誰がために 02
「兄さん……まだ、起きているのですね」
「相変わらず寝付けないのか、神楽」
俺達が寝床に入ってかれこれ一時間は過ぎている。
あの『オウノ』での一件以来、寝床に入るといろいろな事を考えてしまう。
何事もなくても寝るまでの時間というのは、いろいろと頭の中をよぎるものだ。当然ながら気になる事……心に引っかかる事があるときはなおさらである。しかも悪い事に、考えるのをやめようと思うと、不思議と拍車がかかるから、困ったものだ。
この二ヶ月、自分達の不安をよそに俺を気にかけて、柔らかく優しく包み込んでくれた二人の女性は、今夜も俺が寝付くまで、見守ってくれているようだ。昼間、帝に揶揄されたように、まさに甘えん坊さんの俺であった。
だが、甘えん坊さんは俺だけではない。この二ヶ月、週に一、二日、俺を優しく包む彼女達は申し合わせたように、一人だけで俺の寝床に入ってくる。よく言う『合図』みたいなものである。そういう日は逆に、目一杯俺に甘えてきた――決して、自己弁護をする訳ではないです。
「ちょっと考え事が……いや、毎晩すまんな……」
俺はこの二ヶ月の間、ほぼ毎晩言っている言葉を返すと、右の鈴音、左の彩華に腕をまわし、しっかりと密着する。
こうしていると、二人から伝わる優しい温もりが、安心感へと変わり安らげる。
「昼間、社守軍師に言われた事ですか?」
「ああ、まあ、そんなところかな」
「今の私達には厳しい話だったな」
確かに、反抗する者達を『殲滅』する、という帝や社守軍師の話は理解できたし、国を統治している側として、当たり前の事かもしれない。だからと言って、全てを納得した訳ではない。
当然の事だが、俺でも正当な命が下れば遂行する。心苦しくとも、一万人の一般民衆達が、とある施設に立てこもった『サーベ』のように。あの時の一般民衆達は、武器を手に取り、何らかの反抗活動を行おうとしていた。もしヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアスが離反する事を前提に割り込んでこなければ、立てこもった一万人の一般民衆達は、魔法を発動していた俺に『殲滅』されていただろう。
しかし二ヶ月程前の『オウノ』のように、まだ行動を起こしていない一般民衆達を『反抗の可能性』があるというだけで、『殲滅』しても良いのだろうか。
例え、神国天ノ原の安定を守る行為としても、これは所謂虐殺という行為になるのではないのだろうか。そしてそれは、恐怖による民衆支配、つまりは悪しき独裁になって行くのではないだろうか。
ある意味それを、悪しきものと、大義に上げたこの神国天ノ原によって、滅亡に追いやられたバルドア帝国と、同じ道を進んでいるのではないだろうか。
もっとも、俺程度の者が一国の行く末を案じても、何が変わる訳でもないのだが……あんな光景を目の当たりにしたためだろうか、未だに考えてしまう。俺自身、考え過ぎとわかっていても、何かが引っかかって、気付くと考え込んでいる。
「兄さん、また沈んだ顔をしています」
「うむ、お前がそんなんでは、私達が困る」
「そうですよ。兄さんがそんなじゃ、私達の不安が払拭できません――」
俺の胸の上に頭を置いて、覆い被さるように密着し、上目遣いで話をする鈴音と彩華の声が、胸の空洞に反響して全身に心地よく響き渡る。
ふと思う。俺って狡いんだろうな。二人の俺に対する気持ちを知って、なおはっきりさせないで、こうして良いように甘えている。いつかは報いを受けるんだろうな。
「――そもそも、約束のお買い物がまだなんですよ。いつになったら連れて行ってくれるのですか?」
へ? まさか……
「今までは、神楽が不憫で言い出せなかったが、そろそろ大丈夫そうだな」
って、不安って……
「ちょ、ままま待て待て、お買い物って無効じゃ――」
焦る俺の言葉を、いかにも自ら作ったわざとらしい驚愕の表情で鈴音が『スパッ』と切る。
「ま、まさか、約束を忘れたのですか? こんなに尽くしている女性達との約束を忘れたのですか? 兄さんは、兄さんはそんな薄情な人だったのですか?」
更に彩華が、重苦しい表情をわざとらしく作り出して、
「神楽、確か『男に二言は無い』とも言っていたな」
それでも鈴音と彩華の目つきは本気だった。先ほどの甘えるような上目遣いと違い、殺気が溢れる座った目で俺を見ながら、
「そこに立って机の上に置いて下さい」
先ず、冷めた声で鈴音が言いつつ、とあるものを指先で突く。
ドキリとした俺だが、
「えっと、何をですか? お、お財布……ですよね?」
つい、素で返すと、
「神楽、『何』に決まっているだろう」
更に彩華も、とあるものを指先で突きながら、冷ややかに言った。
「はい? もしかして『何』って、鈴音さんや彩華さんが現在突いている『なに』ですか?」
視線を下半身に向けて、微妙に青ざめて行くのがわかる俺。
「そうです。さっさと置いて下さい、兄さん」
つまらなさそうに言う鈴音。
「つかぬ事を伺いますが、そんなものを机に置いてどうするのですか? それじゃお買い物はでき――」
嫌な汗を拭いながら、尋ねる俺の言葉は『スパッ』と切られ、
「『スパッ』と切り落とします」
ニコリと鈴音が笑った――いやいや、『スパッ』と切るのは言葉だけで……
「はい? 言ってる意味がですね――」
この言葉も『スパッ』と切られ、
「フッ、『スパッ』という言葉より短い、ほんの一瞬ですむ。
私の腕なら痛みを感じる間も無いだろう」
ニヤリと彩華も笑った――いやいや、そういう問題ではなくてですね……
「ちょ、ちょちょちょっと待て待て、どどどどうしてそうなる」
嫌な汗どころか、全身から怪しいほど汗が噴き出す俺である。
「二言を言うのが男でないのでしたなら、兄さんにそれは不要ですね、諦めて下さい……大した活躍も出来ないまま……残念です」
「かと言って活躍の行き過ぎ、放辟邪侈な振る舞いも困る。諦めて覚悟を決めてもらおう」
鈴音と彩華があっさりと言うと、指先に力を入れたのだろうか、いっそう強くとあるものを突いてくる――いやいや、そんなあっさりと諦められるものではないはずだぞ。そもそもお二人さん以外には使いどころが、あっ、それはそれで不誠実ですが……って、やっぱりこの程度のものでは不満でしたか……ご期待に添えるように精進します。ですからお願いですから『スパッ』となんてやめて残しておいて下さい。といっても俺だって、素直に机に上になんか置きませよ。男として一応は抵抗をしますよ。これは重大な事ですからね。力だけなら、鈴音はもとより彩華よりもあると……思います……多分ですが……ですから簡単には――
「あっ、でもでも彩華姉さん、今の兄さんは動けない訳ですから――」
鈴音はニコリ、
(へ?)
いや、大きな目を細めて悪魔的な笑みを浮かべ、
「――このまま私がつまみ上げて、彩華姉さんが『チョキン』と……ふふ、逆でも良いですけど」
続けて言うと、
(ちょ、待て待て、そ、そんなあっさりと、抵抗の機会を奪いますか?)
今度は彩華が『氷結人形』のあだ名が示す通り、冷ややかな、しかし無表情のまま、
「ああ、その方が手間がかからず良いな――」
言いながら、
(いやいや、て、手間とかじゃなくて、ほ、ほら裁判でも弁護とか、意見陳述とか一応抵抗の手段があるじゃないですか)
恐怖のあまり縮こまったものを、突いていた指でつまみ上げ、更に冷たく一言、
「――鈴音、鬼姫を呼べ」
「そうですね、兄さんは今のところ男ですから、女一人で取り押さえるのは難しいですしね……ふっ、今は……
でも、すぐに姉さんになるわね……神楽姉さん……ふふふ」
こ、この二人はやりかねない。テンションも上がりまくっているし、目はマジだし。
そもそも箍の外れた人間なんて、普段では出来ない事も、勢いだけであっさりとやるだろう。
事実、机に置くなどという俺の抵抗で手間のかかると思われた準備は、代替案によりあっさりとつまみ上げられて準備完了――パチパチパチ、誰? 手を叩いて喜んでいるのは。
先ほどまで俺の体を柔らかく包み込んでいた鈴音と彩華は、今はガチガチの拘束具となっている。つまり体の自由を奪われている俺は逃げる事も出来ず、残すは基本的に契約主の命に忠実な『お人形』を呼んで、『チョキン』と一言、事の重大さに対して、あまりに、あまりに軽い言葉を発するのみ。
恐怖のあまり平静さを失っている俺は、自分の『お人形』黒鬼闇姫に防御してもらうなどという考えは、全く思いつきもしなかった。
で……気が付くと、
「……うぅ……」
「「う??」」
この時、同時に身構えた鈴音と彩華は、俺が力任せの反撃に出ようと、唸り声を上げたと思ったのかもしれない。
「うぇ~~~~ん、ごごごごめんなさい。ヘキッ……お、おおお俺が悪かったです。お願いですから『チョキン』は……か、かかか勘弁して下さい……ヒクッ」
だが期待を裏切り、俺は恥も外聞もなく、そして冗談でもなく、大泣きで懇願した。
ギョ!!
「ど、どどどうした?」
「ななな何がいったい?」
「……ひくっ、だ、だって……へきっ……」
「な、ななな泣くな神楽、その……すまん」
「ご、ごごごめんなさい兄さん、冗談が過ぎました」
俺のまさかの反応に彩華と鈴音は、まさに言葉通りの擬音が聞こえそうな程、両の目を大きく開いて言うと、俺達三人はそのままの体勢で、しばらく固まっていた。
コチ、コチ、ヒクッ、コチ、ヘキッ、コチ。
時計の秒針の進む音に、時折しゃくるような音が混ざり、静まり返った室内に妙に響く。
――どれだけの時が流れたであろう、
「その、何だ……ま、まさか……泣く程とは……怯えさせてすまん神楽――」
「ほ、本当にすみませんでした。調子に乗って……こ、怖かったのですね兄さん――」
未だに子供のようにしゃくり上げる俺に、落ち着きを取り戻した彩華と鈴音が、まさに子供をあやすように優しく言う。
が、しかしそれで終わらないのが、『直轄追跡部隊』の怖~い女性陣である――そもそも彩華は、未だにつまみ上げている訳ですし。
「――だが、私というものがありながら、鈴音に……まあ、そこまでは大目に見よう――」
「――ですが、私がいながら、彩華姉さんに……そこまでは大目に見て差し上げます――」
「「――が、更に手を広げようとは――」」
「――間違っているぞ、神楽」
「――許せない事です、兄さん」
二人は多分二守筆頭の事を言っているのだと思う――そもそも手を出すとかでは無いですよ。十中八九、帝の恋人でしょう。
「ともかく次は問答無用――」
「とにかく次は間違いなく――」
未だ彩華がつまみ上げているものを、鈴音がチョキと指ではさみ、
「「――無い だろう(彩) でしょう(鈴)」」
最後にフッと、二人は鼻で笑った。
ヘキッ! これを最後に、ほとんどしゃっくりと化していた俺のしゃくり上げが止まった。
俺は恐怖が極限に達し、言葉を失い、泣く事も出来ず、何も突っ込めなかった――特にお買い物に行くという話から、どう解釈を間違ったのか全く根拠のない、そんな可能性すらない浮気的な話へとそれている事を……
報いを受けるという自分で立てた旗の回収を終えて、就寝前のドタバタが終わる頃には、鈴音に彩華の美人姉妹は、普段の優しい表情を取り戻し、しばらくすると天使のような寝顔になっていた。
が、俺は、目覚めると無いかもしれないという、新たな不安が増えて、簡単には眠れなくなっていた――多分今後も事あるごとに……
朝の柔らかい日の光が、カーテンの隙間をくぐり抜け、睡眠時間の終了を告げる。
どうやら知らないうちに眠りについていたようだ――てか、眠りについた瞬間がわかる人なんて、いないとは言わないが皆無だろう。
体が自由に動くという事は、鈴音と彩華は既に起きて、寝床を抜け出しているようだ。
とりあえず、恐怖の一夜は過ぎ去った訳だ。
であるが、万が一という事がある。先ずは、ものを確認……あった――安堵のあまり涙が出そうになるのを堪える。
ふと、顔に違和感をおぼえ、妙に突っ張る頬に手をやる。
理由は非常に情けないものであったが、昨夜流した涙が乾いたためだろう。
あれははっきり言って、女性に見られたくない、いや、決して流したくない、脅迫、というより拷問に屈した屈辱の涙であった。
そもそも彩華や鈴音の、あの慌てた表情を見た限り、『その程度』の悪戯で俺があんなに大泣きするとは思わなかったのだろう――男からすると、あれは決して『その程度』ではすまない悪戯な訳ですし、それに美人姉妹は本気の目だったし……俺が大泣きしなかったら、今頃マジで無くなっていたのでは。
それはさておき、あんな大泣きしたのは何年ぶり……いや、初めてかもしれない。両親を失った時ですら、あんなに泣かなかったような気がする。
あの時俺は――いち早く家から連れ出され、紅蓮の炎に包まれる家を見ていた。
俺を連れ出した父が、母を助けるために、再び紅蓮の炎が舞い狂う家中に飛び込んで行った。
中からは、父や母の叫ぶような声、だが周りの音にかき消されて、何と言っているのかわからない、そんな声が聞こえてきた……と、思う。
結局父と母は家から出てくる事はなく、紅蓮の炎に焼かれた家は崩れて、そして完全につぶれた。
そんな光景を目の当たりにしたのに、泣いたという記憶は……どうにも思い出せない。
単に幼かったためだろうか。何だか記憶の映像に靄がかかっているような……
何故か漠然とではあるが、両親の死に納得いかない。いや、当然両親の死は受け入れている。それこそ今更そんな事は承知している。だが、何か釈然としない何かが引っかかっている。
だからこそ、あの時泣けなかったのだろうか。
と、寝室の扉がゆっくりと開く。
「兄さん、そろそろ起きて下さいよ」
鈴音が俺を起こしに寝室に入ってきた。後ろには彩華がいる。
「起きていたのだな」
二人は意味ありげな笑みを浮かべると、
「今日は帝からお休みを頂きました」
「買い物に行くぞ」
当たり前の様に言う。
「はい? 何ですと」
俺がとぼけるように返すと、彩華は何やらすりこぎ棒の様な物を取り出して、二本の指でつまみプラプラさせている。それを鈴音がチョキと指で挟んだ。
「「チョキン」」
鈴音と彩華の天使……悪魔のような声がハモる。
とたん、俺の視界が暗転し、思考回路が停止する。
「ひえっ! ご、ごごごめんなさい」
俺の脳裏に昨夜の恐怖が鮮明に映し出されていた。
しかし、昨夜のような度の過ぎた恐怖は無かった。それは多分、美人姉妹が昨夜のような殺気だった本気の目つきと違って、悪戯好きな天使ともいえる、優しい目をしていたからだろう。
「兄さん、もう一度言います。今日は買い物に行きますよ」
「神楽、しっかりと付き合ってもらうぞ」
「「返事は!!」」
「は、はい! 承知いたしました」
と、返すしかない俺であった。
ニッコリと天使の微笑みを浮かべる鈴音と彩華は、俺が期待通りの反応した事にご満悦のようで、鼻歌でも聞こえてきそうなほど軽やかに、クルリと回って部屋を出て行った。
あんな笑顔が見れるなら、情けない俺を演じても良いかと、つい思ってしまう。
待てよ、狡さ、いや狡賢さは美人姉妹の方が一枚も二枚も上手だった訳だ――でもまあ良いか。
読み進めていただき、ありがとうございました。
少々、下ネタ暴走気味で、すみませんでした。
いつもの事かもしれませんが……。