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狗と呼ばれて 9

「アリエラちゃん、いつまで寝ているの、起きなさいよ」

「ふぁぁぁ……鈴音お姉様……おはようございます」

「アリエラちゃんもたまには早くに起きて、私を起こしてほしいわね」

 私を起こした鈴音お姉様が、鏡を見ながらさらりと言いました。

 目覚めの体操を始めた私は、前屈をしたまま固まります。


「ひえっ! それは……特別禁止事項ですので……」


「ほら、またぶつぶつ言ってる。

 とにかくこっちきなさい。毎朝その髪型じゃ、透けるように綺麗な銀髪が台無しよ」


 鈴音お姉様に髪をといてもらう事が、このところ毎朝の日課になっています。

 鈴音お姉様の下に向かうために、私は目覚めの体操を切り上げました。


 私が封印していた過去の出来事を、お姉様達にお話してから一週間が経ちました。

 初日こそ気を失うという私の失態で、中止になってしまった見回り任務も、その後は私の不安をよそに、何の混乱もなく終了しました。

 もっともこの一週間は、鈴音お姉様と世間話をしながら、街中をウロウロしていただけですので……これを任務と言って良いのでしょうか。


 実際街中を歩いてみると、彩華お姉様の言った通り、お人形を連れていない私達が、魔法使いと気付かれる事は、ほとんどありませんでした。

 ほとんどというのは、私に気付いた大半の方は、帝国の元軍人さんであったり、終戦間近まで軍の施設に出入りしていた人達など軍関係者でしたので、変に怯えたり、騒ぐ事無く静かにやり過ごしてくれました。


 とは言うものの、神国から来ている人達には、お顔だけで鈴音お姉様とわかるようでした。

 実際これには驚きでした。

 前に鈴音お姉様が言っていた、小さな事を積み重ねて、民衆の信頼を得た結果なんだと思います。


 それとは逆に私は、恐怖を与えていた存在ですから、顔も背けられていたようです。きっと、お人形が私を見分ける目印となっていたのでしょう。

 だからお人形がいないと、私だと気付かれない。

 おかげで、こうして私単独なら、嫌な視線に晒される事は無いのですが……



「アリエラちゃん、何ぼんやりしているの、早くしないと遅れるわよ」

「ご、ごめんなさい。今行きます」

 私は慌てて、鈴音お姉様の下に行き、鏡の前に座りました。



 そして今日からは、正式に警察軍として行動します。

 正式とは言っても、今までと同じく街中を回るだけなんです。ただ昨日までと違うのは、今日からは制服を着用するのです。

 それは一見しただけで、警察軍……つまり神国軍とわかってしまいます。


 支配体制が神国天ノ原に移ってから、帝国軍は解体されました。

 しかし失業政策と言いますか、希望者は審査の後に神国軍に編入されました。ですから現在の神国軍に、バルドア人がいてもおかしくはないのです。


 一般的な兵士に関してですが……


「あらアリエラちゃん、浮かない顔してどうしたのかしら、何か悩み事でもあるの?」

 私の表情が曇ったのを鈴音お姉様は見逃しませんでした。


「い、いいえ……」

 鈴音お姉様に負担をかけたくなかった私は、つい否定しました。


「アリエラちゃん、何かが起きてからでは遅いのよ。今話せる事なら教えてちょうだい」

 私は、鋭く突いてくる鈴音お姉様に押し切られるように、不安を話す事にしました。


「ご、ごめんなさい鈴音お姉様、隠すつもりは無かったのですが……

 えっと……制服を着るという事は、一見して神国の軍関係者だってわかる訳ですよね。

 アリエラはどう見てもバルドア人です。それに一般の兵士にも見えません。

 ですから、その……明姫姉を連れていなくても……」

「正体が、魔法使いとばれるのが怖いのかしら、アリエラちゃん」

「は、はい……で、でも怖いというより、不安なんです」

「いろいろとお話を聞いているから、気持ちはわかるわよ、アリエラちゃん。

 でもね、いつまでもそれでは駄目だと思うの」

「で、でも鈴音お姉様……まだアリエラは……」

「心の傷だから、簡単に割り切れないのはわかるわ。それに時間も必要でしょう。

 でもこれは、アリエラちゃんだけの問題じゃないのよ」

 私は鈴音お姉様の言いたい事が、何となくだけどわかっていました。

 人々に受け入れられるのでは無く、私が今を受け入れなければ駄目という事を……


「そ、それはわかっているのですが……」

「どこまでわかっているのか疑問です。

 アリエラちゃんには、ちょっと厳しい事を言います。良いかしら」

「……はい……」

「アリエラちゃん達が逃げてばかりで、バルドアの人々に信頼してもらえない限り、神国民の兄さんや私は、バルドアの人々に決して信頼してもらえないのですよ」

「……」

 正直、鈴音お姉様の言葉は、私の心に突き刺さりました。


「いずれにしても、今すぐどうにか出来る問題ではありませんね。

 これから私達と、ゆっくりと解決していきましょう」

「は、はい」

「さて、ちょっと遅れちゃったわね。急いで支度しなさい」


 私達は少し慌てて支度後、朝食をすませ彩華お姉様の軍務室に入りました。


「彩華姉さん、おはようございます」

「彩華お姉様、おはようございます」

 私達が口を揃えて挨拶をすると、彩華お姉様は明らかに不機嫌な顔をしています。


「……遅い! 三分過ぎてるぞ」

「ご、ごめんなさい」

「謝罪はいらん、理由は」

「アリエラちゃんがだだをこねまして……あっいいえ、悩みを聞いていましたので……」


(鈴音お姉様……だだをこねたって……酷いです)


「何だ、いつものか」


(しかも彩華お姉様……いつものって……それ、だだをこねたに対して言ってますよね)


「はい」

「……仕方ないな……」


(えっ! はいに、仕方ないって……そんな……アリエラは素直な乙女です)


 その時、鈴音お姉様からの恐怖の声が聞こえてきます。


『素直なアリエラちゃん、お人形はここにいますよ』

『ひっ! ご、ごめんなさい』


「どうしたアリエラ。顔色が悪いぞ、まだ何か心配事でもあるのか」

「い、いいえ、大丈夫です彩華お姉様」

 間違っても、今晩何をされるかが心配とは言えませんです。


「さて、今日からは制服を着用しての巡回となる。当然、誰から見ても警察軍だとわかる訳だ。

 何かとあるかもしれぬが、責任ある行動をとってくれ」

「はい、承知しました」

「了解しました、彩華お姉様」


「ところで鈴音、お前から申請されていた『銀界鬼姫』の同行だが、少々気になる事もある、一、二日様子を見よう」

「それは構いませんが、彩華姉さん気になる事とは……やっぱりアリエラですか」

「ああ、制服を着れば軍とわかる。しかもバルドア人であり、あの特徴……正体に気付く者も出てくるだろう。

 その時のアリエラの反応に不安があるのでな」

「彩華姉さんは優しいですね。

 そんなの、とっとと渦中に放り込んでやれはいいのです」


「ひっ! 鈴音お姉様……そんな……」


「馬鹿、優しいのはお前だろう鈴音。

 鬼姫を連れて、当面の注目を自分に向けようとしたんだろう」

「へっ? そうだったんですか?」

「か、勘違いしないで、そ、そんなんじゃないわよ。

 制服を着ると、軍とわかって何かを仕掛けてくる連中がいるかもしれないでしょう」


 なにげに顔を赤くして照れる鈴音お姉様は、やっぱり可愛いです。

 それにしてもアリエラが話をしなくても、お姉様達は、既にアリエラの悩みを見越していたとは……「お姉様ズ」恐るべきです。


「当面は、様子見も兼ねて気軽にやってくれ。

……ただし節度ある行動を心がける事」


 こうして私達は、初めて警察軍の制服を着た巡回が始まりました。

 任務は当然、地域の治安維持活動となる訳です。ただし一般の警察官より軍に近い私達は、反抗活動の抑止や制圧に重点が置かれています。


 でも今の私達……ほとんど丸腰なんです。


 一応、帯剣はしているのですが、はっきり言って私は剣を使った事はありませんし、当然習った事もありません。

 それどころか、ちっちゃくて軽い体で、その上可愛い私が、こんな重くて物騒な物を振り回せるとは思えません。


 彩華お姉様は一体何を考えているのでしょうか……


「鈴音お姉様、剣を使った事ありますか?」

「無いわ」

「へっ……」

 鈴音お姉様にはっきりと否定されて、不安が更に膨らみます。

 私達は事が起きた時に、どう対処して良いのですか……


 そんな不安をよそに、私達が街に出てから二時間ほどが経過しました。

 私に対する領民達の反応は、今のところ心配していた程ではありません。多分ここが大きな街という事もあるのでしょう。

 それでも時々私の素性に気が付いて、怯える視線のまま固まったり、逃げていく人もいます。その多くは辺境から来ている人達でしょう。

 このまま、少しずつでも良いから、人々との信頼を取り戻していきたいです。


「アリエラちゃん、あれ……」

 私が思いを巡らしていると、鈴音お姉様が遠くを指さして声をかけてきました。


「へっ? って、あれは……」

 私がその方向に視線を向けると、赤色の狼煙が上がっているのが見えます。


「反抗活動の合図よ!

 行くわよアリエラちゃん」

 そう言うと、鈴音お姉様は狼煙の方に向かって走り出しました。私もそれについて行きます。

 

 同時に街の各所から、警笛の甲高い音色が鳴り響き出して、嫌でも警戒心を煽ります。


ピリリリー ピリリリー


「慌てないで行動して下さい」


「こっちです、安全は確保しています」


 警笛の音と同時に一般の警察官が、狼煙と反対方向に民間人の避難誘導を開始します。

 こういう事が時々あるためでしょう、人々は決してパニックになる事無く、整然と指示に従い行動します。

 私達は避難してくる人々の隙間を縫って、狼煙の方面に向かいました。


 約十分走ったところで、狼煙の上がった地点に到着しました。

 そこは商店が三十軒程集まった施設で、先に到着した警察軍が、別れて施設の出入り口をふさぎ、包囲しています。


「ここはどなたの指示を仰げば良いのですか?」

 鈴音お姉様が、その場にいた侍さんに尋ねます。


「指示ってそんな事も……って、す、鈴音様、どうしてここに……」

 振り向いた侍さんは、まさかの人物がいる事に驚いたようです。


「私は現在このアリエラとともに、山神侍大将の下、警察軍としての任務を仰せつかっています。本日より正式に着任しました」

「失礼しました。えっと、分隊長の山城となりますが、まだ到着しておりません」

「では到着次第取り次いで下さい。

 それで、中の様子はどうなんですか」

「はい、現在忍女が偵察中です。二十から三十人規模のようです」

「わかりました、私達はここで待ちます」


 十分程して、待機していた私達に忍女からの情報が入りました。賊は二十三名、施設の店主十名と客四十六名を人質に取り、中央の広場に立てこもっているようです。爆発物は確認されてはいないですが、多分持ち込んでいるとの事でした。

 ちょうどその頃、分隊長の山城が到着したようです。

 彼は鈴音お姉様の姿を見つけると、すぐさま近寄ってきました。


「これは鈴音様、初日から大変な事になってしまい、未然に防げぬ我らの不徳のいたすところです」

「そんな事はございません。ところで山城分隊長、私達は何を……いいえ、皆様のお邪魔になるようなら控えております」


(鈴音お姉様、それ脅迫ですか?)


「そ、そんなお邪魔など、滅相もございません。是非一線に立って頂きたい」

「それはありがたい言葉です。ただ私達、剣を携えておりますが、皆様のように使う事は出来ません。

 一線に立つのは構いませんが、これでは丸腰のようなもの、少々不安がございます。

……呼んでもよろしいですか?」


(って、この流れ……呼ぶ事になっちゃうんですね……)


「どうぞご随意に、私共にそれをお止めする権限はございません」

「ありがとうございます。

 聞いてましたねアリエラちゃん。山神侍大将に叱られる時は一緒ですわ」


(って、鈴音お姉様、それって私が一人で叱られるっていう事ですね……でもそれで良いんです、アリエラはお姉様達のおもちゃですから……)


「は、はい……でも……良いのかな……」


「ほら、ぶつぶつ言わないの! さっさとしなさい。

 いらっしゃい銀界鬼姫ちゃん」

「あっ、本当に呼んじゃった……こうなったら、わかりました。

 来て白輝明姫姉」


 私達それぞれの前に作り出された光り輝く球体から、先に現れたのは鈴音お姉様の銀界鬼姫ちゃんでした。


『鈴音様、本日はお呼び頂き、誠にありがとうございますですわ』

『鬼姫ちゃん、何を訳のわからない挨拶してるの』


 そして続いて私の前に白輝明姫姉が現れました。


『あららアリエラちゃん、お姉さんを呼んじゃって大丈夫なの? あとで叱られない?』

『明姫姉……グスン、もう良いんです。アリエラ一人が悪者になれば、全てが丸く収まるんです』


 お人形が揃ったところで、鈴音お姉様が楽しそうに口を開きます。


「さてこれで準備よしと……山城分隊長、私に一つ考えがあります。もしよろしければ、実行してみたいのですが……」

 私は鈴音お姉様の言葉を聞いて、ある意味不安になってきました。


「お任せいたします」


(って、そこは断りましょうよ、分隊長……)


「なにぶつぶつ言ってるのアリエラちゃん」

「ひえっ! な、何でもありません」


「やる事は簡単よ。アリエラちゃんと私の二人だけで、一線に立つわよ。良いかしら」

「ひっ! す、鈴音お姉様……良いのですか? 本当にそれで良いのですか?

 ア、アリエラは正気を保てないかも……」

「そのために私が付き添うのですよ。私じゃ不安かしら」

「いいえ……そんな事は……」

『アリエラちゃん、ここは鈴音の姐御を信頼しなさい』

『う、うん……わかった明姫姉……』

 私は明姫姉の説得もあって、しぶしぶ了承しました。


「じゃあ決定よ。

 あっ、山城分隊長、皆さんは後方支援をお願いします」

「それは構いませんが、お二人で大丈夫なんですか?」

「いずれにしても、彼らの武器では私達に傷一つ付けられません。

 それにちょっと試しておきたい事もありますので……ご無理を言いますがよろしくお願いします」

「承知いたしました」


 そして私達は、施設の正面出入り口前に、警察軍の作り出した包囲線内へ入りました。


 するとそれに気付いたのか、それとも偶然時を同じくしてか、賊のリーダーと思われる人物が、盾を持った仲間五人に守られて出て来ました。


「ひっ! 鈴音お姉様、出てきました……大丈夫でしょうか」

「何言ってるの、あれは要求を伝えに出てきたのよ。

 明姫ちゃん、しっかりとアリエラちゃんを守ってあげてね」

『承知していますわ、鈴音の姐御。私の可愛いアリエラちゃんには傷一つ、付けさせませんわよ』

『ありがとう、明姫姉』

「とにかくアリエラちゃん、正気をしっかり保つのよ」

「は、はい、がんばります」


 こうして不安たっぷりな私を差し置いて、反抗活動の取り締まりが始まりました。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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