか。
神楽が鈴音や彩華に、ヘコヘコする気持ちがわかる気がしたぞ。もっとも俺がヘコヘコすると、それはそれで静に叱られるしな、困ったもんだ。
反省していた。更に思う。
――出来れば、穏やかに事が進んでくれれば良いのだが。
そうも言ってられないか。
読み進めていただき、ありがとうございます。