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上と下 22

日にちの表記間違えを修正しました。2・24

「兄さん、疲れました~。オンブして下さい」

「私も疲れたぞ、神楽。ここは抱っこで我慢がまんしておこう」


 俺の前を歩く鈴音と彩華は、時々振り向いてこの言葉を繰り返す。

 確かに一昨々日さきおととい神国天ノ原しんこくあまノはらの西端『万年丘まねおか』を出た俺達は、もう間もなく東端『オウノ』に辿り着く。まさに西から東への大横断、急遽きゅうきょ行き先を変更された少々強行な日程もあり、さすがに疲労も溜まっている。


「あのですね、お二人さん。どこまでお姫様なんですか?

 荷物を持だけじゃ不満ですか?

 できれば俺が抱っこやオンブされたい気分なんですよ」

 両手に花――いや、美人姉妹の荷物を持つ俺である。その上、歩みの遅い『お人形』黒鬼闇姫くろきやみひめ銀界鬼姫ぎんかいききを両肩に乗せている訳です。これ以上、どこにどう乗せろというのですか?


「に、兄さんはやっぱり、そういうプレーが好みなんですか? 多少胸には自信がありますが、さすがに母乳は出ませんし……ま、まさかおむつとか哺乳瓶とかを、用意しておかないといけないのでしょうか?」

 鈴音は、そのけしからん胸の膨らみを誇示こじするかの様に、両手で持ち上げてみせる。

 ついつい目をやってしまう俺に、

「確かにこのところの神楽は残念続きだが、まさかそこまでとは……」

 言いつつ彩華は、少々冷ややか視線を俺に向ける。

 俺は慌てて視線をそらして、

「こ、こら、な、何をおかしな勘違いをしているんですか? 二人とも冷静になって下さいよ。

 えっと、言い直します。

 俺も疲れたからオンブや抱っこしてほしいと、言ったんです」

 と、話をそらすが、

「兄さん、私達のようなか弱い女性にそれをさせる気ですか?」

「神楽、私達はこう見えても女性の範囲に収まっているはずだぞ。

 贅沢ぜいたくは言わんが、他の女性に接するように、もう少し優しく扱ってくれると、ありがたいのだがな」

 当然、美人姉妹に逆襲される。


「……、えっとですね、こう見えても俺は、かなり優しい扱いをしているつもりですが……不満なんですか? もしかして、この上更に、馬になれとか言うんですか? お願いですから、勘弁して下さいよ」

 と、言う俺に対して、素早く反応して大きなお目目めめを見開く鈴音は、

「に、兄さん、何を危ない事を言ってるのですか?

 ま、まままさか、私達に姫じゃなくて、その筋の女王様になれと……そ、それはちょっと……そんなプレーが楽しめる程ですね、経験もしていない訳ですし……」

 意味不明な事を言い出すと、彩華が呼応して、

「うむ、まさか神楽にそんな性癖があるとは……今後の対策を考えておかないとマズいな」

 と、相変わらずの毎度のパターンです。


「そうだ彩華姉さん、それなら良い先生がいます」

「誰だ、それは?」

金剛輝姫こんごうききちゃんですよ」

「なるほど、今度会ったら、いろいろと聞いておくか」

 さすがに二人の暴走を止めるために、

「あのですねお二人さん。話が随分とおかしな方へ向かっていますけど、俺にはそんな趣味は無いからな……今のところ……」

 と、口を挟んだ訳だが…………




 時間は間もなく午後九時となる。

 周りには集落も無い『オウノ』地方へと向かうこの街道は、薄い雲に覆われた夜空のため、唯一の明かりとなる月の白光もなく、目鼻程の先も見えない程の闇となっていた。

 更に初冬という時期であり、虫の鳴く音すら聞こえない、耳が痛くなるような静けさに包まれてもいた。

 そんな静寂を打ち破るのは、どこに行ってもにぎやかな『直轄追跡部隊』の面々であった。

 一応部隊長の天鳥神楽あめのとりかぐらが言う言葉を、二人の女性が揚げ足を取るようにからかう。


「いいえ、私は普通の受け答えをしただけです。

 おかしいのは、兄さんではないのですか?」

 一人は肩程で切り揃えた栗色の髪の魔法使い天鳥鈴音あめのとりすずね。大きなお目目と、けしからん胸の膨らみが印象深い、可愛らしい系の美女である。


「まあ落ち着け鈴音。神楽もあれで、いろいろと辛い事があるのだ。

 そういう趣味は、周りに迷惑がかからない限り、大目に見てやろう」

 もう一人は、漆黒しっこくうるしで仕上げられたような美しく、そして長い黒髪を持つ侍大将山神彩華やまのかみあやか。少々表情に乏しく冷ややかな容貌ようぼうだが、容姿と共に均整のとれた、所謂いわゆる美女である。





 結果は…………

「確かに、兄さんも男――いいえ、若くて元気な雄ですから、溜め込んだ欲情や好奇心のおもむくまま、あんな事やこんな事をしたいのでしょうね。

 それは、まあ、それで……兄さんが喜ぶのなら……つま先ぐらいな踏み込んでも良いと思ってますが……」

 最後は口ごもりながらも、妙に嬉しそうに言う鈴音と、

「うむ、男というものは、何歳になっても柔らかく温かな母性に甘えたり、か弱いものに打ちひしがれ、いたぶられたい事もあるのだろう……神楽がどうしてもというのなら……手伝うのはやぶさかではないが……」

 同じく、最後は口ごもりながら、やはり嬉しそうに言う彩華。

 何故か俺の脳裏に、デンデン太鼓を持って子供をあやす鈴音の姿と、妖しい艶を放つ危ない服をまとって、むちを振る彩華の姿が映し出されていた――う~ん、逆も有りだな、へへへ……


「「おかしな想像をしない!!」」

 と、美人姉妹の見事なコンビネーションに、まあ、結局状況は悪化の一途をたどった訳です。


「あのですねお二人さん、何だか非常におかしな勘違いをしているようですが……そりゃ時には……あっ、いいえ、と、とにかくですね、もうちょっとで到着しますから、元気を出して行きましょう」

 結局、これを言うのが精一杯の俺であった。


 そんな調子で歩き続け、ここを越えれば『オウノ』という、最後の峠道に差し掛かった。


「いったい『オウノ』に何があるんだろう……」

 俺はポツリとつぶやいた。


「ちょ、ちょっと、兄さん! 何を今更言い出すんですか?」

「か、神楽、何も知らずにここまできたのか?」

 と、俺の言葉に素早く反応して、言い返す鈴音や彩華のご意見は、ごもっともなんですがね、

「えっとですね、鈴音も彩華も、あの単純明快な指示書は見ましたよね」

 と、言う俺を美人姉妹はいぶかしげな表情で見返し、

「だって、ねえ、彩華姉さん」

「うむ、前例があるからな」

「はい?」


「「また、何枚か抜いていたのでは??」」


「ですから、そんな事はしてませんよ!」

 と、真っ向から否定する俺に、

「まあ、良いでしょう。今更、過ぎた事です」

「仕方ない、信じておこう」

 鈴音と彩華は言いつつも、その目は、疑惑十割のジト目であった。


「とにかくですね、『オウノ』と言えば、ガラス状の物質で覆われた大地が広がるだけの場所なんですから、そんな何も無いようなところに、今更何をするために――」

 と、繰り返し言う俺の言葉を鈴音がさえぎり、

「兄さん、今夜、音無忍大将に会ってくれって、いったい何時に何処どこで……」

 さらに彩華が、

「単純に『オウノ』といっても、広いぞ。

 どうするんだ?」

 確かに、言われる通りなんですがね。


「まあ、でもほら、諜報部をまとめる音無忍大将ですからね。俺達が何処にいるかなんて、わかっている訳ですよ……きっと」

「じゃあ、こうして進めば、音無忍大将から会いにきて頂けるんですね」

 と、単純に納得する鈴音に、

「ふん、今は神楽の能天気理論を信じるとしようか」

 と、一言含みを持たせながら、とりあえず納得する彩華であった。


「とにかくですね、この峠を越えると『オウノ』ですよ。あと一時間程でしょう。

 何があるのか知りませんが、とにかく進みましょう」

 俺が言うと、鈴音と彩華は、は~い、と、少々気だるそうに返事を返し、足を進め出した。





 時間は午後九時半になる。

 ここ神国天ノ原の首都『本都ほんと』にある要衝『本殿ほんでん』、その敷地内にある皇宮のとある寝所に、この国の王である天命ノ帝あまめノみかどはいた。

 寝るにはまだまだ早い時間であるが、帝は気だるそうに寝床で突っ伏していた。

 そこにパタパタと廊下に響く小刻みな足音が近づき、寝所の前で途切れると、カチャリと静かに扉が開く。


「あら帝……うふふ……もうお休みですか?」

 と、入り口にピンと背筋を伸ばして立つ女性が言う。

 神国天ノ原の天才軍師とうたわれる社守静やしろもりしずである。

 派手な色合いの着物を上品に着崩して、大きく開いた襟元えりもとからのぞく素肌が妙になまめかしい。普段は一束のシニヨンにまとめている琥珀色の髪は、今はほどいて腰程の長さになっている。そのため普段なら艶かしく自己主張するうなじは、残念ながら隠れている。

 それでも、気だるそうな目つきと表情は、充分すぎるほど妖艶な色香を漂わしている。


 静は扉を静かに締めると、一歩、二歩と帝が突っ伏す寝床に近づく。


「ああ、静か……どうだ?」

 帝はだるそうに首を上げて、問いかける。

「うふ……いい男が、台無しですわ……ふふ――」

 突っ伏していたためだろう、帝のほほに袖口の刺繍ししゅう模様の跡がついている。

 静が自分の頬に指を向けて指摘すると、帝は照れくさそうに、頬をさする。

「――それでは取れませんわ……ふふ。

 さて、先ほど『直轄諜報』から連絡が届きました」

 静は表の人格に入れ替わると、少々恥ずかしそうに襟元を直す。

「終わる……いや、始まるか」

 帝は端的に言う。

「はい、間もなく……」

 返す静の表情が曇る。それを見た帝は、

「どうした、静」

 と、問う。

「本当によろしいのですか? 今ならまだ止める事も――」

 言う静の言葉を帝が切って、

「ああ、これで良いんだ」

 やはり一言で返した。





 時間は午後十時数秒前。

 この峠を登りきると間もなく眼前に、ガラス状の物質で覆われた『オウノ』の大地が見えるだろう。


 時計が午後十時を指し示した。


 と、光の無い闇夜の空に、寒雷かんらいが遠くでまたたくくような仄白ほのじろい光が数度明滅するのが見えた。


「遠雷? 雪でも降るのか?」


 すると突然、俺達が向かう東の空があかつきに染まる。


「あれ? 日の出? って、そんな時間じゃないし?」


 夜空を覆う銀幕のような薄白い雲は、暁――いや、紅蓮の色を映し出していた。

 直後、ゴゴと、わずかに聞こえる地鳴りが、徐々にその振幅を大きくし、ついには足下から振動として伝わる。


「なに? い、いや、マズい!」

 咄嗟とっさに危険を感じた俺は、

「闇姫! 防御結界を!

 彩華、鈴音、俺の後ろへ!」

 言うが早いか、『命の糸』を闇姫とつなぐ。


『神楽君、これぇ』

『ああ』

 頭の中に開かれた魔術書の呪文を詠唱する。今回は素早く展開できる簡易結界のためだろう、『印の舞』はない。


「ここは我の行く道

 ひれ伏し、避けよ」


 闇姫が手を差し出す方向に、薄ら白い、だが透けるような光の壁が、俺達の前面を護るように立ち上がる。


 予感的中、それは防御結界を展開したと同時、足下から腹を震わす地鳴りが、全身を、更には視界をも揺さぶる振動となった時であった。

 今まで耳に入っていた全ての音が、『何か』に吸い込まれるように吸収、それとも集約されたのか、完全無音と言ってもよい、静寂というにはあまりに不自然な無音世界が訪れる。


 それは極々、至極短い時間だったであろう。

 だが、それは一秒にも、一分にも感じる。

 何キロも先の針を落とす音さえ聞ける。

 周りの音全て消し去った異様な静寂。

 あまりに静か過ぎると警告をする。

 事に対処するため鋭さを増した。

 聴覚が、視覚が、全てが痛い。

 そして目に映り込むそれは。

 音も無く、眼前の木々をなぎ倒しながら迫ってくる『何か』であった。


 刹那。


 轟ッ! とうなりをあげる爆風の様な『何か』が、俺達に襲いかかろうと結界にぶち当たり、防壁をキキときしませる。


 直後。


 今まで吸い込んだ全ての音を吐き出したかのような、天壌てんじょうをも揺るがす轟音、いや、爆音が到達する。

 耳をふさぐ間もなく、荒れ狂う爆風の様な『何か』の嵐の中、結界内で耐える。


『神楽君、大丈夫かなぁ』

 珍しく不安の声を上げる闇姫に俺は、

『大丈夫だよ』

 と、根拠はあまり無いが、自信を持って返事を返す。

 俺や鈴音や彩華ではなく、魔力を放つ闇姫が不安になるのは、おかしな話だが。

 展開していた結界は、短時間で展開できる簡易結界である。魔法使いの攻撃魔法はさすがに無理だが、一般的な攻撃力なら問題なく防げるものである。

 しかし、今押し寄せてきた力は一般的なものであったが、今までに無い規模のものだったためだろう。

 俺も多少なりと不安を覚えながら耐える。

 直撃すると生命の危機を覚える程の、激しく荒れ狂う爆風の様な『何か』の嵐に耐えていると、一秒が一分どころか、十分にも一時間にも感じる。

 多分、痛い程鋭敏えいびんとなった知覚が、普段の何倍もの情報を集めているため、時間が間延まのびしたように錯覚しているのだろう。

 そんな中、後ろの様子を見るために俺が振り返ると、鈴音と彩華は、恐怖に怯えた様子はない。

 二人揃って目の前の出来事を、口を半開きに目をきょとんと丸くした、正体不明の何かに出会った時のような、それとも不思議なものを見ているような表情で見ていた。

 こんな時、なんだが、俺って案外冷静なんだろうか。


 この時、吹き荒れる爆風の様な『何か』の嵐は、十秒にも満たない数秒程度の、わずかな時間で通過したのだろう。

 全てが過ぎ去り、辺りに普通の静寂が戻ったのを確認すると、俺は結界を解いた。

 だが、日の出まではまだまだ時間のある東の夜空は、相変わらず紅蓮に染まったままである。


 あまりに突発的な事だった。

 轟音、爆音の中にいたためだろうか、鈴音と彩華はいまだ放心状態にある。


「何だったんだ?」

 ポツリと呟く俺。

 ややの間を置き、

「に、兄さん、何だったんでしょうか?」

「神楽、何事だ?」

 正気を取り戻しつつある鈴音と彩華の問いかけに、

「いや、俺にもわからんが……でも、ろくな事じゃないのは確かだと思う――」

 と、どうとも取れる答えを返しながら更に、

「――とにかく、先を急ごう。あの空の色も気になるからね」

 言いつつも、ゆっくりと歩き出した。


 峠をのぼりきると、眼前に『オウノ』の盆地が広がる。

 だが、そのほぼ中央に不自然な範囲に広がる紅蓮の炎が見える。ガラス状の物質に覆われて、燃えるものが無いはずの大地であるにもかかわらず、ちょっとした規模の集落程の範囲を紅蓮の炎が覆っている。

 そして、周りのガラス状の物質が、その紅蓮の光を反射して、夜天を覆う銀幕のような薄白い雲に投影していた。


「に、兄さん……あれ……何でしょうか?」

「お、俺にも良くわからん……何かの実験か?

 あ、彩華、確かこっち方面の警察軍をまとめていたよな、何か知らないか?」

「い、いや、何も知らんぞ、神楽こそ何か知ってるのでは?」

「いや、何も……でも鈴音は?」

「わ、私も知りませんよ……ですから彩華姉さんは?」


 目の前の事象を見て、俺達は同じ疑問を呈したが、当然誰一人答えは知らない。そんな問いかけに、答えにならない問いかけを返すを繰り返しながら、紅蓮の炎に向かって俺達は足を進める。

 なぎ倒された木々を見る限り、先ほどの爆風の様な『何か』は、あの紅蓮の炎を中心に広がったと思われる。

 この辺りには、そんな中心方向から飛ばされてきたのだろう、ガラス状の物質の欠片が、なぎ倒された木々のらめく影の隙間から、キラキラと無機質な紅蓮の光を反射する。

 それは足を進めて行く程に、有機質の揺らめく影は減り、無機質な紅蓮の反射光の割合が増して行く。

 やがて揺らめく紅蓮の炎を、無機質な紅蓮の光に変換して、きらめいているガラス状の物質に、そのほとんどが覆われた大地へとなった。


 その時。

 俺達の前に。

 紅蓮の炎を背に。

 その輪郭を揺らめかせ。

 地より召還された魔王にも似た。

 それとも天罰を下すため使わされた天使か。

 そんな恐怖ともとれる感情を沸き上がらせるような、一つの影が現れた。

 そしてその影は、轟々とうなる紅蓮の炎に、かき消されない程度の低い声で、


「帝の正義は、我が正義」


 何を言われたかわからない俺達は、何も言い返せない。

 更に影は、

「ここにつどいしやからは、やがては帝をおびやかす存在。

 よって、『殲滅せんめつ』した」

 俺は、『殲滅』という言葉の意味を当然知っている。

 こおりついたような口を開いて、

「あなたは一体……」

 と、ようやく言った俺に影は、

「主らは、指示書を見ておらんのか。

 我は忍大将音無道進おとなしどうしん

「こ、これは失礼した、私は――」

 何とか平静を装った振りで俺が挨拶を返そうとするが音無は、

「挨拶は不要。

 今一度言おう。

 帝の正義は、我が正義である。

 ここに集いし一般民衆を気取きどった輩千人程は、やがては帝を脅かす存在となる。よって、我らは帝の命を受け『殲滅』した」

「ま、待て、まだ何もしていない一般民衆千人を『殲滅』したとは、いったい……」

 慌てて俺は返すが音無は、

彼奴きゃつらは、既に『サーベ』で事を起こした、そして主らが討たなかった残党である。

 一度は猶予を与えた。二度目は無い」

 整然と、しかも冷徹に、自身のうけたまわった命を正当化する。

「だが、まだ何も……」

 俺の招いた事の結果に反論できない。

 更に畳み掛けるように、

「可能性があれば充分である。

 既に我らは任を終え、引くのみであり、相容れぬ話を、主らと続けるつもりは無い。

 この程度の命を実行できぬ主らは、この状況をしかと見届け、今後の身の振りを考えるが良い」

 あくまでも、冷たく、鋭く、低く、重く、そしてささくように言った音無は、気が付くと俺達の脇をスルリと抜けて、闇に消えていた。


 ここにある全ての有機物を焼き尽くす勢いで、唸りを上げる紅蓮の炎の前に残された俺達は、誰も何も言わない――いや、言えない。

 ただただ、無言で眼前で起きている事象を見つめているだけであった。


 俺は、信頼してきたものが、抜け落ちる喪失感を味わっていた。

 契約の主旨に従い、『争いを無くすため』に闘う矛盾を。

 針の先に立つかの如く、絶妙なバランスをとって。

 支えてきたものが、心からポトリ抜け落ちた。

 紅蓮の炎に炙られて、昇華するように。

 一つ、また一つと消え去って行く。

「今まで何をしてきたんだろう」

 誰かの呟きが聞こえた。

 鈴音か、彩華か、それとも俺自身が言ったのだろうか。

 俺達はそのまま立ち尽くす。


 全ての有機物を焼き尽くした、紅蓮の炎が小さくなった頃、いつの間にか薄雲が晴れた東雲の空から、わずかに朝日影が俺達を照らしていた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

今回、少々強引にまとめてしまいましたが、第四部最終話といたしました。

何かございましたら、一言頂けると幸いです。

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