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狗と呼ばれて 14

「……暑い……いや、熱い……」


 朝とはいえ夏の日差しは、日の出を迎えて辺りを照らすと共に、大気をどんどん熱していく。

 焼けた大気は気温上昇という現象を引き起こし、安眠のひと時を容赦なく削りとる。


 例え寝床が広くなって、寝やすくなったとしてもだ――てか皆さん、何で密集隊形を維持しているのですか?


 せっかく彩華が自前の寝床を持ち込んだのに、昨日までと同じく、三人の女子が俺を中心に右、左、そして上と集合している――広がった寝床を、もっと有効活用しましょう。


 しかしこの時期は一度目が覚めてしまうと、その後『まどろみ時間』を楽しむ事も、二度寝する事も不可能である――それ以前に、この状態では無理です。


 とにかく俺は、左右のお嬢さん方を起こさないように、覆い被さりながらしがみつく幼子を適切に処理をして、『怪しい熱帯夜』の呪縛から逃れる。


 寝床から抜け出した俺は、いつものように汗を流すために、シャワー室に向かおうとした。


「……うぅぅん……」


 暑さで寝苦しかったのか、不意に聞こえた艶かしい声に足を止めた――アリエラじゃない事は確かだ。


 振り向いた俺の目に入る見慣れてきた光景が、今朝は不自然に見える。

 そこには、二倍の広さになった寝床にもかかわらず、三人は何故か真ん中に集まっている――何だかな……広くした意味がないだろう。


 見れば見るほどおかしく見える光景に、俺は一旦部屋を出るのをやめた。

 一度寝床に近づき脇にあるイスに腰掛けて、しばしの間観察する。


――彩華に鈴音か……仲良くやっているみたいだな。


 俺は『初何とか』と言われる、女性といたす行為において、彩華がほぼ全て受け止めてくれたのを思い出す。

 一応最終段階まで進んだ訳だが……残念ながら既に軍属だった俺達は、配置転換など大人の理由で、その後は直接逢う機会がほとんど無くなってしまう――結局、うやむやのままなんだよな……

 しかも鈴音にあんな事を言っちゃった訳だし……

 と、変な罪悪感が沸き上がってくる――うん、ろくな死に方をしないな……とりあえず現状なら、魔法使い同士の闘いで命を落とす事はなさそうだが、この三人の誰かに刺されそうだ。


――って、三人……? そう、ここには三人の女子がいる訳で……彩華と鈴音がここにいる理由は、俺でもわかる。


 で、わからないのがアリエラさん……ある意味一番よい場所を陣取っている訳ですが、あなたは何故、ここにいるのでしょうか?

 そりゃ、確かに『見て』なんて言われて、下着姿を見た覚えはありますが……だからと言って、それだけで寝床を一緒にするのは、どうかと思いますよ。


――以上、安らぐ乙女の観察と、我が身の将来についての考察は、これにて終了――


 汗を流してこようと立ち上がり、扉の方に向かって歩き出した。


「……うぅぅん……あっ、兄さん……おはようございます……」


 再び聞こえた艶かしい声と共に呼び止められた俺は、再度寝床の方を向く。


「おはよう、鈴音」

 基本、起こしてはいけない鈴音が、自ら起きた事に安堵する。

 しかし将来、鈴音と寝床を共にするお方は、大変である――ちなみに俺が一番目の候補と言われているようなのだが……


「……どこに行くのですか……?」

「ちょっと汗を流しに……」

「……兄さんが行くところなら、私も連れてって……」


 かろうじて上半身を起こした鈴音は、寝ぼけ眼で俺の顔を見つめ続けている。多分、いま何を言ったのか、わかっていないのであろう。


「……兄さん、抱っこ……」

「はい?」

「だから……抱っこで連れてって……」


 朝からこの展開はさすがに読めなかった。

 鈴音は両手を俺の方に差し出し、寝床の上を跳ね出した――鈴音、それは抱っこじゃなくて、駄々っ子だぞ。


「あっ、こら鈴音、みんなが起きるぞ」

「抱っこ!」


――あっ、完全に目覚めてるな。


 と、ベタな演技はわかった。しかし鈴音は、このままでは引き下がりそうにない。


「わかったから、騒がない」


 寝床で駄々をこねる鈴音を抱き上げようとしたその時、心まで凍りそうな冷ややかな何かが、俺を貫いた。


「神楽……これ以上、気温を上げぬようにしてくれ」

「お、おはよう彩華さん……」


 当然、異常な振動で目覚めた彩華に釘を刺され、鈴音を抱きかかえようとした俺は、そのままの格好で三歩後退した。


「ちっ……」

 軽く舌打をした鈴音は、未だに起きる気配がないアリエラの、柔らかそうなほっぺたをつまんだ――何故、アリエラなんだ?


「ぎにゅ……?」


 しかしアリエラは図太い。(いや、鈍感)

 不思議な発音で怪しい声を上げたが、安眠継続中……しかも幸せいっぱい、ついでに汗いっぱいの顔も継続中――なんだかな……


「さてと、シャワー浴びてくる」

「あっ、兄さん私も……抱っこ……」

 またもや鈴音が寝床で跳ねる。


「こら鈴音、暴れるでない。いくらアリエラが鈍感でも、起きるぞ」

「ふぁい……? 呼びましたふぁ……」


…………


「ふっ、みんな起きたから、みんなでシャワーに行くか」


 ということで、早朝から落ち着きの無い俺達であったが、そのドタバタ劇も終わった。




 そして午前九時、本日は全員揃って、彩華の軍務室に集まっている。

 ちなみに存在感のないヘリオもここにいる。


 昨日、彩華が予告した通り、巡回任務は中断して軍議を始める。俺達の当面の議題は、当然『ナイグラ機関』の本拠地をどのように落とすかである。


「……と、いうことで辺境ながらも『本都』や『トゥルーグァ』に匹敵する、十万人規模の超大規模都市『サーベ』である。

 現在の『ナイグラ機関』の本拠地は、一番の繁華街にある大規模商業施設『トゥインクルモール』内に入っているようだ。

 一般人が主に利用する施設故、全面破壊は出来ない。なによりも利用客全員が、人質に取られているようなものだ。

 全く困ったもんだ。

 ちなみに『サーベ』には他に『サニーシャインモール』と『ムーンライトモール』がある。

 彼らの本拠地は平時においても、不定期にその三カ所を、移転させているようだ」


 ここまで凛と澄んだ声で話すと彩華は、表情を少しだけ曇らせて、「ふう」と一つ溜め息を漏らす。

 それは攻略の難易度の高く、話をしている彩華本人が、嫌気しているようにも見えた。


「結局は大規模部隊の投入は出来ないという事だな」

「そうだ。したがって、神楽達が主力となる」

「期待はありがたいが、どうやって『サーベ』に近づくかだな」

「並大抵の変装では意味がないぞ、神楽」


 やっぱり着ぐるみか――考えるだけで暑そうだ、却下!


「ところで地下迷宮について、何か進展は……って昨日の今日じゃだな……」

 勢いよく話し出した俺だったが、言葉の途中で『調査が遅れている』と、昨日彩華が俺に返事をした事を思い出した。

 そして変に恥ずかしくなって、途中から急激に声の音量が下がった。


――最近忘れっぽくなったのか、契約の副作用で老化も人の倍の速度ってか。


「神楽、どうにも地下迷宮にこだわっているようだが……どうしてだ?」

「あっ、いやこだわるとかじゃなくて、俺達がここを占領したときの事を、彩華も覚えているだろう」

「もちろんだ」


――そうあの時、潜入した俺達が、ここの正門に到着した時には、宮殿内には大勢の兵士達がいたはず。

 しかし俺達が突入した時には、人影はほとんどなかった。

 しかも周囲の忍達も、脱出した姿を確認できていないのだ。

 その上、気が付いた時には、脱出した者達が『ナイグラ機関』を名乗り、『サーベ』に集結している。


「地下迷宮は、どう考えても単なる脱出路じゃないと思うんだが……そうだな言えば、戦略的に必要なものだったとか……」


「あの……」


 その時、あまり聞いた事のない声色が、俺と彩華の話に割って入ってきた。

 俺と彩華は、息ピッタリにハモって口を開く。


「誰……?」

「…………」

 声色の主は、俺達からの予想外の返事と変な迫力に負けたのか、無言の返事が先ず返ってきた――ヘリオとわかっていたのだがつい……


「ん? ヘリオ、話しがあるのではないのか?」

 当然の事だが彩華も声色の主がヘリオとわかっていたようだ。


「えっ、あっ、すみません……」


 俺と彩華、そしてアリエラの『だから何だ』と、話の続きを猛烈に催促する視線がヘリオに集中する。

 その迫力に更にたじろいだように見えたヘリオだった。しかし『よし』とばかりに小さくうなずいて、覚悟を決めたように話を始める。


――ってか、会議で意見を述べるのに、覚悟が必要ってどうよ。


「えっと、皆さんが話しているのは、『戦略的(Strategic)支援(Support)地下道(Subway)』通称『3S』と呼ばれたものです」

「あの……ヘリオさん……よくご存知ですね」


「すみません、隠しているつもりはなかったのですが、皆さんが『3S』について話している事を今知りましたので……」


 俺は思い返してみた——確かに……見事にいない。


 存在が薄いから気が付かない訳ではなく、その場にいないのだ。で、話が終わると現れる。


——天性のものなのか? 天然系属性? いや意味合いが違う上、その称号はあまり男に使いたくないぞ。


 と、いうことで俺の中でのヘリオは、単に『間の悪い野郎』という事に落ち着く。


「あっ、そう言えば……資料があります。取ってきますので少し時間を下さい」

 彩華が「行ってこい」と返事をすると、ヘリオはすぐさま部屋を出て行った。


——てか、資料って……俺達が必死で探していたものまで持ってる訳か? 困った奴だ……もっとも見てみないとわからないけどね。


「ところで、もしかしてだけど、アリエラさんもご存知だったのですか?」

 俺はちょっとした悪戯心と共に、試しにアリエラにも話題を振ってみた。


「ア、アリエラは、し、知りませんでしたで・ス」

「本当かしら、アリエラちゃん。もし嘘だと大変な事になっちゃうわよ……ふふ。

 今正直に言えば、許す……かもよ……ふふ」

「ひっ! ア、アリエラは、そ、その……今、ヘリオ先輩が言った事くらいしか知りませんし、そ、その……聞かれなかったから……」

 アリエラは鈴音にツッコまれて口が軽くなる。


「まあいいわ、とりあえず覚悟を決めておきなさい」

「ひえっ! す、鈴音お姉様……それは……へへ……」

 アリエラは鈴音から受ける仕打ちを、どことなく期待しているようだ――まあ、それはとりあえずとして……


「失礼します」


 ガチャリ。


 ちょうど話が途切れたところで、秘書官の声と共に扉が開いた。

 そこには扉を開けた秘書官と、両手に重量級の書物を何冊か抱え、息を切らし汗びっしょりのヘリオ立っていた——珍しく間が良いぞ。


「ではヘリオ、話を続けてくれ」

 息があがっているヘリオに対して、彩華が話を進めるように催促する——息くらい整えさせろよって、ヘリオは思って……いないか。


「は、はい、直ちに……ハアハア……」

 扉を閉めたヘリオが席に戻り、両手に持ったいかにもな書物を二山に分けて置いた。


「ふう……えっと……これが『3S』の資料で……主にその構造が記されています……ハアハア……

 それから……こっちが、『3S』を使った戦史が記された……ものです……ふう……」

「えっと、ヘリオ……何でこれだけの資料を持っているんだ?」

 当然の疑問である。


「帝国軍の参謀だった、アリス・ガードナーに『今後必要になるから』と渡されたのです」


——いや、そうじゃなくて、何で渡したのがヘリオなんだって。

 と言っても、その参謀の考えは、今更わからないから仕方ない。


「へ、ヘリオ先輩、不潔で・ス!」


——えっとアリエラさん、どこを間違うとその言葉が出てくるのですか?


「へっ? 何でそうなるのアリエラ」

 俺が声に出すまでもなくヘリオ呟く。


「あっ、ちょっと、少し言ってみただけで・ス!

 アリエラの言葉でうろたえないで下さ・イ!」

「そうか、アリエラはガードナー参謀が嫌いだったからな」

「そんなんじゃ、ありませ・ン!」


 その参謀がどんな人物だか俺は知らない。しかし、どう考えても処分するはずの資料を、ヘリオに渡す意図がわからない。

 戦後、帝国残党の暴走を止めるためとしか、思えないのだ。

 それにしても何故、ヘリオに……よほどのお気に入りだったのか? それでアリエラが嫉妬して——って、それは無いだろう。


 とりあえず俺達は、ヘリオの持ち込んだ資料に目を通す。


 実際のところ、その規模には驚くばかりであった。この『トゥルーグァ』を中心に各方面に向かって地下通路は延びている。


——よくもまあ、これだけ穴を掘ったもんだ。


 つい感心してしまう。それでもまだ途中だったようで、ゆくゆくは各拠点を結ぶつもりだったようだ。


 注目の『サーベ』にも当然地下道は続いている——って、五十キロだぞ。どれだけの期間をかけたんだ?

 全てが一本でつながっているという訳ではないが、それにしても何だかな……


 時々会話はあったが、ほとんど無言である。

 静まり返った部屋に、外からの虫の鳴き声がうるさく感じ程、響き渡る。


 時間の経過は早いもので、結局それは『良い子はお休みの時間』まで続いた。

 ここで一旦軍議は打ち切られて、明日への持ち越しとなった。

 実際のところ、あれだけの資料を検討するだけでも二、三日はかかりそうだ。


 久しぶりに大量の文字や図面と格闘したためか、目が辛い。

 軍務室から出た俺達は遅い夕食をすませ、自室に戻る事に――まあ、ヘリオ以外は俺の部屋に来るのだけど……


 で……いつものパターンです。

 鈴音と彩華に浴場へ連れいかれるアリエラは、なぜか嬉しそうである。


 寝る支度をすませた俺は、明日も熱さで目覚める事を覚悟して、寝床に入った。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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