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狗と呼ばれて 19

 朝食をすませ喫茶店から出た俺達は、ブラドリー係官に案内されるまま、大きな通りを市街地中心に向かって歩いていた。

 三十分程したところで、大きな交差点にさしかかる。そこを左に曲がると、少々距離はあるが、行く手をふさぐような大きな建物が視界に入った。


「あそこに見えるのが『トゥインクルモール』です」

 それを指さしたブラドリー係官が告げた。


「あれが――思ったよりでかいな」

「――そうですね兄さん。私もちょっとビックリです」

「この『サーベ』には大規模な商用施設が三つあるのですが、『トゥインクルモール』は一番大きくて、他の二つはこの半分程度の規模です」

 ブラドリー係官は、淡々と説明を追加する。が、残念な事に、驚嘆する俺の頭を通過するだけであった。多分鈴音も同じだろう。

 そんな俺や鈴音と違い、ヘリオとアリエラは何度も訪れた事があるのだろう、平然としている――と、いうのか、驚く俺や鈴音にやや引き気味であった。


 それにしても文化の違いなのだろうか、神国では広場に各自テントや屋台を持ち寄った市場的なところはあるが、こういった大規模な集合商用施設は、見受けられない。

 もっともそれは、建物の構造の違いも大きいと思う。

 木造建築が基本の神国では、大規模な建物は少ない。せいぜい神社仏閣や本庁舎程度である。

 残念ながら建築技術では、バルドアの方が進んでいたようだ。


 その規模に少々圧倒されながら、俺達は歩みを進めて『トゥインクルモール』に近づく。


 ちなみに『トゥルーグァ』には、宮殿をはじめ、それなりに大きな施設はあったが、それなりの驚きどまりで、驚嘆するまでのものではなかった。


 巨大な敷地の七割程を占める三階建ての円筒形の建物は、外観は煉瓦造りを基本にしている。大きな窓ガラスが取り付けてあり、中の様子が外からでも見えるようになっている――はずである、本来ならば。

 現在は、商品であろう棚などで、中からふさがれている。

 建物外には民衆――いや、民兵と言って良いだろう――が、建物を守るように幾重にも並んで、防御壁を作り出している。


「兄さん、この騒ぎをどうやって納めろというのでしょうか?」

「はあ……全く困ったもんだ」

 鈴音の言葉を受けて、大きな溜め息を一つ吐いた俺の頭には、『勅令』の内容が重くのしかかっていた。


 そんな現場の様子を気にしながら俺達は、敷地まで五十メートルほどのところで、包囲線を引いている警察軍の列に加わる。

 ブラドリー係官に責任者を尋ねたが、どこにいるかはわからないという事で、俺は近くにいた警察兵に尋ねた。


「えっと、ここの責任者はどなたでしょうか?」

「はあ? あんた達は?」

 闇姫を連れていない俺の認知度は、低いようだ。


「名乗りが遅れてすみません。私は『本都』より派遣されました、独立魔戦部隊の天鳥神楽です」

「えっ? は、はい、失礼しました。ただ今案内いたします」

 俺の名を聞いて、少々焦ったそぶりを見せた警察兵に、一人の男性の下へと案内された。

 歳は四十前後だろうか、少々窮屈そうな制服のためか、武官ながら体型は細く見える。少しごつい顔つきに、微妙に似合わない長めの髪を後ろでまとめる、いわゆる総髪。何かを疑うような目つきは、治安を維持する警察ならではと、いったところである。

 しばらく世話になるであろう俺達は、先に簡単な自己紹介をすませた。そして最後に目の前の男性が名乗る。


「私が『サーベ』警察軍司令の仁科です。

 独立魔戦部隊の事は『本都』よりお話は伺っております。此の度はお手数をおかけします」

「こちらこそよろしくお願います。

 とりあえず現状はどうなんですか?」

「はあ、それが全くと動きがありません。

 ご覧のように、民衆が建物を取り囲み、防御壁となっています。その上、建物も堅固なつくりとなっているため、我々では簡単に突入する事が出来ません」

「確かにあれは――困りますね。

 しかし彼らも困るでしょう。ここには一万人が立てこもっている訳ですよね。あれでは食料や飲料が、すぐにでも不足するのでは」

「彼らは、施設の特性をいかして、保存食などを計画的に貯め込んでいたと思います。

 しかし、このまま包囲を続ければ、いずれは蓄えも尽きるでしょう」

 と、仁科司令は言った。

 巨大な施設といっても、貯め込んでおける量に限度はある。搬入が無ければ数日で干上がるだろう――と、ここまで仁科司令は正解である。

 しかし、彼らは全く動かない。これは焦りが無く、計画は順調という事の裏返しである。

 つまり、何らかの搬入方法がある事を、証明している訳だ。

 このとき、俺の中で霞がかかっていた推測は晴れて、確信にかわった。


――間違いない、『3S』の出入り口は『トゥインクルモール』内にあり、彼らは物資の搬入に『3S』を使っている。したがって兵糧攻めは、無意味である――


 それは『3S』を知っている者なら、簡単に推測できる事である。

 つまり、仁科司令も『3S』の事を知らないようである。したがって、この件をこれ以上追求するのはやめておこう。


「ところで仁科司令、『本都』からは何か命は出ていますか?」

「はい、特に動きが無い限り、このまま包囲し待機とする事。それと……独立魔戦部隊が到着しだい、叛徒への対応権限を委譲し後方支援を行う事。この二つの命を受けております」

「はあ……そうですか。まあ一つ目は良いとしても、二つ目は……このような大役を仰せつかり、大変ありがたく受け取っておきます」

 後半部分を棒読みに話す俺は、このところ溜め息の連続である。

 ありがたい『本都』からの配慮に、心の中では涙を流す俺だった。そんな俺の言葉を聞いた仁科司令の少々ごつい顔が、微妙に穏やかになった。


「指揮権を委譲した訳ですが、何か対応策をお持ちでしょうか」

 重い言葉であった――いや仁科司令、こんな若造に指揮を任せないで下さい。


「申し訳ない。何ぶん、初めて現場を確認した訳で……えっと……思った以上に、というのか……残念ながら今のところは……」

 対応策というのか『勅命』はある訳だが、まだ明かす事ができない。

 それに指示が出ていないという事は、まだ『その時』ではないらしい。それよりも『勅命』の内容は、問題が多いように思う。

 そんな訳でしどろもどろの返答をしていると、鈴音が助け舟を出してくれた。


「すみません、よろしいですか?」

「どうぞ、天鳥鈴音魔術師」

「あ、鈴音で構いません。

 えっと、兄も私も、この『トゥインクルモール』が想像していた以上に、大きくて驚いています。

 つまり一応策はあったのですが、練り直しが必要という事です。

 少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

――おお、ありがとう鈴音。


「鈴音さん、それはもちろん、皆さんにお任せいたします」

「それでは、ちょっと失礼します」

 俺達は司令部から一度離れた。




「おいで黒鬼闇姫」

 俺は現場から死角になる場所を選んで、『トゥルーグァ』にいた闇姫を呼んだ。


「いらっしゃい銀界鬼姫ちゃん」

 闇姫を呼んだ俺を見た鈴音が、続いて鬼姫を呼ぶ。


『やっほぉー神楽君、ひっさしぶりぃ』

 俺が作り出した光の球から、闇姫が現れる。そして、いつもの間延びした口調で話しだす。


『おう闇姫、大人しくしてたか』

『黒はいつも通りぃ、大人なんだよぉ』

『闇姫さん、大人とか子供とかじゃなくてだな――』

 俺の言葉をさえぎるように鬼姫が現れて、微妙に的がずれているお嬢様口調で、会話に入ってきた。


『鈴音様、神楽様お久しぶりですわ。

 黒鬼闇姫さんは、表の意味で元気一杯でしたわ』

『てことは……帰ったら彩華に謝れという事だな』

『で、鬼姫ちゃんはどうだったの?』

『鈴音ちゃん、銀ちゃんはねぇ、ずっと喋っていたんだよぉ。でもねぇ、黒達にしか聞こえないからぁ、寂しかったんだよぉ。

 鈴音ちゃんに呼んでもらって、良かったねぇ銀ちゃん』

『な、何を言うんですか、黒鬼闇姫さん。

 さ、寂しいなんて――そんなことないのですわ。鈴音様も誤解がないように、お願いしますですわよ』

『ふふ、わかってますよ鬼姫ちゃん』

『あらら、神楽ちゃんに鈴音の姐御、楽しそうですわね。お姉さんも混ぜてくれるかしら?』

『こやつらだけに話をさせておくと、何を言われておるのか、わかったもんではないからのう。

 妾も加わるぞ』

 年上じみた口調の明姫と、時代錯誤というのか、古き良き時代の女王というのか姫様というのか、いつ聞いても不思議な口調の輝姫が口を挟んできた。

 俺達が会話に花を咲かしているのを、少々離れて見ていたヘリオとアリエラだったが、いつの間にか『お人形』を呼んでいたようだ。


『す、すみません。必要かと思って輝姫……様を呼んだのですが……』

 俺と目が合ったヘリオが、何故かおどおどしながら言う。


『いや、そのうち、呼んでもらうつもりだったから、構わないよ』

『ア、アリエラも、そう思って明姫姉を呼んだので・ス!』

――で、アリエラさんは、怒っているんですか?


 アリエラは、柔らかいほっぺたをプクリと膨らましている――それはそれで、可愛らしいので構わないけどね。

 最近気が付いたのだが、どうもアリエラは、ヘリオの後に喋る事が、気に入らないようだ。特に同じような返答をする場合においては、その傾向は顕著に現れる。

 今回もアリエラの脳内では、

『アリエラは、必要と思って明姫姉を呼んだんで・ス』

『よく気が付いたね、偉いね、アリエラは』

『へへへ……でも、ヘリオ先輩は気が付かないのカ・シ・ラ』

 と、なる予定だったのだろう。

 しかしアリエラよ、そんな妄想をいだいているから、出遅れるのだぞ。

 ヘリオの存在感は空気だが、場の空気を読む器用さが無い事を、コンビをやっていて知っているだろう――学習しようぜ、アリエラ。


 と……いっても、俺が闇姫を呼んだのは、何か考えがあってとか、他に聞かれたくない話があるとか、そういうことからでは無い。

 はっきり言うと『彼女達と話をすると落ち着くから』呼んだ訳です。


 重苦しい気分を少しでも軽くしたいと……


 でも他の三人は、『きっと何か策がある』と信じているような、熱い期待と、わくわく感たっぷりの視線を俺に向けている――そりゃ、普通はそう思うよな。

 確かに策は命じられているが――やっぱり考えると重い……


 俺はこの後、どんな命が控えているのかを知っている。

 あの人達を「殲滅」せよ。

 簡単な事だ。

 魔法を唱えれば良いだけだ。

 普段の対応と同じ事だ。

 十人、二十人が一万人になっただけだ。


『簡単だ、感情も無いだろう』

――デキルノカ?

『当たり前だろう、役目なんだから』

――ソレデ、イイノカ?

『争いを無くすために仕方ないだろう』

――ホントウニ、ソウナノカ?

『ああ、間違いない、俺は自身の正義を貫けば良いんだ』

――ザンネンダ。


『簡単な事さ……簡単な事……簡単な……簡単……?

――――何が……?』


――あれ……?

 もし俺が普通の平民なら、簡単に人を殺す事なんて出来ないぞ。

 もし俺が普通の兵士なら、一度に二人の敵を倒す事は出来ないぞ。

 でも、今の俺は……簡単に、一度に、一万人の命を奪えちゃう訳だ。


 現場を見なければ良かったな。


 あそこにいるのは、完全な兵士ではない。

 一般の民衆が、武器を持って集まっているだけなんだ。

 自分たちの主義主張を通そうとして、『操られている事』も知らずに、集まってしまったのだろう。

 そのほとんどが、主義主張を通すために、命をかけてまで戦おうなどと、覚悟を決めていないと思う。

 その手に持つ武器は、俺達に対する脅し程度にしか、思っていないのだろう。

 そういえば、あの民衆の中には子供がいたな。

 おおよそ戦闘に関係ない人達もいたよな。

 これから俺達は、そんな反抗活動を行う全ての人達を、消してしまうおうという訳だ。


 耐える事が出来るのか?


「――――結局『どかん』だよな……」

「兄さん、『どかん』って、どうしたのですか?」

 俺の中で『勅令』に対して、『仁』と『忠』の葛藤が起きているうちに、無意識に言葉を出したようだ。


「あっ、しまっ……いや、なに、そのなんだ……ちょっと考え事をしていた。

 もう大丈夫だよ、鈴音」

 不意に言葉をかけられた俺は、しどろもどろに怪しい返答をする。


『神楽君、固まったみたいでぇ、変だったよぉ』

『そうですわよ、何だか酷く険しくなったと思ったら、厳しい表情に変わったり、神楽様を見ていて楽しかったのですわ』

 変な時に息ぴったりな、通称『魔界コンビ』の二人である。


『って鬼姫さん、充分楽しんで頂けたようですね。

 闇姫も心配したのだな』

『そうだよぉ、黒の主さんなんだからしっかりしないとぉ、黒がおかしな目で見られちゃうんだよぉ』

『闇姫、大丈夫だ。既にそういう目で見られているぞ』

『あぁぁ、神楽君、酷いよぉ。黒だって、いつまでも優しくないんだよぉ』

『了解です、闇姫さん。大変失礼しました』

『わかれば良いんだよぉ』

『で、兄さん、「どかん」って何ですか?』

『ア、アリエラも知りたいで・ス』

『なら、僕も』

 話題を逸らそうとしたのだが、はっきりと記憶していた鈴音の言葉でぶり返す。

 で……結局、何やら期待している三人が、反応されたくなかった『どかん』という俺の呟きに、思いっきり食い付いてしまった。


『へっ? いや、その、なんだ、ほら、そう、あれだ、以前に「3S」の話をしていた時の事を思い出してな……』

 と、あたふたとする俺に、『ほう、それで?』と言いたげなジト目の三人が、疑い十割、炎も凍りそうな冷たーい視線を投げかけてくる。


『……と、いうわけで、「どかん」に特に意味は無いんだ……うん、そうだ、間違いない……だから、気にする事はないぞ……はは』

 三人から受ける無言の圧力に、一歩、二歩と後退しながら、終いには意味不明な事を口走る俺であった。


――てか、どう収拾をつけよう……困った事になりました――

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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