上と下 7
「では『直轄追跡部隊』の皆さん、お気をつけて」
「お見送りありがとうございます、社守軍師。
それでは行ってまいります」
鈴音と彩華の慎ましやかな恐怖と言いますか、静かなる脅迫に『ごめんなさい』をした俺は、支度をすませた後、全員揃って、天命ノ帝の下に出発前の挨拶に伺った。
ちなみに『お人形』達は、同じ『お人形』に探知されやすい事もあって、当初は留守番させるつもりだった。ですが、何と言いますか、大人しい銀界鬼姫は、まあ、ペラペラと喋るだけで、一般の人には聞こえませんから良いとしても、何かとやってくれる黒鬼闇姫が――はい、不甲斐ない契約主ですみません。
平たく言うと、預かり手が見つかりませんでした――徐々にヘリオ・ブレイズ化して行く、ガチガチ鉄板甲斐性なしの自分が嫌いになりそうです。
とりあえず、俺達が帝と簡単な挨拶をすまし、部屋を後にすると、今朝のドタバタを反省したのか、表人格の社守軍師が、『本殿』正面の御門まで見送りに出てきてくれた。
「神楽筆頭、良い知らせだけを待つ」
「は、はい、がんばります」
社守軍師の言葉は、少々辛口な表現であったが、多分彼女なりの激励なんだろう――と、勝手に解釈し、標準的な返事を返えすだけに留めた。
毎度の事ながら、何かとバタバタとした朝のひと時をくぐり抜けた俺達は、ようやく『万年丘』に向けて出発した。
現在午前九時である。途中何事も無ければ、二十キロ先の『万年丘』には午後の三時から四時頃には到着するだろう――途中何事も無ければと、大切な事なので二度繰り返しました。
ちなみに何事も無ければというのは、毎度のように美人姉妹が派手に暴れそうになったりとか、闇姫が何かをやらかしてしまうという事ではない――一応は含んではいますが。
俺は一昨日、『勅命の不履行』の罪で収監されていた、軍事刑務所から釈放されたばかりである。本来なら懲戒免職もあり得る事だったのだが、魔法使いという立場が、俺を引き止めた。しかし、その立場が問題なのである。
神国天ノ原の頂点に立つ天命ノ帝の勅命を無視して、捕まっていた魔法使いが釈放された。そして今、一国をも消失させる力を持ったまま、軍靴を響かせて街中を闊歩している――俺は普通に歩いているのだが、一度おかしな箔が付くと、同じ事をしていても周りには違って見えるようだ。
で、『誰があいつらを制御するんだ』となる訳だ。
こうなると民衆にとっては、『恐怖』以外の何ものでもない訳である。
もっとも俺は、『言わせたいやつには、言わせておく』という態度を取っている――俺の後ろには鈴音さんや彩華さんが付いてくれていますからなどと、不甲斐なくも思ったりしてたのです。
が――そんな頼れる美人姉妹は、俺を迎えにきた帰り道で、危ない殺気を放ちながら暴れそうになった事を、三流報道紙に『色恋沙汰で危うく神国滅亡』などと、おもしろおかしく取り上げられてしまったようで、民衆の向ける冷ややかな視線に、微妙に落ち込んでいるようだ。
――えっと、今更慎ましやかにしてもですね。
「兄さん、おかしな事を考えていましたよね。酷いです」
「神楽、言いたい事は、はっきり言うんだ」
――あ、あれ? またばれた。何で、一体どうしてだ?
「えっとですね、いつも美しいお二人がですね、今日は一段と――」
俺の言葉をさえぎり、ババンと二つの点火音が聞こえた。
「「う、うるさい! 反省しろ!」」
炎が出ているかように、顔を真っ赤に染めた鈴音と彩華に意味不明の言葉で反撃された俺は、
「ご、ごめんなさい」
と、やっぱり謝った。
つまりは、こんな俺達につまらぬ事をしでかす輩が、もしかしたらいるかもしれないという事である。
が、すでに『万年丘』手前である。途中昼食に立ち寄ったところも、民衆の感情を考慮して、軍関係の施設であったため、特に問題になるような事も無かった。
俺の心配をよそに、お騒がせ軍団は珍しく何の問題も無く、間もなく到着してしまうのだ。
これは非常に困った事だ。このままでは、『魔法使い神楽君の珍道中日記』のネタが無いではないか。最後の最後に美人姉妹のお二人に何かして頂きたいのですが。
「またか、神楽」
「どうしてそうなんですか、兄さん」
――だから、どうしてわかるのですか?
「いや、今回は何事も無く、もうすぐ到着だなと考えていたんだ」
「ほう、つまり神楽は、物足りないと」
「期待が外れてしまったと、兄さんは思っている訳ですね」
俺の図星を突いた、見事な連携の口撃である――しかし、ここまで来ると、女のカンとじゃないぞ、全く困ったもんだ。
「ち、違うぞ。ほら、なんだ、そう、あれだ、俺達って、良くも悪くも、最近何かと話題になってるじゃないか。だ、だからな、その、なんだ、その話題に、拍車をかけるような事が無くて良かったとだな、思っていたんだ」
良し、苦し紛れの言い訳とは言え、九十点は頂いたぞ。って、あれ? 鈴音さん、彩華さん、その残念な人を見るような視線はどういう事ですか?
「全く、神楽の残念さには困ったもんだ……これに惚れた私も残念だが」
「全く、兄さんには呆れます……それに惚れた私にも呆れますが」
あれ? いけると思ったのだが、何だか酷い言われようである。
が、二人とも、最後まではっきりと言ってくれ、何と言ったのか気になって、眠れなくなるじゃないか。
それはさておき、この美人姉妹にいろんな意味で完全制圧されている俺は、
「ごめんなさい」
と、再び謝る事になった。
非常に順調な足取りで、予定通りの午後三時半に『万年丘』の集落に入った俺達は、国境警備軍の駐屯地へと向かった。
ちなみに現在神国天ノ原は、この地区で残った唯一の国家である。元々神国の西端である『万年丘』は、他国と接触する事が無かった。つまりは、この『万年丘』は、この地区の人類生存限界線の西端とも言える。
元来『万年丘』は、この集落の西にある丘陵地を指した言葉で、『丘より向こうは今後一万年、人が住めない』と言われたところから名付けられたようだ。
だが、この星は広い。この地区に人が生存している以上、同じように人が生存している地区が、他にもあると考えられてもおかしくはない。もしかすると別の地区の人類が、何らかの方法で汚染された大地を渡って、この神国に辿り着くかもしれない。訪れた人類が平和的ならまだしも、好戦的な場合もある。万が一に備えて軍を配備している。
そしてその部隊を国境はなくとも便宜上、国境警備軍と呼んでいる。
番兵のチェックを受けて、国境警備軍の駐屯地に入った俺達は、司令部に赴く。
「直轄追跡部隊の筆頭天鳥神楽です。帝の命により派兵されました。司令官にご挨拶したいのですが、こちらにお見えになりますか?」
解放されていた扉より俺達が部屋に入り、少々声を上げて挨拶をすると、事務仕事をしていたと思われる全員の十名程が、一斉に俺達へ視線を向けると共に、静かなざわめきが起きた。無理も無いだろう、良くも悪くも(主に悪くだが)話題の三人が目の前に現れた訳だ。
微妙にざわめく中、少々慌てるように一人の男性が立ち上がり、奥の部屋に入って行った。多分司令の執務室なんだろう。
入った男性が出てくると、その後から五十歳前後だろうか、身長に対して横幅がある――ある意味、恰幅が良いと言います――愛想の良さそうな坊主頭の男性が出てきた。
「遅れましてすみません。お話は伺っております。私が西方国境警備軍司令、山並賢吾です」
「お忙しいところ申し訳ございません。
直轄追跡部隊の筆頭天鳥神楽です。こっちが天鳥鈴音、それと侍大将の山神彩華です」
「噂はかねがね――いえ、決しておかしな意味ではなくです。
ここではなんですから、こちらへどうぞ」
――怪しい噂だけは広まっているんですね。
と、いうわけで微妙な厄介者の俺達は、応接室に通された。
「どうぞかけて下さい」という山並司令に「お気遣い無く」と俺が答ながらもイスにかける。
俺の正面に山並司令、俺の右に鈴音、左に彩華、闇姫は俺の膝、鬼姫は鈴音の膝に座る。
「今回は、離反した魔法使いを追ってという事ですが――」
と、妙に不安の色を浮かべた表情で、山並司令が切り出した。
「――街中で捕り物もあるという事でしょうか」
不安の色は当然である。何かが起きれば、集落が消える事もありえる訳ですから。
「それは無いですよ。まあ、絶対にとは言い切れませんが、向こうも戦乱を望んでいるとは思えません」
「いきなり不躾なお話をしてすみません。
何分この『万年丘』は、言うのも気が退けますが、戦火に無縁の静かな集落でしたので、出来れば穏便にすませて頂きたいのです。あっ、決して他でやってくれと言っている訳ではなく、何と言いますか――」
立場上、最後まで言う事が、辛そうな山並司令の言葉を俺はさえぎる。
「大丈夫ですよ。俺達もそれはわきまえております」
とは言ったものの、俺は社交辞令的に返事を返していたが、実際のところ、噂を暗に肯定され心中穏やかではなかった。多分、これまでのやり取りを黙って聞いている鈴音や彩華も同じなんだろう。
「そう言って頂けるとありがたいです」
そう言うと山並司令は、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「頭を上げて下さい、山並司令」
まあ、心の中では『このヤロウ』だが、それを表に出して事を荒立てるつもりも無い訳で、ここでも儀礼的な事を言うだけに留めた。
「勝手な事ばかり言ってすみませんでした。
ところで、私どもにお手伝いできる事はございませんか?」
「特には――と、言いますか、直接的に手は出さない方が賢明かと思います。これは決して機密事項だからとか、こちらの部隊を拒絶している訳ではありません。万が一の場合、一般の兵士では対処できないという事を考えてですので、お間違えのないように。
当然、お手伝い頂きたい事がございましたら、改めまして、こちらからお願いに上がりますので、その時はよろしくお願いいたします」
建前同士の話にだんだんと苛ついてきた俺。だからといって『邪魔になるからこないでね』と、きっぱり本音を話す訳にもいかない――全くもって疲れる会話である。
「その時はご遠慮なくお呼び下さい。
さて、もうしばらくで日も暮れて参りましょう。宿舎にご案内します」
と言うと山並司令は席を立ち、一度応接室から出る。
「ふう――、スッゲー疲れた」
一息つきながら、頭の後ろで組んだ両手で首を支え、背もたれに体を預けると同時に、ついつい言葉に出てしまった。
「こら、神楽」
「行儀が悪いです、兄さん」
と、すかさず左右から叱られる俺。チラリと左右交互に更に均等に視線を向けると、そう言った彩華と鈴音も、怪しく疲労の色が滲んでいた。
「しかし、ああいう手合いは本当に苦手だよ。次からは、彩華か鈴音が相手してくれると――」
「「断る!」」
やはり息ぴったりに拒否をされた。
俺達(って主に俺)の愚痴タイムが終了するのを見計らったように、山並司令が戻ってきた。
「お待たせいたしました。滞在中の案内役を連れてまいりましたので、紹介します。
入ってきなさい」
と、言われると、少々頼りなさそうな小柄な男性が入ってきた。彼は少々迷惑そうな表情で、
「皆さんの滞在中の案内役となりました、石原です」
と、ほとんど棒読みで最小限の自己紹介をした。
「あ、天鳥神楽です。それとこっちが天鳥鈴音に、こっちは山神彩華です。
何かとお手数をおかけしますが、よろしく頼みます」
と、俺は儀礼的な挨拶を返した。
「ご期待に添えるよう心がけます」
と、言う彼は、迷惑そうな表情を崩さなかった――もしかして、じゃんけんとか、くじ引きで決めたのか? いや、見るからにいじめられてそうだぞ。まさかそうなのか?
「それでは石原君に後はお任せします。
天鳥筆頭、先ほどの件は、くれぐれもお願いします。
私はこれで」
と言いつつ、山並司令は応接室から出て行った――はい、微妙から完璧な厄介者に昇格の瞬間です。
「では、ご案内します――あっ、何から案内いたしましょう」
ガタンと音を立てて、一同イスからずり落ちた――中々のやり手ではないか、石原君。
「で、では、食堂はどうなってますか?」
俺は『サーベ』での教訓を生かし、先ず最初に尋ねた。
ここは駐屯地である。まさか『サーベ』のように、午後四時に閉店してしまう事は無いだろう。
「食堂は、午前六時から午後十時までとなっています。お勧めは――ご自身で確認して下さい」
と、言う石原は、とりあえず、食いそびれる事はないようだと、ホッとする俺達を引き連れ、司令部から外に出て、食堂まで案内した。
「ここが食堂です。では次はどうしますか?」
「じゃあ、一度宿舎にお願いします」
「わかりました。ではこちらへ」
必要最小限しか言わないのは、実は出来の悪い機械人形だったとか。いや、これだけの事が出来るなら、かなり精巧な物だろう。
と、宿舎は食堂のすぐ裏手にあった。
「こちらがそうです。部屋は管理の者に聞いて下さい」
「はい。えっと石原さん、今日はここで良いです」
「そうですか。明日は?」
「えっと、朝九時頃に司令部へ顔を出しますので、それからお願いします」
「わかりました」
そう言うと石原は、さっさと踵を返して司令部方向へ戻っていった――何だか変わった奴だったが、大丈夫か?
とりあえず宿舎に入った俺達は、管理人に部屋を聞いて、割り当てられてた部屋に入った。
が、あっという間に、俺の部屋に集合したのは言うまでもない。
ちなみに俺の部屋には寝床が二つ並んでいるのは何故? って、ちょっ、鈴音さんに彩華さん、何故二つの寝床をくっつけているんですか?
ああ、そう言えば一度割り振られた部屋が、俺だけ変わりましたね。その前に鈴音と彩華が、何やら管理人と話をしていたような――そう言う事ですね。
つまりは、ここでも美人姉妹の拘束具が展開される訳ですね――はい、当然ありがたく受け取ります。
などと、甲斐性なしの俺が不純な事を考えながら、何事も起きない夜の時間はそれなりに過ぎていく。
読み進めていただき、ありがとうございます。