表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/90

上と下 4

「それでは、私達は一度退室いたします。

 この後は、大石原厳おおいしのはらげん総長、いや軍部に伺って挨拶をしてから、部隊執務室ぶたいしつむしつに戻ります。

 何かございましたら、何なりとお申し付け下さい」

 俺と鈴音は、帝の執務室から退室しようときびすをかえす。


「あっ、神楽ちゃん、これを」

 と、社守軍師に止められる。ほどよく着崩した、少々派手な色合いの着物姿は、大人の女性の色香いろかと同時に、軍部としては少々(?)異質な空気を、あわせて漂わせている。そんな彼女から、振り向いた俺に差し出されたのは、二枚の布。見かけによらず、しっかりとした造りの布は、なにやら刺繍ししゅうが施されている腕章であった。

 いや、単なる腕章という物に似合わない、手の込んだ非常に細い、豪華というのか贅沢な刺繍である。


「これを持っていれば、ここには自由に入れるわ……うふふ……ちなみに、あたしの部屋にもよ……ふふふ」

 えっと、社守軍師――不穏な空気を漂わせないで下さい……てか、既に遅いですね。

 帝と鈴音からの刺すような冷たい視線を背中に浴びながら、手渡された腕章を見る。

 太陽を支える二本の剣、その剣を持ち太陽を挟んで向き合う一対の鳳凰ほうおう。その絵柄は、帝直轄の部隊を示す部隊章であった。


「謹んでお預かりいたします」

 俺と鈴音は、今一度頭を下げて、部隊章を受け取り、退室した。


 帝の執務室から退室した俺は、帝本人から発せられていた重圧から解放されて、緊張の糸がプツリと切れた。その為だろう俺は、つい、うっかりと溜め息を吐いてしまった。

 その様子は、後ろからついてきた鈴音には、俺がガックリと肩を落としたように見えたようだ。


「に、兄さん、ど、どうしたのですか? 大丈夫ですか?」

 泡を食ったような鈴音の言葉に、逆に俺が驚かされた。


「な、なんだ、鈴音。お、俺は大丈夫だぞ」

「だって、今……その……凄く寂しそうだったから……」

「あっ、すまん。そうじゃないんだ。

 えっと、なんて言うのか……帝の言葉を思い出してだな……改めて、大変な事になったなと思ってだな……ついついというやつだ」

「なら、良いのですが……」

 と、言葉と裏腹の納得していない表情の鈴音であった。

 俺の微妙な変化に気付く鈴音は、俺に対して非常に鋭い――てか、非常に怖いんですが、それ……


 心配する鈴音の手前、確かに口では軽く言ったのだが、実際のところは俺自身が驚くほど、帝の言葉に納得出来ないでいた。

 帝は、今後の命は全てが『勅命ちょくめい』と言った。例えばそれが、視察の護衛とか、敵兵相手の事ならば問題ない。だが『サーベ』の時のように、踊らされた民衆を相手に、『全てを「殲滅せんめつ」せよ』と再び命を出されたら――はっきり言って自信が無い。

 しかも、帝の命は神国の正義とまで言っていた。

 まるで独裁者のような言葉を聞いた時、俺は背筋に冷たいモノが走るのを覚えていた。

 唯一の国家となった時から、帝の心境に何らかの変化があったのだろうか。

 ふと『サーベ』でアリエラが言っていた言葉を思い出した。


――帝に、『お前死んじゃえって言われたら』死ぬの――

 そんな命令を出せる人は、その立場に立てないぞ――と、答えた。


――これって、バルドア皇帝と同じ事をしていませんか――

 いや、それは意味合いが違う――と、答えた。


 はは……自信が無くなってきたな。


 俺は今まで『争いを無くす』という俺自身の正義を貫くために、志を同じくする帝と共に行動をしてきた。

 と、そんな大仰な事を言っても、街中の喧嘩のような、些細ささいな争い事までなくせるとは思っていないし、そこまで解決できる能力と自惚うぬぼれれてもいない。

 そんな事は勝手にやってもらって構わない。

 もっとも、些細な争いを些細な事と、一言で

片付けるつもりは無いし、出来るだけの対応はしていくつもりだ。

 俺の言う『争い』とは、警察の範囲を超えたところ、軍が受け持つ辺り、つまり『戦争』やそれに類するものである。

 そして俺達の力は、兵士のように、『そういう覚悟』を持っている者達に対して、鎮圧、制圧、そして殲滅するために、向けるものと思っている。

 あの『サーベ』のように、先導する者がいたとしても、決して、『たまたま集まった民衆』に向けて良いものとは、思っていない。


 だけど、俺は『勅命』の名の下、一時的とはいえやってしまった訳だ。


――俺自身の正義を曲げてまで――


 そして帝は、そんな『勅命』を出してしまった訳だ。

 踏み出す事が一番難しい一度目、その初めてという壁を乗り越えてしまった今、二度目、三度目と次々と、そういう『勅命』が下るだろう。


――恐怖で民衆を支配するという、禁断の感覚を徐々に麻痺させながら。


 そして俺達も、恐怖をふりまく存在という感覚が、徐々に馴染なじんでいくのだろう。


――魔法使い本来の姿として。


「兄さん……兄さん、本当にどうかしたのですか?」

 どこからともなく聞こえてきた声の方へ視線を向けると、鈴音がその大きな目を、心配と不安の色に染めて、見つめていた。


「ああ、いや、少々考え事をだな……深く考え事をしていた。すまんな」

 と、言う俺の心情を見透かしたように、鈴音は言う。


「悩みがあるなら、言って下さい。

 私は、兄さんを守ると言ったはずです」

 その強い言葉の迫力に、少々たじろぐ俺。こういう時の鈴音は、異様なほど押しが強い。


「あ、ありがとう。でもここではちょっと話しにくいから――後で部屋に戻ってからにするよ」

「わかりました。絶対ですよ。隠し事は無しですよ。嘘も駄目ですよ。ちゃんと私の目を見て、正直に話して下さいよ」

 と、止めにたたみかけられてた――これ以上続くと、誓約書まで書かされそうだ。


「わかったから。

 とにかく大石原総長のところに急ごう」

 と、何とかこの場での追求を逃れた。



 総長室の前に到着すると、俺は扉脇の札で在室を確認して、扉を叩いた。


 トントン


「……どうぞ」

 と、秘書官の相変わらず無愛想な返事が返ってくる。

 前室に入った俺達を、無愛想な秘書官が一目し、黙ったまま面倒くさそうに立ち上がり、奥の執務室に入って行った。

「……どうぞ」

 と、奥の執務室から出てきた秘書官は、無愛想に俺達に言うと、さっさと自分の席に戻って座った。

――この秘書官って、総長の前でもこうなのか?

 などと、毎度のように疑問が湧くが、未だにここにいるという事は、少なくとも総長とは上手くやっているようである。

 それはさておき、俺と鈴音は奥の執務室に向かった。


「天鳥神楽、天鳥鈴音、ご挨拶に伺いました」

「まあ入れ、かた苦しいのは無しだ」

「「失礼します」」

 と、入室すると、大石原総長は、相変わらずの穏やかな丸顔を、更ににこやかにして向かえてくれた。


「此の度は、大変なご迷惑をおかけしました。

 また、収監中しゅうかんちゅうも何かと、お心遣いありがとうございました」

 一応の儀礼ぎれいとして、俺は謝辞しゃじを述べた。

「気にするな。良く尽くしてくれた部下の為だ。大した事も出来なかったしな。

 それより、鈴音君の笑顔も見れたし……まあ、神楽君の収監中はそりゃ――」

「大石原総長、それは言わないで下さい」

 と、慌てて言葉をさえぎる鈴音であった。

「いや、すまんすまん。男女問わず、惚れた相手に失意で荒れる姿は見せたく……はっ!」

――銀界鬼姫ぎんかいききがいる。

 いや、大石原総長の口が止まった。どうやら鈴音の大きな目から発せられる眼力めぢからに、気圧けおされたようだ。百戦錬磨の総長を、ひとにらみで黙らすとは、全く末恐ろしい妹である――ある意味喜んでいられないのだが。


「全く鬼姫ちゃんじゃあるまいし……」

 と、ぶつぶつ呟く鈴音を見る目が怯える総長と俺であった。


「ところで、なんだ、えっと、そう、その腕章は……噂は本当だったんだな」

 大石原総長の言葉は、それまでのやり取りをごまかすかのようであったが、俺の心を見透かすように、核心近くへと話しを振った。


「へ? どういう事ですか?」

「お前達が、軍の管理下、つまり儂の下を離れて、帝の直轄部隊ちょっかつぶたいになるという話しだ」

「って、そういうことって、総長の承認とかが必要なんじゃないのですか?」

「当然、手続きは必要だが、俺にこの件の話しが、噂程度に届いたのは、昨日の事だったからな。

 もっとも、前もって話しを受けてても反対はしないが……実際にこうして事実を確認すると、あまりに急というか、独断で決められたようで、驚きは隠せんな」

 俺はこのとき、独裁者としての帝の姿を容易に想像できた。


「この一年……バルドアとの戦争が終結を迎えて、帝は変わってしまったのでしょうか?」

 俺は、のどに引っかかっていた物を、吐き出すように、つい、言葉に出してしまった。


「神楽、滅多な事を言うもんではないぞ」

 と、言った大石原総長の言葉や口調は普段通りであったが、表情は非常に険しかった。


「あ、いえ、その何と言いましょうか――あの『サーベ』の『勅令』といい、今回の部隊の急な変更といい、何だか私の知っている帝とは思え――」

「神楽――」

 と、大石原総長が口を挟み、俺の言葉をさえぎる。

「――今、お前が言った事は、儂と鈴音君が聞いたと同時に、十人が聞いたと思え。と、言えばわかるだろう」

 そうだった、俺は、問題を起こした危険人物である。普段通りの『本殿』外だけでなく、『本殿』内においても、監視が付いていて当然かもしれない。

 そう、普段から俺達のように、軍の上層に位置する者には、意思決定機関からの決定事項が、例え、戦場の最前線にいても、いち早く伝達されるように、諜報部ちょうほうぶの情報網内にいる。

 逆に言えば、情報網の中にいる俺達は、意味合いはどうあれ監視の目が付いている事になる――今は、宿舎の自室にまで、その監視が広がっていない事を、祈るだけです。


「まあ、それと、今回の一件の裁定に、帝は自らいろいろと働きかけてくれたらしい」

「それは最程帝本人からも、それらしい事を伺いました」

「よいか神楽筆頭。

 もしこの一件、将官も含めた一般のいや、『普通の』と言った方が良いかな――とにかく、そんな兵士が起こしたとしたら、その裁定は、軽くても懲戒免職、下手をすると四肢のどれかの自由を奪っての免職となるだろう。

 判事の虫の居所が悪ければ、無期禁固とい名の死刑――おっと、表現が悪かったかな。

 そんな中で、神楽筆頭の『特殊な事情』を考慮しても、『たった三ヶ月の禁固』で済んだというのは、ひとえに帝のお力添えがあったからこそであるぞ」

「はい、それについては、重々承知いたしておりますし、感謝以外の何ものでもありません」

 という俺であったが、その事実を盾に取られて、『直轄』という立場に召し抱えられた事は言わなかった。


「などと説教じみた固い事を言ったが、帝にしてみれば、判事がもし教科書通りに懲戒免職や、いつでも脱獄できるお前達に無期禁固などという意味のない裁定を下す、などという事を防ぎたかったのかもしれないな」

「でも判事はそんな事くらい――」

「万が一の話しだよ。

 万が一の裁定で、お前達が軍を離れる。

 万が一、お前達が既に離反した二人と合流する。

 万が一、反旗をひるがえす。等々、あまり考えたい事ではないが、万が一は、万に一つの可能性でもあるからな」

 と、俺の言葉をさえぎった大石原総長は、言葉遊びを楽しんでいた。


「大石原総長、何だか変な事を言って、すみませんでした」

「ああ、構わんよ。何かと色々あって、疲れていた結果と思っておくよ。

 また何か相談した事でもあったら、酒でも飲みながら、愚痴程度の事なら聞いてやるから、遠慮はするなよ」

 と、少々寂しそうに聞こえた大石原総長の言葉は、暗に『俺の役目は終わった。今後は帝に相談しなさい』と言っているようであった。

 ただ残念な事に、今日俺が一番相談したかった『勅命』については、言葉にすら出す事が出来なかった。そして今、一番の相談窓口は閉じられてしまった。


「いろいろと助言、ありがとうございました。

 さて、鈴音そろそろ戻ろう」

 と、ある意味頼りないが、今後は一番の相談窓口になりそうな鈴音に声をかけた。


「はい、兄さん

 それでは大石原総長、兄が長々と失礼しました」

「はは、鈴音君、相変わらず神楽筆頭には厳しいな。

 まあ、いつでも遊びにおいで」

「「ありがとうございました」」

 俺と鈴音は揃って一礼をして、総長室から退室した。


 俺達は一旦宿舎の自室に戻ることにした。俺一人でも良かったのだが、鈴音も一緒についてきた。どうしても先ほどの俺の態度が気になるようだ。

 俺は軍事刑務所から出る時に渡された、『反省文』的な書類を持って、『お人形』をつれて『本殿』に向かおうとしたのだが――あっ、『本殿』は武器の持ち込みが禁止だった。

 ということで、『お人形』達には、引き続きお留守番をして頂く事になった――非常に不安である。これこそ一番に相談しなくては。

 などと考えていると、バタバタと廊下を走る音が徐々に大きくなってきた――こら、廊下は走っちゃ駄目だろう。

 と俺の部屋の前で足音は止まった。と、同時に『バン』と扉が開く。


「神楽、帝がお呼びだぞ!」

 って、慌てているようで、何故彩華さんが伝令してるんですか?

 走り回ったような音が響いていたわりに、息一つ切らしていない彩華であった。


「私も呼ばれたからだ――」

 あっそうですか――完璧に読心術がありますね。

「――とにかく急ぐぞ」

「わかりましたから、慌てないで下さいよ。提出書類を用意したら行きますから」

 と、提出書類を探す俺。

 そんな俺にいらだったのか、彩華が声の音量を上げた。


「だから、離反二人組の情報が入ったらしいぞ」


「「って、何ですと!」」


 俺と鈴音は名コンビ、揃って声を上げた。

 どうにもゆっくりと、書類や残務処理をさせてくれないようだ。

 全くあのお騒がせコンビには、困ったもんである。

 そして俺達は書類そっちのけで、落ち着く間もなく帝の執務室に向かった。

 読み進めていただき、ありがとうござます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ