狗と呼ばれて 8
「起床時間だぞ、ほら鈴音、アリエラ、いつまで寝ておる」
「うぅぅん……彩華お姉様……おはようございます……」
今朝は彩華お姉様の声で目覚めた私です。でも何だか聞いてはいけない名前が、聞こえたような気がするのですが……
いつものように体を起こして、伸びをしながら体をひねったその時……私の視界に見てはいけないものが飛び込んできました。
「す、鈴音お姉様……おはようございます……」
「……」
今まで見た事のない鈴音お姉様の凄い視線が、固まった私に突き刺さります。
「ア、アリエラじゃありません……彩華お姉様です……」
「……おはよう……アリエラちゃん……彩華姉さんは……」
「む、向こうの鏡の前で……」
私の言葉が終わる前に鈴音お姉様は起き上がり、彩華お姉様のところに無言のまま行ってしましました。
いったい何が始まるのでしょう。変に期待をしてしまいます。もっとも何かが始まってしまったら、私では止める事は出来ないです。
「……どうしよう……」
とにかく私は、そのスキに着替えることにします。すると鈴音お姉様の声が聞こえてきました。
「アリエラちゃん、こっちいらっしゃい」
って、わ、私を呼んでる……
「ひっ! は、はい……」
不安いっぱいな私は仕方なく……いえ、喜んで鈴音お姉様のところに行きます。
「アリエラちゃん、今朝も凄い髪型になっちゃってるわね。
髪を乾かしてから寝ないと駄目よ。
ここに座りなさい」
当然原因は、昨晩お姉様達二人のおもちゃにされたためです。
でも何も言い返す事ができない私の選択肢は、素直に従う事だけの一択です。
「……でも毎朝これなら、良いかも……へへ」
「何ぶつぶつ言ってるの、アリエラちゃん」
「ひょえ! 何でもないです」
「最近、独り言が増えてるわよ。とにかく早くしなさい」
こうして支度をすませた私達は、朝食をとったあと、彩華お姉様の軍務室に入りました。
「さて今後の予定だが、鈴音とアリエラの二人で、一週間ほどこのトゥルーグァを見回ってもらおう。私も加われるときは一緒に回る。
それで良いかな」
「はい、私は構いません、アリエラちゃんも大丈夫よね」
「は、はい……」
私は先日の件もあって、全く不安が無い訳ではありません。
でも、トゥルーグァの人達は辺境の集落と違って、私達……いえ、私に対する恐怖心も薄らいでいるようなので、見回り程度の事なら充分こなせると思いました。
「それと当面の間、私服での巡回とし、これに伴い『お人形』達は留守番してもらう」
「彩華姉さん、それはどのような意図です」
私と同じく疑問に思ったのでしょう、鈴音お姉様が問いかけます。
「まずは一民間人として、この土地に慣れてくれということだ。
アリエラは元々ここにいた訳だが、その当時とは随分様変わりしている事もあるだろう」
「そうですね。
まだしっかり見たわけでないですが、領民達は以前に比べて、恐怖が消えたというのか……
それに神国との交易が増えたためでしょう、行き交う人々も多く、街は以前より活気があるように思います。
でも……」
「アリエラ、民衆が魔法使いを恐れるなら、その存在をわかりにくくすればよい話しだ。
『お人形』がいなければ、魔法使いだと案外わからないものだぞ。
今は、民間にいらぬ不安を煽りたくないからな」
「確かにそうですね。必要ならすぐに呼べるわけですし、私はそれで構わないけど……
でも、アリエラちゃんは元々帝国の有名人だから、顔でわかるのじゃないかしら」
鈴音お姉様の一言は、私にとって少々辛い言葉でした。
「……鈴音お姉様、それは大丈夫です。アリエラは領民の方達の前に立った事が、ほとんどありません。
だって当時は……明姫姉を連れたアリエラを見るだけで……」
言葉に詰まった私に、二人のお姉様が言葉をかけてくれます。
「それ以上は、いいのよアリエラちゃん。
また気を失うと困るわ」
「アリエラ、私はそうなった理由が早く知りたいのだ」
「へ?」
本当に情け容赦のない優しいお姉様方です。
「……わかりました、お話します」
「アリエラ、ああ言ったが今じゃなくても良いんだぞ」
「そうよ、もっと落ち着いてからでも良いのよ」
やっぱりお姉様達は優しいです。
「いいえ、ここでアリエラがお仕事をしていくうえで、避けて通れません。それにお姉様達には、知っておいて頂くのが良いと思います」
「アリエラがそう言うなら、しっかり聞いておく」
「そうね……でも無理しないでね」
そう言うと、二人のお姉様は私の話しに耳を傾けます。
「アリエラが明姫姉と契約したのは、今から六年ほど前の八歳の時です」
「えっ! じゃあ先に契約したのはヘリオさんなの?」
「はい、そうです。それが何か」
「いえ兄さんの闇姫ちゃんの対極なら明姫ちゃんと思っていたから……だからちょっとね。
あっ、ごめんなさい、話しを続けてね」
「は、はい、えっと……なぜ明姫姉がアリエラの前に現れたのかは、わかりません。明姫姉に聞いても、『呼ばれたから』としか答えてくれません。
その頃のアリエラは、毎日のように耳にする戦争の話しに嫌気していました。
それに『アリエラが誰にも負けなければ』とも考えるようになっていました。
でもだからと言う訳ではないのでしょうが……こればかりは、どうしてかは……」
「確かに兄さんも言ってたわ。なんで闇姫ちゃんが現れたのか、わからないって……」
「そうですね、本当に『お人形』達ってわかりませんね……」
「こら鈴音、話しの腰を折るでない」
「あっ、ごめんなさい彩華姉さん。アリエラちゃん、続けて」
「えっと……アリエラが明姫姉と契約をしてから、一週間もしないうちに軍の人が来て、半ば強引に入隊させられたのです」
「えっ! 八歳の幼い女の子が軍に……確かにそれだけの力は持っているけど……
でも、私の入隊は十二歳だから、幼いという意味では変わないか……」
「あれ? ところで鈴音お姉様はいつ契約を?」
「私もアリエラちゃんと同じ六年前……もうじき七年になるわね」
「じゃあアリエラみたいに、契約してすぐに軍に入った訳でないのですか?」
「私達は前にも言った通り、国が管理している施設にいたから、はっきり言えば監視はされていました。
それに帝は、魔法使いを戦場へ出す事に否定的でした。
でもアリエラちゃん達が戦場で確認された事をきっかけに、対抗策として私達も入隊することになったのです」
「やっぱりアリエラ達に原因があったのかな……」
「そうじゃないわよ、問題あったのは、幼い子まで軍に登用する帝国の体制よ」
トントン……
机を指先で小突いて彩華お姉様が口を挟む。
「えっと鈴音にアリエラ……私としては、そろそろ本題を進めてほしいのだが、どうかな?」
それは、何度も話しの腰を折る鈴音お姉様や、その度に受け答えをして、話しを止めてしまう私に対する、彩華お姉様からの最終警告にも聞こえました。
「あっ! 何度もすみません彩華姉さん。
アリエラちゃんもごめんなさいね」
鈴音お姉様も一応自覚があるようでした。
「あっ、いいえ……では続けます。
アリエラが入隊して、実際に戦場へ出るまでの二年間は、先に入隊していたヘリオ先輩と共に、帝国領内を回っていたのです。
それは帝国の力による支配を見せつけ、また恐怖を与える黒のシンボルとして、反乱行為などを押さえつけてきました。
それはアリエラの契約の主旨に沿ったものでしたので、その時は何も疑問に思っていませんでした。
それにまだ幼かったアリエラは、上の人達に褒めてもらえる事が嬉しかったのです」
「そうよねアリエラちゃん、私もその気持ちがわかるわ。それくらいの年頃って、大人に褒められる事が嬉しかったのよね」
「ゴホン……」
鈴音お姉様の反応に、彩華お姉様が牽制します。
「そ、そうですね……えっと……でも今になって考えてみれば、帝国の力による支配体制の弱体化が、既に始まっていたんだと思います。
それを証明するかのように、アリエラ達が配属された当初、小さかった反乱活動は、日増しにその規模を徐々に拡大し、それに伴い戦闘行為も増えてきました。
もっとも戦闘行為と言っても、投石やこん棒程度の武器を使ったものでしたので、制圧は難しくなかったのです」
「そこはアリエラ達の仕事じゃないだろう。警察はどうしていたのだ」
「コホン……彩華姉さん……」
彩華お姉様に牽制された事を根に持っているのか、すかさず鈴音お姉様が反撃します。
「あっ、すまぬ……」
「えっと……
でも一年ほど経った頃でしょうか、反乱活動は組織化してきたのです。
反乱活動に、地方の軍人も加わるようになって、手に持つ物はそれまでの『武器らしいもの』から、『武器』に変わってきました。
こうなってくると、警察軍も本腰を入れて乗り出してきて、武力衝突も本格的に始まりました。
やがて反乱活動を行う者達を『逆賊』と公に呼ぶようになって、私達に下る命令も『反乱活動を制圧せよ』から『逆賊を粛正しろ』に変わっていきました」
「アリエラ、ちょっと待て、帝国は九歳の子供に粛正命令を出したのか?」
「それはちょっと無謀な気がするわね。
そもそも反乱活動を抑えるにしても、いくら力を持っているからって、子供を使わなくても……」
さすがに粛正という言葉は黙って聞くことが出来なかったのでしょう。お姉様達は思わず、意見を口にしました。
「当時の帝国では、皇帝陛下のおっしゃる事は絶対だったのです。アリエラも幼少の頃から、そう教育を受けていましたので、粛正という命令に疑問はありませんでした。
その頃のアリエラにとって『逆賊』は、手心を加える必要がない、完全なる敵でしたので……
だけど今でもアリエラにはわからないのです。彼らが何故反旗を翻していたのかが……」
「洗脳教育か……恐るべしだな」
「アリエラちゃん……なんだか可哀想……」
「えっ! いやアリエラだって、彼らが体制に反発していた事くらいわかりますよ。
で、でも……その……本当にそれだけだったのかなって……」
「今となっては、知り様のない事だな。
ただ、今でも各地で起きている反乱活動につながっているようにも思える。
いずれにしても、この話しはまたの機会だな。
話を本題に戻してくれアリエラ」
「あ、はい……えっと、そう『粛正』と言っても、基本的には警察軍が主体でしたから、アリエラ達が直接行った訳ではないのです」
「何だ、そうだったの。変に心配しちゃったわ」
「いえ、実は当時のアリエラは『粛正』の意味を理解していませんでした。
一応は調べたのですが……へへ」
「アリエラちゃん……やっぱり残念な娘だったのね」
「うぅぅ……残念って……鈴音お姉様……酷い……」
「こら鈴音……それを言ってやるな。
とにかく先を続けてくれ」
「うぅぅ……残念なアリエラが話しを続けま・ス。
……えっと……粛正が始まって、それから半年ほどした頃です。
既に『逆賊は粛正』という話は広がっていましたので、目立った反乱活動は減ってきました。
ところがそれにもかかわらず、『オウノ』という集落で大規模な反乱活動が始まったのです。
辺境の人口三千人ほどの中規模集落でした。そこに帝国全土から千人ほどの『逆賊』が集結して集落を乗っ取り、住人を人質に取ったのです。
当然、粛正命令が下され、アリエラ達は『オウノ』に向かいました。
でも時既に遅しです。アリエラ達が出て行っても反乱活動は止まりませんでした。むしろ恐怖心を煽ったため、話し合いや投降を拒否させてしまったのかもしれません。
進展しない事態に軍上層部が出した結論が『手段は選ばない』でした。
そして現場の指揮官は、アリエラ達に『殲滅せよ』と……」
私は先日封印が解けた記憶をたどりながら話を進めていました。でも徐々に言葉が重苦しくなって、詰まってしまったその時です。鈴音お姉様が「一休みしなさい」と言うように、話しを始めました。
「その話、聞いた事があるわ。
帝国内の事件だったけど、神国にも衝撃が走ったのよ。
なんて言っても、同じ事が出来る、兄さんや私がいたからね。
私達は軍の監視下にあったとはいえ、周りの目はやっぱり怯えるようになったわ。
……辛かったな……人に会うのも嫌になって……
でも、彩華姉さんや私と同じ立場の兄さんまでが、落ち込んでいた私を支えてくれたの……」
「私も鈴音ほどではないが、ある意味異端の目を向けられた事があるからわからんでもない。
ところで鈴音、その話は……その……照れるから、私のいないところでしてくれ」
「わかりました、照れ屋の彩華姉さん」
「こ、こら鈴音、何を……
まあいい……どうだアリエラ、続けれるか?」
本当このお姉様達の人格が、よくわかりません。
やっぱり優しいのでしょうか……
「はい、大丈夫、続けれます。
ふぅ……」
私は一つ深呼吸をすると、話を続けました。
「鈴音お姉様のお話ですが、アリエラが引き起こしたものです。
あの時、アリエラは初めて大きな魔法を使ったのです。
その結果『オウノ』は……地図から消えてしまいました。
今、現地はガラス状の物質が広がる荒れ地になっています。
……大勢の人々の魂を閉じ込めるように……
ふう……」
言葉が重苦しくなってきた私は、もう一度深呼吸をして間を取ります。
「……あの時の彼ら『逆賊』の行動は、アリエラの契約の主旨に真っ向から歯向かうような行動でした。
アリエラの頭の中は『なぜアリエラがいるのに、闘うのをやめてくれないの』という思いでいっぱいだったのです。
そして明姫姉とつながった時、行動を止めていた理性が消えて、アリエラは契約の主旨に向かって暴走してしまいました。
そんなアリエラの状態が、明姫姉に影響したのでしょう。使った魔法も暴走してしまったようです。
でもアリエラは全く覚えていないのです。どんな印を行ったのか、何を詠唱したのか、そもそも明姫姉はどんな魔法を使わせようとしたのか……
もしかすると、それは魔法ではなく感情消失を打ち破った感情が、明姫姉を通り現象として具現化したのかもしれません。
アリエラ達を包んでいた白い光が消えて、視界が戻ったそこには、太陽の光を受けてキラキラ輝く大地に立つ、私とヘリオ先輩、そして『お人形』だけが残って……」
「そしたら……みんな、消えて……どこいったの……」
「アリエラちゃん、大丈夫」
「アリエラ、もう無理して話さなくてもよい」
蘇った記憶が私の脳裏に、最後の殺伐とした場面を映し出します。
「……悪い人達も……何も悪くない人達も……味方の人達も……みんな……いなくなっちゃった……へへ……どこに行っちゃったのかな……へへ……
……ごめんなさい……アリエラを許して下さい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ちょっとアリエラちゃん、大丈夫?」
「どうしたアリエラ! しっかりしろ!」
「……へへ……なんでいなくなっちゃたのかな……アリエラがやったのかな……
でもね……みんな、アリエラの言う事を聞いてくれないから……仕方ないよね……」
「彩華姉さん、これは多分先日同じです」
「気を失った時とか」
「はい、今回も多分……」
鈴音お姉様の推測通り、私はそのまま気を失ってしまったようです。
私が気を取り戻したのは、午後三時を回った頃でした。
目を開けて周りを見ると、彩華お姉様の軍務室のようです。そして目覚めた私に気が付いた鈴音お姉様が声をかけてきました。
「大丈夫アリエラちゃん。また気を失っちゃったわね」
「鈴音お姉様……何度もすみません」
その時、ドアが開いて彩華お姉様が入ってきました。
「ん、アリエラ目覚めたようだな。気分はどうだ」
「彩華お姉様、ご心配かけました。もう大丈夫です」
「ならよいが、決して無理はするなよ」
「はい……そ、それでお話の続きを……」
どこまで話したのか定かではない私でした。でも、最後まで話さなければという使命感から言葉が出ます。
「アリエラ、何を言ってる。また気絶でもして、私や鈴音に迷惑をかけるつもりか?」
「そうよアリエラちゃん。私はバツの楽しみが増えちゃうから、構いませんけどね」
「ひえっ! これって、やっぱり……」
「あら、何を今更言ってるのかしら。
大丈夫って、大見得切ったのは誰だったかしらね」
「ひっ! ご、ごめんなさい。ゆ、許して下さい……」
「こら鈴音いい加減にしとけよ。またアリエラが気絶するぞ」
一瞬で集落を消し去り、領民三千人、逆賊千人、そして警察軍二千人の命を奪い去ってしまった九歳の私の心が、その記憶を封印しなければ立ち直れなかった事を……
しかし記憶を封印した事により、その後私に向けられる恐怖に怯える視線の意味がわからず、私は領民達との接触を極力控えるようになった事も……
多分お姉様達は、これ以上私が話さなくても、わかっていたと思います。
読み進めていただき、ありがとうございます。