議場にて 5
全面的な手直しをしました。 12・4
『わお、鈴音ちゃん、銀ちゃん、お久しぶりぃ。
でも二人ともなんだか怒ってる?
何で何でぇ? どうしてなんでなのぉ』
『久しぶりっていいましても、黒鬼闇姫さん。先ほどまで鈴音様のお部屋でご一緒していたではありませんではないですか』
『そうですよ。
それに怒るも何も闇姫ちゃん、突然姿を消したと思ったら、こんなところで何をやっているんですか』
『えっと、神楽君に呼ばれたんだぁ。
そしたら面白い事やっていたから、黒も一緒に遊んでいたんだよぉ』
『予想通りの答えでございますですわね、鈴音様』
『ふぅ、全くこの馬鹿兄さんが……鬼姫ちゃん、とりあえず止まったみたいだから、その物騒な物はしまっていいわよ』
『はい、承知いたしましたですわ』
承諾の返事を一つした銀界鬼姫は、自分の背丈の倍近くある戦鎚を小さくして首飾りに変えて戦闘態勢をといた。
一口に魔法と言っても、闇姫と鬼姫ではそのスタイルが違う。
闇姫は炎、雷、水などの属性による攻撃を主に使う。一般的によく言われる魔法という物である。それに対して鬼姫は魔法兵器と言われる物を使い、切断、振動、貫通などの物理的な破壊力を魔法によって増幅する攻撃を主に使う。これらは侍の特殊能力に似てはいる。しかしその威力、有効範囲は別次元である。
鬼姫は戦鎚が好きなようだが、この魔法兵器は剣、槍、戦鎚、戦斧など、その状況によって形を変える事ができる。
鬼姫を前衛とするなら、闇姫は後衛となるであろう。
「さて兄さん、先ほどの鬼姫ちゃん達との話は聞こえたと思います。予想通りといってもどうしてこうなったのか、納得いく説明を聞かせていただきます」
俺は昔から何かにつけて鈴音に叱られる。
これが非常に苦手である――反論を許さない勢いで、言いくるめられる訳です。
鈴音に叱られるくらいなら、大石原総長に叱られた方がいいというくらい苦手なのである――口だけなら、五分に持っていける訳ですしね。
何となく視線を合わせづらかった俺は、闇姫に視線を向けた。
そっちは闇姫が鬼姫に叱られている。
『――ですから黒鬼闇姫さん、何かあったらどうするつもりでいましたですの?』
『……』
『黙っていてはわかりません事ですわよ』
『……グスン』
少々残念なお嬢様のような――と、表現して良いのだろうか――微妙に上品ぶったとはいえ、少々くどい語尾の鬼姫にまくしたてられて、押し黙る闇姫。どうやら闇姫も鬼姫に叱られる事が苦手のようで、ここまでしょげているのは初めて見る。
いい加減な俺と天然系の闇姫、それに対してしっかり者の鈴音と誠実な鬼姫、普段ならちょうど良いかもしれない。しかし今は叱られているのである。叱る方は『ぬかに釘』にならないようにいっそう熱が入る、叱られる方も『なんでそんな細かい事まで……』と逃げ出したくなる。多分この時の相性は最悪だろう。
「兄さん、こっちを見てちゃんと聞いて下さい。
叱られているときの礼儀です」
叱られている闇姫の反応が面白く、こっそり楽しんでいた俺は、
「ご、ごめんなさい」
と、素直に謝って、慌てて鈴音の方を向いた。
が、鈴音には容赦がない――兄を甘やかさない、非常に出来た妹です。
「そもそもこの後、大石原総長や天命ノ帝からお叱りを頂くのが、兄さんだけならまだしも、闇姫ちゃんを巻き込むのはどうかと思います」
(って鈴音、お前まで……)
「兄さん、それ聞こえていますよ」
「あっ、しまった」
そう契約者同士は、自分の「お人形」を通じて相手の「お人形」の言葉を聞く事や、相手の心の声も聞く事ができるのである。
これが鈴音に怒られるのが苦手という最大の理由かもしれない。
「しまったじゃないです。
そもそも兄さんは、契約を軽んじているんじゃないんですか」
(す、鈴音……宮内化しているぞ)
「だから聞こえていますよ。
それに、あれと一緒にしないで下さい、気持ち悪い」
「ご、ごめんなさい」
と、何度目かの素直な謝罪をしながらも、心で鈴音に伝える。
『って、こら鈴音、あれとか気持ち悪いは駄目だぞ。
本人にはわからないからいいかもしれないけど……』
『あっ、つい本音が出てしまいました。
とりあえず二人の秘密にしておいて下さい』
説教を俺の言葉に中断させられてた鈴音がめんどくさそうに答える。
と、突然、しょげて下を向いていた闇姫がこっちを向いて微笑んだ。
『鈴音ちゃん、今のお話、黒や銀ちゃんにもぉ、聞こえちゃったよぉ』
『えっ、そうですね。じゃあ闇姫ちゃん達も含めた四人の秘密にしておいて下さいね』
再びめんどくさそうに言葉を返す鈴音に対して、闇姫はおかまいなしに元気な返事をする。
『ハァーイ、黒はお口を石よりも硬く閉ざしまーす』
つい先ほどまで、鬼姫に叱られてしょげていた闇姫に笑顔が戻り、いつもの調子に戻った。
「さて、兄さんとの話はまだ終わっていませんよ」
「えぇー、流れ的には闇姫のツッコミで終わりじゃないのか」
流れを断ち切る闇姫の「ナイスツッコミ」と思った俺は愕然とした。
そして闇姫は鬼姫に何かを言われている。
『それに黒鬼闇姫さんもまだ途中ですわよ』
『えぇー、黒もまだ銀ちゃんに叱られるのぉ?』
『いいえ、私の方は……以上ですわ。あとは鈴音様にお任せいたしますですわ』
『鬼姫さん、それって丸投げですか?』
突然闇姫まで預けられた鈴音が鬼姫に聞き返した。
『鈴音様、決して丸投げではありませんですわ。あくまでも私からの話は……終わったということでございますですわ』
と、鬼姫はしゃあしゃあと答える――全く息ぴったりなコンビである。
『怪しい間が気になりますが……話を聞かない子が二人か……重い……』
『って鈴音、俺は聞く耳を持っているぞ』
『黒もぉ、言われれば聞く子なんだよぉ』
『二人ともゴチャゴチャ言わないの!』
大きな目でジロッと睨む鈴音に、なになものまで縮こまる俺と闇姫であった――あっ、闇姫は女の子だからなにはないのでどうだかわからないのですがとにかく縮こまっている。
戦慄と恐怖を覚える俺達に、鈴音は裁定を声に出した。
「では兄さん、この議場の皆さんに謝罪して下さい」
思ったより優しい一言であった。
「えー、なんで俺が……」
「いいからするんです! お兄様……それから闇姫ちゃんもですよ!」
とりあえず、反発はしてみたが、問答無用の一言で玉砕だった。しかも、闇姫もおまけのように加わってしまった。
『えぇー、黒もなのぉ……』
『はい、一緒になって遊んだという闇姫さんも、当然罰は受けてもらいます』
『フェーン……』
『しかたない、闇姫、ごめんな。とりあえず一緒にやってくれるか』
その実、これ以上反発すると、どんな罰が加算されるかわかったものではない。素直に実行が一番である。
『うん、神楽君が困ってるからぁ、黒はお手伝いするねぇ』
闇姫をなだめた俺は議場内を見渡し、『神楽やり過ぎ』とジト目視線が集中する中、一礼して謝罪を始めた。
「議場内の皆様、お騒がせいたしまして、大変申し訳ございませんでした」
『ごめんなさい……ペコリ』
俺は闇姫と共に深々と頭を下げた。
そして頭を上げると嫌なものが目に――てか、なんで天守近衛長までジト目で見ているのかな?
彼はどうやら、俺と鈴音がやり取りをしているうちに、気を取り直したのだろう。騒ぎの観客と化している。
素直に謝罪した事に後悔を覚え、再び腹の中に、煮えたぎるものが湧いてきた。
が、俺はここで騒ぐほど子供ではありませんよ。と、腹に留める――これ以上、鈴音に怒られたくないです。はい、押しとどめる気持ちの八割占めます。
ただそのまま黙っているのは悔しいので、感情を殺して付け加えた。
「天守近衛長殿、多少は魔法を信じていただけたでしょうか? 万が一ご不満であれば帝から許可を頂き、改めて体感して頂きたいと思います」
そう言うと俺は闇姫に薄ら笑いを浮かべさせて、ようやく立ち上がった彼の方に視線を向けさせた。
「あっ、あいや、充分です。
そ、それではまだ仕事がありますので、退室いたします」
彼は言い終わるが速いか、動くが速いか、見事な程の素早い戦略的撤退で議場から出て行った。それと同時に宮内侍従長が近づいてくる――嫌な予感しかしないのは当然である。
「全く天鳥君、あんな軽い挑発に乗って、君はどうかしているよ。もう少し落ち着きたまえ」
「はあ、どうもすみません」
一応形だけ謝っておく――だから、お前らが話しかけるから、おかしな事になるんだ。
「ん、黒鬼闇姫ちゃんって言ったかな。上品な可愛らしいお人形さんだね。
どれどれ」
続けて宮内侍従長はそう言う。彼は闇姫を撫でようと彩華の黒髪とはまた趣が違う、真っすぐで美しい黒髪に手を伸ばした。
『ひぇ! か、神楽君、黒、穢されちゃうよぉ』
固まる闇姫の必死の言葉を聞いた俺は『命の糸』を手繰った。すると闇姫は間一髪その手をするりとかわして俺の後ろにまわった。
「チッ、主が主なら下僕も下僕か、まあよいか」
そう捨て台詞を吐いて彼は議場を出て行った――てか、舌打ちするほどの事か?
『黒は神楽君のぉ下僕じゃないよぉ、お友達……もしかして黒が主様かもしれないんだよぉ。
のう、我が下僕神楽よぉ』
『あの闇姫さん、お友達にしておいてもらえると助かるんですが……』
『ハァーイ、やっぱり神楽君はお友達ですぅ。
でもぉ、鈴音ちゃんの言ってた事が少しわかったよぉ。あいつ気持ち悪いよぉ』
俺達の話に割り込む鈴音。
『闇姫ちゃんもそう思いましたか。そんな奴に似てきたなんて、兄さん酷い事を言うでしょう』
『本当にごめん、鈴音』
既に大石原総長や彩華と一緒にいる鈴音の方を見ながら今一度謝る。
そして続いて彩華と目が合う。すると彼女は、にこりと微妙に怖い笑顔を浮かべながら手招きをした――本当、その仕草は怖いからやめようよ。
(あの二人には、もう一度しっかりと謝罪しておいた方がいいな)
『そうですよ、兄さん。直ぐにこちらへ来て下さい』
『は、はい、直ちに向かいます』
俺は鈴音に言われるまま、話の輪に加わった。
読み進めていただき、ありがとうございます。