誰がために 01
今は如月、節分を終え立春を迎えた暦の上では春となる。だが、その気配はまだまだ遠く、未だに寒風が吹き、肌に冷たく痛く突き刺さる。
天鳥神楽をはじめとする『直轄追跡部隊』の面々は、二ヶ月程前、紅蓮に燃え上がる『オウノ』を眼前に、忍大将音無道進から命に対する覚悟の甘さを指摘され、精神的に打ちのめされた。
そして事の直後からこの二ヶ月程の間は、『本殿』に戻る事は無かった。いや、戻れなかったというのが、本音であろう。
その間、建前であったが、とある事件をきっかけに、神国軍を離反した魔法使いの二人ヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアスに、その契約する『お人形』金剛輝姫と白輝明姫の、公称『離反組』を捕らえるという命を遂行するために、ただただ無気力のまま、神国天ノ原、及び神国領バルドアを、東に西へ、南から北へと、あてども無く、まさに彷徨い歩き、徒労を重ねて行った。
それでも神楽は、『本殿』で吉報を待つ――と思われる帝へ、行く先々から連絡員を使って報告だけは入れていた。その返事として、時折『直轄諜報』の二守瑠理筆頭より、行き先の指示をされていた。
神楽もそれを不服とする訳でなく、指示に従っていた。
そして、二度目の『オウノ』焼失より約二ヶ月。事実として起きた事が薄れてきた頃、精神的に落ち着きを取り戻したのだろう、『直轄追跡部隊』の神楽達は、神国天ノ原の首都『本都』にある要衝『本殿』へと、ようやくの思いで戻っていた。
当然、帰還早々に『直轄追跡部隊』の面々、天鳥神楽、天鳥鈴音、そして山神彩華は、神国天ノ原の王である天命ノ帝に呼ばれて、執務室に入った。本来なら軍務会議においてうるさ型に、何かと突かれながら申し開きを行う事であると思われるが、帝が気を利かせたのだろう。
「此の度は、多大なるご迷惑をおかけいたしました事、先ずはお詫び申し上げます」
帝の前へ俺を先頭に並ぶと、深々と頭を下げた。
「そんなかた苦しい挨拶は抜きだ。
久しぶりにお前達の顔を見れるんだから、頭を上げろよ」
「本当にご心配をおかけしました」
俺達が頭を上げると、帝はいたずらっ子のような笑みを見せて、
「少しやつれたようだな。音無に言われた事が精神的にこたえたか、それとも……。
フッ――この二ヶ月、毎日のように神楽が甘えて仕方なっかのではないか、彩華、鈴音」
とたん、ボンと何かが点火するような音が聞こえ、
「い、いえ、そのような事は……」
「な、ななな何をおっしゃるのですか……」
と、口ごもりながらも否定する彩華と鈴音の真っ赤になった顔色は、全てを肯定していた。
「み、帝……それは……」
と頭を掻きながら、しどろもどろに言う俺の言葉を、
「まあ、そっちがやつれの原因か……俺も男だから想像ができるがな。
これ以上のツッコミは野暮だな――フッ」
帝は弁護するようにさえぎると、支配者たる王の表情に戻し、
「――ところで、お前達に与えた『勅命』の進行状況は……と、いっても報告では聞いているが、まあ建前でもこの二ヶ月、走り回っていたんだろう。
何か気付いた事は無いのか?」
と、この二ヶ月の本分の成果を尋ねてきた。
「はっきりと言って、返す言葉もございません。
この二ヶ月、いろいろと情報をまわして頂いたにもかかわらず、『離反組』の足取りは全くつかめませんでした」
俺は頭を下げて、包み隠さず返答した。
実際、二守筆頭の情報通りにその先に向かっても、既に逃走した後なのか、全てが空振りに終わった。
俺が惚けていたからという訳でもない。そもそも『お人形』同士、漠然とながらも気配を察知できるはずなのだが、こっちの『お人形』黒鬼闇姫や銀界鬼姫が、『離反組』の『お人形』白輝明姫や金剛輝姫の気配を全く察知できないでいた。
「そうそう、それについては――」
「私の方から付け加えさせて頂きます……ふふ」
少々艶っぽく甘い女性の声が割り込んできた。
背後から聞こえた声につい振り向くと、派手な色合いの着物を着崩し、大きく開いた襟元から覗く白い肌が婀娜っぽく、妖艶な色香を漂わす気だるそうな女性が、ピンと背筋を伸ばして立っている。天才と謳われる社守静軍師であった。
「ん? 静、どうした?」
「駄目ですよ、帝……ふふふ……幼い頃からのなじみのお顔であっても……うふ――」
言いながら、しゃなりと足を進めて帝の横に立ち、
「――一国の主が頭を下げるのは、感心いたしませんわ……ふふ……特に臣下に対してなんて、もってのほかですわ」
と、弟か子供を諭すように付け加えた。
「あ、ああ」
言われた帝も――まあ、嫌じゃないらしい。
少々ばつが悪そうに、社守軍師から目をそらす。
優しく諭されるような帝を見て、俺は無性に羨ましくなる――うちの女性陣は鞭ばっかりで、しかも棘がいっぱい付いた凄いやつですから。
「神楽、この二ヶ月は二人に、たっぷり飴を貰ったんだろ」
ぼそりと俺だけに聞こえる程度で呟く帝に、
「へ? あっ……」
帝は読心術のような能力を持っていたのでした。
「じゃあ、静、説明を」
「はい――」
って、二人とも切り替え速!
表の人格になった社守軍師は、大きく開いた襟元を整えながら、
「――『直轄追跡部隊』の皆さんには、先ずお詫びを申し上げます。
実は『離反組』の行方については、『本殿』でも完全に見失っています」
って、少々驚きましたよ。
「はい? でも、指示が――」
そう、俺達は何度か二守筆頭から、行き先の指示を頂いていた訳ですが、と、付け加えたかったのだが、社守軍師は当然の如くさえぎり、
「ですから、お詫びをと申しています。
あの指示は――」
と、言ったが、非常に言いにくそうに、
「――あまりにあなた達が惨めに見えまして……その、何らかの目的を持たせないと、おかしな事をしでかしそうで……つい、所謂欺瞞の……いいえ、もしかしたら、何らかの成果をもたらしてくれるのではと……私の一存で……す、すみませんでした」
付け加えると、社守軍師は深々と頭を下げた。
何を言われて、何が起きたのか、わからなかった俺達は、言葉を失っていた。
「まあ、静もこう言ってる事だし、この辺りで――」
と、言う帝の言葉に、俺は我に返り、
「あっ、社守軍師、頭を上げて下さい。本を正せば、俺達の引き起こした事なんですから、逆に、こちらがお礼を言いたいくらいです」
気が付けばペコペコと、お辞儀合戦であった。
見かねた帝が、だからこのへんで、と、社守軍師と俺の間に入って、お辞儀合戦に終止符を打った。
「えっと、一つ伺っても宜しいでしょうか?」
俺は、マナー違反と知りながらも、特に主語を付けずに尋ねた。
「はい、何でしょう」
俺が何を訊きたいのか、当然わかっているはずの社守軍師が、しれっとした態度で言葉を返す。
「何故俺達は『オウノ』に招集されたのでしょうか?」
俺は、根本的に理解できなかった事を尋ねたのだが、
「え?」
小首を傾げた社守軍師の口から、予想できない音が発せられた。
妖艶な色香漂う美女に似合わない可愛らしい仕草、そのギャップに思わずドッキリする。
「あ、あれ? もしかして、おかしな事を尋ねましたか?」
的外れな事を言ってしまったのだろうか、などと考えたとたん、顔が熱くなってきた。
「あなた達の本分は?」
「はい、『離反組』の追跡と確保ですが……」
俺が部隊名となっている事を、当たり前のように言うと、
「あれ? そのままの命を出したのですが……」
と、言いつつ社守軍師は小首を再度傾げる。
か、可愛い――と、わざとらしく咳払いをする帝の視線が、俺に突き刺さる。
「えっと、『万年丘』で取り逃がして以後、それらしい指示は頂いてないのですが……
確か二度程連絡があって、一度目は『トゥルーグァ』に行けと、で、二度目に『オウノ』で音無忍大将と会いなさいと、そんな内容でしたよ」
帝の視線に少々慌てて俺が大雑把に経緯を説明すると、
「やっぱり上手く伝わらなかったのかしら……うふふ……それともわざと間違えちゃったのかしら……ふふ……瑠理ちゃん」
って、瑠理ちゃんって、二守筆頭の事ですよね。その存在は極秘事項だったのではないのですか?
とりあえず鈴音と彩華は、誰それ、みたいな顔で聞き流しているけど、
「――てか、二守筆頭……何しているんですか?」
あまりに自然にそこに立っている仮面の女性、そう、そこにいる事があまりに自然だったため、非常に冷静に、極々、至極普通に言葉をかける俺でだった。
帝を挟んで社守軍師の反対に立つ『直轄諜報』の二守瑠理筆頭。
社守軍師とお揃いの派手な色合いの着物を纏い、大きく開かれた襟元から覗く白い肌は艶かしい。その全身からは妖艶な色香を漂わしており、やはり二人は共通するものを感じる。今の見た目で大きく違うのは、肩程で揃えられた髪型と、まあ仮面の有る無しくらいだろう。
さすがに鈴音も彩華も、目の前に仮面を付けた不審な人物を見て、誰それ的な表情から、ポカンと半ば口を開き、目を丸くした、所謂呆気に取られた表情に変わっていた。
帝が一つ息を吐いて、
「秘密にしておきたかったんだけど、まあ紹介しておくよ。
彼女は『直轄諜報』の二守瑠理。立場的に、素顔を見せたり、声を聞かせる訳にいかないので、このような無作法を許してやってくれ」
紹介が終わると、二守筆頭はサラサラと何やら書いていたメモを見せる。
『鈴音ちゃん、彩華ちゃん、初めまして。
神楽ちゃんは、お久しぶり』
鈴音と彩華はメモを見ると、ペコリと頭を下げた。そして頭を上げると、訝しげとも、物言いたげなともとれる不思議な表情で、俺に視線を向けた。
すると、ペラリとメモをめくる音がする。
『上手く伝わらなくてごめんなさいね。
あたし、うっかりさんだから――テヘ』
更に二守筆頭はコツリと自分の頭を叩くそぶりをしている。きっと仮面の下では、舌を出しているのだろう。呆然と見つめる鈴音と彩華の頭の中では、『カーン』と鐘が鳴っているようだ。でもね、これくらいじゃ俺は、ガンときませんよ――ふふふ、慣れとは恐ろしいもんなのですよ。
ペラリ。
めくられたメモを読んだ俺は、
「ふ、二守筆頭、そ、それは、この場に、そ、そぐいませんよ」
ブチッ! ブツッ!
って、変な音が聞こえたぞ。幻聴とかじゃ無いぞ。ま、間違いなく聞こえたぞ。
自分でもわかるくらい青くなり、さらに背後の空気の温度が異様に下がり出した事を感じ取る。
「兄さん――これは一体どういう事でしょうか」
「神楽――私達だけでは不満と」
「「きっちり説明をお願いします」」
背後より聞こえた、冷ややかな怒りの声を背に受けて、
「ちょ、ままま待て待て、事実無根だぞ。
ふ、二守筆頭、勘弁して下さいよ」
必要以上に慌てた俺――武器の持ち込みが禁止されていない場所であったなら、問答無用、間違いなく背中で二本の斬撃を受け止めていたであろう。
メモには、
『神楽ちゃんとの熱いひと時を思い出して……つい……ウフ(ハートマーク)
お買い物に行ったら、ピッタリの紐を買ってね……ウフフ』
とあった。てか、ピッタリの紐って……意味がわからんぞ。
そして、更にペラリ、恐怖のメモがめくられる音がする。
『ちょっとした冗談でした……ウフ。
ビックリしちゃった? ねえねえ驚いちゃった?』
と、更にVサインの二守筆頭。仮面の下には、満面の笑みを浮かべているのだろう。
ガン、ゴン、グワァンと、俺達それぞれの頭に金ダライが落ちたのは、幻ではないのであろう。慣れている俺はさておき、怒りの向け先を失った鈴音と彩華は、何を言う訳でもなく金魚のようにパクパクと口を動かし、ウロウロと視線を泳がせていた。
そもそもちょっとした冗談で、命のやり取りは、笑えませんよ。
「あ、相変わらず楽しませて頂き、ありがとうございました」
と、言う事が精一杯の俺であった。
「さて、和んだところで――」
と、一段落ついたところで帝が割って入る。
「――お茶目な瑠理はさておき、静、しっかりと説明してあげなよ」
ペラリ、『酷いです帝……グスン』
涙目の二守筆頭の素顔を想像する――が、一切が不明なので、似ていそうな社守軍師を涙目にしてみる……妙に愛おしいぞ……これ以上の妄想は危ないので、さておきます。
「はい――」
と、社守軍師が帝の言葉を受けて返事を返す。
「――あの『オウノ』だったところに、千人程が集まっていた事は、音無道進忍大将から聞かされているはずですね」
「はい、『サーベ』で事を起こした『反抗軍』の残党と伺いました」
「そうです。特に、中央を固めていたのは、『ナイグラ機関』の残党でした。
そして、もっとも中心の人物、つまりリーダーは、アディーラ・バルドラインと名乗っていました――」
「名乗って?」
名乗るという言葉に引っかかった俺は、つい社守軍師の言葉をさえぎってしまった。
「そうです、名乗っていました。
彼の本名は、ルシェディオ・バルドア。
今なおバルドア帝国が残っていれば、次期皇帝であった者です」
「それって――」
俺は次の言葉を出せなかった。いや出したくなかった。
が、社守軍師はさらりと言う。
「バルドアの再興。
皇帝になる人物。軍部を支えていた者達。そして、この神国天ノ原に少なからず反感を持って集まった一般民衆達。
条件は揃っていました」
「で、ですが、あれは……『殲滅』は少々やり過ぎでは。反感を持っていたとしても、一応一般民衆達だった訳ですし……見せしめですか?」
俺は無礼を承知で最後の言葉を言う。
「神楽、あれは公表しない」
帝が呟くように一言で答えた。
「ですが……私達があの場にいる必要は――」
立ち直っているとはいえ、思い返したくもない事実である。俺は、思案がまとまらないうちに言葉が口から出ていた。
が、社守軍師がさえぎり、
「わかりませんか? あの場にいたのですよ、彼らの切り札が」
社守軍師の言っている意味は、はっきりとわかった。だが、口から出た言葉は、
「はい?」
の一言。我ながらおかしな返答をしていると思う。
「『離反組』がいたのですよ。
あの組織は『離反組』の逃走を手助けしていました。
そして、あなた達の役目は、万が一の時の保険でした。
そう、万が一『離反組』に反撃を受けたときの保険としてです――」
社守軍師は、冷ややかな表の人格のまま、更に、と前に置いて、
「――中央は叩きましたが、まだ残党は残っています。
今後は、未だ生死不明の『離反組』の確認はもちろんの事、その組織の残党も潰して頂きます」
外を吹く寒風の如き命は、春の訪れはまだまだ先の事と、俺達に知らしめた。
読み進めていただき、ありがとうございます。
今回より第五部のスタートなります。
一応、このお話の最終章として書いいくつもりです。
あくまでも一応です……
更新が少々開くかもしれませんが、あとしばらくの付き合いを宜しくお願いします。




