誰がために 05
「兄さん、遅いですよ、何をしているのですか。早く出発しないと、暗くなってしまいますよ」
「神楽、どうしてそんなに時間がかかる。女を待たすとは信じれんぞ」
「……いや、お二人さんに……やっぱ良いです」
午前中は、二日酔いのために撃沈状態だった鈴音と彩華も、昼を迎える頃には調子を取り戻してきたようだ。とは言っても――出遅れた原因となった美人姉妹には、急かされたく無いのですが、まあ、いつもながらのパターンというのか、お約束ですね。
「今からですと、『北浜』到着は残念ですが明日になりますね」
「うむ、神楽がグズグズしていたからな」
「えっと、ですからですね……いやそれより、俺達の目的は『離反組』の確保であって、『北浜』到着じゃ無いですし、捜索もありますから、今日明日の到着は、もとより無理ですよ」
「「そんな事はわかってます!!」」
見事な反撃をありがとうございます。
これが午前中、素っ裸で頭を抑えて呻きまくっていた人とは思えない回復ぶりですね、本当に同一人物ですか? 思った以上に元気になって良かったです、感激ですよ――はい、思いっきり棒読み台詞の俺です。
ジロリ――ご、ごめんなさい。
俺達は『直轄追跡部隊』として、とある事件をきっかけに神国軍から離反した魔法使い、ヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアス、公称『離反組』を追っている。
その『離反組』は二ヶ月前、『オウノ』で確認されて以来、行方を完全にくらましていたのだが、懸命な捜索(多分)の結果、この神国天ノ原の首都『本都』から、五〇キロ程北の大規模集落『北浜』に向かう街道で、捜索の網にかかったらしい。
だが楽観は出来ない。
そもそも『離反組』の移動に道は必ずしも必要ない。アリエラ・エディアスと『お人形』白輝明姫が『何か』を移動の足に召還すれば、空を自在に移動できる。そこにヘリオ・ブレイズと金剛輝姫の空間を操る魔法が加われば、数百メートル程度だが瞬時に移動もできる。つまりこの情報も実際のところ、あてにならない――と言うより、既に古いものとなっている可能性がある。
その特技を利用すれば、『離反組』が潜む場所にしても集落の側である必要はない。人里離れた山奥にでも潜んでいるようなら、俺達には捜索自体が無理である。
ちなみに黒鬼闇姫も銀界鬼姫も召還魔法を『使いたがらない』――はっきり『使えない』と言ってくれても構わないのだが……まあ、彼女達の名誉のためにあえて『使いたがらない』と言っておく。
更に否定的な事を言えば、『お人形』同士で所謂気配というやつを感じる訳であり、こっちの『お人形』闇姫や鬼姫が、『離反組』の『お人形』明姫や輝姫の気配を察知した時には、向こうも俺達の接近に気が付いている訳だ。
ぶっちゃけた話、『離反組』がさっさと逃走してしまえば、俺達に追跡は不可能であり、何らかの理由が無い限り、俺達の前に姿を現す事は無いという事だ。わかりきった結論である。
その上で、何故俺達に? となるのだが――まあ、俺なんかでは、はかりかねる理由があるのだろう。
「兄さん、何をボヤボヤとしているんですか? さあ、行きますよ」
ボヤボヤって、いや、俺だってそれなりに考え事をだな……
「神楽、残念だが、お前がいくら考えても……おっと、すまん」
こ、こら、そんな優しい目で俺を見るな。
「――もう何とでも言って下さい。では行きますか」
俺達は午後十二時を回ったところで、『本殿』を後に、それぞれが思う事のある地『北浜』へ――いや『離反組』の追跡へと出発した。
時を同じくして、『本都』より『北浜』への街道から少々離れた山中某所、もっとも深山幽谷とまでは言わぬが、山に入る事で生計を立てる者ですら、めったに入らないような山奥に、その身なりからして不自然と思える、十数名の人影があった。
中でも三名が、ここに集まる人影の不自然さに拍車をかけている。
シルクの様にしっとりと煌めく金髪に、優しく中性的な顔つきと、線の細い体つきの『男性?』であるが、それでいて高貴な雰囲気を漂わせているアディーラ・バルドライン。またの名をルシェディオ・バルドア。もしバルドア帝国が存続しているなら、彼は次期皇帝にもっとも近い立場の者であった。
彼一人でも、充分この場に似合わない空気を漂わせる貫禄(?)があるのだが、
「そのあたりで勘弁してあげてはどうかな?」
語りかけた先には、この場にいる事自体『何故?』とも言えるような美少女がいる。
無理を承知で森の妖精さんとでも言えば、有りかもしれないが、これは現実であって童話ではない。それよりも例え本当の森の妖精さんだったとしても、こんな騒がしいのはごめんと、誰でも思うだろう。
その美少女『離反組』のアリエラ・エディアスは、銀髪のツインテール以外揺れるものがない少々残念な小柄な体を、一声出すたびに揺らして、いつもの如く騒ぎ立てていた。が、アディーラに言われて、
「で、でも……わかりまし・タ」
と、大人しくなる。
アリエラのあどけなさの残る銀色の瞳の先には、短髪赤毛の大柄な体躯の男性、『離反組』のヘリオ・ブレイズがいた。彼に関しては、ここにいても不自然ではないのだが、
「ご、ごめん、アリエラ……」
それは、普段の彼ならば、と付け加えておく。
頭を掻きながらヘコヘコとしている今は、アリエラの鬱憤のはけ口にされているかのように、ほんのわずかな失態に文句を言われて、その二メートル程の大柄な体躯を、小柄なアリエラにあわせる様に小さく丸めている。
そんな情けない様は、こういった場所を仕事場とする屈強な男達にとっては、全く似つかわしくないと思われる――もっとも屈強な男達の間には、いつの時代も『家の奥さんが最強』という伝説がありますが、それはさておく。
そんな態度がヘリオを、この場にいる事が似合わない異質な存在に見せているようだ。
「皆さんに報告があります。集まって下さい」
アディーラは少々重たげな表情を作り、その場の集まっていた仲間から、注目を浴びる様な言い回しで言った。
「リーダー、皆ここにいますよ」
誰かが言ったが気にせずアディーラは、
「はい、ではご静聴下さい。
どうやら『本都』より、魔法使いの追跡部隊が派遣されるようだと、先ほどルーカスより報告がありました」
時間的に『直轄追跡部隊』は出発した後だが、この時代、瞬時に情報を伝える手だてが無いため、ずれが生じるのは否めない。当然それはわかっているので、
「既にこちらに向かっている訳ですね。
では、この場所も――」
と仲間の一人が言うが、その言葉はアディーラにさえぎられる。
「先日、不用意に街道へ出たのがマズかったですかね。
ですが、街道からかなり離れているこの場所は大丈夫でしょう、追跡部隊に対しては――」
彼は一度言葉を切ると、周りをぐるりと一目した視線を『お人形』で止めると、
「――魔法使いに対しては、接近すれば明姫さんや輝姫さんが気付いてくれるので、対策も立てれるでしょう。
問題は、『オウノ』を襲った『闇の部隊』とでも言いますか、よく言う特殊部隊ですね。
彼らは隣にいても、その気配を感じさせない程ですからね。気が付いた時には、既に遅しです。
周りには幾重にもトラップを仕掛けていますが、それこそ彼らの専門分野でしょう。何もしないよりマシ程度と思います。彼らのうち一人でも慢心した結果、一つでも作動させてくれればなどと、希望も含まれています」
アディーラの話と共に、ここにいる全員の目に怒りの炎が点火され、
「あいつらは許せん」「いつか見てろよ」「次は討取ってやる」
などと、声が上がり出した。
二ヶ月程前、ガラス状の物質の広がる大地『オウノ』に、アディーラを中心とした組織が、約千人程の集落を築いていた。一方神国天ノ原側は、その集落を『反抗活動』の拠点だとして、忍大将音無道進を頭に五〇と余名の忍衆が襲撃し、集落ごと紅蓮の炎に沈めた。
この時の襲撃開始よりわずかに早く気配を察知したヘリオが、輝姫と共に結界を張り紅蓮の炎を遮る。しかし切迫した状況であったため、集落全体を覆う結界を張ることが出来なかった。
そして風邪気味だったアリエラが、明姫と共に脱出をするため『何か』を呼び出そうとした時、可愛らしいくしゃみを一つした。
とたん、何をどう間違ったのか、結界ごと地中に埋もれた……
が、そのおかげだろう、行方をくらますことが出来たようだ。
もし慌てて逃走を図っていたなら、間違いなく目撃されて、しつこく追跡されただろう。更に言えば、捜索部隊も地中までは気がまわらないだろうし、捜索すること自体無理だろう。
しかしだからと言って、素直に喜ぶことは出来ない状況であった。襲撃をうけた結果、集落に集まっていた約九割の人命が失われてしまった。
悲愴感漂う中、残った一割は『オウノ』での捜索活動が終えるのを見計らって、各地の協力者の下に散り匿われていた。
アディーラは、
「確かに、この二ヶ月の間にも、随分と協力者を失いました。あの部隊は、もっとも許し難い存在ではあります。
――ですが、怒りに任せて暴走してはなりません。今はまだ、立ち上がるべきではありません」
自身が血気にはやる気持ちを抑えるかの様に、感情を抑えて静かに語った。
再び起きた『オウノ』での悲劇を思い出し、重い沈黙と空気が漂う中、
「今はまだ動く時ではないと、言う訳ですね」
ヘリオがポツリと呟くように言うと、
「そんなことは、みんなわかっているんで・ス! ヘリオ先輩がわざわざ言う必要はありませ・ン!」
相変わらず、噛み付くアリエラだった。
「まあまあ、落ち着いて下さい、エディアスさん――」
アディーラは、いろんな意味を含めた優しい目を向けて、騒ぎ出したアリエラをなだめると、
「――しかし、問題は各地に散っている仲間や協力者です。
私達がこうしている間にも、状況は悪化していると思われます。
神国天ノ原諜報部の能力は侮れませんからね。
さて、私達は今後どうしましょうか」
問題を提議した。
この名も無き組織は、重要な物事を決める時、可能な限り広く意見を求める。当然のことながら意思決定まで時間がかかるため、即刻判断が必要な場合は除く。
この場にいる人数は十数名程度だが、今回もその慣例に倣う。
ポツポツと出始めた意見は、徐々に活発に交換されだす。
「この場に集結するというのは?」
「地理的に何かと不便ではないか?」
「『オウノ』に返り咲くというのは?」
「集まるのはマズいのでは?」
「そうだな、俺達だけだと、また襲撃を受けるかもしれないぞ」
「では、大規模集落はどうだ」
「『サーベ』では、魔法使いが出張ってきたではか」
「いや、あれは戦略がマズかったと思うぞ」
「一万もの人が集まれば、当然ああなるよな」
「あれで死者が出なかったのは奇跡だよ」
「この二人のおかげだな」
「いいえ、僕達は何も、自分の意志に従ったまでですよ」
「ヘ、ヘリオ先輩、アリエラだってそうしたんで・ス! 一人でやったみたいな事を言わないで下さ・イ!」
「「「…………………………」」」
溜め息まじりの一瞬の沈黙が、アリエラの残念さを際立たせたところで、アディーラが、
「『オウノ』に返り咲くのは良いかもしれないですね。
前回は警戒するあまり、必要以上に情報の秘匿を行ってしまったため、あのような襲撃を受けても、世間では全く認識されていません。次回は、その辺りを考慮しないと駄目ですね。
ですが今は立て直しの時間が欲しいので、もうしばらくは各地で頑張ってもらうしか無いかな」
一応の答えでまとめる。
「というと、俺達はしばらくこのまま『動かず』ですか?」
ふと、一人が言った疑問にアディーラは、
「ちょっとだけ気になることがあって……」
ぼかして答えると、疑問を呈した仲間は、
「はあ、そうですか……」
少々怪訝な表情でアディーラを見やる。
「……すまない。
ただ、はっきりと『これだ』ということじゃないんです。何といいますか靄がかかっているような気分なのです――」
はっきり答えを返すことができないアディーラは、一応の謝罪で返すと、
「――仲間を次々と失って、口惜しい気持ちは当然私にもあります。
だからと言って、今の感情だけで動いては、単なるテロ活動になってしまいますし、なにより、そんな活動を支える力も大義も、今の私達には無いのです。
とにかく先ほども言った通り、今は動くべき時ではないです」
口を重く、それでいて冷静に言葉を加える。
「ですが、仲間を守るという大義がありますし、力なら魔法使いが――」
声を大きくした少々感情的な反論を、アディーラは眉根を寄せ、表情を険しくしてさえぎる。
「それは一番やってはいけない事です」
静かに、穏やかに言った言葉であった。だがその言葉は周囲を威圧し、辺りの空気を凍らせた。カリスマというものを持つ者が、放つ言葉の重さというものだったのだろう。
「あっ、すまない――」
思わず言った一言で、凍てついてしまった空気を解凍する様に、アディーラは言葉を続ける。
「――まあ、仲間を守るという事については、何らかの事を起こす理由としてはありです。ただしそれは、同じテーブルに座れる者同士の場合に限ります。今の私達のような弱小組織が、一国を相手に戦闘をしかける大義というには少々軽いのです。行動は尊いものであるのですが、現状では残念ながら、単なる犯罪集団に成り下がるだけです――」
アディーラは一旦言葉を切ると、仲間をグルリと見渡し、ヘリオとアリエラで目を止めて、更に言葉を続ける。
「――それと魔法使い……いや、ブレイズさん、エディアスさんの両名は、何が起きても、戦闘には参加しないで下さい」
「それは?」
「ほえ?」
「あなた達の力は、この組織に不釣り合いな程強大です。その気になれば、身の丈に合わない権力を手に入れる事ができるでしょう。
魔法使いがあなた達二人だけならばですが。
あなた達が戦闘に参加するという事は、神国天ノ原の魔法使いが出張ってくるということです。
その結果は歴史が証明している通りになると、いや、今回はそれ以上、他の地域に人類が残っているかはわかりませんが、この地域の人類は……あまり考えたくないですね」
「確かに……」「ですね」「そうなるでしょう」
と、アディーラの言葉に納得する仲間達に
「で、でもよ、神楽兄さんは、優しいんで・ス。それに鈴音お姉様だって、そんなことはしませ・ン。
ア、アリエラだって、そんな事はしないで・ス! したくないんで・ス!」
納得できないアリエラは、独特の起こり口調だった。
「アリエラ、怒らないでよ。
誰だってそんな事を思ってないよ。あくまでも可能性の話だよ」
ヘリオがなだめるも、
「そ、そんな事はわかっているんで・ス!
それに、アリエラは全く、ゼ・ン・ゼ・ン・怒っていませ・ン!」
と、ヘリオの言葉は火に油を注いだようである。そして、明らかに怒っているだろうと、銀髪のツインテールを揺らしているアリエラに向けられた周りの目は、とても暖かく優しかった。
「と、とにかく、いろいろと納得しかねるところがあるかと思いますが、私としては、今しばらくの静観をと、思いますがどうでしょう」
アリエラにかき回されたためだろう、珍しくアディーラは慌てたように話をまとめに入った。
少々の間の後、
「リーダーがそう言うのでしたら、私達は従います」
この場ではサブリーダー的な立場のジュリエッタが言うと、全員が頷いていた。
読み進めていただき、ありがとうございます。