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誰がために 04

「鈴音? 彩華? 起きているんですか?」


 朝の冷えきった空気を突き抜けて、優しく丸くなった陽光に目覚めをうながされた俺は、体が軽く自由に動く事におかしな不安を覚えて、一気に目が覚める。

 どうやら俺の体には、美人姉妹の二人に柔らかく拘束される事が、安心できる条件として、しっかり染み込んでいるらしい。更に頭の中では、体が動く、イコール、鈴音か彩華の美声で起こされる、という図式が成り立っているようだ。

 しかし、右に鈴音、左には彩華の気配はあるのだが、何故か拘束されていない。しかも起きてはいるようなのだが、起こされる事もない。


 一旦は声をかけてみたのだが、

「うぅぅ……」

「いぃぃ……」

 返ってきたのは、両側から聞こえる不気味にかすれたうめき声だけで、何故かまともな返事が返ってこない。


「お~い、起きているんだろう。

 そろそろ――」

 少々音量を上げて二度目の声をかける俺の言葉を二人が苦しそうにさえぎり、

「うぅぅ……早いな神楽……だが、騒ぐな……頭に響く……」

「ぎぃぃ……おはようございます……兄さん……騒がしいです……あだまあたまが痛いです……」


 ――あっ、所謂いわゆる二日酔いというやつですね。


 昨晩、久しぶりに『直轄』関係が揃ったという事で、皇宮にて宴が行われた。その席で妙に荒れていた彩華と鈴音は、ザルと化していた。

 ちなみに神国天ノ原では、飲酒の年齢制限は無く、自己管理のもとで楽しくやってくれというものである。ただし、酒を飲んで事を起こした場合の罰則は、酔い加減に関係なく、大変厳しいものとなっている。


 まあ、美人姉妹ザル化の原因は、俺が社守静やしろもりしず軍師、二守瑠理ふたつもりるり筆頭へ贈った『紐疑惑』である。どこをどう間違ったのか、彩華と鈴音はそれを『如何いかがわしい行為に使うもの』と言って聞かなかった――そもそも、社守軍師と二守筆頭の悪戯心満載の、見せ紐ファッションと言いますか、何と言いうのかですね、幼気いたいけな純情青少年な俺をもてあそぶような言動やら格好で、彩華や鈴音をあおりまくる訳でして……

 しばらくは酒の勢いを借りて、まともな(?)言い掛かりを、付けていたのだが……

 で、気が付くと、

「にゃはは……きゃ、きゃぐらかぐら、お前には全く呆れる……ふはは……ひもがそんにすきならな……でゅふふ……あらしわたしが、これぞひもってすがた見せてやろう……

 ひもろうと、いろれとでもドーンともってこ~い……へひゃひゃ……」

 どこから見ても、立派な酔っぱらいの彩華に、

「兄さんは、踏み込んでしまったのですね……

 ああ、どうして私は気が付かなかった……

 こんなに、心を病んでいた兄さんに……

 何処をどう踏み間違えてしまった……

 私かける言葉が見つかりません……

 どうしたら良いのでしょうか……

 私も一緒に道を踏み外せば……

 戻ってくれるでしょうか……

 決めました! 私も紐を身につけます……にゃははは……」

 一見するとまとも(?)に見えるが、知る人ぞ知る、泥酔呟き状態の鈴音が出来上がっていた。

 結局、騒ぐだけ騒いだ二人は、その場で熟睡。それを合図に宴もお開きとなり、俺は彩華と鈴音を一人ずつ(二人いっぺんにはさすがに無理ですので)、部屋に連れ帰った。


 で、この有様であった。

 彩華に鈴音は、二人してこめかみを指で押さえながら、蘇るしかばねの如く、ゆるりと体を起こした。

 その様は、まさに死人返りの行進であった。引き摺るように寝床から抜け出すと、

「うぅぅぅ……」

 無意識のうちに口から出るのであろう呻き声と共に、ズルリ……ズルリ……と、不気味な擦れ音をゆっくりと響かせて、寝室から出て行った。

 確か、さわやかな朝だったはずなのだが――てか、何で二人とも裸だったんだ? お、俺はいてないからな。一切関知してないからな。

 もっともそこに気をやる余裕も無い、美人姉妹であったようだ。

 二人が支度に出ていった間に、俺も支度を整えた。

 が、いつまで経っても二人が戻ってくる様子がない。まあ、あんな状態じゃ仕方ないのだが、かと言って、様子をのぞきにいって、別の意味の『覗き』疑惑をかけられるのも、たまったもんじゃない。と、いうことで限界まで放置する事に決定した俺は、居間のイスに座って待つ。

 カチ、コチ……

 時計の音が虚しく響く空間の中で待つ。

 カチ、コチ……

 誰もいない静かな空間の中で待つ。

 カチ、コチ……

 独り言を言う趣味も無いし。

 カチ、コチ……

 てか既に一時間って。

 カチ、コチ……

 その時だった、

「兄さん……うぅぅ」

「神楽……いぃぃ」

 どうやら自分の声ですら、頭に響くらしい美人姉妹に、

「どうした」

 と、返しながら俺は、二人の私物置き場となっている客間に向かった。

 扉の前に立って、

「入るぞ」

 と、取っ手に手をかけた――そう言えば、この部屋の様子を見るのは、美人姉妹に占拠せんきょされて以来、初めてではないだろうか。

 とにかく占拠されてからは、俺が覗こうとすると、

「舞台裏を見せる訳にはいかん、男子禁制だ」

 とか、

「女には見られたくないところが、いろいろとあるんです」

 などと言われて、入室をかたくなに拒否され続けていた――って、俺の部屋だし、そこ客間だし……客なんて来ないけどね。

 そんな事もあって、というより、どうなっているのか興味津々の俺は、返事を待たずに扉を開いた。


「「あっ!! ……いだだだ……」」

 と、美人姉妹の驚きの声が上がるが、聞こえないふりをして――ガチャリ。

 先ずクラリと頭を揺さぶられる。

 俺を出迎えたのは、あふれ出してきた所謂女の匂いであった。本来のそれは、男にとって決して不快な匂いではない。むしろ包まれたいと思うような、優しく甘い匂いだと思う。

 が、化粧品などの匂いと混ざり合い、更に閉鎖されていた空間という条件が重なったためだろう、凝縮されて非情に濃厚なと言いますか、こってりとも言いますか、むせ返るともいいますか、いくら美人姉妹の心地よい香りに慣れた俺でも、ごめんなさいと言いたくなりそうな、とにかく女の園とは、こういう匂いに満ちているだろうというものだった。

 しかし、別の意味でもクラリときていた。


「えっと、彩華さん、鈴音さん……もしかして、闇姫がやっちゃいましたか? 何だか凄い事になっていますね」

 俺はこめかみを押さえ眉根を寄せて、皮肉たっぷりに尋ねる。

 つまりは部屋が、とんでもない状態になっていた訳だ。一応俺からの戦利品は、しまってあるように見えたのが唯一の救いか。

 その上、二つある長椅子の上には、一糸纏いっしまとわぬ状態の美人姉妹が、おかしな呻き声を上げながら寝転がっている。

 俺の問いかけに、そのままの状態で、

「……い、いや、これはだな神楽……あ、あれだ……なあ、鈴音……いだだ……」

「へっ! 私! あだだ……い、いいえ……ですからですね、兄さん……こ、これはですね……そ、そう、今、今ですね、服を選ぶためにタンスから出したんですよ……で、ですよね、彩華姉さん……うぅぅぅ……」

「そ、そうだぞ、ふ、服を選んでいたのだ……お、おかしな勘違いをするなよ神楽……あだだだ……」

 彩華と鈴音は痛む頭を押さえながら、しどろもどろの言い訳を始めた。

 まあ、確かに二人とも一糸纏わぬありがたいお姿である訳で、例え酔っぱらったおっさんの如く寝転がっていたとしても、着替え中というのは、無理矢理の上、強引にでもこじつければわかりますよ……既に一時間経過してますがね。まさか今までかかって、下着を選んでいたのですか? そのわりに下着でないものばかりが散乱しているようですね。

 更に言えば、この後は制服を着るはずなんですがね。

 でもまあ良いでしょう、お二人の名誉のために、ここはさらりと流しておきますね。

 が、美人姉妹は、そんな俺の優しさを踏みにじるがの如く、ムクリと上半身だけ起こして、

「そ、そもそも神楽が、断り無く入ってきた事が間違いだ……ててて……」

「そ、そうですよ兄さん、ここは男子禁制です。決して男性に見せてはいけない、女の秘密の場所なんです……うぅぅ……」

「と、言う事だ神楽……ぐぐぐ……」

「そう言う訳でこの一件は、お買い物ポイントに付けておきます……いぃぃ……」

 意味不明な反撃を繰り広げ、俺が悪い事になっていた――いつもの事なんですがね。


「で、俺は何で呼ばれたんですか?」

 呻きながらわめく残念な美人姉妹の言葉も軽く流して、核心について尋ねると、

「……って、それは……」

「……ですよね、彩華姉さん……」

 彩華も鈴音も妙に口ごもった。

「えっと、何だか重要事項では無いようですので、居間で待ってるよ。

 とにかく早く着替えて下さいよ」

 俺が言って、きびすを返そうとすると、

「か、神楽、それだ! いたたた……」

「そうです、兄さん。着替えです! うぅぅぅ……」

 二人は叫んで呻いた。俺は当然、

「はい?」

 と、返す事になる。

「うむ、いい返事だ」とか、

「そうですね、男に二言は無いはずですね」とか、

「スケベな神楽に適任である」とか、

「いつも脱がすばかりでは、駄目です」とか、

「うむ、着せる事も覚えろ」とか、

 ――ん? 脱がした覚えは無いぞ。いつも『脱いだ』お前達がいるんだ。

 まあ、なんだかんだと言われて、よくわからんうちに俺は、

「こら彩華、お尻を浮かせろ」「鈴音、どうやったらこれが収まるんだ?」

 などと悪戦苦闘の末、恥じらいながらも嬉しそうな二人に服を着せていた――てか、これって部屋に入らないと出来ないじゃん。つまり言われ損じゃん。


 なんでも二日酔いで、まともに体が動かず、お互い着せ合う事も出来ず、仕方なく(と言っても、嬉しそうだったが)俺を呼んだようだ。

 という訳で、何とか収拾がついた俺達は……俺一人で、朝食を食べに食堂へ向かった――当然、彩華と鈴音は部屋の居間でグデグデしていた。


 俺が食堂で朝食の定番、朝食定食(そのまんまの名前ですが)を食べていると、

「あら神楽ちゃん……うふふ……お一人で、遅い朝食ね……ふふ……昨晩は、荒れた美人さんにあれやこれされちゃってお寝坊かしら……ふふふ」

 相変わらず、朝の時間に似合わない、婀娜あだっぽい姿の社守軍師が、俺の隣に座る――思わず胸元や、うなじに目がいっちゃうんですが。

 紐は首に巻いてませんね。ちゃんとあるべき場所にありますね。そもそもあの紐は、帯締めなんですからね。如何わしい事に使うものでは無いですからね――って、ご存知ですよね。

「あっ社守軍師、おはようございます。

 昨晩、どなたかの茶目っ気のおかげで、彩華と鈴音は目下もっかのところ、頭の中で鳴り響く鐘に苦しめられております。

 もっとも昨晩より今朝の方が……着替えとか……大変でしたが……」

「うふふ……それはそれは、失礼いたしました……ふふ……」

 もっとも社守軍師がそんな冷やかしをするためにわざわざ来る訳がない。

「ところで、どういったご用件でしょうか?」

「あら、神楽ちゃん、もうちょっとお話を――」

 社守軍師は、いきなり自分で自分の言葉を切り、大きく開いた襟元えりもとを整え、しかも席を立って、俺の正面へと座り直して言葉をつなげる。

「――失礼しました。

 『北浜きたはま』へ向かう街道で『離反組』の目撃情報が入りました。あの街道は、『本都』を抜けると『北浜』までは、途中に集落はいくつかありますが、山中を通って行きますので、隠れる場所には苦労しません」

 ――ちっ、表人格に入れ替わってしまった。

「――天鳥神楽あめのとりかぐら筆頭、何かご不明な点でもございますか?」

 ジト目気味の社守軍師であった。

「い、いいえ――それにしても『北浜』ですか……」

 俺は社守軍師の視線を避けるつもりはなかったが、気が付くと視線を落としていた。

「正確には『北浜』へ向かう街道です。が、天鳥神楽筆頭には、少々重い場所でしょうか」

「いいえ、そんな事は……ありません」

 『北浜』は、この『本都』より北に直線で五〇キロ程上がった、海にほど近い人口約五万の大規模集落である。もともと神国天ノ原とバルドア帝国の国境近くの集落だったため、戦争中は街中でも度々戦闘があった。

 そんな『北浜』は俺の出身地であり、戦火に巻き込まれて両親を失った地でもある。

 

「情報はお伝えいたしました。

 天鳥鈴音、山神彩華両名が苦しんでいるようですが……後は、お任せするわね……うふふ」

 最後にまた裏人格になった社守軍師は、暑苦しい、と言いながら、襟元をいつものように大きく開き、スルリと立ち上がって、

「じゃあ、またね……ふふ」

 と、言い残して立ち去った。


「ふ……『北浜』か……」

 俺は、一つ嘆息してポツリと呟くと、食べ終わった食器を返却して、自室に向かう。

 宿舎の廊下を歩きながらふと思った。

 ――そう言えば、彩華と鈴音の出身は何処どこだろう。

 俺達は兄妹と言っても、戦災孤児の施設内での立場的な俗称のようなものであり、実際のところ血縁も無ければ、義理の兄妹でもない。

 だが、戦災孤児の施設にいたという事は、俺と同じような事情で入ったはずだ。

 そんな核心を突くような話だからと言って、今まで話を避けていた訳では無いが、取り立てて訊くつもりもない俺は、出身などを尋ねた事もないし、かと言って彼女達から訊かれた事も無い。

 って、待てよ、俺達は三人揃って入ったような……今ひとつ思い出せない。もしそうなら、彼女達も『北浜』出身かもしれない。

 もし『北浜』出身で、当時の事を闇として引き摺っているようなら、今後何らかの支障が出るかもしれないという不安はある。

 とりあえずは、二日酔い姉妹がいつ動けるようになるかだな。


「戻ったぞ」

 自室の扉を開けながら俺が言うと、居間の方から、

「うぅぅ……騒ぐな神楽」

 だの、

「いぃぃ……もう駄目です。死んじゃいそうです。ですから、兄さん、お静かに……ぐぃぃ」

 などと、聞こえてきた――駄目だこりゃ……

 俺は、居間に入って、社守軍師から伝えられた事を、出来るだけ静かに話す。


「――と、言う事で俺達は『北浜』方面に向かう予定だ」


「…………ですか」

「…………だと」

 少々間を置いた二人はうつむいて、ボソリと呟いた。

 予感的中かな。

 ――思い出してみれば、この空白の二ヶ月間、俺達の誰一人『北浜』へ行こうと言わなかったからな。

 この反応を見ると、少々不安になるが、

「まあ、あくまでも『北浜』へ向かう街道のどこかという事だからな」

 と、目的は『北浜』へ行く事では無く、その道中にある事を俺は強調した。

「――ああ、それは理解しているが……」

「――兄さんも、『北浜』の生まれでしたよね」

 ――も? やっぱりか。

「ああ、そうだが、それが何か?」

 俺が意図して軽く返すと、彩華と鈴音は深刻な表情で、重く口を開いた。

「神楽、私達は同じ日に、『本殿』の施設に入った訳だが……」

「俺はどうも記憶があやふやになっているが、そうだと思う」

「兄さん、こんな話を聞いた事がありませんか?」

「なんだ」

 二人の真剣な眼差しが突き刺すようだ。

「神楽、あの日の『北浜』では――」

「――戦闘が無かったと言う話です……兄さん」


「何だって!」


 俺の脳裏に鮮やかに映るのは、家を焼く紅蓮の炎。それ以外は、いまだにもやがかかっている。

 ――駄目だ、思い出せない。


「決めた。『北浜』に行くぞ!」

読み進めていただき、ありがとうございます。

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