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狗と呼ばれて 6

「うんん……もう朝なのね……」


 カーテンの隙間から差し込む朝日で、私は目が覚めました。

 そして静かに体を起こし、伸びをしながら体を五回ほど左右にねじったあと、「ペタリ」と前屈をしながら十まで数えます。


「……八、九……十。よし目覚めの体操、終わり。

 何だか凄く熟睡できたな……それに、何だか体が軽い……早くに寝たからかな……」

 呟きながら体を起こしたその時、隣のお布団で寝ている鈴音姉さんの天使のような寝顔が、私の目に映り込んだのです。


「……そうか……鈴音姉さんのあれが……なんだかんだと言っても、アリエラの事を気遣ってくれてるんだ。

 やっぱり優しいです。今度から鈴音お姉様とお呼びいたします」

 時間を見ると、そろそろ予定していた起床時間になります。


「鈴音お姉様……モゴ、モゲ……」

 私が鈴音お姉様を起こそうとしたその時、背中に何かの重みを感じると同時に、私の口はふさがれてしまいました。そして背後から耳元で囁く声が警告します。


『い、いけません、アリエラ様。鈴音様を起こしてはなりません。

 手を離しますが、決して騒ぎ立てないで下さい。よろしいですか?』

 どうやら背中の重みは鬼姫ちゃんだったようです。正体のわかった私が首を縦に振ると、その小さな手でふさいでいた口を解放してくれました。


『アリエラ様、大変失礼いたしました。緊急事態につき、ご容赦いただきたいです』

『何だかよくわかりませんが、どうしたのですか、鬼姫ちゃん』

『昨夜アリエラ様は早々に寝付かれてしまい、お話する機会がなかったので、このような無作法となってしまいました。

 鈴音様は、不用意に起こされる事を快く思いません』

『えっとそれって、目覚めが悪いって事ですか』

『そう言う訳ではないので、困るのです。

 例えば、自分で起きたり、緊急事態で起こされたり、そんな時は凄く目覚めが良いのです。

 しかし、不用意に起こされたりすると……』

『すると……』

『アリエラ様、今までで一番怖かった時の鈴音様を、思い浮かべて下さい』


『……ひっ! ど、どうしても思い出さないと駄目なんですか……』

 がんばって思い出そうとした私でしたが……


(うぅぅ……無理……絶対無理です)


 思い出そうとするだけで、変な汗が流れでてきます。


『わかりました。無理にとはいいませんわ。

 結論からすると、それすら天使の優しさに思えるほどの変貌をとげるのです』

『ひっ! ひえっ! そ、それは……た、助かりました。

 鬼姫ちゃん、ありがとうございます』

『いいえ、それはアリエラ様だけの問題ではございませんので……それにここには、対鈴音様最終兵器の神楽様もいらっしゃりません。

 そう言えば、最近は神楽様に起こされるのは、大丈夫みたいなんです。

 これもやっぱり愛故の事でしょうか。そもそも愛する方に醜い姿を晒すなんて……』

 鬼姫ちゃんは喋るのを突然やめました。そして、その恐怖に怯えるような瞳に映り込んでいたのは、すっかり目覚めた鈴音お姉様の姿でした。


『朝から快調ね、そのお口……鬼姫ちゃん。

 それとアリエラちゃんも、おかしなお喋りをしていないで、さっさと支度なさい』

『ひっ! ご、ごめんなさい鈴音お姉様……直ちに……』


 こうして私達の朝は慌ただしく過ぎていきます。

 そして支度をすませ、朝食を頂いた後、私達は施設を出発しました。



 ちょうど正午にさしかかる頃、歩みを進める私達は、旧国境付近にある神国の軍事施設「第一砦」に到着しました。

 この地域は戦闘区域となっていたため、周辺には集落はありません。

 しかし終戦後は、交易のため行き交う人々が増えたこともあって、この「第一砦」は検問所の機能と共に、一部の施設を民間にも解放しています。そのため軍事施設と言えども、ちょっとした街のような賑わいがあります。


「結構人が多いわね。変に騒がれる前に裏へ回りましょう、アリエラちゃん」

 人気を鼻にかけたような少々嫌みなこの言葉も、鈴音お姉様が言うと至極当たり前に聞こえます。


「はい、鈴音お姉様」

 私達は正面の出入り口に続く道からそれて、軍専用の出入り口に向かいました。


「ところでアリエラちゃん、今朝から気になっていたけれど……」

「何でしょう、鈴音お姉様」

「それ……その『お姉様』って、いったい……アリエラちゃん、あなた私におかしな……そのなんて言うのかしら……恋愛感情? かな……そう言うものを持っているのかな」


 普段、あれだけ怖い鈴音お姉様が、はにかみながら私に問いかけてきました。

 それはまさに、もの凄いギャップ攻撃です。思わず、「そうなんです好きです。愛してます。お姉様ラブなんです」と喉まで言葉が出かけました。

 でもそう言いたい気持ちを「グッ」と堪えて言います。


「いいえ、そう言う意味の『お姉様』では、なくて……そう言う意味って、どういう意味なのって聞かれても困る訳で……でもアリエラは鈴音お姉様の事が好きで……その……敬意を込めてというのか……」

「わ、わかりました。この事についてはもう何も言いません。好きに呼んで下さい。

 ただし、おかしな誤解を招くような事はしないで下さいね」

「は、はい、鈴音お姉様、ありがとございます」


 こうして変に騒ぎにならないように、密かに砦に入った私達は、食堂で昼食をとり一休みしたあと、同じくこっそりと砦を出発しました。


 ほどなくして私達は旧国境線を超えて、神国領バルドアに入りました。


 ここまで進むと旧帝国領民の割合が増えて、さすがに鈴音お姉様に挨拶などをする人は減ってきます。

 それどころか、私達と出会う人々の見る目が恐怖におののいていたり、私達が近づくと避けるように道をあけたり……そんな行為の割合が増えてきます。

 戦争が終わって、支配体制が民衆寄りの神国天ノ原に変わっているのにもかかわらずです。


 これが帝国の強いてきた、恐怖や力による領民支配の結果なのでしょう。


 私が帝国軍にいた頃、民衆は私達を恐れいてました。しかし、ここまで露骨な態度をとられていた訳ではありません。

 当然私達は、押さえつける側に属していた訳ですから、そういう事を感じとる感覚が、鈍くなっていたのかもしれません。

 それでも帝国を守っていました。もっと言えば領民達を守っていた訳ですから、多少なりとも信頼や尊敬があったのでしょう。


 それが神国に負けてしまった今、領民達の信頼や尊敬を失ってしまった訳です。残された恐怖のみが暴走して、態度となって表れているのかもしれません。


 ヘリオ先輩ではないのですが、こういう態度を直に感じると凹みます。


「はあ……」


 無意識に出た私の溜め息が聞こえたのか、鈴音お姉様が語りかけてきました。


「思っていた以上に、心に突き刺さるわね。

 どうせそう思われているなら、いっそうの事、徹底的に脅しまくっちゃおうかしらね、アリエラちゃん」

「鈴音お姉様、それ冗談に聞こえないです」

「あら、それは失礼いたしました。

 でもこれは凄く根深い問題のようね」

「アリエラの知る限り、力の支配体制は初代皇帝の頃から、延々と続いているのです。特に帝国の拡大政策後に併合された地域ほど、根深い問題として残っていると思います」

「歴史と共にという訳ね。

 と、いう事は、ここの領民達は、軍に対して過敏に反応する訳なの?」


「いいえ、そう言う訳でもないのです」

 矛盾した私の答えを、鈴音お姉様は見逃さなかったようです。


「そうよね。どう見ても私達、魔法使いに対して恐怖を抱いている感じよね。

 ならば、帝国初の魔法使いであるアリエラちゃん達は、何らかの理由を知っているわよね……ほら、隠さないでお姉様にお話しなさい」


 鈴音お姉様は「隠し事は許さないわよ」的な鋭い視線で私を睨みつけます。こうなるともう私は話さない訳にはいきません。


「ひっ! か、隠すつもりは一切なかったというのか……話すきっかけがなかったっというのか……あれ? 何を話そうと……

……えっと、何か大切な事を……忘れて……あっ!」


 その時、心の奥底に封印されていた私の記憶が、その封緘を破って鮮明に蘇り、脳裏に映し出されました。

 それと同時に足がすくみ、立ち止まってしまいました。


 忘れようとしても、決して忘れられない忌まわしい記憶……いえ、忘れてはならない出来事。

 でも、真っすぐ向き合う事が出来なかった私は、いつの間にかその記憶を封印する事で、自身を守っていたのです。


「急に立ち止まって……先を急ぎますわよ。

 って、どうしたの、アリエラちゃん。」


「……ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい……許して下さい……アリエラを許して下さい……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ちょっ、ちょっとアリエラちゃん、どうしちゃったのよ。

 えっと、私がいじめすぎちゃったかしら」


『今しばらくアリエラちゃんを、そっとしておいてくれませんか、鈴音の姐御』

『明姫ちゃん……それはこの件に関係した事かしら』

『はい、そうです。

 直にもとに戻ると思いますが……ちょっと心の傷口が開いてしまったようです。 

 たぶんこの機会に、全てを鈴音の姐御にお話するつもりだと思いますので、この件に関して詳しくは、アリエラちゃん本人から聞いて下さるようお願いします』


「……ごめんなさい……ごめんなさい……

 許して下さい……アリエラは……」


 その直後、私の視界は暗闇に包まれてしまいました。




「うぅん……」


「アリエラちゃん、大丈夫?」

『お姉さんが付いていますわ、アリエラちゃん』


(何だろう、私を呼んでる鈴音お姉様と明姫姉の声が聞こえる。

 あれ何してるんだろう私……)


 わずかに聞こえる鈴音姉様達の声を道しるべに、現実と記憶の狭間でもがいていた私は泳ぎ出しました。

 すると封印された記憶に心を蝕まれ、どこかに飛ばされていたような意識が、少しずつ現実世界に戻ってきます。


 ゆっくりとまぶたを開くと、戻ってきた視界には、優しく微笑む鈴音お姉様と、心配そうに覗き込む明姫姉の顔が映し出されます。


「ようやく気が付いたわね、アリエラちゃん。よかったわ」

「ア、アリエラは、一体何が……」

「もうしばらく、こうしてなさい」


 どうやら私は、突然思い出した事実に耐えきれず、気を失ってしまったようです。

 そして鈴音お姉様は、倒れた私を道ばたの木陰まで運び、膝枕で休ませてくれていたようです。


「鈴音お姉様、ご迷惑をかけてごめんなさい」

「ええ、本当アリエラちゃんは、手がかかりますわ。

 いつも騒ぎ立てるし、私の事を必要以上に怖がるし、ちょっと目を離すと兄さんにちょっかい出すし……困ったもんです。

 でもね、遠慮なくいつでもどうぞ」

「鈴音お姉様……ありがとうございます。

 それと……神楽兄さんの指定席を使わしていただき、ありがとうございます」

 私はささやかな反乱を起こしました。


「ア、アリエラちゃん! 何を言い出すのかしら……本当に手がかかるわね」

「ひえっ! ご、ごめんなさい」

 あっけなく鎮圧です。


「そろそろ動けるようになったかしら、アリエラちゃん」

「はい、もう大丈夫です」

「じゃあ、先を急ぎましょう

 それから先ほどのお話は、アリエラちゃんの気持ちに整理がついてからでいいわよ。

 でも、今後の事もあるから、なるべく早くにお願いしたいわね」

「はい、本当にお気遣いありがとうございます」


 私が予想外の事態に陥ったため、私達が今夜の宿に到着したのは、辺りがすっかり暗くなってしまった、午後八時を回ったところでした。

 今晩の宿も軍の中継施設ですので、食事はいつ何時でもとることができます。私達は遅い夕食をとったあと、部屋に入りました。


「さてアリエラちゃん、先ほどバツをまだ与えていませんでしたね。

 あれで終わりと思っているなら、大間違いです」

「ひえっ! ……先ほどって一体……あっ!」

 いろいろと思い当たる節があったのですが、あの「ささやかな反乱」が駄目だったようです。


「ちょうど入浴にはいい時間ですわ。当然一緒に入りますわね」

「ひっ! は、はい……当然ご一緒します」

 いけない事とわかっていても、やっぱり拒否できません。

 そして今夜も操り人形のように浴場に連れてかれました。


 こうしてまた一歩、私は、いけない領域に足を踏み込んで行くのです。


 こんなに若いのに……スポーツの選手でもないのに……マッサージを受ける事が楽しくなっちゃうなんて……


「あぁアリエラ、いけない娘になっちゃいそう」


 お風呂から戻ったグニャグニャの私は、そのままお布団に潜り込み、すぐさま夢の世界に旅立ちました。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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