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狗と呼ばれて 7

「アリエラちゃん、起きなさい、朝よ」

「うぅぅん……? ……あっ、鈴音お姉様、おはようございます」


 今朝は私より先に起きた鈴音お姉様に、優しく起こしてもらいました。

 体を起こし、いつもの体操を行うと目の前の鏡に映る自分の姿が目に入ります。


「うぅぅ……髪が爆発している……」

 このところ毎朝の事なんです。


 鈴音お姉様にあんな事や、こんな事をされて、グニャグニャになってお風呂から出てくると、髪を乾かす間もなく、寝てしまう事が原因だってわかっているのです。


「あらアリエラちゃん、もの凄い髪型ね」

 悪びれるそぶりが全くない鈴音お姉様の言葉に、「誰のせいでこうなったと思ってるの・ヨ!」などとは決して言えない私です。


「ア、アリエラは、髪を乾かす前に寝ちゃいました……疲れてたのかな……そ、それに寝相も悪いかな……へへ」

「アリエラちゃん、へらへらしていないでこっちにいらっしゃい」

「ひえっ! な、何でしょう、鈴音お姉様」

 何かをしてしまった覚えのない私は、胸の不安を抑えつつ、鏡のそばに立っている鈴音お姉様の下に行きます。


「ここに座って」

「はい」

 私が鏡の前に座ると鈴音お姉様は、手に持っていたブラシで私の髪をとかしだしました。

 そして語りかけてきます。


「ごめんね。私ついアリエラちゃんが可愛いからいじりすぎちゃうのね」

「鈴音お姉様……いじりすぎるって……いいんです、アリエラの可愛さが原因なんですから……へへ……」

 誰かに髪をといてもらうのは、軍に入隊する以前に、お母さんからしてもらったのが最後かな……凄く久しぶりです。

 暖かみを感じながらその気持ちの良さに、今目覚めた私でしたが、再び夢の世界に引き戻されそうになります。


「馬鹿な事を言わないの」

「ひっ! ごめんなさい」

 気持ちの良さにぼやけていたので、何を言ってしまったのか、はっきりと覚えていない私でした。しかし鈴音お姉様の一言で現実に戻ります。


「こういう事、私の夢の一つだったわ。

……前に私……施設にいたって話したでしょう。

 でもね、最初私は人見知りが激しかったの。戦争で両親を失った直後だったから、他人が信じれなかったのでしょうね。

 気が付くといつの間には一人になっていたの。今思えば馬鹿みたい、周りは同じ年頃の子供が集まっていたのにね……」


 鏡に映る鈴音お姉様は、視線を落とした少し寂しげな表情でした。

 それでも私の髪をとく手を休めずに語り続けます。


「……でもそんな中、兄さんと、彩華姉さんは、そんな私の事を気にかけてくれていたのかな……何かあるごとに、声をかけてくれたの。

 最初はうっとうしかった……けれどいつの間にか嬉しくなってね……気が付いたら、すっかり打ち解けて、周りから『妹』なんて呼ばれるようになっていたの」


 鈴音お姉様の表情は話しを進めていくにつれて、普段の明るい表情に戻っていきます。


「……あの頃、よく彩華姉さんに、こうして髪をといてもらったな……すっごく気持ちよかったな……

 だからね、私も妹や……娘に……同じ事をしてあげたいなって……何言ってんだろう。私には妹も、それに娘どころか、お嫁さんにもなってないのにね……

……アリエラちゃん、時々でいいから、髪をとかさせてね」

「鈴音お姉様……アリエラでよければいつでも言って下さいね」

「ありがとうね、アリエラちゃん……」


 そう言った言葉とうらはらに、鈴音お姉様は再び寂しげな表情に戻っていました。


「こういう事、考えたことがあるかしらアリエラちゃん……私達って、子供を産んでも良いのかな……いえ、作ったり産んだりは良いのですが……あっ、決して『いたす』事がとかじゃなくて……その後育てるという事を考えると……」


「す、鈴音お姉様……ア、アリエラはその……いたして……あっ、まだ……処……いえ……乙女、なので……子供を作るとか……産むとか……その実感が……」


「ご、ごめんなさい、アリエラちゃん、おかしな事を聞いちゃって……

 その……戦争が終わってこれからは、どんどん平和に向かって進んでい訳でしょう。

 だからついこういう事を考えたりするの……

 それに私達ってほら、残されている時間が……だからこそ、好きな人と……その……『いたす』とよけいに考えちゃって……」


 ここまでがんばって、鈴音お姉様のお話に付き合っていた私でしたが、最後には未知の領域に踏み込んだ話しになってしまい、不本意ながら返答が出来なくなりました。

 もっとも鈴音お姉様も、私相手にどこまで踏み込んでよいのか、ためらいながらお話をしていたようです。

 私はもちろん、鈴音お姉様も恥ずかしかったのでしょう。お互いに頬を赤く染めて、非常に不自然なやり取りになっていました。


「……さて、この話しの続きは、アリエラちゃんが『いたす』まで、取って置きましょうね。

 髪もまとまったし、朝ご飯を食べて出発しましょう」

「鈴音お姉様……『いたす』って……」


 私がいつ誰と「いたす」かは、さておきます。

 支度をすませ朝食をとった私達は、施設を出発して、目的地の旧帝国トゥルーグァ宮殿を改築したバルドア庁舎へと、街道を進みます。


 左右を木々に囲まれた山間の道を抜けて、視界が開けた平坦な道になってくると、行き交う人も増えてきました。

 この辺りになると、神国天ノ原から来ている人が結構いるのでしょうか、私達に声をかけてくれる人が再び増えてきました。

 そしてトゥルーグァに近づいていくほど、旧帝国領民の人々の態度も変わってきました。中には挨拶をしてくれる方も、ちらほらですがみえます。


「アリエラ様、今後もよろしくお願いしますね」

「ひえっ、あ、ありがとうございます。が、がんばります」

 がんばって笑顔を作ろうとしているのですが、慣れないためか、どうにも引きつります。


「ほらアリエラちゃん、あなたが怯えてどうするのよ。

 皆さん応援して下さっているのよ。もっとしっかりとしなさい」

「ひっ! は、はい」

 どうやら私達対する信頼は、まだ残っているようです。


「とても小さな事ですが、この積み重ねも信頼を得るために必要ですよ。

 もっと自然な笑顔が作れるように、今晩から特訓かしらね」

 そう言った鈴音お姉様は、満面の笑みを浮かべました。


(鈴音お姉様……その心と裏腹の笑顔で何人の人を泣かせてきたのですか……)


『アリエラちゃん、それ全部聞こえてますよ』


『へっ……ひえぇぇぇ! ご、ごめんなさいです。ゆ、許して下さいです。お願いです。

 明姫姉……鬼姫ちゃん……』


『お姉さん、いつも言ってますわよ。

 口は災いのもとって……可哀想ですが、試練です』

『そうですわアリエラ様、私が何故鈴音様に怒られているのか、いつも見てて知らない訳ではないですわね。

 一度しっかりと、教えて頂かれるのが良いと思いますわ』


『ひっ! そ、そんな……鈴音お姉様、お助けを……』


『駄目よ! アリエラちゃん! 覚悟なさい!

 でも私、今晩が楽しくなりそうよ……ふふ』

 再び満面の笑みを浮かべると、鈴音お姉様はそう言った。


 その後も、今晩の事を考えると不安がいっぱいで、いっそうギクシャクした私の笑顔を、鈴音お姉様の素敵な笑顔でフォローしながら、街道を進んで行きます。

 こうして私達は、ほぼ予定通りの午後三時を少し回ったところで、バルドア庁舎に到着しました。

 今では、鈴音お姉様達が斬ったという分厚い金属製の正門の修復も終わっていて、外観は以前の姿を取り戻しています。


 現在ここは、バルドアの地域政府や議会があり、また軍をはじめ各省庁が入っています。

 一応は中枢となっていますので、この正門前で、私達はチェックを受けて中に入ります。


「えっと……彩華姉さんはどこだろう……」

 敷地内に入った私達は、彩華姉さんの居場所を聞いていなかったのです。


「あっ鈴音お姉様、侍の方がみえます。あの方なら……アリエラ、聞いてきます」

 そう言った私は、小走りに侍の方へ近づいて尋ねました。


「すみません、お尋ねしたいのですが……」

「ん……なんだ……って、あんたあの捕まっていた魔法使いの娘さんだね」

 この侍さんは、地下牢に収監されていた私達を、助けてくれた方でした。


「あの時は、ありがとうございました」

「別に礼はいらないよ。任務だったしね。

 ところで何だったかな」

「あっ、はい、彩華姉さんがどこにいるのか知りませんか?」

「それなら俺が案内しますよ。ちょうど同じ方に行くところだったから、ついてきて下さい」

「お願いします。

 鈴音お姉様、こちらの方が案内して下さるそうです」

 私がそう言うと、鈴音お姉様は走ってきて、開口一番。


「アリエラちゃん、大声でお姉様はやめて頂けないかしら。おかしな関係に思われてしまいます」

「ご、ごめんなさいです……これもバツの対象に……許して下さい……」

「ア、アリエラちゃん、なにおかしな事をいってるのかしら」


『今その話しをしては駄目よ! よけい変に思われるわ』


「ひっ! は、はい」


 先ほどの侍さんが、少し離れて困った顔をしてこっちを見ています。


「大変失礼いたしました。改めて案内をよろしくお願いします」

「鈴音様……あの娘さんとどういったご関係で……いえ、あの娘さんの言動が、少々気になったもんですから……」

「関係と言われましても……普通の先輩後輩関係ですわ……はは」


 私を見る鈴音お姉様の視線が、かなり怖いです。


 今の私は様々な要因で時間の経過が怖くなっていました。でも流れる時間は決して止まりません。

 普段と変わらず進む時間のまま、私達は侍さんに案内されて、彩華姉さんの軍務室に到着しました。


「ここが山神侍大将の軍務室です。それでは」

「助かりましたわ、ありがとうございました」


 私達は侍さんにお礼を言ったあと、軍務室のドアをノックします。


コン、コン


「どうぞ、入って下さい」

 私達は秘書官に言われるまま、前室に入りました。


「天鳥鈴音様、アリエラ・エディアス様、銀界鬼姫様、白輝明姫様ですね。到着次第すぐに通すように仰せつかっております。

 どうぞ、こちらです」

 さすが秘書官といったところでしょうか、てきぱきと物事を進めていきます。


 通された奥の部屋で、私達は彩華姉さんと久しぶりの対面をしました。


「独立魔戦部隊魔術師、天鳥鈴音、ならびにアリエラ・エディアスの両名、ただいま着任いたしました。

……

……何してるの、アリエラちゃんも挨拶なさい」


「ひっ! ご、ごめんなさい。

 アリエラ・エディアスです……えっと……な、何かとお手数をかけますが、ご指導下さい」


「二人ともよろしくお願いするよ。

 さて形式張った挨拶はこれぐらいにして、このあとは予定は入れてないから、ゆっくり話しでもをしよう。

 とりえあず鈴音、アリエラ、それと『お人形』達も久しぶりだな」

「そうですね、彩華姉さんが本都に戻ったのは三ヶ月前ですので、それ以来ですね」

「ところで鈴音は、アリエラの付き添いだけではなかったか?」

「それは『取り急ぎ大変な任務はないから』と、兄さんがねじ込んでくれたのです。

 私もアリエラちゃん一人じゃ、心配ですからね」

「鈴音お姉様、心配って……アリエラだって、がんばればそれなりに出来るんです」

「心配と言えば、ヘリオはどうなのだ?

 軍務の一つとはいえ、私の報告書で本都に戻されてしまったのだからな」

 彩華姉さん問いかけに鈴音お姉様が答えます。


「戻ってきた当初は、かなり凹んでいたわ。でもそれは戻された事に対してではなくて……そうですね……自己嫌悪と言ったところかしら……

 彼の話しですと、守るものを失ってしまったと……」

「守るもの? わからんな……今までと同じものでは駄目なのかな」

 彩華姉さんは、訳がわからないようです。


「彩華姉さん、それは 魔法使いならでは事情というものですよ」

「あれか『契約の主旨』というものだな」

「はい……ただ、彼の場合はそれがちょっと変わってまして、それであんな風になってしまったのです」

「変わっていた?」

「私はそれを話す立場にはないので……」

「鈴音お姉様、お話しておいた方が良いのではないでしょうか」

「そうかもしれませんがアリエラちゃん。でもね、こういう事は、本人が話すべきと私は思っています。

 それは彩華姉さんもわかってくれると思います」

「そうだよアリエラ。私とて、無理に話しを聞こうと思ってはいない。

 私にとって、どうしても必要な事なら、既に耳に入っていると思う」


「それにアリエラちゃん、あなたのお話もまだ聞いてないわね。そろそろお話してほしいのですけど」

「ん、あの件か鈴音」

「はいそうです。どうかしらアリエラちゃん」

 二人は私が気を失った理由を今すぐにでも聞きたいようです。


「って、なんで彩華姉さんまで知っているんですか?」

「あらアリエラちゃんには言ってなかったかしら。

 私達にはたいていの場合、忍女が同行しているのよ」

「へっ? それって護衛? は、ないか……じゃあ監視? なの……」

「ある意味そうかもしれないわね。でもね、連絡要員と思った方が良いわね。

 だから、あの時も彩華姉さんに連絡しておいたのよ。

 それでどうなの、お話してくれるかしら」

「す、鈴音お姉様……もうちょっと、もう少しだけ待って下さい」

「まあいいわ。それこそお風呂場なら、簡単に教えてくれそうですからね……今晩にでも聞いちゃおうかしら……ふふ」

「ひっ! そ、それは卑怯です鈴音お姉様」

 

「なあ鈴音、さっきから気になっていたが、『お姉様』って呼ばれているけど……アリエラとそういう関係か?」

 私の使う敬称が気になったのか、彩華姉さんがツッコミを入れてきました。


「へっ! 彩華姉さん……いやですわ。違いますわ。あれはアリエラちゃんが勝手に言ってるだけです。

 ほらごらんなさい、勘違いされちゃったでしょう、アリエラちゃん」

「ひっ! 鈴音お姉様……わ、わかりました。じゃあ彩華姉さんもこれからは彩華お姉様とお呼びします」

「へっ? アリエラ、どうしてそうなる。

 私の恋愛感情は正常だぞ」

 彩華お姉様は、私にいきなり『お姉様』と呼ばれて、困惑しているようです。


「だって、彩華お姉様も鈴音お姉様と同じくアリエラにとっては、凄く尊敬する人なんです。

 だから決めました。これは何を言われても譲りませ・ン」

「だからと言って……せめて『お姉さん』にしてくれないか」

「駄目ですよ、彩華姉さん。

 なんてたって、この私を今でも『お姉様』って呼んでいる訳ですよ。

 いろいろ試しましたが何をされても、こうなったアリエラちゃんは退きませんよ」

「いろいろ試したって……鈴音……何をしちゃったんだ……」

「何をって……それは……そうだ、彩華姉さんも今晩一緒に入浴しましょう」

「それは構わんが……鈴音……何をしたのか、何となくわかった……逆に『お姉様』って呼ばせちゃってる訳だ」

「よかったわねアリエラちゃん。今晩は三人で入浴よ。楽しみが増えちゃった……ふふ」


「ひっ! ひえぇぇ……」


 時間の経過を恐れる私を置き去りのまま、お姉様達のつきない話は続きます。

 こうして無情にも時は流れていきました。

 読み進めていただき、ありがとうございます。


 何だかこのところ、随分と脱線しています……すみません。

 なんとか軌道修正しないと……

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