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上と下 20

「――もう朝になったのか」

「――うむ、朝だな」

「――はい、朝ですね」

 時間は午前七時になったところ。

 昨日とは違って、薄い雲で覆われた空を通り抜け、あわく差し込む朝の光は弱々しく、それでいてほのかな暖かさを感じる。


「うぅぅ……まだ眠い……寝足りんな」

「……私も眠いです」

「……私もだ」

 目を覚ました俺は、おうむ返しの様な返事を返してくる、右の鈴音、左の彩華を見る。

 美人義姉妹は柔らかい拘束具こうそくぐとなって、俺の自由をうばっている。それはいつも通りの状況だが、一点、いつもと違う事もある。二人とも既に目覚めてはいるのだが、一向に起き上がろうとしない。

 どうやら昨日の少々オーバーワーク気味な移動の疲れが、地味に残っているようだ。

 と、他人事ではない。鈴音はさておき、日頃から鍛錬たんれんをしている、ある意味体力自慢の彩華ですら、まだ起き上がろうとしない訳だから、俺が平気な訳はない。


「体が重い…………」

「……私も重いです――」

「……私もだ――」


「「――た、たたた体重では――」」

 慌てて付け加える美人姉妹の言葉を切って、

「ああ、わかっているよ。

 二人とも素敵なスタイルだからね」

 目覚めきっていない頭が言わしたのだろう、そんな俺の浮いた様な台詞せりふに、

「な、何を急に……今更言われましても……」

「そ、そんな事をだ、急に言われても……」

 と、尻窄しりすぼまりに返す鈴音に彩華は、ポンと軽い点火音と共に染まった桜色の顔を、俺からそらす。

 と同時に、ドスドスと、拘束されて無防備な俺の脇腹に、左右から手刀しゅとうが突き刺さった――って、あれですか? 顔はやばいよ、ボディーに、って言うやつですか?


 昨日は朝六時に『第一砦』を出発し、昼頃『トゥルーグァ』へ到着した。そこで一泊する予定だったのだが、『先を急げ』と言わんばかりの指令が入って、急遽きゅうきょ『サーベ』に向かう事へとなった。

 俺達は昼食と休憩をした後、ごねる美人姉妹を涙で説得して、午後三時少々前に『トゥルーグァ』を出発、この『サーベ』に到着したのは、日付も変わった午前一時頃と、ほとんど歩きめの一日であった。

 こういう時には、アリエラというのか白輝明姫しろきあけひめが使う、乗り物になる『生き物?』を呼び出す魔法がうらやましくなる。

 ちなみに黒鬼闇姫くろきあけひめ銀界鬼姫ぎんかいききも、そのたぐいの魔法は苦手らしく、

『神楽君、黒も呼べるけどぉ、何だかすごいのが来ちゃったらどうしよぉ。

 言う事聞かない子が来たらどうしよぉ』

 と、危ない旗を立てまくる闇姫に、

『私は、そんな得体の知れない「何か」を呼ぶ事なんて、ごめんでございますですわ

 鈴音様を、そんな危ない「何か」に乗せる訳にはいきませんでございますわ』

 と、例え呼ぶ事ができたとしても、一切呼び出すつもりがない鬼姫であった。

――二人とも、できないならできないと、はっきり言ってもらって構わないのだけど。

 と、そんな訳で俺達は、歩く以外の選択肢がなかったのです。

 そんなこんなで、フラフラしながら『サーベ』に到着した俺達は宿舎に入る。今回の宿舎は前回泊まったところより高級なのか、部屋も広く、お風呂もついている。

 それを確認した俺達は、寝室に服を脱ぎ捨て、寒さと疲れで固まった体をほぐすために、お風呂になだれ込んだ。

 まあ、鈴音や彩華も一緒で、体重を気にする必要の無い、大変良いものを見させて頂いたのですが、実際はそれどころではなかった――非常に残念ですが。

 お風呂に入り体が温まってくると、一気に眠気がおそってきて、湯船でそのまま寝入りそうになる。この場で睡魔すいまとの激闘をかろうじて制し、脱出して体を拭くと、そのまま寝床に直行。俺達は、会話をする間もなく、ぱだかのまま落ちていた。


「ゲホゲホ……えっと、そろそろ起きませんか?」

 俺が言うと、鈴音と彩華はようやく体を起こした。

 が、二人はその姿勢のまま、寝床を出て行かずに、何かを言いたげに俺を見ている。


「えっと、何でしょう?」

「神楽――」

 彩華は、先ほどの事もあるのだろう、少々照れくさそうに言う。

「――そんなに見ていたいのか?」

「はい?」

「兄さんが、見ていたいのなら、私は構いません。ですが――」

 鈴音は、何故か上気しているのか、言葉が浮ついている。

「――こんなに明るいところでは、さすがに照れます」

「へ?」

「だが、いつまでもこうしている訳にもいくまい」

「そうですね、彩華姉さん」

「仕方あるまいな」

 鈴音と彩華が意を決したように言うと、スルリと寝床から抜け出した……一糸いっしまとわぬ姿で。


「あっ!」

 大胆の中にも残る乙女の恥じらいのためだろうか、ほんのり薄紅色に染まる体は妙になまめかしい。そんな二人の素敵姿を目の当たりにして、嬉しいながらも目のやり場に困る俺は、

「ご、ごごごめんなさい」

 慌てて言うと、布団に潜り込んだ。


「「ちっ!」」

 えっと、お二人さん、何故に舌打を?


 静かに時は流れて、布団の中で少々息苦しさを感じ出した頃、

「兄さん、もう出てきても大丈夫ですよ」

 と、叱られた子供を呼び出すような鈴音の声が聞こえた。

 俺は叱られて隠れていた子供のように、ゆっくりと布団から頭を出して周囲を確認すると、着替え終わった鈴音の大きなお目目めめと視線が合う。すると鈴音は、ニコリと小悪魔的な笑みを浮かべて、

「次回のお買い物の楽しみが、一つ増えました」

「はい?」

 と、微妙にとぼける俺に、

「神楽も良いものが見れたのだから」

 彩華の声が届いた。

 そりゃ、確かにお二人には、そういう価値があるかもしれませんけどね、今更それを言うんですか的なところがある訳でしてね、と、声にならない声でつぶやく俺であった。

「兄さんも早く準備して下さいよ。

 それとも仕返しに、変なものを私に見せつけるつもりですか? お買い物ポイントを加算しちゃいますよ――」

 と、言い掛かりにも似た仕打ちを受ける俺は、

「――全く兄さんは……いつまでも手のかかる子供なんですから……それとも、そういう扱いを受ける事が好きなのかしら……でも、そういうのは、マンネリ解消の一つですよね……そんなマンネリ化するほど……彩華姉さん、ちょっと聞いて下さい……兄さんったら……」

 どんどん怪しくなって行く言葉を、ぶつぶつと言い残して、寝室から出て行く鈴音を見送ると、俺は支度をすませた。





 時間は午後十二時丁度。


「へ、ヘリオ先輩、この辺りで限界です」

「ここなら人目も無いから降りようか」

「はい……そ、そんな事はわかっていま……クション・ス!」

 銀髪ツインテールの小柄な美少女アリエラ・エディアスが、何に対して怒ったのかわからない、短髪赤毛の大柄な男性ヘリオ・ブレイズは、それでも申し訳なさそうに頭をいた。


 午前十時に『キノモ』のヴェリアナ・ロレンツェ宅を出発した『離反組』の面々は、一時間程東に向かって歩き、人里を離れ、人目の無いところで、アリエラと白輝明姫は、光を一切反射しない影の様な大きな『鳥?』を召還しょうかんした。

 その大きな『鳥?』に乗って、千メートルを越える山が並び、『キノモ』側と『オウノ』側をへだてる山地の空を、飛び越えた。

 時期的に上空はかなり冷え込むため、ヘリオと金剛輝姫こんごうききの魔法により、前方に空間の断絶だんぜつを作り、直接冷風を受けないようにして、更には、できうる限り低空を飛ぶようにしていた。


 地に降りて、街道を歩く『離反組』の面々は、ヘリオ以外、アリエラと『お人形』の明姫と輝姫はコートのフードで顔を隠して、即席の兄妹となっていた。


「この分だと『オウノ』には、午後二時頃到着だね」

「そ、そんな事は、言われなくてもわかっていま……クシュン・ス!」

 相変わらず、何に反応して怒るのか不明の少々残念な美少女であった。





 時間は午後二時を少々回った。

 ガラス状の物質の大地が広がるここ『オウノ』は、薄い雲に覆われて弱い日の光を、キラキラと反射している。

 旧『オウノ』集落の最外縁辺りに潜む忍大将音無道進おとなしどうしんは、その冷たく鋭い双眸そうぼうに、旧『オウノ』市街の中心へと続く街道跡を歩く、見知った顔の二人にして四人を捉えていた。

 神楽達『直轄追跡部隊』の追っている『離反組』の面々である。

 場所が場所だけに、いつも何かと騒ぎ立てていた、銀髪の小柄な美少女は静かであった。ヘタレと言われている、短髪赤毛の大柄な男も、少々沈んでいる様子がうかがえる。

 そんな面々を見つめていた音無の双眸は、わずかに優しさを向けているようにも見えた。そして、

「ふ……」

 襟巻きの下から、短く、小さく、だが冷笑れいしょうではない笑う声が、わずかに聞こえた。

 それは舞台が一つ進展した事対して、ほくそ笑んだのかもしれない。





 時間は午後二時半を過ぎた。


「止まって下さい」


 旧『オウノ』市街の中心に向かって、気を抜くとツルリと滑りそうな、ガラス状の物質で固まる街道跡らしき道を歩いていた『離反組』の四人、ヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアス、それと『お人形』金剛輝姫に白輝明姫は、不意に聞こえてきた声に呼び止められた。

 ヘリオもアリエラも場所が場所だけに、いろいろと思うところがあるのだろう、顔をせて歩いていたのだが、声の聞こえてきた正面へと、反射的に顔を上げて見る。そこには、二十歳程の男女が五人、行く手をさえぎるように、立っていた。

 だが、敵意はないようだ。それどころか武器すら持っていない。


「突然、お声をかけて申し訳ございませんでした――」

 真ん中に立つ男性が、非礼をびるように、先ず口を開き、

「――皆様の到着をお待ちしておりました。

 ここより、私共がご案内いたします」

 と、続けた。少々呆気あっけに取られていたヘリオが、

「はあ、それはありがとうございます。

 それで、皆さんは?」

 お礼と共に、答えのわかりきった質問をする。対して、真ん中に立つ男性は、

「失礼しました。私達はアディーラ・バルドラインの配下はいかの者でございます」

 と言う男性は、ルーカスと名乗った。

 ヘリオは、

「僕は――」

 と言ったところで、ルーカスに言葉を挟まれる。

「皆様の事は存じております。

 アディーラ・バルドラインも皆様の到着を首を長くして、待っておりますので、先を急ぎましょう」

 少々強引に急かされた。

 二組にわかれた案内人達は、ルーカスの組を先頭に『離反組』を挟んで、街道跡らしき道からそれて進んで行く。

 案内する『離反組』の面々が、足下の滑り易いガラス状の物質にれていないからという配慮はいりょだろうか、それとも足取りの重い『離反組』に合わせているだけなのか、急かしていた言葉とは反対に、ゆっくりとした移動であった。

 十五分程歩いたところで、大きなガラス状の物質の死角から現れたのは、この場に似合わない人工物の集まりであった。

 いや、このガラス状の物質が覆った大地がそう見せるのであって、そこにあったのは異質なものではない、質素しっそなものであったが、極々、至極普通の建物であり、所謂いわゆる普通の集落であった。

 しかしヘリオは、それとは違う妙な違和感を覚えた。

 そう、そこにあるのは普通の集落である。

 体制側から『反抗軍』などと言われてはいるが、その拠点きょてんたるこの集落は、要塞化をしていない。必要最小限とも言える防壁ぼうへきすらない。

 確かにこの『オウノ』は周りを山に囲まれた小規模な盆地ぼんちとなっている。しかもアリエラの魔法暴走により、山肌は削れられガラス状の物質に覆われた断崖だんがいとなっており、天然の要塞とも言える。ヘリオはそんな事を思いつつもぽつりと言葉を漏らす。

「だからと言って……」

「どうかされましたか?」

 そんなヘリオの呟きが聞こえたのか、ルーカスが尋ねる。

「あっ、いや、あまりに無防備だなって思いまして」

 と、ヘリオの疑問にルーカスは、

「私達は非武装――などと大仰おおぎょうな事は言いませんが、可能な限り武装はしておりません。

 詳しくはアディーラ・バルドラインがお話すると思います」

 意図している事まではわからなかったが、確かにと、武装をしていない案内人達を見てヘリオは思った。


「さて、入りましょう」

 と言ったルーカスの言葉に、はい、と返事を返したヘリオは、

「ん、アリエラ、どうしたんだい?」

 動こうとしないアリエラに言葉をかけた。

 アリエラは、何かをこらえるように、口をしっかりと結んでいたが、そのあどけない愛らしい目には、今にもせきを切ってあふれ出しそうな程、涙を溜めていた。


「――戻ってきたんですね――」


 ヘリオに言葉を返そうとしてアリエラは、ポツリと呟くように結んだ口を開いて出たのは、様々な意味を含んだ一言――その時アリエラから、堰を切って溢れ出した涙と共に、今まで抑えていた感情までもが溢れ出し言葉をつむいだ。


「私達戻ってきたのですね……

 本当に戻ってきたのですね……

 アリエラが消してしまった街へ……

 人々が戻ってきてくれたのですね……

 アリエラ達も戻って来れたのですね……

 でも、だけど夢じゃないですよね。

 突けばはじける泡じゃないですよね。

 アリエラは酷い事をしてしまいました。

 でも決して許して下さいとは言いません。

 今は、ありがとうございますと、一言だけ。

 ……………………………………………………」


 一息つく程度の静寂の後、

「アリエラ……行こうか」

 と、ヘリオはアリエラの肩に手を置く。普段ならばサイレンの様な反撃があるため、決してしてはならない行為であろう。

「へ、ヘリオ先輩……」

 と言ったアリエラは、大人しくうなずいてヘリオの指示に従った。


 人が住んでいるという事を、目の当たりにして、どこか吹っ切れたのか、ヘリオ達は顔を上げて、ルーカスに案内されるまま、集落の中を進んで行く。

 中に入って街並を見ると、同じ規格で作られた様な建物が並んで整然せいぜんとしているが、商店というものが見当たらず、集落というより、軍事上の拠点きょてんという雰囲気がただよっていた。

 実際、こうして歩く道も一本道だが、少々狭く、しかも迷路のように、右に左にと直角に曲がっている。

 外見は要塞化をしていないために、普通の集落に見えたが、中の街並が防御の一片をになっているようだ。

 そんな迷路の様な街並を抜けると、ちょっとした広場に出た。

 すると、ルーカスは、

「お疲れさまでした。あちらです」

 広場の周囲をぐるりと囲む建物の一つ、質素ながら他の建物より、ひと回り程大きな建物へと手を向けた。

 『離反組』の面々がその方向を見ると、入り口付近に二十代半ば程の『男性?』が一人立っていた。

 風にサラサラと揺れて、シルクの様にしっとりときらめく金髪は、肩程まであり、男性と言うにははなやかである。だが、ヘリオ程ではないが大柄な体躯たいくは、女性と言うには大柄である。

 全体の線は細く、中性的な顔つきは優しい。と、言うより高貴な雰囲気を漂わせいる。

 遠目で見たヘリオとアリエラは、首を小さくかしげた。

 その『男性?』は、ルーカスに案内される『離反組』に気が付くと、自ら歩み寄ってきた。

 広場の中央で対顔すると、先ずはにこやかな表情の『男性?』が頭を下げて、

「私が、アディーラ・バルドラインです。

 この場所への御呼び立てに応じて頂き、ありがとうございます。

 お二方の事情を考えて、私から『キノモ』や『チョーゲン』へ、出向いても良かったのですが、これでも組織を代表する身であり、周りの者が何かとうるさくて……

 そんな私共の事情で、心苦しくもこのような形をとらせて頂いた事を、まずお詫び申し上げます」

 自己紹介を終えたアディーラを見るヘリオとアリエラは、二人揃って口を半開きに、目を真ん丸にして、そして大きく首を傾げていた。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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