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議場にて 2

 全面的に手直ししました。11・30

「さて、全員揃ったところで会議を再開する」


 わざわざ聞き耳を立てなくても聞こえてくる、宮内侍従長の嫌味たっぷりな独り言に、嫌気した俺は一度席を外していた――だから嫌なんだよ、ああいう奴らは。尾を引き過ぎ。

 その後、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らって議場に戻った。

 待ちかねたように、大石原総長が再開を宣言した。


「では、山神侍大将、戦況の報告をお願いします」

「はい、概況がいきょうからですが、国境付近の小規模戦闘は頻繁に起きています。しかし神国軍、帝国軍ともに決め手を欠いており、相変わらずこう着しております。

 まずは第一砦から――」

 このところは、唯一の隣国であり且つ戦争当事国であるバルドア帝国との国境付近で、小競り合いと言える戦闘が起きる程度であった。そのため大きな戦果はなく、また、幸い大きな損失も出ていなかったため、侍大将の山神彩華やまのかみあやかが淡々と戦況報告をするのみであった。


「――以上、現段階では兵員、および物資の補給は滞りなく行われております。

 以上です」


 目を閉じて報告を聞いていた大石原総長であった。しかし報告が終わり目を開くと、眉根を寄せた、穏やかな丸顔に似合わない難しい顔で、ゆっくりと口を開く。


「決め手を欠いてか……我々神国軍だけでなく、帝国軍もというのが幸いであるな。

 もっとも、先ほどの勅令の件もあり、近々何らかの進攻策が打ち出されるかもしれぬ。

 気を抜かぬように通達しておいてくれ」

「承知いたしました。

 ところで大石原総長、その勅命にあった帝の戦場視察については、いかがいたしましょう」

「ふむ、今まで帝の戦場視察は警備上の問題もあり、お忍びという形で行っていた。

 しかし今回は公の場ではっきりと勅命という形で伝えてきたわけだ。したがって、行く先々にはしっかりと伝えておく方が良いだろう」

「はい、それでは直ちに」

 真面目な顔で返事をする彩華に、大石原総長が、いたずらっ子のような表情で、ツッコミを入れる。


「おいおい山神君、いつ、どこに行くのかもわかっていないのに、どこに何を伝えるのかね?」

「へっ? あっ! ……失礼しました」

 大石原総長からのツッコミで、天然でボケていた事に気が付いた彩華は、照れ顔を見られまいと、慌てて下を向いたのだが、艶やかな黒髪の隙間から、桜色に染まった耳がチラリと見えていた。


(ふっ、彩華のせっかちと照れ屋は相変わらずだな)


 だが、そんな彩華の事を兵士達の間では、『氷結人形』とあだ名していたりする。彼女の見た目の印象や、持っている雰囲気が、そう言わせてしまうのだろう。

 が、彩華本人を目の前にして、それを言う度胸のあるやつを、俺は目にした事がない――口にした瞬間、問答無用で腰の得物が、キラリと光ると思う。


 そんな少々物騒な彩華であるが、美人と言われる容姿をしている。

 整った顔立ちに――まあ、整っているから美人とか言われる訳だが――、冷ややかとも形容される目尻が少々上がった切れ長の目は、普段変化の乏しい表情と相まって、あだ名をはっきりと印象付ける。


 そして女子としては長身に入る、スラリとした体は、出過ぎず、引っ込み過ぎず、非常に均整のとれた、よく言う黄金比率をあてはめたような綺麗な体をしている――って、何故知ってるってか? はい、同じ施設で育った幼馴染みの特権というのか、様々な突発的事象により、幼い頃から極最近に至まで、現物をいろいろな角度から、しっかりと肉眼で確認しております。

(あ、あれ? あ、彩華さん、このタイミングで何故こっちを見る?)

――我が身が危ないので、体の話はこれにて終了。


 彩華の冷ややかな言動や性格に付け加え、武術の達人が持っている、近寄りがたい凛とした雰囲気が、あだ名の印象に付加価値を与える。

 したがって『氷結人形』という言葉は、あながち間違ってはいないのだが――彩華の『欠点?』を知る者からすると、ちょっと……いや、随分違うかな。


 はっきり言うと、彩華は『せっかちな照れ屋さん』である。

 そして、人の上に立つようになった彩華自身が『せっかちな照れ屋さん』を『欠点?』だと言い張り、それを隠すために素っ気なく振る舞うようになった。

 端的な物言いも、『長く話すと、ボロが出るから』という、何とも情けないような理由からであった。


 もっとも、時々彼女が見せる人間味あふれる『欠点?』を知れば、『氷結人形』などという、印象だけで決まったような、間違った見識は消えて、一躍人気者になってしまうだろう。

 しかしながら、そんな『欠点?』を隠そうとして、自らが作り上げた後付けの印象でさえ、魅力的に見えてしまうのが、美人が美人と言われる所以ゆえんなのだと思う。


「おーい彩華さ~ん、戻っておいで~」

 俺は隣の席でうつむく彩華に小声で呼びかけた。


「なんだ? 神楽」

 既に照れ状態を脱出していた彩華は、顔を上げると、切れ長の目から瞳だけを俺によこし、ジロリと睨んだ。


「あ、ああ、大丈夫なら良いんだ」

 その迫力に負けそうになる俺であった。


 なんだかんだと言っても彼女の怖い……いや、凄いところは、俺と同じ十八歳という年齢にも拘わらず、侍大将として、一癖も二癖もある屈強な侍たち数百名をまとめて上げているという事だろう。当然その腕前は確かであり、更にはカリスマ性も持っているわけだ。

 部隊名は『独立魔戦部隊』と立派だが二人だけだし、年上だからお前が『筆頭』をやれと言われて、しかたなくやっている誰かとは大違いなのだ――そもそも突然現れた黒鬼闇姫くろきやみひめの勘違いで、契約して魔法使いになった訳だし。

 鍛錬を積み重ねて、今の地位に就いている彩華は、出来が違うのだ――はい、鍛錬? 訓練は受けましたよ、入隊時に……完全に負けてます。


 そう言えば彩華には、こんな話がある。

 彼女は髪を長く伸ばしている。膝裏ひざうらまで伸ばした真っ直ぐな黒髪は、一本一本が、最上級の漆黒の漆しっこくのうるし幾重いくえにも塗り重ね、丁寧に磨き上げられた漆器しっきのごとく、妖艶ようえんつやを放っている。

 それは誰もが羨むほど美麗で、彼女の外観的な魅力のひとつとなっている。

 しかし武術に限らず、闘いにおいて髪が長いというのは、それだけで不利になるにも拘わらずだ。

 この事を彼女に尋ねると、ボンという音が聞こえる勢いで顔を赤く染めて、


「この髪に触れる事ができる……異性……は、私の……全てを……許した……お前……だけだ」


 と、毎回同じ台詞が返ってくる――途中、何と言っているのか聞き取れないのも、毎回同じである。

 まあ、俺の解釈に間違いがなければ、彩華の髪に触れる事ができるのは、彩華自身が『許可した者だけ』という事のようだ。


 その言葉を証明するかのごとく、挑戦者が現れると、大きなリボンでまとめられた一束の髪は、宙を妖艶に舞踊る黒竜となって、今にも触れそうなその手から逃げ出し、呆気に取られる挑戦者をあざ笑う。

 その後、彩華は何らかの行動を起こす。良く言う『呆気に取られて、平手をもらう』である――って、誰が言ったそれ。

 結果、俺は彼女の髪に触れる事ができた者を知らない。

 それこそ、『彼女の髪に触れる事ができたら、願いが叶う』という噂まで飛び交うほどである。

 その真偽を確かめようとして、不用意に手を伸ばし、彼女に平手打ちされたり、斬られそうになった者は、大石原総長はじめ多数いると言われる。皆さん『呆気に取られて、刀の錆となる』である――って、だから誰が言ったそれ。

 その度に彼女は顔を桜色に染めて自己反省していたようだ。

 そんな中、俺はどうやら彼女に『許可』されている数少ない一人らしい。

 時々彩華は『リボンを結び直してくれ』などと言って、俺にその髪を預ける事がある。

 それは単に幼馴染みという、心を開ける存在だからかもしれない――そのなんだ……昔からの習慣で、今でもリボンを送ったり、それなりの関係もある――いや、あったかな――そんな訳だし……

 ただ残念ながら噂の真偽については、今のところ目先の願いに関して、噂は噂であるとしか言えない。

 もっとも俺の本願はまだ道半ばだから、噂の真偽がわかるのは、当分先の事になりそうである。


 是非、叶って欲しい願いであるのだが……


「おい、天鳥筆頭」

「へっ? 何か?」

「こら『何か?』ではない、『何かないか』とこっちが尋ねておるのだ。全く何を惚けておる」

 大石原総長の声に我に返る。

 久しぶりに彩華の『照れ屋さん』を見た俺が、いろいろと回想しているうちに、会議は着々と進んでいたようだ。


「し、失礼いたしました。

 えっと……特には……」

「おかしな事を考えていたのだろう、神楽。

 全く困ったもんだ」

 と、俺を惚けさせた主原因である彩華が付け加えた。


「おま……、いや何でもない」

 場を荒らしたくない俺は、『お前が言うな』と、言いかけた言葉を飲み込んだのだが――何故か彩華は、小声で『おま……』と返したところで、モワっと頭のてっぺんから煙を出す勢いで、真っ赤に顔を染めて、うつむいてしまった。


「さて、残念ながら本日も特に議題がないのでこのあたりで、閉会とする。

 ただし、先ほどの勅令の件もあるので、各部署いっそう気を引き締めるように、以上」

 大石原総長の言葉で軍務会議は閉会したのだが、勅命が気になっているようで誰一人席を立とうとしない。

 普段なら、そそくさと議場を後にする者まで残っている。

 いろいろな憶測が飛び交い、少しざわめく議場であった。


 突然、一瞬の静寂に全てが包まれた。


 それは何かが起きたから、静かになったのではない。

 誰でも一度や二度の経験があると思うが、全員の話し声がたまたま揃って途切れただけの事である。

 しかし、そんな時に他の者とタイミングがずれて呟かれた言葉は、席が離れていてもしっかりと耳に入ってくる。

 今回、それが俺にとって非常に不快な言葉として耳に入ってきた。


「……ちっ、今回は人形劇団近親カップルのおもりってか、って、あ、ヤバっ」


 俺と目が合って、すぐさま視線をそらしたのは、近衛長の天守命あまのもりめいであった。

 俺を見た天守近衛長の目尻の下がった細い目は、普通に振る舞っていても、スケベな目つきである――女性にとって、受け付けがたいかも。

 彼は、なにやら宮内侍従長とお話の最中だったらしい――見るだけで気分の悪くなる組み合わせである。

 俺は、どうにも帝の腰巾着と言われる奴らと、反りが合わない――はい、絶対無理! 生理的に受け付けません!


 天守近衛長は二十四とそれなりに年も離れているのだが、俺とは犬猿の仲である。そのため何か事あるごとに、噛み付いてくる。

 その一番の原因として、彼は、俺の妹である鈴音に気があるらしい。

 しかし残念な事に当の鈴音は、周りが怪しく思うくらい俺と仲が良いから、何かとやっかんでいるという。


(しかし、鈴音は十六歳だから、お前、ちょっとヤバいんじゃないかい?

 もっとも、別の意味であまりお薦めしないのですが……)


 ところで俺と鈴音は本当の兄妹ではない。戦災孤児として、幼いときに『本殿』にある施設に引き取られ、俺や彩華と共に兄妹のように育てられた。その名残として、今でも兄妹といっている――幼い頃からの刷り込みです。

 したがって、彼が言うように近親なんとかではない。もっともその前に、鈴音と俺は恋人というわけでもない。

 しかし、その言葉は俺の怒りを点火させるには十分だった。


「テメー!」

 イスを蹴倒し立ち上がり、天守近衛長に向かって言い放った。


 ガガタターーンン


 イスが倒れる音が、何故か二つ響く――ん?

 疑問符を思い浮かべたため、続く言葉が一瞬遅れた。


「――今、なんて……?」

 その時、既にもう一つのイスの倒し主の声が被っていた。


「貴様、今の暴言をすぐさま取り下げ、謝罪しろ!」


 発言を退く気のないもう一人に、言葉をさえぎられ、口をふさがれたような状態になった俺は、声の聞こえてきた隣へと視線を向けた。

 そこには、怒りに満ちあふれ、今まで見た事がない表情をした、山神彩華が立っていた。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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