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狗と呼ばれて 10

「我々は『ナイグラ機関』である。

 悪帝により支配され自由を失った民衆を解放し、諸悪の権化である帝国主義の者共に、正義の鉄槌を下すために決起した」


(何だか難しい事を言い出しちゃったな……)


「体制は変わったといえ、今なお形ばかりの民主主義を押し付ける者どもに、我らの要求を伝える。

 現在不当に投獄され、非人道的な扱いを受けている我らの同志、百五十四名を即刻解放する事。

 帝国主義で凝り固まった頭でも、色よい返事が出来るように、今より三時間程くれてやる。

 なお我らは確固たる信念と正義で行動している。よってネゴやブラフは一切通用しない、以上だ」


 演説の残響が消ると、彼は静まり返った現場を見渡しました。そして警察軍の作る壁の前に立っている、私達に視線を向けて口元を緩めました。


『ひっ! す、鈴音お姉様こっち見てる……』

『なに怯えているのアリエラちゃん』

『い、いいえ、怯えている訳ではないです』


 実のところ私は、彼の不気味な仕草に怯えてしまいました。でもちょっとだけ強がってみました。


『じゃあ、堂々としてなさい。皆さん見てるのよ。

 ところでさっき、ぶつぶつ呟いていたわね』

『あっ、その……何だか難しい事を言ってましたが、アリエラには難し過ぎて意味がわからないなって……』

『アリエラちゃん、あの程度の言葉の意味がわからない残念さんなの?』

『ざ、残念さんって……いいえ、そうじゃなくて鈴音お姉様……あいつら言ってる事とやってる事が矛盾しているんですよ』

『よくそこに気が付いたわね、アリエラちゃん。

 民衆の味方だって言いながら、民衆を人質にしているのですからね』

『アリエラだってそれくらいは気付きま・ス。だから言ってる意味がわからないので・ス』

『じゃあアリエラちゃん、試しに彼らに尋ねてみたらどうかしら。面白い理屈が聞けるかもね』

『へっ? 何だか楽しそうですね。やってみます』


 とは言ったものの、緊張感が漂い静まり返っている現場です。彼らに話しかけるきっかけが中々つかめません。


『アリエラちゃん、どうしたの』

『うぅぅ……きっかけが……』

『ほら、がんばって、話しかけないと駄目でしょう、ほら、さあ、ほらほら、どうしたの』

『うぅぅ……』


 鈴音お姉様が面白がって突いてきます。


「おい、魔法使いのお嬢さん達、そこに突っ立ているだけで良いのか?

 既にカウントダウンは始まっているぞ。

 我々としても、無駄な犠牲は避けたいと思っているが、それはお前達『狗』どもの返事次第だぞ」


 タイミングよく向こうから、静寂を破って話かけてきました。


「い、狗って、失礼しちゃいま・ス!」

『アリエラちゃん、向こうのペースに乗らない』

『は、はい』

『とにかく、短気を起こさないでしばらく我慢してね』


 鈴音お姉様の制止で、私は冷静になりました。

 しかし相手の挑発の一言目で、熱くなるなんてまだまだです。


「まあ良いですわ、何とでもおっしゃって下さい。

 ところでお兄さん方は、民衆達の味方なんでしょう、正義の味方なんでしょう」

「ふっ、お子様にはそれくらい噛み砕いて説明しないと、わかりにくかったかな、ははは」


「うぅぅ……」


『こらアリエラちゃん、我慢しなさい!』

『で、でも……あの人酷いよ』

『何情けない事を言ってるのよ。これは挑発合戦なのよ。先に熱くなった方が負けよ』


 この勝負は……熱くなりやすい私が圧倒的に不利です。


「で、でもよ、正義の味方のあんた達が、何で、ド・ウ・シ・テ、民衆を人質にしているのカ・シ・ラ」

「おっ、これはこれは、痛いところを突かれちゃったなあ。一本とられたよ、お兄さん参ったよ」


「いぃぃ……」


『だからアリエラちゃん、いちいち反応するんじゃありません!』

『だって、だって、あいつアリエラを子供扱いするんだよ』

『そのままじゃない』

『ひっ! 鈴音お姉様までそんな事を言って酷いです』

『あっ、ついうっかり……ごめんなさいね。

 でも、もう少しだけ我慢してね』


 鈴音お姉様の相変わらず厳しい言葉が、私に突き刺さります。

 そして不自然なほど、私に時間を稼がせようとする鈴音お姉様ですが、先ほどから何かをしているようです。

 よくよく見ると、いつの間にか鬼姫ちゃんがいません。

 彩華お姉様に叱られるのが嫌で、戻してしまったのでしょうか。心配な私は尋ねます。


『鈴音お姉様、鬼姫ちゃんはどこに?』

『ようやく気付いたのね。

 今、兄さんのところにお使いに行ってもらってるわ』

『へっ? 買い物ですか?』

『訳のわからない事を言ってるんじゃありません。

 遠隔魔法の準備です。もう少し時間がかかるから、話をつないできなさい』

『は、はい』


 叱られるのは私一人じゃないと思うと、変な安心が沸き上がります。

 それにしても同じ魔法使いなのに、私は遠隔魔法という言葉すら知りませんでした。

 詳しくは後で教えてもらう事にして、今は時間を稼ぐ事に専念します。

 

「何さ、アリエラの事を子供扱いして、失礼しちゃいま・ス!

 そもそもアリエラの質問に答えていないわよ」

「何だ、急に威勢よくなっちゃったな、お嬢ちゃん。

 おっと、質問の答えだったね。

 それは、あいつらが帝国主義の者共の物品を売買していたからさ」

「ちょ、ちょっと、そんな理由なの? それだけの理由であんた達は、命を奪う対象にしちゃうワ・ケ・ナ・ノ? それって変よ、おかしいで・ス!」


「チッ!」


ガコーン!


「うわっ!」


 彼が舌打ちをした直後、すぐ隣で盾を持っていた彼の仲間が吹き飛びました。どうやら、怒りに任せて盾を蹴飛ばしたようです。


ガラン ガラン 


 そして持っていた盾が手から離れて、出来の悪い打楽器のような濁った金属音を、静かな現場に響かせながら、踊るように床を何度も激しく跳ね回ります。


ガンガン……


 やがて盾のダンスが終わり、残響も消えて静けさが戻ると、彼は鬼神の形相で私を睨みつけます。


「ひっ!」


 あまりの形相に思わず怯んだ私に向かって、彼は震える声を荒らげて怒りをぶつけてきました。


「お前に……お前にそんな事を言われたくないんだよ!

 お前が何をしたのか、忘れたとは言わせないぞ!

 言ってみろよ、五年前、お前が何をしたのか。遠慮するなよ、言ってみろ!」


「へきっ……」


 彼の言葉は、私から心の闇を引きずり出しました。

 そして何も言い返せない、いいえ、何も言えなくなってしまった私に、彼は更なる追い打ちをかけてきました。


「おいおい、何も言えなくなっちまったのか? 全く情けないな。

 お前、本当に『オウノ』を消し去って、一瞬で六千人以上の命を奪った『銀髪の白鬼』か?

 黙ってちゃわかんねえぞ! 何か言えよ、魔法使いのお嬢ちゃん」


「ひくっ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


『アリエラちゃん、もうちょっとで良いから、がんばって正気を保ちなさい』


 鈴音お姉様の声が頭中に響き渡り、逃避しかけた私を現実へと引き戻します。

 しかし彼の怒りの演説は、止まる事が無く、私を責め立てます。


「黙りの次は謝りだっしちゃったよ。困ったお嬢ちゃんだね。

 けれどな今更謝ってもらってもね、遅いてぇ言うんだよ!

 お前が消し去った六千人が、それで帰ってくる訳でもねぇし、誰も喜ばねぇんだよ!」


「へくっ……」


「しかもだ、その後も腐敗しきった末期症状の政権の下で、離れて行く人心をお前のその恐怖伝説で押さえつけてきたわけだ。

 そのあげく戦争が終わりゃ、さっさと主君替えちまうってか、見事な『狗』ぶりだな。

 おっと失礼、今じゃ警察様で立派に『正義のお狗様』ってか、ふざけてんじゃねぇよ!」


「ち、違うんで・ス……」


「はっ、違わねぇよ。

 長い物に巻かれて腐敗体制に加担する、それだけが取り柄の『狗』共がいる限り、俺達は正義を貫くための行動を続けるんだよ!」


「違うで・ス……アリエラは『狗』じゃないんで・ス……だって違うんで・ス、そんなの間違っているんで・ス……」


『アリエラちゃん、しっかりしなさい……』


 畳み掛けられた今の私には、鈴音お姉様の声ですら、頭の中を通過するだけの環境音となってました。


『……ここまでかな、よくがんばったけど限界ね。

 休んでいなさいねアリエラちゃん』


 鈴音お姉様に言われるまでもなく、思考が停止状態の私は、そのまま立ち尽くしていました。

 そんな私と交代した鈴音お姉様が、冷ややかに話し始めます。


「さてと、この娘は少々お子様なところがあって、ご迷惑かけちゃったようね。

 でも私の妹分ですから、これ以上壊されても困りますわ」

「なんだ、選手交代でお姉ちゃん登場か? とは言っても、お前もお子様の範囲内だろう」

「あら、はっきりと『お子様』なんて言われると、傷ついちゃうわ。

 これでもそれなりに大人と思ってますし、結構需要のある年頃ですわよ」

「需要って言われてもね、お嬢ちゃん。俺は悟りを開いたオヤジ共と違うから、わかんねぇよ。

 それにお兄ちゃんラブのお前に、そんな需要は不要だろ」


 これまで双方の牽制し合う言葉が、惚けた私の耳に入っていました。しかし彼のこの言葉をきっかけに、挑発合戦が本格化します。


「へっ! な、何でそんな事知ってるのよ。そんな事を皆さんの前で言うのは、やめてよ……

 なんてね……ふふふ。

 私がそんな事を言うとでも思ったのかしら?

 残念ね、あなた、調べが足りないわよ」

「ちっ、さすがはお姉ちゃんといったところか。場数が違うってか」


 さすが鈴音お姉様です。彼の口撃をさらりと受け流します。

 それと同時に、私に話しかけてきました。


『アリエラちゃん落ち着いたかしら、少しお話できない?』

『ほえ……は、はい……』

『まだちょっと心配ね、仕方ないか……いいわ明姫ちゃん、しっかり聞いてね』

『はい鈴音の姐御、何でしょう』

『もうしばらくすると、闇姫ちゃんの魔法で賊の位置が特定できます』

『鈴音の姐御、ではいよいよですわね』

『そう、明姫ちゃん達には施設内の賊をお願いしたいのだけど、間に合うかしらアリエラちゃん。

 早く正気を取り戻してくれると良いのですが……とりあえず明姫ちゃんは、そのつもりで準備をしてね。

 私はもう少し時間を稼ぎます』

『わかりました鈴音の姐御。それではお姉さんは、アリエラちゃんに話しかけて見ますですわ』


 そう言うと鈴音お姉様は、彼に対してにこやかに微笑みながら口を開きました。


「ねえ、あなた達の『ナイグラ機関』って、旧帝国のあのナイグラ元帥が頭なのかしら?」

「そうだが、それが何か」

「ではお礼を言っておかないといけませんわ」

「何を訳のわからん事を言っている。お前達のように腐敗した帝国主義共に、礼をいわれる覚えは無いぞ」

「あら、どうしてかしら? だってバルドア帝国最後の皇帝を暗殺したのは、ナイグラ元帥じゃない。

 おかげで戦争が早期終結した訳だし……目出たし目出たしよね」


「お、お前、根も葉もない事を言うな! 侮辱は許さんぞ!」


 先ほどまで冷静にやり取りをしていた彼が、鈴音お姉様に煽られて熱くなってきたのか、静かな現場に再び彼の怒鳴り声が響き出しました。


「あら、侮辱とかじゃないわよ、さっきも言ったでしょう、これはお礼よ、お・れ・い」


「な、嘗めた口きいてんじゃないぞ!」


「月並みだけど、あんたみたいな不潔野郎を舐める訳ないじゃない、汚らしい」

「汚らわしいだと、そんな言葉、腐敗にどっぷり浸かった女に言われたくないぜ」


 何を言われても冷静に受け流しながら、相手を煽るその話術、鈴音お姉様は凄いです。


「そうそう、もう一つお礼を言っておかないといけないわね。

 負けが決まったナイグラ元帥さんたら、守るべき民衆達を見捨てて、兵隊つれて一番に逃げちゃったわね。

 しかも何も知らないアリエラちゃん達に、全ての罪を押し付けて……情けないったらありゃしないわよ。

 でもおかげで、よけいな流血も避けれたし、それはそれで良かったとしておきましょうね」


「ぶ、侮辱するな!」


「ですから、これは侮辱ではなくお礼ですわ。

 何度も言わせないで下さい」


「な、嘗めた口きいてんじゃないぞ!」


 冷静さを失った彼は、同じ言葉を繰り返すだけになってきました。

 すると鈴音お姉様は、再び私に話しかけてきました。


『アリエラちゃんはどうかしら?』

『ふぁい……ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です』

『アリエラちゃん、無理をしていない?』

『はい、鈴音お姉様のやり取りを聞いていたら、元気が出てきました』

『わかったわ、その元気、今晩までしっかり取って置くのよ』

『ひえっ! そ、それはバツのお話ですか?』

『当たり前よ』

『あららアリエラちゃん、今晩もお楽しみなんて、お姉さん妬けちゃうわ』

『あ、明姫姉まで……』


 その時、突然私達の前に光の玉が現れ、お人形の形になっていきます。


『お待たせぇ、鈴音ちゃん、アリちゃん、白姉ちゃん。

 すぐに始めるよぉ。黒からの贈り物を受け取ってねぇ』


 現れた黒鬼闇姫ちゃんがそう言うと、「印の舞」を始めました。


『お星様の千里見聞録……

 白姉ちゃん、どうぞぉ』


 闇姫ちゃんがそう言うと明姫姉を伝わり、私の脳裏にも賊の位置が、はっきりと映し出されました。


『こ、これは凄い……どうなってるのかしら』

『アリちゃん、お星様はみんな見てるんだよぉ、そんなの決まってるんだよぉ』

 結果を見せつけられた私は、闇姫ちゃんの怪しい理論に、すっかり納得してしまいました。


『黒鬼闇姫さん、私にもお願いしますわ』

『りょおかい銀ちゃん』

 いつの間にか姿を現した鬼姫ちゃんにも、情報を受け渡したようです。


「さてとあなた達、せっかく三時間も時間頂きましたが、諸般の事情により、今からお答えいたしますわ」


「お、おいそのお人形は何をした」


「何をしたって良いじゃない、いずれにしても皆さんには、残念なお知らせしかないのですから。

 要求は一切飲めません。

 それと、ここからは出る事も出来ません。

 では、さようなら」


 鈴音お姉様と私は、それぞれ「命の糸」をつなげました。

読み進めていただき、ありがとうございます。

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