誰がために 11
「生まれた場所は?」――「『北浜』です」
「何年住んでいますか?」――「今年で二六年目です」
「十一、二歳の頃の記憶は?」――「あります」
「その頃『北浜』で戦闘はありましたか?」
「ありません――と、これは何かの取り調べでしょうか?」
彩華と鈴音が淡々と尋問まがいに質問を進めていくと、恐怖と緊張のためだろう、訊かれるまま答えていた大川係官は、ふと我に返って切り返してきた。
それに対して俺が、
「少々先走った物言いで、失礼しました。では、簡単に経緯をご説明いたします」
間に入ると、大川係官は、はあ、と息を吐くとも、返事とも取れる言葉を返してきた。
「私の知り合いの一人が、この『北浜』出身でして、十四、五年前、この『北浜』において飛び火した戦火で、家や両親を失ったと言うんです。
その知り合いが、どんな状況だったのか調べて欲しいと言ってるのですが、『本都』にはその資料が無いのです。で、この『北浜』ならと思ったのですが、やっぱり見当たりません。それで、大川係官なら何かご存知でと思ったのですよ」
「頼りにされてありがたいことですが、思い当たる事実は、残念ながらございません」
大川係官は申し訳なさそうに、というより恐る恐る言った。
あれ? とも、やっぱり? とも思いつつ、返す俺が、
「いや、記録が無い以上、事実はどうだったのかわかりません。でも、当時この『北浜』に住んでいた大川係官が、戦闘は無かったと言うのですから、そうなのでしょう」
落胆したように言うと、鈴音と彩華もほとんど同時に肩を落としていた。
「あの、天鳥筆頭。その方は、その後どうなったのですか?」
「事の次第はともかく、戦火で両親を失ったという事なので、『本殿』の施設に預けられました」
俺が普通に答えると、大川係官は怪訝そうな表情で見返して、
「天鳥筆頭、確認のために伺いますが、その方の両親が戦死なさったのは、『第三砦』のような戦闘地域ではないのですか?」
俺は、何か変な事を言ったのかと、自身を疑いながら、
「ああ、『北浜』で間違いないと思いますよ。自分の家が……炎に包まれたという事を覚えているようですから」
大川係官に答える。が、やはり彼は怪訝そうな表情そのままで、
「その時の、『火災?』と言っていいのでしょうか、その規模はどれくらいだったのでしょうか」
言ってて何だか自信が無くなりそうな俺は、
「う~ん、規模ですか……あくまでも聞いた話ですが、ポツリとした一軒家だったため、近隣には被害が無かったと――」
答えるが、大川係官はさえぎり、
「やっぱり変ですよ」
言った。
「はい?」
何が変なのかわからない俺。
「なんと申した?」
彩華も何が変なのかわからないようで、聞き返した。
「えっと――な、何ですって、それはどういう事ですか?」
まあ、当時の記憶がほとんど無いという鈴音は、言葉を選んでから問い返した。
今まで何の疑問も無く、国側から聞かされた話を受け入れてきた俺達にとって、大川係官の一言は衝撃的でもあった。
「へ、変と言われましたか?」
「何が、どのようにおかしいのだ?」
「あの、言われている意味がわかりません」
続けざまに問いかける俺達三人はこの時、非常に情けない顔をしていただろう。
大川係官は、俺達の、言うなれば、おかしな迫力に気圧されるかのように少々引きながら、
「公機関の孤児引き取りの制度から考えると、疑問が浮かび上がります」
いかにも文官らしい事を言った。
――う、制度とか言われてもだな。
俺は、はっきり言ってそういう事には疎い訳です。本来なら、調べておくべき事なのだろう。
「それはどういう事でしょうか?」
思わず、訊いてしまう。
「なんだ神楽、知らんのか。そういう事は調べておけ」
「そうですよ兄さん。重要なことなんですからね」
――毎度ながら俺が悪者か?
「はあ、すみませんでした」
と一応は謝っておく。まあ、そんな事を言った彩華や鈴音の反応を見ても、彼女達も同じく疎いようだ。
「では、簡単にですがご説明いたしましょう――」
大川係官は少々苦い笑みを浮かべ、切り出した。
「――国策の一つとして、孤児に対して国は育てる責任を持っている。と言う事は、既にご存知と思います。
ただし、全てを国が引き受ける訳ではありません。原則としてですが、孤児となった原因が、戦争に起因する場合は国立の施設が、不慮の事故等の場合は地方、生まれ育った地域の施設が引き受ける事になるのです」
「でも、それなら特に問題とかあるとは思えないのですが」
「そうですね。戦火で自宅を焼かれて、両親を失い、『本殿』の施設に預けられた。と言う事ですから、確かにそう思えるかもしれません――」
大川係官は一旦切って、一息。俺達がただ怪訝な表情をするだけで、反応しないのを見て、ですが、と置いて再度切り出す。
「――何処にも記録が無い訳ですよね。何らかの不都合があって、隠蔽しているのかもしれませんが、不自然だと思います。
何よりも、多分この地域に住んでいる方は、『戦闘は無かった』と口を揃えて言うでしょう。
もっとも、私も含めて何らかの圧力で皆が口裏を合わせているという事も、否定できませんが――」
と、更に言葉を切って、一息。俺達が未だ納得していないという表情をしていたためだろう、みなまで言わせるか、と言わんばかりに大きく息を吐いて、
「――戦闘行為ですよ。多数の兵がせめぎあう中、火矢が飛び交ったり、松明を手にした敵兵が、所構わず火をかけ放ったりすると思います。
そんな中、燃えたのはその方の家だけで、近隣には被害が無いのは、どう考えても不自然ですよね。
隣の家が何キロも離れているのなら、まあ、考えられない事では無いですが、この『北浜』にはそれに該当するような地域は無いと思いますよ」
「「「あっ!!!」」」
大川係官に指摘されて、俺達三人は、間の抜けた顔を見合わせた。今までそんな単純な事にすら気が付かないでいた。
更に、と付け加えた大川係官の饒舌は止まらない。流石は文官の端くれである。
「――戦火ではなく単なる火災だったとすると、先程ご説明した通り、不慮の事故という事になりますから、その方は『本殿』の施設ではなく、『北浜』の施設に入るはずなのです。つまりこれもおかしな話ですよね。と、こんなところで如何ですか天鳥筆頭」
「大川係官、ここまでをまとめると、戦火に巻き込まれたと言うには、状況や記録等の証拠がなく、単なる事故と言うには、その後の処遇が解せないという訳ですね」
俺はようやく整理は出来たが、納得が出来た訳ではない。
「簡単に言うとそうなりますね」
「ですが、例えば何らかの工作、つまり暗殺されたため、表の記録に残す事が出来ないとか」
「天鳥筆頭、それについては、その方の両親がどういった地位だったのか、その辺りを加味する必要もありますが、その可能性は低いと思います」
「はあ……そうですか」
情けない返事しか出来ない俺であった。
「それと、暗殺されたという事実があったのなら、間違いなく記録に残ると思います」
「それは、どういう――」
思わず聞き返す俺に、大川係官は『そんな事もわからないの?』的な視線を向けながら、
「暗殺というのは、卑劣な行為です。行った側は、その事実を隠そうとします。ですが、行われた側は表に出す事によって、敵に対して負の印象を強める事が出来ます。つまり敵対心を煽り、心理的に有利に利用できるため、記録を残すはずです」
面倒くさそうに説明した。
俺は、今までの矛盾点については、理解できた。だが、何故という部分では、全くわかっていない。元々俺は苦手なのだ、こういうややこしい事を考えるのが――まあ、彩華や鈴音も黙って聞いているところを見ると、
「ん? 何だ神楽」
「何か失礼な事を考えていましたよね、兄さん」
「い、いいえ、そんな事はありません――」
――何だかな、美人姉妹にはこういう勘の鋭さはあるのだが……あっ、ヤバい、睨んでる、とりあえず話題を、
「――で、では大川係官、このような事例では、どんな状況が考えられますか?」
大川係官は少々迷惑そうな、と言いますか、『え? このタイミングで話を振ってきますか? 少しは自分達で考えて下さいよ』と言いたげな表情で、
「あまり大きな声では言えない事ですが、残された子供を目の届くところ、つまり監視下に置きたかったのではと、思われます」
「はい?」
「大川係官? 何を言ってるのかよくわからないのだが、神楽のせいか?」
「そうですね、私も理解できません。やはり兄さんが悪いのでしょうか」
――彩華さん、鈴音さん、何故俺が? それこそよくわからないのですが。
とは言っても、実際にわからないので、
「あっ、いや、すみません。先程の説明ではなんと言いますか、今ひとつわからなかったので、もう少し詳しくお願いしたいのですが」
こうなると、当然大川係官は困りきった表情になる。
「ご説明するのは構わないのですが、これ以上突っ込んだ話をすると、天鳥筆頭の知り合いの方に対して、失礼にあたるかもしれませんが」
「ん? ――構いません。続けて下さい」
大川係官は、それではと、言って大きく一つ息を吐くと、
「それでは仮定の話をしますので、短気を起こさないで下さいよ」
前置きをして、俺達が頷いたのを確認すると、重々しく話しを始めた。
「先程、天鳥筆頭が暗殺の可能性について言ってましたが、つまりはそれ――」
大川係官は僅かな間を置き、俺達の顔色を伺いながら、
「――火災に見せかけた暗殺が実行されたと思います」
「「「はい?」」」
――暗殺はさっき否定した事でしょう。
大川係官の言葉の意味が全く分からない俺達だった。
すると、まだわかりませんか、と言いたげに、
「この暗殺を実行したのは、神国天ノ原側ですよ」
「「「………………」」」
一瞬の沈黙の後、俺達以外誰もいない静まり返った閲覧室に、三つのイスが倒れる音が響くと同時に、
「「「なんですと!!!」」」
立ち上がった俺達三人の悲鳴にも似た声がこだました。
その迫力に気圧されながら大川係官は、
「あっ、い、いいえ、あくまでも例えの話であって、そ、その方のご両親や、と、当時の背景がわかっていない以上、と、当然の事ながらですね、だ、断定は出来ません事ですし――」
あたふたとしながら、俺達の反応に答える。それを俺がさえぎり、
「つまりそう考えると、辻褄が合う訳ですね」
言うと、大川係官は肩の力を抜いたように、
「は、はい――」
ホッとしたように答える。だが、それに続いて、ですが、と前に置き、
「――もし、この仮定が当たっていたのなら、その方のご両親は、当時敵国のバルドア帝国に通じた反抗組織の一員、それも中心的な人物だったと思われます」
「「「へ???」」」
仮定の話でも、この言葉は衝撃的だった。彩華と鈴音の顔が青ざめているのがわかる。多分俺もなんだろう。いや、血の気が引いているのが自覚できるから、酷い顔色をしているのだろう。
「――そ、それは、どういう事ですか?」
俺は何とか出てきた言葉を口から出した。多分大川係官は、今話をしている俺の知り合いというのが、俺達の事だとわかっているのだろう。俺達の顔色に少々心配そうにしているが、そこに触れないで、
「そうですね、天鳥筆頭のお知り合いの方の処遇です。
例えるなら帝の子供と一般領民の子供の違いでしょう。
万が一国が滅びたとしても、極々一部の例外を除いて、一般領民の子供には国を再興する力は無いと思います。
ですが、帝の子供が残っていれば、その子を中心に人が集まり、国を再興が出来る可能性があります。所謂カリスマというものを持っていると言う事でしょう――」
大川係官は一旦言葉を切って、俺達を見る。落ち着いて話を聞いている事を確認したのだろう、続けて、
「――それは、それなりの規模の組織なら、同じ事が言えるでしょう。
本来ならその方も暗殺の対象になっていたと思います。ですが、何らかの理由によって、助け出され、そして国の監視下に置いた。
と、あくまでも仮定の話です」
大川係官の説明に俺は、
「ですが、それが一番辻褄が合う話ですね――」
納得し、そしてもう一つの核心について訊く。
「――では、その話が事実とするなら、その子の出自はいったい」
対して大川係官は、
「ここまでが事実なら、記録的な書面等は全て消されている、若しくは、偽造されたものと入れ替わっているでしょう――」
残念ですが、と付け加え、更に、と置いて、
「――当時、その方のご自宅で発生した火災を知っている近隣の方々も、既に入れ替わっているでしょう。行方は追えないと思います。
首謀者が国ですからね。個人で調べるには限界があります」
「で、ですね……」
俺は一言返すのがやっとだった。
「あっ、あくまで、ここまで全てが仮定の、私が仮定した話であって、事実とは限りませんし、事実は全く別物の可能性もあるわけです。その辺りを、しっかりとわかって下さい」
大川係官のこの言葉を聞いた俺は、
「大丈夫です、わかってます」
力なく返し、更に、
「お手数をおかけしました」
と、つい先程までは馬鹿にしていた彼に腰を折り深々と頭を下げた。
頭を上げて下さい、と言う大川係官の言葉を聞いた俺が頭を上げると、彼は、
「では、準備室で待っています」
言って立ち上がり、閲覧室から出て行った。
それを見送った俺は、半地下の書庫から持ってきた、全く必要の無かった資料を持ち上げると、今までの話を聞いて、ショックを隠しきれずうつむいている彩華と鈴音に、
「資料、戻してくるから、ちょっと待っていてくれ」
と、断りを入れたが、返事は無かった。
俺は階段を下りながら、話を思い返した。
――仮定の話といっても、多分核心を突いた話だろう。火災として処理をされたのなら、その方面に資料が……いや、その資料自体が処分されているか……
俺は資料を書棚に戻すと、無駄だと思いつつも、その周辺の綴りの背表紙を確認してみる。
――あっ! これは……
目についた背表紙には『守備隊救援出動記録』とある。薄い綴りであったが、いても立ってもいられず、思わず手に取り表紙をめくる。
一ページ目には出動記録が目次のようになっていて、そこには日時、場所、人数等が記載されている。二ページ目以降は報告書が綴られている。
が、出動記録には並んで三枠、墨塗りされていた。しかも、ご丁寧に『誤認出動の為、記録抹消。要差し替え』とまで余白に書かれている。
本来なら差し替えるべき書類が、何らかの手違いで残っていたようだ。さすがに報告書は残っていなかったが、
――ふっ、考えるまでもない事だな。
あまりの間抜けさ加減につい鼻で笑ってしまった。
そしてこの瞬間、仮定だった先程までの話が実話に変わった。
読み進めていただき、ありがとうございます。