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誰がために 06

「なあ、彩華、鈴音」

「なんだ神楽」

「どうしたのですか兄さん」

「この辺りにアリエラやヘリオが出てくると思うか?」

「この辺りは、まだ里と言って良いからな」

「そうですね。それなりに人目も有りますから、もっと奥に入ってからではないでしょうか」

「だよな……」


 俺達が、神国天ノ原しんこくあまノはらの首都『本都ほんと』にある要衝『本殿ほんでん』を出発して、『北浜きたはま』へと向かう街道に入ってから二時間程進んだ頃には、周囲からは民家が無くなっていた。

 時折人とはすれ違うが、少々寂しさを覚える静けさと、わずかに重く感じる足取りが、上り勾配一辺倒の道になった事を気付かせ、山際に差し掛かった事を知らせる。


「何か気になる気配でもあったのか?」

「い、いや、そう言う訳では無いが」

「何だか変ですよ、兄さん」

「そ、そうか……ははは」

 奥歯に物が詰まったような物言いをする俺に、怪訝けげんな視線を向ける美人姉妹であった。


 更に歩みを進めて、早春のこの時期では、まだ薄黒い緑の針葉樹が、山奥へと続く林に入った頃に俺は、

「この辺りはどうだろう?」

 彩華と鈴音に、何度目かの確認をする。

 俺は『離反組』捜索の対象となる地域に入って、社守軍師から聞いた情報を今一度思い出し、一つの疑問がよぎっていた――と、言うより、非常に重要な事を確認していなかったのですが。


「いったいどうしたのだ神楽」

「先ほどから何度も確認してますが、何か気になる事でもあるのですか?」

 彩華と鈴音は、何度も同じ事をく俺に、いぶかしげな視線を向ける。

「えっと、彩華、鈴音、一緒に考えてくれませんか?」

「ん? 何をだ神楽」

「何をですか兄さん」

「ちょっと、言いにくい事なんですが……」

「神楽、だから何なんだ!」

「さっきから、じれったいですよ兄さん、言いたい事が有るなら、さっさと言って下さい!」

 随分と攻撃的に感じますが、まだ昨夜のお酒が残っているんでしょうか? この先を話しするのが、何だか怖くなってきましたよ……

 

「社守軍師から指示された、今回の内容は話したよな」

「この街道で『離反組』が目撃された、という話だろう。多少酒が残っていても、その程度の事なら神楽が何を言ったか、ちゃんと覚えているぞ」

 さすがですね――ん? 彩華の口元が微妙に上がったような気がするぞ。

 って、鈴音もか、

「で、兄さん、それはどの辺りで目撃されたのでしょうか? 教えて下さい」

 ――あっ! ちょ、ちょっと待てって、

「当然、聞いているんだろう? 何処なんだ? 隠さなくても良いだろう。勿体もったいぶらず教えろ」

 ――い、いや、待て待てって、

「この街道は、この先何十キロも続いていますから、『離反組』が目撃された明確な場所を教えて下さい」

 ――い、一旦、仕切り直しませんか?

「いくら優れている私達でも、その場所がわからなければ、適切な作戦も立てれぬぞ、だから早く教えろ――ふっ」

 ――い、今、明らかに鼻で笑ったよな。

「彩華姉さんの言う通りですね。いくら私達が優秀でも、最低限の情報は必要ですかね、ですから教えてください――ふふ」

 ――す、鈴音さん、それは鼻で笑うというレベルではないですよ。明らかに笑っていますよ。


「「さあ、どこです?? 教えなさい!!」」


 彩華と鈴音に気圧された俺は、

「ご、ごめんなさい。わかりません」

 当然、平謝りであった。

 どうだヘリオ、アリエラが優しく思えるだろう。こっちは知恵がある分、タチが悪いぞ。しかも二人だし、怖いし……

 だが、わざとらしい半眼を俺に向ける美人姉妹は、

「なんと!」

「なんですって!」

 ――へ? まだ有るんですか?

 簡単に許してくれそうにない。

「社守軍師の裏人格の色香いろかに酔ったか……目を奪われて指示を適当に聞き流していたのだろう。情景が目に浮かぶぞ。全く困ったものだな、神楽」

 ――い、いや、そんな事は無いぞ、

「今朝、私達がほんのちょっぴりお酒を飲み過ぎた事を、心から反省していた頃に、色香に惑わされた兄さんは、嫌がる社守軍師にあの紐を使って、力にまかせて無理矢理、口にする事ができないような行為をしていたのですね……破廉恥はれんちな上、不謹慎です! 残念です!」

 ――うぉい! ほんの? ちょっぴり? 飲み過ぎ? あれが? それにあれって反省していた態度なのか?

 そりゃ、俺も男ですからね、大きく開いた襟元えりもとからのぞく胸の谷間や、なまめかしいうなじに目が行ったのは、事実ですよ。仕方ない事なんですよ、極々、至極当然の成り行きなんですよ。ですがね、だからと言ってですね、嫌がるとか、紐とか、口にできない事って、何にもしてないぞ。妄想し過ぎです。そもそも指示を説明している時は、防御力の高い表人格でし・タ! アリエラがいる。


「全く際限のない奴だ。毎夜毎夜、鈴音や私にあんな事やこんな事をしているのに……ああ、恥ずかしい……ぽっ」

 ――その、棒読み台詞に取って付けたような『ぽっ』て何? てか、そもそも毎夜じゃ無いですよね。それに『してる』じゃなくて『されてる』方です。

「彩華姉さん、兄さんは男なんですから仕方ないです。男なんてちょっと色香を振りまくだけでだまされる、そんなしょうもない生き物なんですよ。諦めましょう、兄さんが男である今は――」

 って、鈴音さん、意味ありげに言葉を切らないで下さいよ。その先の言葉が想像できるのですが……

「――ふふ、ですが、男じゃなくなれば、うふふ――」

「――なるほど、そうだな、ふふふ――」

 悪魔的な笑みを浮かべ、右手を顔の横に上げて、人差し指と中指を立てた所謂ハサミの形で、ゆっくりチョキチョキと動かす美人姉妹に、

「ひくっ! わわわわかりましたから、こここのへんで勘弁して下さい。

 ごごごめんなさい」

 たまり兼ねた俺は、無意識のうちに声を出し、二人の言葉を切って謝っていた。


「ちっ――また大泣きされるとめんどくさいからな」

「ちぇっ――もう少し遊べると思ったのですが、全く度胸が有りませんね」

 舌打ちダブルって――いやいや、あの恐怖は……度胸とかで何とかなるもんじゃ無いんだぞ。本当に怖いんだからな。

 お二人さんもあの恐怖を体験してみるか? って、無理だな、無いし……

「という事は、あれだな鈴音」

「そうですね、彩華姉さん。いつもながらのお買い物ポイントで手を打ちましょうか。

 ――それと」


「「それと?」」

 鈴音の付け加えた言葉に、俺と彩華が珍しくハモった。

 ――って、嫌な予感しかしないんだけど。

「今回から、ご奉仕ポイントも加える事にしましょう」


「「ご奉仕ポイント??」」

 またもや俺と彩華がハモった。

「ご奉仕はご奉仕ですよ、うふふ」

 鈴音は妙に艶かしい笑みを浮かべた。

「ご奉仕か、良い考えだな鈴音、ふふふ」

 得心した彩華も、つやっぽい笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょと待て待て、彩華さん、鈴音さん、これ以上何を俺に求めるんですか?」

 そもそも、ご奉仕とか言って今以上何かを求められてもですね、いろんな意味で干涸ひからびちゃいますよ。

 俺は、鏡を見なくてもわかる程、青ざめた顔になっている事がわかった。そんな俺に、

「か、神楽、それを私達の口から言わせるのか?」

「に、兄さん、こんな公衆の面前で、しかも明るいうちから、女性にそんな事を言わすのですか?」

 彩華と鈴音は、どうしたらそんな顔色になるんだと、聞きたくなるような、わざとらしい程の真っ赤な色で顔を染めてうつむき、そして左右の人差し指の先をツンツンと突き合わせている――って、もしかして本当に、恥ずかしがっているんですか? 何を今更ですよ。


 ジロ――ごめんなさいです。


 だが、美人姉妹は簡単に引き下がらない。モジモジとしながら、呟くように妄想的会話を始める。

「なあ鈴音、最近わかったのだが、神楽には少々特殊な性癖が有るようだな」

 ――ん? おかしな話が持ち上がってきたぞ。

「そう思いますか、彩華姉さん。私もちょっと前からおかしいなと思っていましたが、私達に恥ずかしい事を言わせて、何だか喜んでいるようなんです」

 ――鈴音さん、とんでもない事を言い出しましたね。

「うむ、それにな鈴音。わざと私達を怒らせて……その、なんだ……いじめられる事を喜んでいるようでもあるぞ」

 ――彩華さんまで、何を言い出しちゃうんでしょうか。

 美人姉妹の妄想……暴走を放っておくと、とんでもない事になりそうな雰囲気に負けた俺は、

「彩華さん、鈴音さん、あのですね――」

 と、会話を切る。当然二人ににらまれるが、そこは頑張って言葉を続ける。

「――お買い物でも、ご奉仕でも、何でも望まれるままにいたしますので、この辺りで本当に勘弁してくれませんか?」

 威圧され気圧けおされた結果、後先考えず、彼女達がもっとも喜ぶ事をついつい口走って、果て無き暴走に終止符を打った――当然、彩華と鈴音は、よし言わせたと言わんばかりの、この上ないニタリ顔で無言のままうなずいていた。


 いつもの如く『直轄追跡部隊』は、騒がしい集団――と言っても主に騒がしいのは人間の三人で、怪しい歌を歌っている黒鬼闇姫くろきやみひめや、止めどもなくペラペラと一人で喋っている銀界鬼姫ぎんかいききは、俺と鈴音以外には全く無害である――となっていたが、こう見えても一応は軍人である。俺をいじめる事が趣味の美人姉妹も、そんな二人のおもちゃな俺も、与えられた任務には真摯しんしに取り組む。


『どうだ闇姫、反応は?』

『神楽君、全然ないよぉ』

『そうか……』

『困ったねぇ、見つからないねぇ、参ったなぁ、どうしようかなぁ。きっとぉ、神楽君が場所を聞かなかったのがいけないんだよぉ』

『闇姫まで、俺を責めるんですね……グスン』

『ごめんねぇ。黒はいつだって神楽君の味方だよぉ』

 間延びした闇姫の言葉に、

『闇姫は優しいな――』

 と、思わず涙ぐみそうになるがこらえて、

『――ところで、鬼姫も……駄目だよな』

 俺がポツリと付け加えた言葉に、

『神楽様、それはどういう意味でございますでしょうか。

 最初から私を信用なさっていない様に思われる言葉でございますですが、そのように理解して構いませんでございますでしょうか。

 もしそうなら、神楽様は私に対する認識を改めて頂く必要がありますでございますわ』

 ピンクフリルの塊、いや、鬼姫がいつもながらのくどい語尾の言葉で反発してきた。さすが鈴音の契約する『お人形』である。

『鬼姫ちゃん、兄さんは心を病んでいますから、お手柔らかにお願いしますね』

 ――えっと、何だか凄い言われようですね。

『そうだよぉ、銀ちゃん。神楽君はとっても繊細なんだよぉ、不安定なんだよぉ。すぐに折れちゃうんだよぉ。だからぁ、いじめちゃ駄目なんだよぉ』

 ――あの闇姫さん、大変ありがたい分析ですが、俺、今にも心が折れそうですよ。

 でも、負けません。神楽は頑張ります!

『鈴音様、黒鬼闇姫さん、少々言い過ぎましたでございますですわ。

 神楽様、一応でございますですが、謝罪をいたしておきますですわ。

 ごめんなさいでございます。どうかお心を強く持ってくださいましですわ』

 鬼姫の言葉通り、本当に一応の謝罪だろうが、何だか非常に馬鹿にされた気分でございますですよ。それはさておき、

『で、鬼姫さん、気配の方はどうでしょうか?』

『神楽様、黒鬼闇姫さんと比べて、優秀な私に過度の期待をされる事は、わかりますです事ですが、結果が出せないという事は、非常に残念でございますですわ』

 あっ、つまりは、反応は特に無いと言う事ですね。まあ、基本的には闇姫と一緒ですからね。もしかしてと思って訊いただけですから。でもそれは正直に言いませんよ。

『そうか、鬼姫でも反応を察知できないという事は、この近辺にはいないという事だな』

『そ、そうでございますですわ、神楽様。そうとわかれば、先を急ぎますでございますわよ』

「うん、そうだな、じゃあ、その前に。

 ――闇姫」

『りょぉかいだよぉ』

 俺は闇姫に『命の糸』をつなぐと、


「お空に輝くお星様

 私に見せて下さいな

 たくさん教えて下さいな

 お願いきいて下さいな」

『お星様の千里見聞録』


 闇姫作、呪文の言葉はさておき、非常に優秀な探査魔法を放つ。とは言っても、捜索範囲は気配を察知する事に比べると、かなり狭くなってしまう。

 可能性は低いが、万が一『離反組』が気配を消す結界を張って近辺に隠れていたり、気配を放つ『お人形』だけ、遠方に隠していたりする事に対処するためである。

 もう一つ、探査魔法に慌てて、何らかの魔法行動も起こしてくれればと……まあ、それは、残念美少女アリエラでも期待できないかな。


『鬼姫ちゃん、こっちも行いますよ』

『はい、鈴音様。承知いたしましたでございます。では、こちらならば、心に秘めたる思いも神楽様に届く――』

 ゴキ!

 鈍い音と共に、鈴音の拳骨げんこつが鬼姫の頭上に落ちた。

『――いだいです』

『全く鬼姫ちゃんは、一言二言余分です』

『ごめんなさいでございますです。それではこちらをお願いする事のしだいでございますです』

 って、おい、言葉おかしくないか? 大丈夫なのか鬼姫は。

『では鬼姫ちゃん、始めますよ』


「一つ突く波は

 千の彼方へ広がり

 一の此方に伝えよ」


 鈴音の詠唱が終わると、鬼姫が手に持っていた錫杖しゃくじょうを振り上げ、真上で止める。

 ジャリン、と様々な形の遊環がぶつかり合って、複雑な音色を一度奏でる。

 そのまま手を滑らせスルリと錫杖を落とすと、今度は石突きが地面を打突する。

 シャン、と再び様々形の遊環が打ち合って、澄んだ音色を一度奏でる。

 二つの音色が重なり一つのうねりとなって、錫杖を中心に幾重かの薄ら青い、だが、一般には不可視の光の輪となって広がっていった。

 鬼姫の広域探査魔法である。やはり単純に気配を察知するより範囲は狭いが、反応があれば、方向と距離がほぼ特定できる。


『神楽君、駄目だよぉ、見えないねぇ、見つからないねぇ』

『仕方ないな』

『鈴音様、こちらも返ってきません』

『そうですか、仕方ない事ですね』


 俺達はそんなやり取りを繰り返しながら、のんびり(?)と足を進めていった。

 実際のところ、事あるごとに足を止める必要はなく、『お人形』が気配を察知してから捜索を始めれば良いのだが、念入りにというやつである――はい、嘘です。

 俺達の、生まれ故郷(多分)である『北浜』に向かう足取りが、何かが明らかになるかもしれない、それとも、なってしまうかもしれない、という期待と不安が入り交じって、重くなっていた。

 そんな理由で、普段なら嫌になるくらい遅い進行速度に、俺が制御している事がまるわかりなのだが、それに対して彩華も鈴音も文句を言ってこないところをみると、彼女達も俺と同じ心境なのだろう。


 そんな俺達は、当然何の成果も得られないまま、逢魔ヶ時を向かえる頃、予定の集落に入った。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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