誰がために 07
「おはようございます、兄さん」
「起きたか神楽」
「う~ん、鈴音、彩華、おはよう」
いつもながら、俺の寝床に潜り込んでいる右の鈴音と左の彩華が、目を覚ました俺に気が付くと声をかけてきた。
二月初旬とまだまだ冷たい空気が支配する空間であったが、一つの寝床で三人の人間が寝ていれば、その体温とおかしな熱気で少々熱くもなる。そんな薄らと汗ばんだ全身が、ひんやりとした如月の寒気にさらされて、未だ寝ぼけている頭をスッキリさせる。
見ると、両脇の柔らかく優しい拘束具となっていた鈴音と彩華が、体を起こして寝床から出て行くところだった。
俺の視線が気になったのか、一糸纏わぬ美人姉妹は、チラリと俺に目配せをする。それは、『お願い、恥ずかしいからこっちを見ないでね』と、見た目は恥じらいを感じて、照れているように見える表情である。が、その視線には『見つめるなスケベ! ポイント加算するぞ!』という、強烈な脅し文句が込められている事を、ひしひしと感じた俺であった――今更隠す事も……まあ、あんまり大胆過ぎても困るか。
俺が礼儀程度に視線を外すと、美人姉妹は何を隠す訳でもなく、そのままの姿で寝室から出て行った。そんな彼女達の流麗な曲線で形作られたお尻……いや、後ろ姿をこっそりと見つめて送り出すと、俺も寝床から出て支度を始めた。
支度を終えた俺が、寝室と主室を間仕切る引き戸の前で、
「そっち入って大丈夫か」
「どうぞ」
断ってから美人姉妹が着替えていた主室に入る――当然の礼儀ですよ。断りも無く入って、万が一あられもない姿見ちゃったら、とんでもない事になっちゃいますしね。
「さて、朝ご飯を食べたら今日は――」
俺が、本日の予定を話し合うつもりで口を開くと、
「兄さん、そろそろ『北浜』に行きませんか?」
言葉をさえぎった鈴音が柔らかく言い出し、
「神楽、『北浜』へ入ろう」
と、続けて彩華がきっぱりと言い切った。
「――ああ……そうだな……」
俺の口が重いのを見て、
「兄さんがその気にならないのなら……急かす事でもありませんし、ですが、そろそろかと思うのです」
鈴音も言葉重たげに、しかしあくまでも柔らかく言う。対して、
「神楽、あまり先延ばしも良くないぞ」
彩華は、きっぱりと言う。この辺りは性格だろう。
この日、俺達が『離反組』の捜索に入ってから、既に一週間が経っていた。『離反組』の痕跡を見つけて、念入りに捜索していた――のならば良かったのだが、そういったものは当然、いや、残念ながら見つからず、全く成果を上げる事が出来ていない。
それに対して文句一つ言わなかった彼女達は、何となく避けていた事を、ここにきて観念したかの様に言った。その言葉を受けた俺も、
――俺が言い出しっぺだよな……
「――ああ、そうしようか」
ちょっとだけ考えて、観念した様に答えた。
つまり、いろいろと複雑に絡む『北浜』への思いが、足取りを重くさせていた。それを『離反組』捜索という大義名分に格好をつけて、七〇キロ程度のこの街道を、一週間もかけて進んでいた訳だ。
しかし、それはあながち間違っていない。俺達の受けた指示は、『北浜』に行く事ではなく、あくまでも『離反組』の捜索である。これには時間の制限も特に無く、この街道を一ヶ月でも一カ年でも、好きなだけ時間をかけて捜索していれば、誰に文句を言われる事もない――と言っても物事には限度がある訳で、何の成果も無ければ、理由をこじつけ引っ張っても、精神的に十日程が限度だろう。
「ここからですと、『北浜』までは十キロ少々ですね」
「うむ、朝食をとってから出発しても、昼頃には到着するな」
「ですが、彩華姉さん。一応アリエラちゃん達の捜索もしませんといけませんので――」
「そうだったな。それでも夕方には……着いてしまうな……」
鈴音と彩華の会話は、徐々に重く、小さくなって行き、最後は聞き取りにくい程になっていた。
二人とも俺と同じく『北浜』出身という事なので、いろいろと思う事が有るのだろう。
そもそも戦災孤児の施設に入っていたという事から、俺と同じく戦闘地域外にある『北浜』という集落で、たまたま飛び火した戦火によって両親を失った事が普通に想像できる。
神国軍の制度上、戦闘で両親を一度に失う事は極めて稀な事である。
原則として戦闘には、片親(主に父親)のみの参加となる。そして万が一戦死した場合、残された親が軍関係者なら以後、直接の戦闘から外される。
更に、戦争当時のバルドア帝国とは捕虜の扱い等、いくつかの取り決めに基づいて戦争を行っていた。その一つに『戦闘は戦闘地域で行う』という、戦争は競技じゃないんだからと、言われても仕方のない取り決めがある。だがこれは『人類が生存できる土地を可能な限り荒らさない』に基づいての、非常に重要な取り決めである。
たまたま親が戦闘地域から『北浜』の自宅に戻っていたところに、たまたま戦火が飛び火して、たまたまその自宅が焼かれて、たまたまそこにいた両親を失った、という事であり、つまりは、たまたまという不幸が重なった出来事であった。
とは、言うものの――俺にははっきりとした記憶が無いのだが、彼女達はどうなのだろう。気になる事も言っていたな。
当時の事を思い出してなのか、想像してなのかはわからないが、いつもの元気が見えない彼女達に、
「とりあえず、朝ご飯を食べに行こうか」
「あっ、はい……」
「そ、そうだな……」
「なんだ、元気が無いな。鈴音と彩華に元気を貰っている俺としてはだな、二人に元気が無いとだな、何と言うのか、俺も重くなるというのか――」
「あっ、ちょっと考え事をしてまして、私はいつも通りですよ、兄さん」
「わ、私はいつもこんな感じだぞ、気のせいだ、神楽」
――もう一押しだな、仕方ない。
「そうか、なら良いが。ちなみに俺は、既に元気は貰っているからな。形の良い綺麗なお尻を見せてもらってな」
ドス! ドス!
鈍い音が二つ、部屋に響くと同時に俺の体がくの字に曲がった。
「ぎょげぇ」
音も無く近づいてきた美人姉妹の鉄拳が、俺の腹にめり込んでいた。
「全く兄さんは、スケベなんですから……こんなの放ってさっさと行きましょう、彩華姉さん
――でも……ありがとうございます」
「本当に残念な奴だな、神楽。先に行くぞ。
――だが……まあ、ありがとう」
いつもながら、凄い言われようですね。まあ、それだけ元気が出れば大丈夫でしょう。で、最後は何て言った? まあ、ろくな事じゃないだろうな。
「うげぇ……ちょ、ちょっと待って下さいよ、俺も行きます」
俺は慌てて体を伸ばすと、鈴音と彩華を追いかけた。
俺達は、何処で食べても安定、何のひねりも無い朝食定食という名の朝食を食べ終え、一息ついてから部屋に戻る。
主室に入った俺達三人は、中央の座卓を囲んで座り、なんとなく雑談を始めていた。ようは、出発しようにも重い腰がなかなか上がらないのだ。しかし、ここで時間をつぶしている訳にもいかないだろう。
雑談を始めて小一時間程経った頃に俺は、行く必要のない『北浜』に行く事になった発端について、
(――「神楽、あの日の『北浜』では――」
「――戦闘が無かったと言う話です……兄さん」 ――)
と、言っていた事について、改めて鈴音と彩華に尋ねた。
「――なあ、出発前に妙な事を言っていたよな」
「妙な事ですか?」
「ん? なんだ?」
「あ、あれ? まさか覚えていないのですか?」
「兄さん、私達が言う事に妙な事なんてありません! 全てが普通、若しくは重要な事です」
「普段から言動のおかしい神楽じゃあるまし」
何だか息ピッタリに凄い事を言ってますね。毎度の事ながら、仲の良さに感心しますよ。
「はい、俺の言い方が悪かったです。非常に重要な事を言ってましたよね」
「ですから、どの事でしょうか? 私達の言った事の全てですか?」
「神楽、具体的に言ってみろ」
えっと、これは所謂ボケというやつですか?
「ほら、『北浜』では戦闘が無かったって、言っていたじゃないか」
「そうですね、確かに言いましたけど――それが、何か」
「何かと言われてもですね、あのですね鈴音さん、その言葉をきっかけに『北浜』に行こうとなったじゃないですか」
「あ、つまり神楽は、『北浜』に行く事になったのは、鈴音や私のせいだと言いたい訳か」
「いやいや、そんな事は一切言わないぞ。そもそも『北浜』へ行こうと言ったのは俺だしな」
「あら兄さん、やっぱり男の子ですね」
「最低限のものは持っていると言う事か」
鈴音さん、彩華さん、何だか俺、馬鹿にされた気分です。てか、それがしたいためにボケていたのですか?
「とにかくですね、俺が訊きたいのは、その話は何処から出たのかという事なんだ」
「それを特定する事は、難しいと思いますよ。噂なんですから」
「女の噂話なんてそんなもんだ、諦めろ神楽」
「へ? そんなもんなんですか? でもですね、よく言うじゃないですか、火のないところに煙は立たぬって」
「甘いですね兄さん。根も葉もない噂って言うじゃないですか」
「――はい、勉強になりました」
少々苦い顔をした俺に、
「そんなに怒るな神楽、一応だが火はあった」
彩華は口元をわずかに上げて告げた。
ちなみに俺、怒っていませんよ。お二人さん相手にそんな大それた態度は取れませんよ。
「気になって調べたのですが、無いのです『本殿』には、その記録が。
ですから、『北浜』へ行けば何かわかるかと思って賛成していたのですが……」
えっ? それって、何だか凄く危ない事に足を突っ込んでしまったような気がするんですが。
「だが神楽、わかるだろう。事実があきらになってほしいという気持ちはあるが、同時に反対の気持ちがあるという事を」
「――ああ、俺もそうだからな」
鈴音も彩華も俺と同じですか。しかし、考えれば考える程、非常にヤバい気がするんです。
そもそも非戦闘地域での戦闘が記録されていないって――たまたま記録を見つける事が出来なかった程度の事なら良いのですがね。
そう言えば、昔、役所では都合の悪くなった資料を、保管期限以前に『間違って』処分したり、誰も入らないような書庫に『間違って』置いたりしていた事があるようですが、まさかね。
更に腰が引けちゃったような。ですが、ここはやっぱり男の子として俺が引っ張らないとだめですよね。
「えっとですね――」
「さあ、行きますよ兄さん!」
「何をのんびりしている神楽!」
俺の言葉を切って言うと、スッと立ち上がる鈴音と彩華。
あ、あれあれあれ? 男の子としての立場が――もしかして二人とも、俺より立派なものが付いてる?
ゴン! ガン!
酷く鈍い音が二つ、俺の頭の中を駆け巡った。
「ギュゲ…………いだいです」
音も無く近寄っていた暗殺者……いや、美人姉妹の拳骨が、俺の頭上に落とされていた。
あ、座高が低くなってない? 足長くなったか? ラッキーかも、って、そんなの意味ないですね。
「兄さん、非常に失礼な事を考えていましたよね。間違いなく考えていましたよね」
「神楽、お前って奴は、本当に……かける言葉も見つからんぞ」
「ご、ごめんなさいですでございます」
何故ばれた、と思う以前に、平謝りの俺。見事に躾けられている気がする。
「もっとも、それが兄さんの兄さんたる所以ですから仕方ないですね――ふっ」
「ふむ、そうだな、仕方ないな――ふっ」
鈴音と彩華は、柔らかな笑みを浮かべると、非常に優しい目で俺を見つめていた――って、俺、アリエラじゃないのですが……
お願いですから、その哀れみたっぷりな優しい目は勘弁して下さい。
「と、とにかくだな、そろそろ出発しよう」
「フン、兄さんにそれを言われたくありません。私は先に行きます」
部屋の出入り口に立っていた鈴音は、けしからん胸の膨らみをユサリと揺らして向き変え、扉を開くとさっさと出て行ってしまった。
「全くだ。準備万端の私達に、未だに座っているお前が言う言葉じゃないな。先行ってるぞ」
同じく扉近くに立っていた彩華も、一纏めにした長く美しい漆黒の髪を、ヒラリと竜尾の如く踊らせて出て行った。
そんな二人の後ろ姿を、今朝見た曲線美と重ね合わせて見とれていたが、
「――と、ちょ、ま、待って下さいよ」
慌てて立ち上がった俺は、
ガクッ!
しびれた足がふらついて、
「――へ? とっ、とっ、とっと――」
ガン!
「ヒギ!!」
座卓の足に、自分の足の小指をぶつけた。
「か、神楽、どうした! って――」
開けっ放しの扉から俺の悲痛な叫びが届いたのか、彩華が部屋に飛び込んできた。
「兄さん、な、なんですか! ヘっ――」
俺の悲鳴は、どうやら廊下に響き渡っていたようだ。彩華に遅れて鈴音まで、けしからん胸の膨らみを揺らして戻ってきた。
「――な、何を、泣いて……」
「――ま、まさか、チョキンされちゃったとか……」
と、涙目の俺に慌てた美人姉妹だが、足の小指を押さえていた俺を冷静に見て、全てを察したらしい。
「何をやっているんですか兄さん。行きますよ」
「う、うん」
「あまり心配させるな神楽」
「う、うん」
ブツブツと言いながらであったが、二人は手を差し出してくれた。
――やっぱり優しいですね。
二人に手を取ってもらい立ち上がった俺に、
「本当に泣き虫ですね。
とりあえず腕は無事ですし、歩く事は大丈夫みたいですね」
「全く落ち着かん奴だ。荷物持ちがいなくなるところだった」
――はい、前言撤回ですね。
結局、俺はいつものように荷物を持たされ、両肩に『お人形』を乗せ、足を引き摺って、美人姉妹の後ろをトボトボとついていった。
午前十時半頃に宿を出た俺達は、残り約十キロの『北浜』ヘの道中、何カ所かで形だけの『離反組』探査を行い、今までと同じくゆっくりと足を進た。そして西の空が茜へと染まる頃、『北浜』に到着した。
読み進めていただき、ありがとうございます。




