議場にて 6
全面的に見直ししました。 12・4
「大石原総長、いろいろと騒がして大変申し訳ございませんでした」
俺は話の輪に入ると、先ず大石原総長に謝罪をした。
「まあ、大事に至らなくて何よりだった。
鈴音君の話では、帝からもおとがめなしということであるが、儂から一言だけ言っておく。
まあ、もう少し先を見た行動をしなさい。
お前たち兄妹は通常では考えられない程の大きな力を持っている。多少遠回りしても、その遅れを取り戻す事は容易いはず。
今回、その意図がはっきりしない勅令の件もある。その強大な力の使いどころ、決して誤るのではないぞ」
「はい、本当にすみませんでした」
『ごめんなさいですぅ……ペコリ』
と、再び頭を下げた俺と闇姫が、頭を上げると、目尻を下げた大石原総長が、珍しくボソっと呟く。
「闇姫ちゃんはいつも可愛いな……おっと……いかん……」
って、そういう事を言う印象が無いのですが、一体どうしたのですか? と、突っ込む。
『へへぇ、可愛いって言われちゃったよぉ』
闇姫は何も考えず、嬉しそうだ。
と、いきなり話を元に戻す大石原総長――も、もしかして、照れたのか? 照れたのですよね。で、照れ隠しですよね。
「とはいえ今回彼らの言動に問題があったのは確かだな。ヘタレであるが故に力によるその場の解決は容易である。しかし彼らのような腰巾着といわれる文官や、それに近い者共は根が深いぞ。後々五月蝿い事を言ってきたり、ネチネチとしつこいから、聞き流すのが一番だったかもしれないな、彩華君」
「って、私もですか。
神楽、お前のおかげで私まで巻き込まれたぞ」
いきなり話を振られて、慌てる彩華に、
(あれあれあれ? 今回の一件の口火を切ったのは彩華さんだった気がするんですが……)
と、俺の記憶には残っていたりする訳だが――とりあえず、彩華にも謝っておこう。
「暴れそうになっていた誰かを止めた俺が、最終的に暴れてしまいました。
その結果、彩華さんをはじめ皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」
「あっ……」
俺の皮肉がたっぷりと入った謝罪を聞いたとたん、彩華の顔が桜色に染まった。
(よし、勝った)
普段、何かと言いくるめられているだけあって、ここぞとばかりに変な戦勝気分で、少し誇らしげになっていた俺が周りを見ると、不思議そうな顔つきでこっちを見ている闇姫と視線が合った。
『わぉ、神楽君、彩華ちゃんに勝ったのぉ? 何で何でぇ?
謝っていたから、負けたと思ってたのにぃ、いきなり「勝った」って言うから黒、びっくりしちゃったよぉ』
『あのですね闇姫さん、それは勝負に勝ったと言う事ではないのですよ』
『えぇー、じゃあどう言う事なのぉ。神楽君、意味がわかんないよぉ。黒にはさっぱりだよぉ』
『うーん、それはだね、自分の予想していた通りになったから、自分自身を褒めたというのか……まあ、そういう事だ』
「くっくっ、もうだめ。
何が『まあ、そういう事だ』ですのよ」
いきなり鈴音が、肩と共にけしからん部分も震わせて吹き出した。
『あれぇ鈴音ちゃん、どうしちゃったのぉ』
『神楽様も黒鬼闇姫さんも、いい加減にしてくださりませんですか。
その怪しい会話が嫌でも耳に入ってくる、私たちの身にもなって頂きたいですわ』
『銀ちゃんまでぇ。何で何でぇ? 黒、なんか変な事を言っちゃったのぉ』
いきなり吹き出した鈴音を大石原総長と彩華が不思議そうな顔で見つめていた。
無理もない、彼らには俺と闇姫のやりとりは聞こえていないのだから――万が一聞かれていたら、俺は彩華にバッサリと。
「鈴音君、いったいどうしたんだね」
「あっ、すみません。
その……兄さんと闇姫ちゃんの会話があまりに変で、それでつい……」
「いったい何の話をしていたんだ?
どのみち神楽の事だから、ろくでもない話をしていたのだろう」
「そんな事はないぞ、彩華。
俺は闇姫に『勝ち』という言葉について説明をしていたのだ」
「だからそれでなぜ鈴音が吹き出すほど笑えるんだ」
「彩華姉さん、あの時闇姫ちゃんは、兄さんが彩華姉さんに『勝った』ってどういう事かって聞いてたの。その二人の押し問答が可笑しくて……」
――あの、鈴音さん、ありのままを話すのは、兄の身を危険に晒している訳ですよ。
「ほう、私に『勝った』と神楽は言いたいのだな。
私としては、決してしまった勝負事の勝敗に何も言う事はない。それはそれで良いのだが、どのような勝負があったのか、わからないままでは私自身釈然としない。今一度はっきりとした結果の出る勝負をしよう」
――ほら、思った通りの反応です。
「……あの彩華さん、深く追求しないで下さい。何なら俺の負けで良いです」
で、ヘタレな俺がいる。
「なんだ情けない……まあ良いか。
とりあえず軍務が残っているので先に退室する。
大石原総長、お先に失礼させて頂きます」
「ふむ」
そう言って会釈をした彩華は退室した。
見送る俺に闇姫がすかさずツッコミを入れてくる。
『なぁんだぁ、やっぱり神楽君の負けだよぉ』
『闇姫、それは違うよ。こういうのを「負けて勝つ」って言うんだ』
『なにが言いたいの? 神楽君、まったく意味がわかんないよぉ』
『この話はまた今度な、闇姫』
闇姫との話をまとめた俺は鈴音に話しかけた。
「さて、俺たちも戻ろう」
「そうね、これ以上ここにいても何もなさそうですわね。
大石原総長、お先に失礼いたします」
「本日はいろいろとご迷惑をかけて本当にすみませんでした。
それでは、お先に失礼させて頂きます」
『大石原のおじさん、またねぇ……ペコリ』
『こら黒鬼闇姫さん、ちゃんとご挨拶をしなさいですわ。
あっ、鈴音様お待ちになってくださいませ。先を急ぎますので、お先に失礼いたしますですわ』
『闇姫、鬼姫、それ総長には聞こえないから』
『神楽君、やっぱり意地悪ですぅ』
『神楽様、これは気持ちの問題ですから良いのですわ』
俺たちはそれぞれ挨拶をすませ議場を後にした。
部屋に戻る途中の廊下で、並んで歩いていた鈴音が神妙な面持ちで話しかけてきた。
「兄さん、少しお話ししたい事があるのですが、お時間頂けませんか?」
「どうした改まって。
ちょうど俺からも伝えておきたい事があったから問題ないよ。
とりあえず街に出てお茶でもしながら話そうか?」
「いえ、あまり他人に聞かれたくない内容なので……それに、この子達を街に連れ出すのも、また別の問題が起きそうですし……私か兄さんの部屋でよろしいですか?」
「ああ、良いよ……って、俺の部屋は駄目だ」
「まさか兄さん、女性を連れ込んで……」
『神楽様、不潔ですわ』
――何故そうなる。
「おい、それは無いって。そもそも闇姫が、そんなことを鈴音達に報告していないだろう
「確かに……甲斐性なし……」
――だから何故そうなる。
「もういいです……なんとでも言って下さい。
ではなくて、朝出たんだよ、黒くてすばしっこい奴。それを闇姫が追い回すわ、逃げ回るわで……多分想像通りの部屋になっています」
『あいつ凄かったよねぇ。素早いしぃ、追いつくとこっちに向かって「ブーン」って飛んでくるんだよぉ。だからぁ、黒、怖くて逃げ回っちゃたりしたんだよぉ。
でも神楽君、まだ片付けていなかったのぉ?』
『あの闇姫さん。あなたにそれを言われたくなかったんですが……戻ったら一緒にお片付けですよ』
『ハァーイ、リョーカイですぅ』
「なんなら、今からみんなで――」
「兄さん、ご苦労が多いのはわかりました。私の部屋に行きましょう」
「片付けを――」
「鬼姫ちゃん、闇姫ちゃん、行きますわよ。それと兄さんも、時間がもったいないわよ」
「あれ――?」
かく言う事情のため、俺たちは鈴音の部屋に向かった。
ちなみに俺達の部屋は『本殿』に併設されている、所謂高官用宿舎にある――一応は将官ですので。
個人の部屋というには少々広すぎる間取りは、地位の証――というわけでは無い。
ここには俺達軍関係だけでなく、高級文官や一部の政治家などの偉い方々も入っているわけで、つまり計画主の都合である。
「じゃあ、どうぞ入って下さい」
『ワァーイ、銀ちゃん入ろぉ。神楽君お先ぃ』
鈴音が自室の扉を開けると、闇姫は鬼姫の手を引っ張って、慌ただしく部屋に入っていった。
玄関を入ると、右に八畳ほどの客間、奥にはトイレと風呂場。左には十二畳ほどの居間と台所、奥には八畳ほどの主寝室と、一人で使うのがもったいない高待遇である。
「相変わらずね、闇姫ちゃん。
さあ兄さんもどうぞ。でも、妹といっても一応は女の子の部屋ですから、それなりの礼儀は守って下さいよ」
「わかってるよ。
そういえば、入隊後鈴音の部屋に入るのは初めてなんだ」
「そうでしたか? 数えきれないほどここにいらしているのに?」
「いつも門前立ち話……必要な用事はだいたい軍務室ですましていたからね」
「それはそれは大変失礼いたしました。
本日はようこそおこしになりました。それではご遠慮なくどうぞ」
俺は鈴音に招かれるまま初入室となった。そしてそのまま居間に通された。
しばらくしてお茶とお菓子を持った鈴音が居間に入ってきて直ぐに口を開いた。
「大丈夫と思いますが、盗聴されている可能性もあります。万が一を考えて、ここから先は彼女達を通していたしましょう」
「ああ、わかった」
俺と鈴音は闇姫と鬼姫を近くに呼んだ。
『わぉ、お菓子があるぅ。黒に黙って食べちゃうなんて神楽君ずるいよぉ。
ねぇねぇ鈴音ちゃん、食べていい? 食べていい?』
『どうぞ闇姫ちゃん』
『ワァーイ、ありがとう鈴音ちゃん』
言うが速いか闇姫は既にお菓子をほおばっている。
『でも本当に不思議よね、この子達……「お人形」といっても、意思があるし、勝手に動く事もできるし、食べる事もできるし、私たちと一緒で生きているんだよね』
『生きているか……確かにな。
でも契約して十年経った彼女達が何者なのか、闇姫に聞いてもろくな答えが返ってこないし……』
『私も時々鬼姫ちゃんに聞いているけど、わからないみたいだよ』
しみじみ語る鈴音と俺だった。
『はい神楽様、鈴音様、残念ながら私達が何の為に作り出されたのか、それについての記録はほとんどございませんですわ。
その為か何度思い出そうとしても、なんとか読み取れる記録に書かれた使命として、「契約主様の願いを叶える為のお手伝いをする」ということ以外はわからないのですわ』
『そうだよぉ。黒達は「不思議ちゃん」なんだよぉ。
でもねでもねぇ黒はねぇ、神楽君のお手伝いをする事が、とっても楽しいんだよぉ』
『あのぉ闇姫さん、手伝ってもらったという記憶が、あまりないのですが……まあ、いつもありがとうと言っておきます。
それともうひとつ、「不思議ちゃん」という言葉も自分自身には使わない言葉ですよ』
『あぁ、神楽君にまた馬鹿にされたぁ……グスン』
『あっ、ごめん闇姫。
まあそれはそれでとして……鈴音、あれはなんとかしようよ』
俺は闇姫の機嫌をこれ以上損ねないため、話題を変えようと部屋の隅にぶら下がっている物を指差した。
清楚な白、淡い桃色や緑、中にはきわどい曲線で小さくまとめられた赤や黒、その一角はさながら『お花畑』のようであった。
しかし話題変更のための緊急回避とはいえ、この行為は後悔を招く事になるのだが……
指された方を振り向いた鈴音は、ボンという点火音と共に顔を真っ赤に染めて、そのまま黙って立ち上がり、無言のまま『お花畑』を取り込み出した。
無言のまま言われた事に対して行動するというのは、彼女最大の怒りの現れである。この後支離滅裂な事を言い出すと、かなりヤバい。
『あ、あの鈴音……お、俺も兄と言っても男だし、なにより妹といっても血のつながりが無い、可愛い女の子なんだし……け、健全な男としては、その……気になる女の子のこういう物は、気になるわけで……』
俺はシドロモドロになりながら意味が通じない言い訳を口にした。
鈴音はその言葉を途中で遮るように、振り向いて俺と視線を合わせ、怒りのあまり先ほどの約束を忘れているのか、素で言い放つ。
「兄さん、彩華姉さんの事を、どう思っているんです?
私は、兄さんの事が好きなんです。
――わかっているんですか?」
その瞬間、俺は石臼が頭上に落ちてきたような衝撃を受けた。そしてあの闇姫でさえツッコミを入れる事ができないほど、重く凍りついた空気に包まれた。
読み進めていただき、ありがとうございます