上と下 5
「神楽、鈴音、とにかく急いで支度しろ」
と、『氷結人形』とまで言われた山神彩華が、珍しく表情にまで出して急かす。
前作戦の『サーベ』で離反した、ヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアスのお騒がせコンビの情報が入ったというのだから、ゆっくりとは、していられなくなったのだろう。
無理もない、ヘリオはさておき、彩華にとってアリエラは鈴音と同じく、ある意味、好敵手といえる。行方は当然気になるだろう。
二人は『サーベ』の作戦後に離反した。といっても、いがみ合った結果、あからさまに裏切った訳ではない。少々方向性が違っただけで――と、表現として適切かどうかはさておくが――出来れば、戻ってきて適切な罰を受けてもらった後、また一緒にやりたいと、俺と同じように思っているだろう。
まあ、夏は俺を苦しめたあの体温が、寒くなってきたこの時期、恋しいから、などという不純な動機は――って、彩華さんに鈴音さん、何故このタイミングで、ジト目視線を俺に向けるんですか?
「残念だ、神楽」
「不純過ぎです、兄さん」
てか、俺、何にも言ってないからな。間違っても口に出していないからな。
「神楽、私は先に行くぞ」
と、しびれを切らした彩華は、踵を返すと同時に、漆黒に輝く黒髪を翻し、部屋から出て行った。
「あっ、待って下さい彩華姉さん、私も行きます」
と、さっさと後を追って鈴音まで出て行った。
って、何のバツゲームですか?
「ちょっ、ま、待った、俺を置いてくな~」
と、何故か急に心細くなった俺は、目についた書類を持って、二人を追っかけた。
日頃の鍛錬不足、というのか収監されてた三ヶ月間は、ほとんど体を動かせなかった為だろう、アッと言う間に息が上がり、情けなくバタバタと足音を響かせて走る俺。
それでも宿舎の出口で、けしからんふくらみを揺らしながら走る鈴音には追いついて合流する――余分な揺れと振動で走りにくいのだろう。
当然の事ながら彩華の姿は無い。さすが鍛え方が違うと、感心する。
結局、歩く速度より微妙に早い速度で走る俺と鈴音が、彩華に追いついたのは、『本殿』庁舎内、帝の執務室手前に設置されている検問所であった。
って、基本は簡単なチェックで、さっさと通れるはずなのだが、何故か彩華は、近衛兵に止められている――しかも何だか言い合ってるし……いやな予感しかしないし。
「――とにかく緊急だ、すぐ通せ」
「いや、ですから、所属、氏名、ご用件、それとチェックをお願いします」
――何やってるんだか…………
と、頭を抱える俺。
「何をやってるんだ彩華」
「神楽か、いや、通してくれないのだ」
「あの彩華さん、こういう時は素直に答えた方が、早いですよ。
彼らも侍大将の山神彩華さんと、当然わかっているが、職務ですからね。
あっ、ちなみにこれ」
と俺は、彩華に自制を促すように言いながら、直轄部隊の腕章を提示した。
「どうぞ」
と言う近衛兵と俺を、交互に小憎らしそうに、その切れ長の目で睨む――てか、俺は悪くないぞ。
そんな彩華は観念したのか、
「わたしはやまのかみあやかです。さむらいたいしょうです。あまめのみかどによばれました。ちぇっくはじょせいのかたにおねがいしたいです。
とにかく、男性は髪はさわらないでください。でもなにがおきてもかまわないならおすきにどうぞ」
と、脅迫を含んだ超絶棒読み台詞を口にした。
苦笑いの近衛兵と俺の背中に、冷たい風が吹き抜けた。
控えていた女性近衛兵が、こんな事もあろうかと思って、と呟きながら現れて、それでは失礼しますと、一礼して簡単なチェックをすました。
「山神侍大将、失礼しました。
どうぞ」
と、改めて近衛兵が言うと、『ふん』と鼻を鳴らした彩華が、足を進めた。
普段通りなら、宿舎の自室から『本殿』の帝の執務室までの移動は、チェックも含めて五分もあればできるはずなのだ。が、気付けば、三倍の十五分が経過している訳だ。
ようやく帝の執務室前に辿り着いた俺達は、三人揃って大きく溜め息を吐いた。
とにかく、何かに付けて騒ぎが起きるのは、不幸という名の星の下に生まれた為なのか、と俺の溜め息には、そんな思いも混ざっていた。
そんな立場になってしまったそもそもの原因は、七歳のとある夜、『お人形』黒鬼闇姫の『ちょっとした?』勘違いで契約をして、魔法使いになった事に、端を発すると思われる。
とりあえず今は、不幸という名の幸せを楽しんでいるので、良しとしておきます。
トントン
「天鳥神楽、天鳥鈴音へ御用を取り次ぎ、山神彩華、参じました」
扉をたたき、彩華が挨拶を述べた。
「どうぞ」
と、室内から返事を返すは、社守静軍師だった。
帝の秘書官はどこにいる――と、疑問は湧いてくるが、まあ、俺がツッコミを入れる事でもない訳です。
彩華が扉を静かに開けて、三人揃って入室すると、いつもながら派手な色合いの着物を、上品に着崩して、艶かしい色香を漂わせる美人、社守軍師が出迎える。
「さあ、早く入って……ふふふ……帝がお待ちかねよ……うふ」
このところの社守軍師は、裏人格の出現率が高い気がする。
「「「失礼します」」」
と三人揃って前室に入ると、すぐさま奥の執務室に通された。
執務室の奥から入り口に立つ俺達を見て座っている帝は、両手で頬杖をついて眉根を寄せた、どことなく不機嫌な表情を浮かべている――てか、心当たりは無いんだが。
どうやら彩華や鈴音も同じ事を感じたようだ。
「まあ、みんな座りなよ」
と、表情とは裏腹の軽い言葉に、
「では、遠慮なく」
と、俺達は席に着いた。
「いきなり無作法な表情を見せてすまんかったね――」
と、切り出した帝の表情は、普段の凛々(りり)しい、いい男になっていた。多分俺達の内を『読心術』で読み取ったのだろう。
「――いやね、静がなかなか休ませてくれないんだよ――」
って、情事的な? てか、鈴音に彩華も赤くなってるし、社守軍師も何だか変に照れ顔になってるし……
「――だから、そっちじゃないよ。仕事だよ、し・ご・と――」
ですよね。いくらそれなりに親しいからって、帝に情事の事を相談されてもね。
「――とにかくだ、彩華から聞いたと思うが、離反した二人、ヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアスの潜伏情報が届いた訳だ。
その真偽の確認と、出来れば確保してもらいたい。まあ、一筋縄ではいかないだろうが頼むね。
それと彩華は神楽達に同行してくれ。大石原総長には了解を取ってあるからね。
とりあえず詳細は静から聞いてくれ」
と、一通り述べた帝は、再び不機嫌な表情を取り戻していた。
「では、私の方から――」
と、表人格の社守軍師が、開いていた着物の襟元を直して、話を始めた――ちょっぴり残念。
「――神楽筆頭、不謹慎な事を考えてないで、しっかり聞く事――」
何故だ、何故わかる?
「――さて、離反したヘリオ・ブレイズとアリエラ・エディアスですが、以降は『離反組』と、呼称する。
その『離反組』は現在、『本都』より西に約二十キロ程の所、『万年丘』と言われる丘陵地の麓、人口五千人程の中堅集落にて潜伏を確認されている。なお現在も『直轄諜報』の目は付けてある――」
俺は『直轄諜報』と聞いて、仮面の女性を思い出した。何度も仮想落下物を頭に落とされた事も、ついでに思い出した。
素顔を知らないので、どこかで出会っていてもわからないが、雰囲気といい、着物の趣味といい、社守軍師にそっくりなところがあった。と言えども、その正体は社守軍師という事は、万が一にも無いだろうが、一度二人が揃っているところを見てみたものである。
「――神楽筆頭、何かありましたか?
質問は後から受けるので、とにかく話を聞きなさい――」
学生のように叱られる俺。って、年齢的にはまだ学生だから、有りですね。でも、ちゃんと謝りますよ。
「す、すみません」
「神楽、初等児童か、本当に残念だな」
「そうです兄さん。年齢相応の振る舞いをしてください。妹として恥ずかしいです」
えっと、俺、何か言ったのか? 俺が知らないうちに口が動いていたのか?
そんな嘆きを無視して、社守軍師の話は進む。
「――帝直轄魔戦部隊、天鳥神楽と天鳥鈴音の両名、並びに山神彩華侍大将は、現地『万年丘』に移動し、『離反組』の確保を目的に動向を確認する事。
何かご質問はありますか?」
主に俺を見て最後に一言付け加える。
「いいえ、特には……」
と、俺は返事をするのみである。
「それでは、私からは以上」
「「「はい、承知しました」」」
説明を終えた社守軍師からの言葉に、三人揃っての返事を返した。
「そうそう、出発は明日で構わんよ。
まあ、お前達なら急な話でも即時対応できるだろうが、神楽も復帰直後だしね。
どのみち、しばらくは『離反組』に振り回されるだろうから、とりあえず今日一日は、休暇気分でも味わっておいてくれ」
社守軍師の説明を黙って聞いていた帝が、付け加えるように言った。
「お心遣い、ありがとうございます」
と、謝辞を述べる俺に、
「かまわよ――」と、言いつつ帝は、重い一言を、軽い口調で付け加える。
「――一応『勅命』だからね。しっかりやってもらわないと駄目だよ」
「「「………………」」」
その言葉を聞いて押し黙る俺達に、
「そうそう、もしかすると、『離反組』から接触があるかもね。
まあ、お前達なら簡単に取り逃がさないと思うけどね。
それに『離反組』の行動は、『直轄諜報』がしっかり監視してるからね――」
輪をかけるような、超重量級の一言が襲いかかった。暗に俺達は監視下にあると伝えられた訳だ。
もっとも俺の考え過ぎかもしれない。
帝はただ単に言葉通りの事を、有りのまま俺達に、伝えただけなのかもしれないのだが。
「――よろしくやってくれ。
俺からは以上だよ」
そう言った帝は、普段通りのいい男の表情に戻っていた。
帝の不機嫌な表情は、俺達に帝として、『勅命』として、そして、急かされるように、命を下さなければいけないという、心境の現れだったのかもしれない。
「「「その命、承りました」」」
とりあえず今の俺達は、この返事を返すしかなかった。少なくとも自身の信じる正義を貫く為には。
命を賜った俺達は、社守軍師に見送られながら、帝の執務室を後にして、部隊執務室に戻った。
部屋に入った俺達三人は、少々疲れたように適当な席に座る。
「はあ……何だか、大変な事になってきたな」
と、溜め息を一つ吐いたついでに、俺が思わず口にする。
「そうですね、兄さん。
あの二人に出くわした時、どのような対処をして良いのか……わかりません」
鈴音が大きな目の視線を落として言う。
確かに鈴音の言う事は、もっともである。
実際、あの二人に出くわした時、同行の説得をするのは当然である。が、それに従わなかった時、戦闘を行うのか――いや、あの二人は逃走をはかるだろう。ではそれを当ても無く追うのか。
なによりも今回の命は、『確保を目的に動向を確認する』である。解釈のしようによっては、『捕まえるまで帰ってくるな』とも取れる訳だ。
しかし、こんな事なら社守軍師に、命の意味合いをもっとしっかりと確認しておくべきだったと、少々後悔する。
「全く困ったもんだ……」
と再び嘆息まじりに呟く俺。
出来れば、あの二人に会わなければ良いくらいかな――最悪、知らんぷりで帰ってきちゃえばいいのだけど……で、叱られると……これで、丸く収まるかな。
「神楽、中途半端な事は考えるなよ」
と、俺の心を見透かしたように、彩華が言う。
てか、あれ? また何か無意識下で呟いたのか、俺。それとも心を読み取る『魔具』でもあるのか?
「で、あの二人と出くわしたら、彩華はどう対処する?」
俺は試しに尋ねてみた。
「私か? まずは言葉だな」
「それは俺も同じだ。それで駄目なら?」
「それは決まってるだろう――」
って、彩華さん。非常に物騒な雰囲気が漂っているのですが。
「――斬ってみる」
やっぱりそうきますか。
「あの、物騒なご意見ありがとうございます」
「では、神楽は黙って逃走を許すのか? 去っていく二人に対して、指をくわえて見ていると言う訳か」
「そこなんだよ。向こうもやる気で結果として対峙するという事なら、それはそれで仕方ない事と思う。で、少なくとも『万年丘』周辺は壊滅、その余波は『本都』も巻き込んで、ちょっとした手違いで、全てが終幕って事も、脅しじゃなくなる訳だ。
というわけで、もしあの二人が逃走したら、一応は追いかける振りはするけど……あっ、内緒の話しですよ」
「兄さん、ここを何処だと思っているのですか? 間違いなく『直轄諜報』の方に聞かれてますよ」
と俺の半ばいい訳、半ば冗談を、鈴音が真に受けて釘を刺してくる。
「私も先ほどは斬ると言ったが、実際のところ『何とか』っていう移動をされると、追いかけようが無いのは事実だな――」
彩華がポロリと本音を漏らす――もしかして、俺のフォローでしたか?
「――で、神楽、それは、どれくらいの距離を移動が出来るのだ?」
「空間転移の能力がどれくらいなのか、俺はその魔法が使えないからな」
「なんだ、神楽は見当もつかないのか?」
「まあ、今までの行動を見てると、せいぜい数百メートルといったところだろう。
もし何キロも移動できるのなら、あの二人が皇帝殺害の容疑で逮捕された時、第一砦に来たのは『お人形』だけなんて事は、なかっただろう」
「言われてみればだな。フン、それなりに考えているんじゃないか、神楽。やれば出来るんだな」
鼻で笑いながら言う彩華であった。
「えっと、彩華さん――いてて」
「兄さん、こっちを向いて下さい――」
って、こら耳を引っ張るな鈴音。
「――ズルイ!」
「はい? えっと鈴音さん」
「だから、さっきから彩華姉さんとばっかり話をしてて、ズルイ! ズルイ!」
あれ? 今ってそういう時間か?
「はい? 何がですか」
「私の問いかけに答えてもらっていません。
一番最初に聞いたのに!」
「へ? あれ?」
「ですから――やっぱりもういいで・ス!
いつも話をうやむやにして……兄さんはズルイで・ス!」
アリエラがいる。
「ご、ごめんなさい」
何だかわからんうちに謝ってしまった、俺――てか、毎度の事ながら、どうしてこうなった。
はい、彩華さん出番ですよ。
「神楽、情けない」
期待通りのお答えで、ありがとうございました。
とにかく、いつまでたっても体力派改め現場派の俺達には、ろくな対処法は浮かんでこない。あげく、鈴音の言いがかりとも言える、引っ掻き回しで、何だかわからんうちに、時間ばかりが過ぎ去っていった。
――つまりは、出たとこ勝負です。
読み進めていただき、ありがとうございます。