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狗と呼ばれて 12

「アリエラちゃん、起きなさいよ」

「……ふぁぁ……はっ! お、おはようございます、鈴音お姉様」

 ここに来てからほぼ毎日、私は鈴音お姉様か彩華お姉様の美声で目覚めます。


「全く、毎日毎日、しっかり熟睡できてるようで羨ましいわね。

 分けてもらえないかしら、アリエラちゃん」


 そして何故私がぐっすり眠れるのかを、知ってか知らないでか、厳しい指摘をしてきます。


 私だって先に目覚める事が当然あります。

 でも『先に目覚めたのなら、何故起こしてくれないの』なんて恐怖の言葉を、さらりと鈴音お姉様に言われて以来、自己防衛のため『必ず最後に目覚める』ことにしています。


――例え先に目が覚めてもです。


 当たり前ですよね。誰だって裸リボンで、首から『食べてね、うふ(ハートマーク)』なんて書いたプレートを下げて、お腹を空かした猛獣さんの前には出て行きません。


「アリエラちゃん、何しているの? 今日も髪の毛が爆発しているんでしょう。早く来なさい」

「は、はい、今行きます」




 私達が参加した反抗活動の鎮圧から一週間が経ちました。

 今回のグループが初めて『ナイグラ機関』なる集団組織を名乗ったため、大変厳しく取り調べで追求していたようです。

 もっともいくら厳しいと言っても、そこ神国軍、けっして怪しい組織ではありませんので、彼らの人権を尊重し、人道的な配慮をしたものだったようです。


 ですから、帝国の取り調べを知っている私からすると、かなり穏やかで優しいものと思っていました。


 実際に『そんな事で口を割るのかな』と心配もしていました。

 そんな心配をする私をよそに、口を固く閉ざしていた彼らは、何故か三日もすると話を始めるのです。

 その訳を知りたかったのですが……私は取り調べに立ち会う事を許してもらえませんでした。


――中では一体何が行われていたのでしょうか――


 それはさておき彼らの情報をまとめると、現在『ナイグラ機関』は、このトゥルーグァより約五十キロメートル北上したところにある、辺境ながらも大規模な都市『サーベ』に、その本拠地を置いているようです。


 この件は、彼らが口を割り出したときから逐次、本都に伝えられています。

 それを受けて本都より、神楽兄さんとヘリオ先輩が派遣される事になりました。そして早ければ今日の午後にも、トゥルーグァ庁舎に到着します。


 しかしヘリオ先輩は大丈夫なんでしょうか。

 また何かしらの失態を犯すのではないかと、思いやりのある優しい私は心配です。





「ふう、やっと到着だ。やっぱり遠いなここは……」

 俺とヘリオがトゥルーグァ庁舎の正門前に到着したのは、本都を出発してから二日後の午後二時を少し回ったところだった。


「しかし、本当に大丈夫かヘリオ」

「はい、ご心配かけてすみません。もう大丈夫です」


 俺は鈴音からの連絡で、大丈夫と言われていたアリエラですら、本都からトゥルーグァまでの道中に一度、そして身の上を話しながら一度、心の傷が開いて気絶した事を知っていた。

 更には、先日の一件の最中も、かなり危なくなっていたと聞いたし……

 もっともアリエラのそれは、ヘリオの場合と理由が大きく違うから、簡単に比較はできない。

 しかしアリエラにしろヘリオにしろ、これで大丈夫なのだろうか。


「天鳥神楽様、ヘリオ・ブレイズ様、長旅お疲れさまです」

「お役目、ご苦労様です」

 俺達は、形だけのチェックを受けて敷地内に入り、庁舎へ向かって足を進める。

 もともと馬鹿でかい敷地の宮殿である。おかげで正門から庁舎までは結構な距離がある。

 いい加減、敷地を小さくしてもらいたいものである。


――それじゃ建物の位置は変わらないから、歩く距離は一緒だ、などというツッコミはそっと無視とする。


 ようやく、庁舎の玄関が見える庭園跡地の、ちょっとした広場にさしかかると、玄関前で立っている二人の女性が目に入った。


 間違いなく今回、本都でのんびり過ごしていた俺やヘリオから、貴重な休養時間を奪い去った張本人達である。

 鈴音は『たまたまその場に居合わせた』と言っているようだ。しかしどう考えても自ら好き好んで、現場に飛び込んで行ったとしか思えない。


――あっ、これはあくまでも、俺個人としての見解です――


 鈴音とアリエラの二人は俺達の姿を確認すると、嬉しそうに大声を出して、手を振りながら駆け出した。


――まったく、場所もわきまえずに大声でまったく……恥らうという感情はどこにって、もしかして感情消失の副作用てか?


「兄さん達、お疲れさま、お待ちしてました」

「神楽兄さん、ヘリオ先輩、お疲れさまです」


 その気持ちがあるなら、もうちょっとゆっくりと事を起こしてもらいたかった。

 とりあえず俺は良いとしても、ヘリオは使えるかわからないぞ。


 しかし、せっかく妹二人が可愛い笑顔で出迎えてくれた訳だ。ややこしい理屈を考えていないで、俺とヘリオは挨拶を返す。


「よお、二人とも久しぶり、待たせたな」

「鈴音さんにアリエラ、今回は活躍したようだね」

 

 たかだか二週間程離れていただけで『久しぶり』が付いてしまうとは……失ってわかる何とやらではないが、確かにこの二週間、野郎だけの軍務室は静かだった。

 当然の事だが、凹み気味のヘリオとじゃ会話も弾まないし、実際のところ少々寂しかったかも。


 とにかく可愛い妹達がしでかした不始末――あれ? いや手柄のおかげで反抗組織が見え出した訳だ。ここはヘリオのように素直に、褒めるのが正解だな。


 などと余分な事を考えているうちに、鈴音が駆け寄ってくる――って、そろそろ速度を落として下さいよ。


「兄さん、逢いたかったです」


――あっ! 鈴音が宙を舞った……いや、待った!


 えっと、これって愛し合う男女が久しぶりに再会して、お互いが駆け寄って、女性が男性の胸に飛び込んで……くるくる回りながら笑ったり、最後は倒れ込んで、抱き合ったまま感激の涙を流したりする、演劇とかで見かけるクライマックスシーンだろう。


 俺もそうしたい気持ちはわかる。


 だが鈴音、待つんだ。あれは確かに理論上は可能だ。実際に演劇でもやっている訳だからな。

 でもよく聞けよ、彼らはあのクライマックスのために、血と汗をにじませ練習を重ねているからこそ出来る訳だ。


 ちなみに俺達のような素人が見よう見まねでやると……


 グァゴン……


 俺の頭蓋骨が激震を起こし、脳内に鈍い音が響き渡った。

 それは勢いよく飛び込んできた鈴音の頭が、俺のあごを見事に捉えた瞬間だった。


「ギョ!!!……」

「イッ!!…………」


 直後、二人はどこの国にも属さない発音で声を上げた。


 次の瞬間、俺の視界は真っ暗な闇に包まれた。

 しかし災難は、これで終わってはくれない。


 ズデーン……


 世の中には物理的要素というのか……まあ、恥ずかしながら学の無い俺には、理解できない『何チャラの法則』のおかげで、勢いそのままの鈴音の体は、あごにいいのをもらってふらつく俺を、そのままなぎ倒した。


「ひゅげ……」

 その勢いで背中を地面に強打して、息が止まりそうになる。


 しかし昔から『二度ある事は三度ある』とは、よく言ったもんだ。

 なぎ倒された俺の上に、鈴音の体が覆い被さってきた。


 その時だった。


「ギュゲ!」


 腹部に異常なまでの鈍痛を感じた俺は、またもや怪しい発音の言葉を発した。

 鈴音の膝が『とある部位』を直撃したようだ。


 止めの一撃である。


――うんうん、とりあえず護身術万歳です。


 魔法使いである俺は、幾重の結界で物理的にも、魔術的にも守られているのだが、あくまでも『命に危険が及ぶ時』という、凄くご都合主義的なものである。

 でも軽い衝撃でさえ、それに匹敵する激痛がほとばしる『とある部分』は、常日頃から守ってもらいたいものである――あっ、結界を発生させてる闇姫さんをはじめ「お人形」さん達は、皆さん女子でした……残念ながら、わかりませんね……


 鈴音に押さえ込まれてうごめく事もできず、顔色だけが青くなっていく涙目の俺を気にしてか、鈴音は声をかけてくる。


「に、兄さん……あご大丈夫ですか? それとも頭をぶってしまいましたか?」


――この言葉、鈴音に悪気が無いのはわかっている。でも、青ざめた理由はそこじゃないんだ……もちろん、わかっていてもここは公衆の面前だ、その言葉を決して口に出しては駄目だぞ。


 それよりお前こそ涙目で大丈夫か? 


 意図せず繰り出した頭突きが、鈴音本人にも強烈な痛みとして跳ね返ってきたのであろう。


「あっ、鈴音か、ここは昼でも星が見えるのだな――」


 今の俺にはこの言葉を口に出すのが精一杯であった。


 とりあえず途中経過どうあれ、最後は予定通りに倒れ込んで抱き合った訳だ。しかも鈴音も俺も理由はさておき涙目である。


 終わりよければ全て良し……いい言葉である。


――うん、感激のクライマックス完成


 はい、感激のシーンはここまで――


「だ、大丈夫ですか神楽さん」

 ヘリオ、心配してくれてありがとう。これがわかるのは、お前だけだよ。

 多分大丈夫、機能的には異常はないと思う。


「か、神楽兄さん、鈴音お姉様……は、はしたないまねはやめて下さ・イ」

 こらアリエラ、どこを間違えてそうなった?


「神楽、鈴音、公衆の面前で何をしている」

 おっと、聞き覚えのある声が聞こえるぞ。

 懐かしい響きだ。


「久しぶり彩華――」

 って公衆の面前って……この声で正気が戻った俺が周りを見渡す。


「あっ!」


 いつの間にか倒れ込んで抱き合っている俺達を中心に、半径三メートルほどの人の輪が出来上がっているではないか。

 この人々が一部始終を見ていて、心配して集まっているのなら良いのだが、どうもそうではない方が多数を占めているようだ。


 こ、これはマズい。


 ここが恋人同士で抱き合っていても、自然な場所なら問題が無いのだ。

 しかし、ここはお固いのが当たり前な、公的機関の集合体、庁舎の敷地内である。しかも人目につかない場所ならいざ知らず、正門から入って庁舎に向かうための、本通のど真ん中である。


 しかも自惚れている訳ではないが、俺も鈴音もそれなりに顔が知れ渡っている。


 とにかくだ途中経過はどうあれ、この状態では、兄妹のスキンシップを通り越しているだろう。

 誰の目から見ても、俺達は非常に似合わない場所で、怪しい事をしている危ない兄妹と、思われてもおかしくない訳だ。


「お、おい鈴音、周り……それと、ぼちぼち起き上がりたいのだが……」


「えっ! あっ! は、はい、ご、ごめんなさい」


 俺の声で、周りを見た鈴音が顔をほのかに赤く染めて慌てて立ち上がった。

 こうして鈴音の人的呪縛から解き放たれた俺は、ようやく立ち上がる事ができた。


――まあしかし、このような心地よい呪縛は歓迎なのだが、やはり時と場所を選ばなくては……あっ、膝には注意してもらいたい。


「神楽、来てそうそう何をしているのだ」

「すまんな彩華、ちょっとはしゃぎすぎたようだ」

「仕方ない奴だ……何なら鈴音の代わりに私がやっても……その方が自然だ……」

「なんだって?」

 話の途中でうつむいた彩華の言葉が、微妙に聞き取れなかった。


「と、とにかくだ、軍務室に行くぞ」

 そう言うと彩華は、庁舎方向にくるりと向きを変えていそいそと歩き出した。


「あっ、こら待てって、なに急いでるんだ」

「べ、別に急いではおらん、神楽が遅いのだ」

「はあ、じゃあ皆さん、行きますよ」



 軍務室に入った俺達は、ここまでの経緯を彩華から説明された。


「……と、以上がこれまでの経緯だ。

 もっとも現在、自白通りの場所に『ナイグラ機関』の本拠地がある可能性は、低いと思われる」

「まあ、新たな逮捕者が自白する可能性を、当然考えているからな。

 常に追われるテロ組織は身軽だろうから、移転の手間も知れているだろうしね」

「今、情報部に当たらせている。

 確定情報が入りしだい、一気に本拠地を落とすぞ」


 その気合いは充分わかるのだが、問題もある。

 例え最速で動いたとしても、ここから『サーベ』までは移動で最低一日は必要だろう。

 当然彼らもこちらの動向を監視しているはずだ。

 したがって俺達がここを出発した直後に、逃げられてしまう事も当然あり得る。


 だからといって軍事的に有名人の俺達が、先に『サーベ』に移動するのも問題がある。

 なによりも旧帝国軍の残党である彼は、アリエラやヘリオはもちろん、俺や鈴音、そして彩華もご存知のはずである。

 極端な事を言えば、本拠地が特定できていようが、いまいがは関係ない。俺達が『サーベ』に向けて動いた瞬間に、彼らの本拠地に伝わり、何らかの対策を打たれてしまう訳である。


――いっそう着ぐるみでも着用して移動するか。


 やっぱり暑いから却下――


 全く困った問題である。

 このあたりの事を彩華に話すと、彼女もその問題には気付いていたようで、現在のところ思案中らしい。


「あっ、そうだ神楽兄さん」

 何かを思い立ったようにアリエラが、口を開いた――それは、あまりいいアイデアでは……あっ、話を聞く前に失礼でした。


「何か思いついたかアリエラ」

「あの、遠隔魔法ってどうなんですか? このあいだの闇姫ちゃんみたいな」

「せっかくの提案だが、残念ながら却下だな」

「えっ、出来ないのですか?」

「そうだな……あれは基本的に攻撃魔法には使えないんだ。

 そもそもそれが出来れば、俺達が危険な戦場に出て行なくても良いだろう」

「あっ、そうか……」

「それ以前にいろいろと条件があってな……どのみち現場に魔法使いがいないと使えないんだ」

「へえー、そうなんですか」

 てか、アリエラは今までそれを知らなかったのだろうか。


――明姫、少しはアリエラを教育しろよ。


 その後もいろいろと思案を巡らせるが、残念ながらここにいる面々は、どちらかと言えば頭脳より体力派である。例え勘が鋭く、時々社守軍師もビックリするような指摘をしても、基本的には体力派であり、間違っても頭脳派集団では無いのである。

 延々と議論を繰り返すが、結局持ち越しとなったのは、言うまでもない結果だった。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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