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狗と呼ばれて 5

「アリエラちゃん、ぼちぼち出発しますよ」

「はい、いつでも大丈夫です」


 ヘリオ先輩が戻ってきて二日が経ち、教習の疲れと筋肉痛から動けないでいた私も、すっかり回復しました。


 というわけで、これから神国領バルドアに向かうのですが、心配事や不安が無い訳ではありません。

 ヘリオ先輩みたいに「狗」と言われて、落ち込んだり、ショックで仕事が手に付かなくなる事はないと思います。

 と言っても私だって一応繊細な乙女ですから、多少の不安はあります。


 でも、なんだかんだと言っても心配事ナンバーワンは、これしかないでしょう。


 鈴音姉さんと彩華姉さんの、怖い……いえ、とっても優しい姐さん達にしばらくの間、囲まれて生活を送るのです。

 あの恐怖……いえ、優しさに、幼気で儚い乙女な私の心は、耐える事ができるのでしょうか。

 しかも、神楽兄さんが同行しないのです。歯止めのかからなくなった姐さん達に、あんな事やこんな事されても、止めてくれる人がいないのです。


「……うん、アリエラは負けません」


「アリエラちゃん、なにぶつぶつ言ってるの、早く来なさい」

「ひっ! ご、ごめんなさい鈴音姉さん、直ちに行きます」


「アリエラ、気をつけてな。鈴音よろしく頼むよ。あと彩華にもよろしく言っておいてくれ」

「兄さん……ちょっと寂しいですが、行ってきます。

 アリエラちゃんは安心してまかせて下さい」


「アリエラ、心ない言葉を真に受けるなよ」

「わかってます、ヘリオ先輩。行ってきます」


 落ち込んでいたヘリオ先輩も、今ではすっかり元通り……かな……になって、神楽兄さんと共ににこやかに送り出してくれました。


 私が思っていたより、早い復帰に驚きました。これも神楽兄さんに怒られて、ヘリオ先輩なりにいろいろ反省をしたのでしょう。これなら私も手のかかるヘリオ先輩を、安心して神楽兄さんに預けて出発できます。



 神国天ノ原の都、本都を出て半日ほど歩いたところで、私達は昼食と休憩のために集落に立ち寄ることにしました。そこで私は改めて、民衆から鈴音姉さんへの信頼の高さを知る事となりました。

 ここまでの道中でも、私達と出会うほとんどの人達が、会釈をしたり、一声掛けてくれました。もっとも私達ではなく、鈴音姉さんに対してですが……その度、鈴音姉さんは朗らかに答えていました。それは多分神楽兄さんや、彩華姉さんでも同じなんでしょう。

 そして集落に近づくと、何人かの人が街道沿いに並んでいるのが見えました。すると向こうもこちらの姿を確認したのか、数名の者が駆け寄ってきます。

 途中私達を抜かしていった方が伝えたのでしょうか、間違いなく私達……いや、鈴音姉さんの出迎えだったのです。


「天鳥鈴音様、銀界鬼姫様。お疲れさまです。

 えっと……こちらは……」

「わざわざのお出迎え、ありがとうございます。

 こちらは、アリエラ・エディアスと白輝明姫です。此の度、私と同じ部隊に配属となった魔法使いです」

「こちらがそうですか。

 さて、首長も皆さんのご到着をお待ちしております。

 お荷物をお持ちいたします。どうぞ遠慮なさらず、お預け下さい」

「では、お願いします」

 鈴音姉さんは、こっそり「仕方ない」という顔をして荷物を預け、私にも促します。


「アリエラちゃんも、甘えさせて頂きなさい」

「は、はい。

 えっと……お願いします」

「アリエラ様、どうぞ遠慮なさらず」

 いきなり「様」で呼ばれた私は、顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまいました。


「あら、お顔を真っ赤にして照れちゃって、可愛いわね、アリエラ様」


 鈴音姉さんの有無を言わせぬ口撃が、私を捉えます。するとそれに呼応するように、駆け寄ってきた方々が次々と、小刻みな口撃をしかけてきます。


「アリエラ様、お顔の色が優れないようですが……」

(それはあなた達が……)


「アリエラ様、お熱でも……」

(いいえ、火照ってるだけです)


「アリエラ様、病み上がりと……」

(な、なんでそんな事知ってるの……)


「アリエラ様……」

(……ああ、もう勘弁を……)


「アリエラ様……」

「アリエラ様……」


(……おぉほほほ、そうよ、私が女王アリエラ様よ。皆の者ひれ伏すがよい。おぉほほほ……)


「さあ、行きましょう。

 妄想少女一人の為に、首長殿を待たせては申し訳ないです」

「あの鈴音様、よろしいのですか」

「放置で構いません。甘やかしては駄目です」

 冷たく言い放たれた鈴音姉さんの言葉で、私は妄想から現実に引き戻されました。そして徐々に小さくなる鈴音姉さんの姿を、ちょっぴり涙目で追いかけました。


「ああん、鈴音姉さん、アリエラを置いていかないで下さ・イ」


 そうこうしながら私達が集落の入り口へ到着すると、そこには首長をはじめ、地域議会の方々、集落を代表する旦那衆など、そうそうたる顔ぶれの出迎えが待っていました。


「ここの首長、柏木です。

 天鳥鈴音様、銀界鬼姫様、此の度は、お立ち寄りいただきありがとうございます。何も無いところですがゆっくりしていって下さい。

 して、そのお二人は……」

「柏木首長、手厚いお出迎え、ありがとうございます。

 それと、長居は出来ません故、お気遣いは無用でございます。

 えっとアリエラ、自己紹介しなさい」

「は、はい、私、アリエラ・エディアスです。それとこの『お人形』は白輝明姫です。

 此の度、天命ノ帝の命を承り、独立魔戦部隊に配属となりました。今後ともよろしくお願いします」

 今でこそ私は、周りの方々の心遣いもあって、普通の暮らしができています。それでも少し前まで帝国の魔法使いだった事に、今なお負い目を感じているのも事実です。

 それも関係があるのでしょう、私は自己紹介を終えると、深く頭を下げました。


「頭を上げて下さい、アリエラ様。

 いろいろと思い悩む事もあると思います。

 しかし、どのような経緯をお持ちでも、帝をはじめ、国を導く方々がお認めになったのです。

 ここでは堂々と過ごして下さい」

「柏木首長、ありがとうございます」

 私は、柏木首長の温かい言葉に甘える事にしました。


 その後、私達は昼食をとろうとしたのですが、持て成したいとする集落の方々に、最初は遠慮していた鈴音姉さんも、最後は押し切られました。

 こうしてあまり望んではいない接待を受けた私達は、大勢の方々に見送られ、集落を後にしました。


「鈴音姉さん、こちらではいつでもあのような歓迎を受けていたのですか?」

 あまりの歓迎ぶりに驚きを隠せない私は、鈴音姉さんに問いかけました。


「いつもという訳じゃないけど、そこそこあるわね。多分、私達の警察力に対する期待みたいなものかしらね。

 アリエラちゃんは、ああいうのはどうなの?」

「こんなアリエラを歓迎してくれるのはありがたいと思います。

 でもアリエラ自身、まだ褒めていただける事をした訳ではありませんので、複雑です。それに苦手です」

「確かに歓迎していただけるのは、気分的にも悪くはないわね。でもそれ以上は、負担にもなっちゃうわね。

 ああいう事は、帝や総長に受け持っていただきたいわ

 しかしあれを避けるために、お忍びというのか、静かに本都を出てきたのに、どうしてわかったのかしら。困るわね」

「鈴音姉さん、『お人形』を連れて歩いていれば、誰が見てもわかりますよ」

 その言葉を聞いた瞬間。鈴音姉さんの顔が曇りました。私はツッコンではいけないところにツッコミを入れてしまったようです。


「そうよね、アリエラちゃん。そんな事に気づかないなんて……私って馬鹿よね……

 アリエラちゃんは私の事、そう思っていたわけなんだね」


「ひっ! ひえっ! ……」


 時既に遅しです。今夜もまた、鈴音姉さんから恐怖の寵愛を受ける事を決定づけたようです。

 でも、見逃してくれるかもしれないと、一縷の望みをかけて、とにかく私は話題を変える事に専念します。


「と、ところで……鈴音姉さん達は、民衆達に信頼されているのですね。実際にこうして出歩いて、改めて感じました。

 この神国では、国の指導層や軍は民衆達と距離が近いと思います。

 アリエラのいた帝国では、歓迎されるなんて事は、一度も無かったです。

 当たり前ですよね。皇帝は力で領民達を押さえつけて、私達はその恐怖の中心にいた訳ですから、距離だって凄く離れていたと思います」


「アリエラちゃん、今はもう神国の魔法使いなのよ。さっきみたいに、皆さん受け入れてくれるわよ。そんなに嘆く事はないわ」

「ありがとうございます、鈴音姉さん。そう言ってくれると、気が楽になります。

 でもこの先バルドアに入ると……今でも領民達の間では、軍、特に魔法使いに対する恐怖は、根付いていると思います」

「それは仕方ない事よ、アリエラちゃん。

 今後の私達の行いを見ていただき、信頼してもらうように努力するしか無いわ。

 いずれにしても解決には、時間のかかるお話ですわ。

 でもねアリエラちゃん、民衆の方々から怖がられる分、私がやさーしくしてあげますわ……早速今晩から……ふふ」

「ひえっ! そ、それだけは……許して……鈴音姉さん……あ、あれ、アリエラ、何だか体がすっごく軽いな……つ、疲れもないです」

「あら? 照れちゃって可愛いわね……うふ」


 こうして私は、鈴音姉さんの優しさに包まれて、街道を進んで行きます。

 相変わらず私達と出会う方達のほとんどが、会釈をしたり、言葉をかけてくれたりします。ただ、先ほどの集落の歓迎ぶりをふまえ、休憩は集落に立ち寄らず、人目につかない適当なところでとる事にしています。


 私達がこの日の宿に予定していた、軍の中継施設に到着したのは、日の長いこの時期、傾いたとはいえまだ日が残る、午後七時を少し回ったところでした。

 私達は、そのまま食堂で夕食をとったあと、部屋に入りました。


 宿を軍の施設にしたのは当然、昼間のような騒ぎを避けるためと、わかっています。

 でも私はふと思ったのです。

 

「鈴音姉さん、あの騒ぎを回避するなら、明姫姉や、鬼姫ちゃんを本都に預けておけばよかったのでは?」

 すると鈴音姉さんは、顔をしかめて私を見ながら口を開きます。


「それは駄目よ。兄さんに迷惑をかけれないわ」

「ひっ! ごめんなさい、鈴音姉さん」

 迫力に押されて、何も悪くないはずなのに謝ってしまう、私自身が情けないです。


「アリエラちゃん、何を謝っているのかしら。私何かしちゃったかしら?」

「ひえっ! 何でもないです。つ、つい癖というのか……アリエラはいつも鈴音姉さんに叱られていますので……」

「あらごめんなさいね、怯えさせちゃったわね。いいわ、お詫びに後でその分上乗せして、優しくしますわ」

 恐怖のあまり私の口からは、一切の言葉が出なくなってしまいました。


「それはさておき、兄さんには闇姫ちゃんがいるのよ。それに優しいから負担をもの凄くかけちゃいそうなの」

『鈴音様、わかります。黒鬼闇姫さんは確かに、何を考えているかわかりませんですわね。付き合いの長い私ですら、行動が読めませんわ。

 でもやっぱり鈴音様は、神楽様の事を一番にお考えですね。これもやっぱり愛するがギュゲ……痛いです……ごめんなさい』

 それは、いきなりでした。鈴音姉さんの鉄拳が見事に鬼姫ちゃんの脳天に落ちたのです。


『本当に鬼姫ちゃんのお口は……これだから、兄さんに預けれないのです』

『あらら、鬼姫ちゃんのお口が悪いのは、昔からよ。お姉さんはよくわかっていますわ』

『明姫姉なら預けても大丈夫だとアリエラは思うけど……』

『アリエラちゃん、駄目です。明姫ちゃんは一人なら大丈夫でしょう。

 でも鬼姫ちゃん達といると、けしかけちゃうのよね、明姫ちゃん』

『鈴音の姐御……お姉さんは、そんな事……いえ、そうかもです……ごめんなさい』

「と言う訳よ、アリエラちゃん」

「納得です。確かにこれじゃ神楽兄さんが大変ですね」

 話しが一区切りついたところで、鈴音姉さんが怪しい笑みを浮かべます。


「さてアリエラちゃん、お風呂に行きましょう。今日の女性は私達だけですから、他に遠慮する事なく楽しめますわね……ふふ」

「ひえっ! ア、アリエラは後で……きょ、今日は疲れも……」

「あらアリエラちゃん、私と一緒じゃイ・ヤ・と言う訳ですね。よぉーく、わかりました。」

「ひっ! ご、ごめんなさい。ご一緒させてください。ア、アリエラのお願いです」

「あら、そこまで言うならご一緒しましょう。アリエラちゃん、行きますわよ」

 私は「命の糸」で操られる「お人形」のように抵抗できないまま、浴場に連れて行かれました。


 頭からは拒否しなさいと、私の体中を命令が駆け巡っているのです。

 でも……でも、駄目なんです。もう私の体は、その命令を受け付けないんです。

 頭からの命令を無視して、口が勝手に動くのです。


「もっとして下さい」と……


 そして体も求めてしまうのです。


 あの心地よく優しい鈴音姉さんの指使いを……


 あれ以来、癖になってしまったあのマッサージを……


 こうして鈴音姉さんからの恐怖……いえ、優しさいっぱいの寵愛を受けた私は、心地よい疲れとともに寝床に入り、朝まで目覚める事はありませんでした。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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