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議場にて 4

 全体を手直しをしました。12・3

「あっ、あっ、天鳥君、そっ、その本殿内に呼ぶのはどうかと思いますが……」

 声を裏返しながらも一応意見することができた天守近衛長であった。しかし、たれ目の目尻に決壊寸前の涙を溜めて、その顔色はみるみる青ざめていく。


「何でそんな事をいうのかな。そもそもお前が魔法を見たいと言ったから呼んだんだぜ」

 冷たく返事を返した俺の呼び出しに応えるように、絡み合った光の糸は少女の人形を作り出す。

 やがて姿を現した『お人形』は、吸い込まれそうなほど深い漆黒しっこくの生地に、控えめな花模様、それとは逆に、金糸銀糸をふんだんに使った絢爛雅けんらんみやびやかな帯と相まって、典雅てんがに映る振り袖姿。

 地に届く濡羽色ぬればいろの髪は、前髪を眉で切り揃えた鬢削びんそぎ垂髪と、この国に古くより伝わる怪談、『髪が伸びる人形』の容姿に似ている――夜、暗いところでばったりは、怖いかも。

 もっとも上品な顔立ちに映える大きな黒い目は、怪しい恐怖感を感じさせず、妙に愛嬌があって可愛らしい――と、弁護しておく。


『やほぉ~、来たよぉ神楽君、どうしたのぉ?』

『闇姫、こいつが魔法を見たいんだって』

『ヘェー、そうなんだぁ』

 と、初めて俺の前に姿を現した時の、尊大な物言いはどこへやら、黒鬼闇姫くろきやみひめは、おっとりとした口調でそう言うと微笑んだ。

 ちなみに、闇姫と会話ができるのは、基本的に契約した俺だけであり、特定の条件を除き他の者には聞こえない。


『さあ闇姫、ご挨拶しようか』

『ハァーイ、笑顔いっぱいのご挨拶しまーすぅ』


(ウーン、上品な顔立ちや、気品ある雰囲気も、話をすると見事に崩れるなぁ……周りには声が聞こえないからよいのだけど……)


『あぁ、ヒドーい、神楽君聞こえたよぉ』

 と、ちょっと強く思うと、伝わってしまう――それも善し悪しだが、もうちょっと何とかならんかな。


『ごめん、闇姫。

 えっと挨拶だけど、笑顔いっぱいの方は可愛くて好きだけと、今回はもう一つの方でお願いするよ』

『了解したヨォー。

 実は黒、あれ好きなんだぁ』

 闇姫は薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうにしている。

 俺は闇姫との会話が一段落したところで、放心ぎみで置いてきぼり感あふれる天守近衛長に視線を向けた。


「天守近衛長殿、黒鬼闇姫がご挨拶したいそうだ」

「ひっ! あ、挨拶なんていらないから、そ、そのお人形を早くしまって下さい」

 ついに天守近衛長の目尻の堰が切れた。それに構わず、話を進める俺――きっと人の不幸大好きな悪魔の顔をしてるんだろう。


「まあ、遠慮するなよ。

 人見知りが激しいこの娘が、挨拶したいって言ってるんだぜ。

 ソォートォー気に入られちゃったみたいだね、天守近衛長殿――ふっ」

 ついつい、口元が緩む俺であった。


『エェッ! 神楽君、変な事を言わないでよぉ。黒はそんな事言ってないしぃ、こんなやつ嫌いだよぉ』

『ツッコミ厳しいね、闇姫。

 脅し文句だよ、脅し文句』

 闇姫の真面目な意見に対して、俺もそれなりの答えを返す。


「あ、天鳥君、と、とにかく遠慮して――」

 天守近衛長の言葉をさえぎるように、俺は闇姫を動かした。

「さあ黒鬼闇姫、挨拶しますよ」

『ハァーイ』

 元気の良い闇姫の返事が返ってくると、俺は闇姫とつながっている両手の『命の糸』を、天守近衛長に向かって伸ばした。すると、七十センチ程の闇姫の体が、羽毛に息を吹きかけたようにフワリと舞い上がり、『命の糸』に導かれ彼の背後まで飛んでいった。そして闇姫を見失なったのか、あたふたとしている彼の首に手をまわし、負ぶさるような形で闇姫は降り立った。


「ひっ、ひっ、くっ、首が絞まる」

 彼は突然何かに首を絞められて、かなり動揺している上、顔色がかなり悪くなっている。


『黒はすそをたくし上げて足を開くなんて、品のない事はしないんだよぉ。

 だからぁ、ここにつかまるのが一番なんだよぉ』

 確かに闇姫は振り袖を着ているので、足を開こうにも開けない。ましてや『お人形』といっても一応は女の子である。裾をたくし上げて下半身をあらわにするというのは、かなり抵抗があるようだ。

 しかし、このまま首を絞めたままにしておくわけにはいかない。


『闇姫、それ彼には聞こえていないですよ。

 とりあえず、窒息しちゃうといけないから、手を肩に置こうか』

『ハァーイ』

 首から手を放して肩に手をかけると同時に、闇姫の顔を彼の顔の横にもってきた。

 そして、天守近衛長に整息する間を与えず、闇姫を次の行動に移す。


「さて天守近衛長殿、お待たせしました。

 それでは黒鬼闇姫からのご挨拶です。

 ではどうぞ」


『ゴホン、初めまして黒鬼闇姫です。

 拙者、未熟者でありますが、以降お見知り置を……ペコリ』

 と、愛想笑いを浮かべ、最後に一礼をして挨拶をした。そして大役を終えたとばかりに、どやがおの闇姫である。

 が、しかしその隣の彼は、パクパクと口を開きもの言いたげの闇姫にいきなり一礼されて、どう反応して良いのかわからず、呆気に取られたような、それとも拍子抜けしたような、複雑な表情をしていた。


『闇姫さん、拙者もペコリもよかったですよ。この短時間によく考えましたと褒めたいのです。しかし残念なお知らせですが、それも彼には聞こえていないですよ』

『えぇー、昨日せっかく寝ないで考えたのにぃ』

『って、今日こうなる事を予想していたんですか?』

『当然だよぉ。黒の予想通り動いてくれた天守君は、しっかり褒めてあげるんだよぉ。うん偉い!』

『だから、それは彼に聞こえていないって。

 ところで闇姫さん、先ほどの打ち合わせとずいぶん違っていますが……』

『あぁ、忘れてたぁ、神楽君ごめぇーん。

 だってぇ……』

『はいはい、一晩寝ないで考えた挨拶がしたかったんですね。わかります。

 でも今度は、間違いなく決めてくださいよ』

『ハァーイ、了解了解ですぅ』

 そう言うと、闇姫は天守近衛長と視線を合わせた。

 その直後、満面の笑みを浮かべていた闇姫の表情が一変した。


 そのモノは、この世に生を受けたいずれのものにも当てはまる事がなく、現世の事象と決して交わる事の無い世界、光がいっさい届かぬ暗黒の闇の中で生まれた、異界異形のモノであり、いにしえより時折現世にその姿を顕現させ、鬼として語り継がれ、恐れられたモノであった。

 全てを見透かすような見開かれたまなこは緋色に光り、のど元を食いちぎってやるぞとばかりに、牙を剥き出しに開いた口からは、息づかいに合わせて紫黒しこく瘴気しょうきが溢れ出ている。


「ひっ、ひぇー」

 あまり聞きたくもない声音で、天守近衛長の悲鳴が議場に響き渡った。


『ねぇねぇ神楽君、これ迫力あって良いでしょう?

 黒、お気に入りの一つなんだよぉ』

『……うん、迫力満点で良かったよ。

 でも一番良かったのは、この会話があいつに聞こえていない事だね』

『あぁー、またそうやって馬鹿にするぅ。

 でも黒だってぇ、「やればできる子」だってわかったでしょぉ』

『言われないでも「できる子」だとわかってますよ。でもね闇姫さん、「やればできる子」っていうのは、できない子に言う言葉であって、自分自身に対して言わない言葉ですよ』

『……神楽君の意地悪……』

 これ以上闇姫の機嫌を損ねるのは、今後の展開上よろしくないので、話を天守近衛長にもっていく。


「さて天守近衛長殿、黒鬼闇姫からの挨拶もすんだところで、ぼちぼち魔法を体験していただきましょう」

「いっ、いっ、いや、もっ、もう充分です」

「そんな事言わないでください。これからが本番なんですから。

 おや、お顔の色がよろしくないようで、そのうえ少々震えていますね。

 あっ、冷え込んできたので寒いですかね。気が付かないですみませんでした。

 ではせっかくですので、魔法で暖めて差し上げましょう。

 黒鬼闇姫、お願いしますね」

 そう言うと俺は『命の糸』を操り、へたり込んでいる彼の背中から闇姫を一度離した。そして正面で向き合わせ、両掌を上に向け両腕を広げさせた。すると闇姫の両掌から紅蓮の炎が燃え上がった。


「ひっ! ひっ、ひ、火が――」

 その炎を目にして、悲鳴なのか、炎を指した言葉なのか、ヘタレ込んだ状態で、器用に後ずさりをしながら天守近衛長が叫んだ。


『ねぇねぇ神楽君、本当にやっちゃってもいいのぉ? 一応お仲間なんでしょぉ。

 後で、他の大将達に怒られない?

 神楽君だけならいいけどぉ、黒も一緒に怒られちゃうのは嫌だよぉ』

『って闇姫まで、彩華みたいな事を言うのか。

 もっともここまでやっちゃうと、今更手遅れかな……残念ですが……闇姫さん』

『えぇー、手遅れって、黒も怒られちゃうんだぁ。そのうえ、あんな事やこんな事までされちゃうんだぁ……グスン』

『まあ何を想像したのか知らないけれど、闇姫は大丈夫だよ。

 でも、怪我なんかしてもらうと取り返しがつかないくらいヤバくなるから、とりあえず、「幻想の炎」に包まれて暖まってもらいましょう』

『りょーかいですぅ』

 このとき俺自身退くに退けない状態となっていた。しかし闇姫の言葉に救われた。


(うん、ありがとう闇姫。確かにやればできる子だね)


『だから神楽君、聞こえてるよぉ』

『あっ……、と言うわけで、よろしくお願いします』


「さて天守近衛長殿、この炎に包まれて、体の芯までしっかりと暖まっていってくださいね」

 そう言うと俺は闇姫の炎が燃え上がる両掌を、へたり込んでいる彼の方に向けようとした。

 その時、『バン!』と後ろの扉が開く音と同時に、大きな声が議場に響き渡る。


「喧嘩は、この辺りで止めて下さい!

 ここまでなら、帝も無かった事にしてくださります」


 振り向くと、声の主は誰かと同じように『本殿』内を走り、そして飛び込んできたためなのか、肩を上下させて息をする。その動きに同調できない、けしからんと言われる大きさに分類される胸のふくらみが、ゆさゆさと誇らしげに自己主張をする。


「あっ、鈴音……さん」

 俺が言った通り、飛び込んできたのは妹の鈴音であった――あ、いや、決して、制服の上からでもわかる、けしからんふくらみで判断した訳ではない。

 彼女の特徴的な髪型が目に入ったのだ――声でわかるだろうという意見はさておき。

 栗色の髪を、肩に届かない程度で切り揃え、左右に細いリボンで、一対の控えめなしっぽを作る。彩華の雰囲気とは対照的な、非常に可憐な雰囲気を漂わせている。

 が、そんな可愛い妹であるはずの鈴音は、今まさに、普段なら吸い込まれそうな大きな目を細め、眉根を寄せ、非常に厳しい表情をしている。

 となると、隣には――いる。

 黒いフリルの塊から、大きな戦鎚が突き出ている。多分あれだろう。

 鈴音が契約した『お人形』銀界鬼姫ぎんかいききである。

 鬼姫の風姿は、この神国とは生活様式が全く違う国から来たような、言えばバルドア帝国の様式に近いかもしれない。

 本日は、黒色を基調に何段ものフリフリのフリルで飾り、所々に白のフリルでアクセントをつけた、ドレスであった。

 長く透けるような金髪は、二つに分けて大きく縦にロールしている。黒のヘッドドレスが、非常に似合う。

 ご多分にもれない大きめの碧眼を少々細めて、ちょっとあごを上げた澄まし顔はいつもの事である。


「今一度言います。

 双方ともに、直ぐに引きなさい!」

 鈴音の叫びに、天守近衛長が反応する。


「ぼ、僕は何も――悪いのは、天鳥……筆頭だ」

 好きに言わす俺――心が広い訳ではない。何と言うか……鈴音が怖いです、はい。


「喧嘩両成敗です!」

 鈴音が言うと、黒フリルが――いや鬼姫が戦鎚をピタリと天守近衛長に向けた。


「ひっ! ご、ごめんなさい」

 天守近衛長が情けない声を上げたところで、鈴音が大きな目を俺に向けて言う。


「兄さんもわかりました?」

 俺が鈴音の言葉に、両の手を挙げて無言の返事をしたところで、議場は静けさを取り戻した。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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