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狗と呼ばれて 15

「……はいはい、この暑さと眩しさは朝ですね……わかりましたから……今起きます」


 昨日の日中降り続いた雨は、その日の夕刻にはぴたりと上がった。言えば『雨のち快晴』、青竹を割ったような気持ちの良い天気であった。


――否! 確かに気分だけは気持ちが良い。だがしかし現実は……


 夕刻とはいえまだ強い日差しが、日中の雨を容赦なく天に還す。それは湿度の上昇という現象を引き起こし、不快指数も急激に上昇させる。

 結果、蒸すような熱気はそのままで、熱帯夜に突入した――別にそれでなくても、蒸すような熱帯夜だけどね。


 俺は『まどろみ』という、失った至福の一時に後ろ髪を引かれながら、一つ溜め息を吐いてまぶたを開く。

 その瞬間、いつもと違う優しくも冷たい白光に瞳が満されて、俺の視界は何も描かれていない純白に染まる。


「……あれ……?」


 何が起きたのか、わからなかった。

――ってか、これは死後の世界か? ついに刺されちゃったか? この後、お花畑が見えてくるんだよな……なんだか、甘い香りにも包まれているし……


 と、怪しい妄想が駆け巡る頭を置き去りにして、視界が開けてきた。


「……あれ……?」


 大切な事なので二度――別に大切な事ではないが……

 時間は午前三時、まだ日も昇っていない夜中であった。

 夜空にぽっかりと浮かぶ丸い月が煌煌と闇を照らす。その一筋の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


「はあ……寝直すにもな……」

 溜め息まじりに呟く。

 いつにも増して寝苦しい訳である。更に蒸し返す暑さのためなのか、いつもより甘く漂う香りが強い。

 そのおかげで変に頭が冴えてきた。


……しかし、この香りは本当に匂っているのだろうか? ――実は健全な男子の女子に対する妄想……い、いや、ではなくて、印象の一つが頭の中で甘い香りとして、勝手に具現化しているだけなのかもしれない。


 などと、おかしな事が頭を巡り出す。


 そして、いつものように俺に覆い被さって、幸せそうな寝顔をしているアリエラのほっぺたを、ぷにぷにと人差し指で押した――アリエラのほっぺたをいじる必要はないのだが、気持ち良さそうなのでつい……


「うにゅ……」

 コケティッシュな声を上げたアリエラを見つめながら、ふと思う。


「こんな夜は、悪い事を考える奴がいるんだろうな……」


 俺は、『決して旗を立てた訳ではないぞ』と、自身を納得させる。





 時を同じくして、『サーベ』にある商業施設『トゥインクルモール』地下の一室で、深夜の会議を開く少々怪しい一団がいた。

 旧帝国軍元帥ナドウッド・ナイグラをはじめとする、反抗組織『ナイグラ機関』の幹部達である。


 ちなみに、彼らが深夜に会議を行っているのは、決して神楽が旗を立てたからではない。


 現在統治している神国の法により、非合法組織である彼らは、事あるごとにこうして、人目につきにくい深夜に集まり会議を開く。

 つまりは、たまたま、偶然、深夜に目覚めた神楽が、そのように思っただけの事である。


「先日、予定通り我らは、神国に対して『ナイグラ機関』と名乗りをあげた訳ですが、今後の活動計画も予定通りで構いませんか?」

 一人の若者が声を上げた。


「ああ、名乗りを上げるまでの第一段階はこれにて終了、以降は第二段階へと進める」

 簡潔に若者の問いに答えたのは、『ナイグラ機関』のリーダー、ナドウッド・ナイグラだった。


「我々の目的は、民衆が失った権利を取り戻す事である。

 しかし残念な事に、現在の我々の力だけでは心もとない。

 よって今後しばらくは、我らの活動を民衆に浸透させ、味方につける事が重要となる。

 先ずはこの『サーベ』から、民衆決起の知らせを各地に配信する。

 以上が第二段階の概要である」

 ナドウッドの答えを補足するのは、旧帝国参謀長イスカラ・ストントーチであった。帝国時代と同じく、現在もナドウッドの片腕として、作戦立案などを行っている。


 確かに腐敗した帝国主義が最終的に敷くのは、昔も今も変わらず圧政である。

 それはごく少数の特権階級と言われる者共が、己の地位と利権を守る為に、持っている力をあろう事か内に向け、恐怖により民衆を支配する。

 つまり一番の犠牲者は民衆となる。

 彼ら『ナイグラ機関』の理念は、そうした民衆にとって、まさに正義である。


――統治機関が今もなお、帝国時代末期の支配体制のように、腐敗した状態であるならば。


 しかし、現在は統治体制が神国に移り、『ナイグラ機関』の言うような、帝国主義ではなくなっている。

 それでも、何かしらの理由をつけて、民衆のためと『反帝国主義』をうたう彼らは、ある意味立派である。


――彼らがその理念を、貫き通すのならば。





 午前九時、会議に望む俺は、左手で首筋をおさえていた。


 夜中に蒸し暑さと差し込む月明かりで目覚めた俺は、寝床を抜け出し、そのまま脇に置いてあるイスに腰掛けた。そして、艶かしく安らぐ月下美人達の観察をぼんやりと行っていたのだが、いつしか眠ってしまったようだ。

 で、気が付いた時には、無理な体勢がたたって……く、首が動かん――はい、自業自得? なのか?


「神楽、大丈夫なのか?」

「ああ、何とか」

「全く、変なスケベ心を出すから、自業自得だな……一言いってくれれば……」


――彩華さん、スケベ心では無いぞ。で、最後は何て言った?


「そうですよ兄さん。女子の寝相を見比べるなんて……私だけにしてくれれば……」


――鈴音さん、綺麗なものはつい見とれるだろう。で、最後は何て言った?


「何だか、とっても、不純で・ス! いくらアリエラが可愛いからって……プニプニは……」


――アリエラさん、最後まで聞こえましたが、微妙に論点がずれていますよ。


「神楽さん、女性の寝姿を覗くって、ノゾキが趣味なんですか?」


――へリオさん……大幅な勘違いをありがとうございます。って、俺の部屋の惨状を知らなかったかな?

 何ならこの時期だけ、入れ替わってもいいぞ……やっぱ駄目、今の無し。


 俺が痛い首を押さえながら、皆さんからの大変お優しい気遣いに触れて、うれし涙が流れ出した——さて皆さん、仕事をしよう。


 三日前にヘリオが提出した、『3S』関係の資料の検討は、ほぼ終了していた。そして作業が遅れていた現場の調査も一気に進み、各方面への回廊も姿を現していた。


 そして本日からは、『ナイグラ機関』に対処するため、作戦の立案していく事になっている。

 非常に足が遅いのはわかっている。頭の回転が少々残念な俺達だから、仕方がない。実際社守軍師なら、一日もあれば何らかの策を作り上げてしまうだろう。


 一応お願いはしてみたのだ。


 しかし先日届いた書簡には、『たまには頭も使ってね。期待してるわよ、ウフ(ハートマーク)』と一行書き記されているだけであった――何だかな……書簡にも裏人格登場か?


「ヘリオ、この資料の存在を『ナイグラ機関』は知ってるのか?」

 俺が、おかしな回想をしているうちに彩華の言葉で会議は始まった。


「多分ですが、彼らは全てを処分していると思っているはずです」

「では、『3S』を使っての強襲も有りという事だな」

「いや彩華、それは微妙だぞ」

「微妙って何だ、神楽」

「単純な事だよ、彼らは『3S』の存在を知っている」

「しかし神楽、彼らは『3S』を封じていると、確信していないか?」

「そこだ彩華、封じる。つまり出口はふさがれている可能性がある訳だ。

 地下道を延々と進み『サーベ』に辿り着いたら、外に出れなかったって、シャレにならんぞ」

「あっ……確かに……」

 非常に単純な事を指摘された彩華は、顔を桜色に染めてうつむいた。久しぶりに見た彩華の照れ顔は、何だか可愛らしく見える――あっ、会議中に失礼しました。


 ところで他の皆さん『おい、『3S』を一番気にかけていたお前がそれを言うのか』的な、そのジト目は何だ。


「まあ、なんだ……その……とにかくだ、『3S』を使うなら、出口の様子は確認しておかないとな、ハハ……」

 俺は慌てて、自身のフォローをする。


「それより兄さん、『3S』を使わず上手く行う方法があるのですか?」

「それがね、鈴音さん――残念ながらその手段が無いから、こうして『3S』にこだわって……でも期待の『3S』が、使えなさそうだから皆で困っているんだよ」

 当然である。もし良い手段があれば、『3S』を気にかけたり、ヘリオの資料を読だりする以前に、さっさと作戦を立案し、既に実行段階に入っている。


「あっ……確かに……」

 非常に単純な事を指摘された鈴音は、顔を桜色に染めてうつむいた。久しぶりに見た鈴音の照れ顔は、何だか可愛らしく見える――あっ、会議中に失礼しました。(はい、デジャビュでごめんなさい)


 鈴音と言葉遊びをしているうちに、照れ状態から回復した彩華が俺の方を見て、にやりと怪しく笑みを浮かべた——ろくでもない、いや失言、良い事を思いついたな。


「なあ神楽、もしだぞ、もし出口が封鎖されていてもだぞ、私や神楽が、その『どかん』とだな……」

「彩華さん、それは却下です!」

 彩華が話し終える前に、俺は口を挟んだ。


——確かに『目的のために手段は選ばず』は、時と場合によってはありかも知れないが、『手段がいつのまにか目的』になっちゃ駄目でしょう。そもそも『どかん』とやった上が、民間の施設とかだと、シャレにならないよ。


 てか、皆さん——主に彩華と鈴音だが……お疲れのようで、頭が回らなくなっているようだ。

 このまま話を続けると、「『サーベ』の街を丸ごと『どかん』する」とか、ろくでもない事を言い出しそうな勢いである。


 すると今度は、鈴音が照れ状態から回復している。そして俺の方を向いて、不気味に微笑みかける——って、なんで俺なんだ。


「あの、兄さん……」

「大変貴重な意見でしたが、却下!」

「えぇぇぇ! 何にも言ってないのに」

「とにかく『どかん』は禁止です」

「ちっ……」

「鈴音さん、舌打ちも禁止です」

「はぁーい……」


 やっぱり『どかん』か、と思う俺にまたもや『ならお前も意見言ってみろよ』と、催促まじりのジト目視線が飛んでくる——てか、アリエラさんにヘリオさんもこっち組ですよ。


「わかりました」

 俺は耐えかねて口を開いた。


「えっと……『3S』を使って、先ずは『サーベ』の手前、『エイゼ』に出る」

「で、どうするんだ?」

 期待一杯で彩華が問いかけてくる。


「そこからなら、『サーベ』まで七、八キロだろう。走ればすぐだぞ」

「神楽、却下だ」

「なんで?」

「だから、彼らは『3S』を知っているんだろう」

「そうよ兄さん、そんな近い所の出口なんだから、きっとふさがってるわよ」

「だから、そこは『どかん』とだな……」

「ほう、散々『どかん』禁止と言っておいて、結局はそれか」

「いや彩華、ちょっと意味合いが違うぞ」

「どう違うのだ?」

「だからな……そのだな……ごめんなさい……」

 はい、敗戦です。俺の負けでいいです。


「全く神楽も、まともな意見が無いとは……」

「兄さん、情けないわ」

 いや、それを『どかんシスターズ』に言われたく無いのだが……


「えっと、アリエラやヘリオは何か無いか?」

「ア、アリエラですか? へへ……えっと……うぅぅ……」

「はい、大丈夫です。次のヘリオさんに行きましょう」

「難しく考えないで、普通に『サーベ』に行けば良いのでは?」

「大変シンプルなお答えを、ありがとうございました」

 彼らを牽制するという意味でなら、確かにそれも有りなんだが……今更です。

 やはり皆さん、使い慣れない頭が大変お疲れのようなので、ここは一度休憩を挟もう——会議中は良案が浮かばないとも言うしね。


「ちょっと早いが昼食をとらないか?」

「そうだな、『腹が減っては、頭働かず』と言うしな」

——って、誰が言ったそれ。


「そうね、でも、何でこんなにお腹が減るのかしら? 動いていないのに、変よね」

「頭を使うと、結構エネルギーが必要だからな」


「へへ……何食べようかな……」

——幸せそうですね、アリエラさん。


 で、ヘリオは微妙に落ち込んでいるように思えるのだが、何故?


 と、それぞれが思いを胸に秘め、俺達は軍務室を後にして、食堂に向かった。


 まだ昼休み時間前だったため、食堂は空いていたが、俺達はそれぞれ食事を手にして、同じ机についた。

 食べながら、何か良い策が無いかと思案をするのだが、期待通りの結果にはならなかった。

 どうやら、俺以外の皆さん——主に彩華、そして鈴音の二人だが……も、何やら考えていたようだ——うん、時には静かな食事も良いものである。

 残念ながら俺と同じで、日替わりランチをじっくりと味わうだけになったようだ。


 三十分程した頃、昼休み時間を迎え食堂が込み合ってきたので、俺達は席を立ち、軍務室に戻った。


 ガチャ。


「キャ!」


 ドタン。


 彩華が扉を開けると同時に、タイミング良く(ん、悪くか?)外に出ようとした秘書官とぶつかり、秘書官は可愛らしい悲鳴をあげて尻餅をついた——さすが彩華、鍛え方が違うな。


「いったー」

「大丈夫か?」

「や、山神侍大将、た、大変です! た、た、たたただ、たった今入ったじょ、じょう、情で……情報で……」

「慌てるな、どうした」

「サ、サ、『サーベ』で民衆決起が発生しました。その規模、い、い、いち、一万人です」


「「「「なにぃぃぃ!!!」」」」


 俺達は声を揃えた。

 突拍子の無い出来事に、目の前で未だに尻餅をついた状態で、『パンツ丸出しちゃん』となっている秘書官が、視界に入らなくなる程の衝撃だった。


 同時にそれは、


「これで、ややこしい策は不要、堂々と『サーベ』に乗り込める」


 と、不謹慎にも思った瞬間でもあった。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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