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上と下 17

 今時この手のやり取りで、おかしな勘違いをする人はいないと思うが――

 先に言っておく――これは、所謂お約束の場面である。

 と、たまには地の文も、出しゃばったりしてみる。




「に、兄さん、ま、まだなんですか。

 わ、私もう……」

 上気した天鳥鈴音あめのとりすずねが、ほほを桜色に染めて言う。

「わ、私もだ……神楽も、私達二人を相手に、やるではないか」

 珍しく神楽をめる山神彩華やまのかみあやかも、頬が薄紅うすべにに染まっている。

「俺が本気になれば、こんなもんだよ」

 微妙に口角を上げて言う神楽に、

「だが、お前もそろそろ限界が近いのではないのか」

「ちっ……、だがまだ行けるぞ」

 彩華の揺さぶりに、強がりを言って更に攻める神楽であった。

「あぁ、に、兄さん、これ以上私を……いじめないで下さい」

 神楽の攻めに対して、ついには上目遣いで懇願こんがんする鈴音。

 それを見て、

「神楽も充分楽しんだろう、そろそろ出してやれ」

 彩華は援護を送る。

 それを受けて神楽は、鬼ではないからと、こっそりつぶやき、

「そこまで言うなら仕方ないな、ほら鈴音」

 と、続けて言って出す。

 しばしの沈黙と空白の後、

「あ、ありがとうございます、兄さん。私は幸せです」

 と、受けた鈴音は、大きな目を細めて幸せいっぱいの笑みを浮かべる。

「では神楽、次は私の番だな」

 待ってましたとばかりに、今度は彩華が仕掛けていく。

「え! 手加減してくれよ彩華――しかし俺もいい加減甘いな」


 これはとある物をけた、カードゲームの一場面である――とある物というのは、ご想像の通り、いまだに鈴音に彩華の通称美人姉妹が持っている神楽のお財布である。




 寝坊気味に起きた俺達は、いつものドタバタの後、朝食も味わう間もない程、慌ただしく終えると、午前八時を少々過ぎた頃に、神国天ノ原首都『本都ほんと』にある要衝ようしょう、『本殿』敷地内の宿舎を飛び出た。


 午後一時頃、立ち寄った集落で、

「この辺りで昼にしよう」

 と、先ず彩華が言い出すと、

「そうですね、彩華姉さん」

 鈴音が追従して、

『黒もお腹ぺこぺこだよぉ』

『私も少々お腹が空いてきましたですわ』

 と、黒鬼闇姫くろきやみひめに、銀界鬼姫ぎんかいききが言う。

「闇姫ちゃんも、輝姫ちゃんもお腹空いているみたいですから、ここに入りましょう」

 鈴音が通訳がてらお店を指をさす、

「うむ、丁度、席も空いているみたいだ」

 と、言う彩華を先頭に、小洒落こじゃれたたレストランに入っていく――って、俺の意見は?

 お昼の定番、日替わりランチ(微妙にお高い八八〇円)を食べ終えると、

「私は支払をすませてくる」

 俺のお財布をがっちりと確保している彩華に、昼食代を出してもらう――皆さん、お礼は俺にですよ。


「彩華姉さん、ごちそうさま」

――期待通りの反応、ありがとうございます。


 その後、微妙に涙目の俺は、とぼとぼと歩いていたのだが、その速度にれたのであろう、美人姉妹はそんな俺の腕をつかんで、そのまま引き摺られるように連行された。

 結果、順調に足は進んで予定通りの午後七時頃には、旧国境付近の『第一砦』に到着した。

 名前こそとりでと付いているが、終戦後は東西の交易の中間地点として、検問所の機能と共に、一部の施設は民間に開放して、宿泊施設や商店などが並び、小さな街のようになっている。


「ここで夕食にしませんか?」

 言う鈴音に、

「そうだな」

 と、返す彩華。


――――中略――――


 で、そんな一般解放区にある少々お高そうなレストランで、俺のお財布を持った鈴音に、夕食をごちそうになった。

 約一名涙目の者以外、満足げな表情の俺達が、一般解放区を抜けて軍事施設側の宿舎に入ったのは、午後九時に差し掛かった頃であった。

 しかしですね、お二人さん。そんな羽振はぶり良く使うと『トゥルーグァ』でのお買い物が楽しめませんよ。


「兄さん、何を言ってるんですか」

「まだ引き出せるのだろう、神楽」

 そんな、悪魔のような美人姉妹に、

「――ごもっともなご意見を、ありがとうございます」

 と、言うのがせいぜいの、情けない俺であった。

 これではいかんと、いう事で始めたのが、カードゲームである。

 美人姉妹連合を相手に、圧倒的な不利な俺であったが、お財布の奪還だっかんという大目的のため、死力を尽くし善戦している。

 ちなみに、俺の二勝に対して、彩華一勝、鈴音も一勝で、俺が勝っているはずなのだが、そう勝っているのだが、言わずと知れた変則へんそくルールにより、二勝二敗という事らしい。

 そもそも、俺が先勝すると、

「えぇ~、二本先取と、今、多数決で決まりました」

 と、鈴音が訴え、俺が先に二勝目をあげると、

「確か、三本先取と先ほど多数決で決まったではないか」

 と、彩華がさらりとぬかす。

 結局俺は、多数決と言う数の法則、いや、暴力に屈した。

 と、いうことで、次が最終戦となりそうである――俺が負ければである。

 が、重要な一戦の前にと、一旦休息を兼ねてのお風呂タイムと、休戦協定を結び、旅の疲れをいやし、変に上気した頭を冷やす。

 そして、小一時間したところで、戦闘再開。


………………………………えっとですね……

…………………………それはどうかとですね……

……………………思うのですがね…………


 美人姉妹は、何故かなまめかしい下着姿のまま、俺の正目に二人揃ってドカリと腰を下ろす。しかも胡座あぐらをかいている。

――あの、せめて、神国天ノ原の女性としての身だしなみと言いますか、奥ゆかしさと言いますか、つつしみと言いますか、何と言いますか、一応俺は健康的な男子でありますし、お二人さんに対しては当然、好意もある訳ですし、行為もいたした訳で、いや、つまりですね、目のやり場に非常に困っている訳です、はい。

 と、微妙にあせる俺に、

「どうした、神楽――フッ」

「何か困った事でもあるのですか、兄さん――ニヤ」

 どうしたも、こうしたもですね、てか、何だか作為的さくいてきな笑いを見た気がするのですが、

「――いや、何でもないんだ」

 その実、困ってますと、きっぱり言いたいのだが、男の本能がそれを言わせない訳です。


 二人が身に付けるのは、先日『万年丘まねおか』で俺のお財布に止めを刺した、『特別なあなたに』という所謂いわゆる勝負系というやつだ。

 何やら因縁めいた策謀さくぼうを感じるのだが……

 しかし、二人に送った物を改めて見るが、鈴音のそれは、ローズピンクでけしからん胸の膨らみを、更に魅力的に見せるようになっている。しかも、可愛らしい。

 問題は彩華だ。カーマインのそれは、隠すべきところも透けて見えている――のか? (あっ、さすがに凝視ぎょうしする訳にはいかないので、疑問形です)そんな妖艶ようえんな総レース仕立て。彩華の容姿と相まって、何と言いますか、婀娜あだっぽく、そして目の保養を通り越して、毒になりそう……


 いつまで経っても勝負を始めない俺に、

「兄さん、どうしたのですか? ――ニヤ」

 い、今笑ったよな、鈴音。

「神楽、落ち着かぬようだな――フッ」

 あ、彩華まで笑ったよな。

「あ、いや、何でもないぞ、何でも……」

 と、定まらない視線であるが、強がってみる俺。

 が、そうも言ってられない。これは負ける事が許されない勝負なのである。

 雑念を振り払い勝負に集中した結果、俺が優勢に進め、いよいよ終盤、クライマックス。


 だがそんな勝負のかなめで――ですからお二人さん、その姿で『必殺のポーズ』の懇願は、反則ですよ。

 そんな事しなくても大丈夫ですよ。大甘な俺ですから。

 と、まあ、俺の行動心理をはじめ、大切な物をいろいろと握っている美人姉妹相手に、俺のお財布は、空になるまで返ってこないと思われます。


「もうこんな時間か――」

 時計を見ると午後十一時であった。

「――明日も早いから、そろそろ寝るか」

 言う俺に、

「ふぁ~い、そうですね」

「うむ、そうだな」

 と、あくびまじりの返事を返す鈴音に、いつも通りの彩華の二人は、非常に満足そうな表情を浮かべていた。

 そんな二人に俺は、

「……無駄遣いはするなよ」

 と、言うしか無かった。




 時間は午後十一時。

 ガラス状の物質が広がる『オウノ』の大地は、何処からともなく差し込んでいるわずかな光を、キラリと反射している。だが厚い雲に覆われている蝋色ろういろの夜空には、光はない。

 見やる大地の先に、かすかに光が漏れるているところがある。

 その光源らしきところを、冷たく鋭い双眸そうぼうで見つめるのは、忍大将音無道進おとなしどうしんである。

 その双眸に映るは、アディーラ・バルドラインをリーダーとする、『反抗軍』約千名が集まる集落である。

 そこを『殲滅せんめつ』するがために、今朝方未明けさがたみめいにこの地に到着した彼ら五〇と余名の忍衆は、それぞれの持ち場についており、舞台が整うその時まで、一歩も動くことなく潜んでいる。

 文字通り忍び忍んでいる。


「ちっ……」

 襟巻えりまきで覆われた口から、舌打ちが一つ、わずかに聞こえた。

 未だ整わない舞台に、わずかにいら立ちを覚えての事かは、定かではない。




 時を同じくして『チョーゲン』では、『離反組』のヘリオ・ブレイズ、アリエラ・エディアス、そして『お人形』金剛輝姫こんごうきき白輝明姫しろきあけひめ達が、旅支度たびじたくを終え、『キノモ』に出発するところであった。


「アリエラ、『召還獣?』で行くかい?」

「何言ってるんです・カ! ヘリオ先輩。

 気配を感じないここならまだしも、もしかして『キノモ』付近に、神楽兄さん達がいたらどうするんです・カ! あっという間に、場所がばれちゃうんで・ス! そんな事もわからないのデ・ス・カ!」

 銀髪ツインテールのしっぽを揺らしながら、相変わらずの怒り口調で返すアリエラに、

「そ、そうだね、ごめん、アリエラ」

 と、大柄の体躯たいくを小さく丸めて、すかさず謝ってしまうヘリオであった。


 目指す『キノモ』は、この『チョーゲン』から北北西に直線で三〇キロ程の距離にある。

 一度焼失した当時は、二〇〇人ほどの極小さな集落であったが、現在は千人程の人口になっている。


「それでは、そろそろ出発します。

 いろいろと助かりました」

「お世話になりました」

「いいえ、何もしていませんよ――」

 ヘリオとアリエラの挨拶に、『離反組』の逃走を幇助ほうじょしている組織のリサ・クラムは儀礼的に返し、

「――アリエラちゃん、落ち着いたら遊びにおいでよ」

 と、所謂社交辞令的な言葉であったのだろうが、付け加えた。


「はい、今度は、堂々と遊びにきます」

 アリエラは、少々寂しそうに返した。


「そうそう『キノモ』に着いたら、ヴェアリナ・ロレンツェによろしくね」

 最後のリサが言いながら、『離反組』を見送る。

 今回、『離反組』が『キノモ』に向かう目的の一つに、逃走幇助をしている組織の幹部ヴェアリナ・ロレンツェに会うためでもある。

 いや、ヴェアリナに呼び出され、しばらくは落ち着く事ができる『チョーゲン』をわざわざ出るのだから、それが本当の目的と言っても良いだろう。

 四人は再度頭を下げて、かくまってもらった一軒家を後にした。


 街中は、深夜という時間帯になって、人影は皆無であった。が、『離反組』は可能な限り人目を避ける道を選び、歩みを進める。

 一応は誰かに見られても、即座そくざに正体がばれないように、アリエラと明姫はオフベージュのフード付きコートを、そして輝姫はあやしいつやを放つブラックのフード付きコートを着て、髪や顔を隠している。

 ちなみに大柄な体躯以外は平均的なバルドア人という容姿のヘリオは、防寒のために帽子をかぶっている程度である。

 こうした配慮はいりょは、当局に手配されているという事もある。

 だがしかし、傍目はためには兄妹と映るとしても、時間が時間である。

 実際のところヘリオ以外は、ひいき目に見ても大人には見えない。そもそも『お人形』達の身長は八〇センチ程である。履物はきものでかさ上げしても三歳児程度である。せめてアリエラが大人に見えれば、若夫婦に双子の子供とごまかせるのかもしれない――何かと残念な美少女であった。


「ヘリオ先輩、何か失礼な事を思っていませんか?」

「ぼ、僕は何も」

 とりあえず、身代わりのヘリオには申し訳ないが、それはさておく。


 例え変装をして兄妹に見えたとしても、出歩く時間には遅すぎる。巡回する警察軍に出くわせば、間違いなく呼び止められて、困った問題も起きるだろう。

 したがって、少なくとも街中を抜けるまでは、慎重に慎重を重ねた『離反組』の行動は続いた。


 日付がかわり、午前一時少々前。

 嫌でも遅くなる足で、ようやく街中を抜けて街道へ出る。多分通常の倍近い時間を、要しているのであろう。

 辺りには今年の役目を終えた、田畑の風景が広がる。視界をさえぎる建物も無くなり、開けた頭上は厚い雲に覆われて、星一つ見えない蝋色ろういろの夜空であった。


「やっぱり深夜にもなると冷え込みが厳しくなるね。

 ところでアリエラ、風邪は――」

 と、ヘリオが心配げな表情で、今朝から何度もくしゃみをしていたアリエラを、気遣うように言うが、

「アリエラは大丈夫で・ス!

 風邪なんかひいていませ・ン! クシュン」

 ヘリオの言葉をさえぎった勢いで言うが、可愛かわいらしいおまけが付いた。

 当然ヘリオは、

「ほら、言ってる先から――」

 と、言うが、アリエラは再び言葉をさえぎり、

「だ、大丈夫なんで・ス!

 これは、か、神楽兄さん達が『アリエラは可愛いね』って噂――えへへへヘクシュン」

 と、なかなか大胆だいたんな事を言う。が、アリエラ自身が自分の言葉で照れて、途中で頬を薄く桜色に染め、更に何か思い出したように、ニヘラと不気味な笑いを浮かべたが、切れ目無くおまけのくしゃみに変わると、いう、一人連係プレーをやっていた。

 それを見ていたヘリオは、これ以上言っても、同じ事の繰り返しになると、少々残念なアリエラに対して、これ以上は何も言わなかった。



 三つの集団の秘めた思いを知らない、夜長というには少々遅い初冬しょとうの長い夜は、ゆっくりとけていった。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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