上と下 14
「もうお昼も過ぎましたね、兄さん」
「少々腹も減ってきたぞ、神楽」
「あのですね、お二人に搾り取られた俺は空っぽですよ。振っても何も出ませんよ」
「あら兄さん、偶然ですね、私も空ですよ。」
「奇遇だな神楽、私も空だ」
あ、あくまでも言い張るんですね、美人姉妹のお二人さんは。
時間は午後十二時を少々回ったところ。
早々に『万年丘』を出た俺達は、『本都』に戻るべく街道を進んでいた。
小さな峠を越えて山間の街道を下ると、街道沿いには民家や商店などが立ち並び、『本都』中央までその数を徐々に増やしながら続いていく。
そんな中、運悪く(?)鈴音が、
「あっ、兄さん、あの看板見えますか?」
更に彩華が、
「良い物を見つけたぞ、神楽」
と、二人が指さす先には、『天ノ原銀行』の看板が見えた。現在、神国全般を網羅する唯一の金融機関と言っても良いだろう。半官半民の経営形態は、天下り先だなどと、いろいろと言われているけど、俺達のように国内を回る者にとっては、実際便利ですし、民衆にとって本当に必要なものなら良いのでは……と考えてしまうのは、俺もそっち側の人間だからかも。
もっとも『お人形』との契約により、天下り先を考える程、俺は長生きは出来ませんからね。
とりあえず看板によると、一本入った通りにあるようだ。
「兄さん、お財布が空だと、何かと心が寂しくなりますよね」
「心が寂しくなると、何かと荒ぶぞ、神楽」
「へ? 鈴音さん、彩華さん、何を言ってるのですか?」
「とにかく向かいましょう兄さん」
「さあ、遠慮するな神楽」
と、俺の両腕を半ば強引に引っ張り出した。
「ちょ、こら、引っ張るなって」
そんな意見は当然無視され、幼気な青少年は、怖い悪女達の欲求を満たすためだけの存在として、裏路地に引きずり込まれていった。
「仕方ない、ここでお金を引き出してくるよ」
「そうですね、ちょうどお昼時でお腹も減ってきましたし、それが良いですね、兄さん」
あれ? 言ってる意味が――
「うむ、神楽の財布が空だと、私達までひもじい思いをするからな」
あれあれあれ? お二人さんは、お昼代を出すのは俺という事が前提のお話をしていますけど、これ如何に?
てか、お財布が空なら一緒に引き出しませんか?
「兄さん、ここには可愛いひな鳥のように大きく口を開けて、ピヨピヨ鳴いている飢えた美女が二人います。ズバリ甲斐性の見せ所ですよ」
「この後美女二人に囲まれて、良い事があるかもしれぬぞ、神楽」
「――はあ、応援ありがとうございます」
二人の非常に優しい言葉に勇気をもらい、感激のあまり視界が滲む俺であった。
仕方なく俺は、飢えた美人姉妹と『お人形』達を外に残して、とぼとぼと銀行に入った。
肌寒い時期に女性を外で待たしておくのは、どうかと思った。しかし正面の食堂は、昼時というのもあり、待ちの客が外で並んでいたので、とりあえず足を進めながら時間をずらそうという事になった。その上俺達は、良い悪いはさておき、話題満載の一行である。特に警備の厳しい金融関係の施設で、いらぬ警戒をさせる事もない。という訳なのだが……
もう一点――
俺はここに来るしばらく前、少々不思議な体験をしていた。
俺や鈴音は……さておき、剣術の達人でもある彩華ですら、気が付かないうちに、俺達は一人の女性に追い抜かれた。
後ろ姿しか目に入らなかった女性は、首筋で切り揃えられた琥珀色の髪を見せていた。見覚えのあるその髪は、『直轄諜報』の二守瑠理筆頭の髪であった。
が、気付いた時には、俺の懐に一通の封書と妖艶な後ろ姿だけを残して、その女性は次の角を曲がり、そして消え去っていた。俺の他は、誰も気が付かないうちに……
――その時の封書を、鈴音や彩華に知られず読んでおきたかったのだ。
そりゃ、皆さんの前で読んでも良いのですよ。間違いなく任務の指示だけが、書かれているだけならば。
でもですね、渡してきたのが、あの二守筆頭ですからね、間違いしかおきませんし、その間違いな部分をですね、鈴音や彩華に見られる事は、非常に危険と俺の警鐘が鳴りまくっている訳ですよ。
「いらっしゃいませ」
と、窓口のお姉さんから、事務的な笑顔と共に挨拶が聞こえた。
反射的に、お気遣いなく、と返しそうになるが、堪えた俺は、行内をグルリ一目する。どうやら、俺が『巷を騒がしている噂の魔法使い』という事に気が付いていないようで、騒ぐ者はいなさそうだ――その程度の認識に複雑な気分にもなるのだが。
とりあえず払出伝票に必要事項を記入し、預金通帳と合わせて、窓口のお姉さんに渡す。毎度の事ながら、出金には少々時間がかかる。俺は待ち合い用のイスに座って、二守筆頭に渡された封書を手にとって開封した。
数枚の束になっている書類を取り出して開く。
そこには二守筆頭らしからぬ可愛らしい文字で、
『お財布が空で大変ね』
と、一枚目――お見通しなんですね。
『今朝、鈴音ちゃんと彩華ちゃん、凄いのを付けてたわね』
と、二枚目――てか、何でそこまで知ってるの?
『今度あたしにも凄いのを買ってね、ウフ(はーとまーく)』
と、三枚目――はい、この展開は読んでましたよ。ですから、こうしてこっそり読んでます。
『だって、「逃げた」じゃくて、「逃がした」んでしょう』
と、四枚目――あれ? もしかしてばれてる?
『でも、「あと一歩のところで取り逃がした」と報告しておいたわよ』
と、五枚目――うっ、お気遣いありがとうございます。
『もう逃げれないわよ』
と、六枚目――ごめんなさい。でも、仮面をつけた女性とは、何かと問題が……
『大丈夫、サイズ教えるから、プレゼントしてね』
と、七枚目でガンと仮想タライが頭上落ちてきた。
『神楽ちゃんの好みで、なんなら紐仕様でもオーケーよ(はーとまーく)』
と、八枚目でゴンと二つ目の仮想タライが落ちてきた――少々ふらつく頭で、無理、絶対無理、男一人じゃ、そういうお店に入れませんよ。と思うも、
『静ちゃんが、手伝ってくれるから。あたしからも言っとくね、ウフ。
当然、静ちゃんにもお礼をしてあげてね』
と、九枚目でゴイ~ンと水入りの仮想タライが落ちてきた――もう、どうにでもして下さい。天鳥神楽は、『直轄』関係の女性達の下僕でございます。こうなりゃ足でも何でも舐めますよ。
『では本題、「直轄追跡部隊」の皆さんは、これから「トゥルーグァ」に向かって下さい。沙汰はおって連絡いたします』
と、十枚目――――――――って…………
少々遠いところの意識を飛ばされた俺であった。
「――天鳥神楽様」
行内に響く声に、俺は我に返って立ち上がった。
ついでに行内に響いた俺の名前を聞いた人々が、一斉に両手を挙げて涙目になっていた――いや、俺、別に強盗とかじゃないですから。
凍りつく行内であったが、窓口のお姉さんだけは、時事の話題に疎いのか、『この人何者?』的な視線を俺に向けながらも、事務的に仕事をこなしていった。
「お待たせ」
俺に動じなかった窓口のお姉さんのおかげで、出金手続きも滞りなく済み、何事もなく銀行を出た俺は、外で待っていた鈴音、彩華、それと『お人形』達に声をかけた。
「あぁ、寒い寒い、早く温かいものが食べたいわ。でも、兄さんが暖めてくれても良いのですけど」
と、鈴音がいきなり俺の右腕に自分の左腕を絡み付けてきた――プニャリ……
「うむ、先ずは心と体を温めねば」
負けじと、彩華が俺の左腕に自分の右腕を絡み付けた――プリン……
『わぉ、神楽君。やるねぇ、熱いよぉ、このぉ』
と、相変わらず時代錯誤的な冷やかしをする黒鬼闇姫に、
『鈴音様にあの笑顔をさせるのは、さすが神楽様でございますですわ。
これも鈴音様が神楽様を深く愛して――はっ、ごめんなさいでございますです』
と、相変わらず一言余分に言って、鈴音から怖~い視線を浴びる銀界鬼姫であった。
えっと、非常に嬉しい状況なんですが、微妙に歩きにくいです。
それにこれでは、指令書の内容が話せないではないか。
全く困ったもんである。が、組んだ腕を放したくないという、欲望が当然勝ちを収める――なにせ、プニャリにプリンですよ。この感触を拒絶できる男子は、そうそういませんよ。
まあ、先は長いですし、方向は間違っていませんし、二人が好きでやっている訳です。と、心を鬼にして、如何わしくも邪な俺自身を納得させた。
しかし、ただでさえ目立つ美人が二人もいる。
しかも間に俺を挟んでいる腕を組んでいる訳で、『何が両手に花だこのヤロウ』的な視線を否応なく向けられる。
すると、後ろから『お人形』がちょこちょことついてくる訳です――はい、街中に『噂の魔法使い一行』ですと、宣伝して歩いているようなものです。
結果、妬みの視線は、恐怖へと変わる訳です。
――ですから、俺達は何にもしませんよ。
「神楽、好きにさせておけ――私は今幸せだしな」
「はあ――」
「そうですよ、皆さんが道をあけてくれるから、三列でも平気で歩いていけます――それに心地良いです」
「はい――」
そりゃ俺も、幸せですし、心地良いですよ。お二人さんの言葉とは、意味合いが違うかもしれませんがね。
しかしながら、相変わらず強気というのか、胆が据わっているというのか、頭が下がります。
時間は午後一時少々前。
神楽達『直轄追跡部隊』がおかしな注目を浴びている頃、『トゥルーグァ』では、忍大将音無道進が率いる忍衆五〇と余名が、一時の休息を終えて、街外れのとある広場に、個人のまま集結をしていた。
それは誰の目から見ても、目的を異にするただの個人がいるとしか映らない。
そんな中、音無が口を開く。が、声を上げて誰かに話かける仕草ではない。襟巻きを少しだけずらした口元に両手を持ってきている。まるで寒さでかじかんだ手を、吐く息で暖めているだけ仕草に見える。
「目的地は変わらず『オウノ』。
標的は『アディーラ・バルドライン』を核とした約千人の反抗軍の殲滅――いや、再び『オウノ』を消す事」
極々、至極自然に、さらりと、非常に物騒な事を言った。
それに対して、一切の返事がない。だが、あまりの言葉に、たじろいで、返事が出来ないのではない。周りの者は、既に承諾と返事を返している。その仕草が、極々、至極自然でわからないだけである。
この集団の目的地『オウノ』は、『トゥルーグァ』より北東に直線で約七〇キロのところにある。
今より七年程前のバルドア帝国時代、逆賊を追った当時九歳のアリエラ・エディアスの魔法暴走により、領民、敵、そして味方かまわず、六千の命と共に消滅した。
その結果現在は、ガラス状の物質が広がるだけの大地となっている。
アリエラが『銀髪の悪魔』と言われ、戦かれるようになった事件である。
そして、そこにアディーラ・バルドラインをリーダーとする反抗軍が、集落を築き、集結している。その数千人、前回の消滅劇で消えた逆賊の人数と奇しくも同じである。
反抗軍は、約三ヶ月前に神楽達が潰した『ナイグラ機関』の生き残りを主としている。
当時『ナイグラ機関』は、ほとんどの戦力を『サーベ』に集結していた。が、当然、地方に配置されていた者もおり、手薄な包囲をくぐって逃走に成功した者もいた。その者達が中核となって組織を構成している。
だが、このリーダー、アディーラ・バルドラインは、『ナイグラ機関』の者では無い。近しい領民である事には間違いはなさそうだ。
何故、そんなアディーラがリーダとなったかは不明である。強いていえば、そんな人徳を持っていたのかもしれない。
この、アディーラのように『ナイグラ機関』に近しい領民も相当数参加しており、結果千人という一大組織となり、今もその数を徐々に増やしている。
アディーラが何故この『オウノ』を拠点として選んだのかも、不明である。
が、元々周りが山に囲まれ、他の地区と切り離されていた『オウノ』は、前回の消滅劇で山肌が削られた結果、非常に険しい断崖に囲まれた天然の要塞となってる。
強力な破壊力を持つ飛び道具や、空を飛ぶ兵器のないこの時代、侵入経路を特定できるこのような地形は、非常に有効な要塞となる。
また、体制側にとっては、ある意味『呪われた地』であるが、反抗側にとっては『聖地』とも言える。
多分その辺りが、理由だろうというのが、神国天ノ原、社守静軍師の見解である。
忍衆は、まだ日が高い街道を、『オウノ』に向けて、極々、至極自然に行き交う人々に溶け込んだ。
時間は午後一時半を迎えた。
今まで、物騒な話をしていた集団の事など一切知らない、『直轄追跡部隊』の神楽を始めとする能天気な――失礼――面々は、相変わらず周りの視線を気に止めないで、初冬の肌寒さは何処へやら、ほんわか暖まる和みの空気に包まれていた。
「そろそろ、昼時の混雑も一段落つきましたね、兄さん」
「ああ、だいぶ腹も減ってきたからね、この辺りでどこかに入ろうか」
「神楽、あそこはどうだ?」
と彩華が指をさしたのは、最近、神国天ノ原でも取り入れらてきた、バルドア様式の豪奢な建物。所謂お洒落なレストランというやつである。
この手のレストランは、食べ物にお洒落な名の付いている事が多い。が、説明がないと、どんなものなのかわからず、出てきてビックリなんて事もある上、お値段にもビックリする事が多々ある訳です。
基本的に『特別な人と、特別な日に』という全てが特別仕様である。
「良いですね彩華姉さん、入りましょう」
「そうだろう鈴音、では入るか」
と、いうまに、両腕をぐいぐいと引っ張って、レストランに向かっていく美人姉妹であった。
ちょ、まっ、って、俺の意見は?
と、こういう時は都合良く、心の叫びは聞こえないのですね。でも、負けませんよ、こういうところは、お昼なんて閉めて――
「彩華姉さん、ランチが二時までですよ」
「間に合ったようだな」
――あれあれあれ? まさか、昨今の事情を鑑みてというやつですか? でもほら俺達って――
「いらっしゃいませ――」
って、このウェイター、勝手に扉を開けたよ。
「――大人三名様、お子様二名様でございますね。ただ今席をお作りいたします」
てか、子供って『お人形』だよ。俺達『巷を騒がせている魔法使いの一行』だよ。でも、入店を断っても、暴れませんよ。ですから遠慮しないで、バッサリと――って、彩華さん、鈴音さん、何故こっちを見るのですか? 俺をバッサリしようとしてませんか? そんな事したら、お支払いが出来ませんよ。って、はい? お財布は骸から抜けばいいって。ごもっともなご意見ありがとうございます。
「こちらへどうぞ」
と、結局、最後の抵抗虚しく、ウェイターは席に案内をする。それに従う美人姉妹に両腕を取り押さえられ、引っ張っていかれる俺。つい先ほどまでの、プニャリにプリンの幸福感は何処へやらである。
でも、相変わらずの光景に、変な安心感を覚えるのであった――ンな、訳ないって……。
読み進めていただき、ありがとうございます。