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狗と呼ばれて 1

 長きに渡る戦時中、神国、旧バルドア帝国ともに領土内において、大きな戦闘は幸いにもなかった。

 特に、帝国屈指の参謀アリス・ガードナーを名乗った二守瑠理と、神国最高の司令塔、社守静軍師が、兵の運用を任された頃から、戦線はこう着し戦域は徐々に縮小していった。

 終戦のかたちまでわかっている二人にとっては、戦後の復興までを見越した兵の運用を心がけ、悪戯な戦火の拡大を防ぐ事が最重要課題であった。

 その甲斐もあって、敗戦国である旧バルドア帝国においても、戦後の復興作業のスピードは速かった。


 しかし、酷い話でもある。


 双方の兵隊が自国の勝利を信じて闘い、そして多くの命が散ったこの戦争が実は、出来レースとして行われていたわけである。

 この事を知っているのは、天命ノ帝、瑠理、静、そして忍大将音無道進の四人である。

 結局この戦争は、このわずかな者の掌の中で動いていた事になる。


 決して他言できない事実である。


 とは言っても、この戦略がなければ戦争は更に長引き、戦火は拡大し、戦闘による被害は双方かなりのものになっていただろう。そう言う意味では、この戦略は正しかったとも言えよう。


 神楽や鈴音も本来なら、このシナリオの主人公として、真相を知る権利はあった。だが魔法使い同士「お人形を通じて、相手の心の声が伝わる」という特性があるため、知らされる事はなかった。


 終戦当初は統治体制の変化に混乱していた旧帝国領民たちも、瑠理や静をはじめとする神国頭脳集団が素早く打ち出した対応策により、時間の経過とともに落ち着きを取り戻した。


 そして終戦から半年程が経ち、完全といかないまでも、ほとんどの者が平穏な生活に戻っていった。

 ただ残念な事に今でも、旧帝国残党による反抗戦が、小規模ながら行われている。




 反抗戦の鎮圧が一段落した俺達は、いったん本国に戻った。

 そんなある日の事であった。


「アリエラは決めまし・タ! 軍に入って、怖い鈴音姉さんの下で働きま・ス!」


 突然、俺の軍務室に入ってきたアリエラが、何の前置きもなく言い出した。

 それは彼女が怒っている時に使う、語尾を強調する独特の言葉遣いであった。


(俺なんか言っちゃったか? アリエラが怒るような事はしてないし……ヘリオか?

 でもアリエラ、怖いって……鈴音が知ったら……俺も怖くなってきた……)


 アリエラ達が神国に来た時に、帝から神国正規軍に入隊を勧められたのだが、その時アリエラは返事をしなかった。それ以来、俺達は返事を強要した事はない。それどころか、話題にすら出した事がなかったほどだ。

 軍に携わる事を拒否していたようにも思えるそのアリエラに、どんな心境の変化があったのか、まさか今まで返事に悩んでいたとも思えない。


「アリエラ、どういう心境の変化なんだ?

 それとも、ヘリオに何か言われたのか?」

 俺はアリエラの唐突な申し出に、問わずにはいられなかった。


「心境の変化もなにも、何となくなんで・ス! それにヘリオ先輩は関係ありませ・ン!

 アリエラの気が変わらないうちに、手続きを済ませて下さ・イ!」

「何となくって……手続きはすぐ出来るけど、そんな理由でいいのか? なんだか怒ってるみたいだし……」

「いいんで・ス! 怒ってませ・ン! さっさと手続きを済ませて下さ・イ!」

「わかったから、騒がないでくれるか。

 書類作成が一段落したら、大石原総長のところに行こう。それでいいだろう」

 アリエラに別の理由があるのは何となくわかっていたが、俺はそれ以上追求はしなかった。

 とは言ったものの……軍務関係の書類や報告書の作成しているため、部屋は静まり返っている。


………


 正面には不機嫌そうな顔をしたアリエラが座っており、俺の仕事に区切りがつくのを、待ちわびるかのように、黙って見つめている。

 俺が書類から目を離し、頭を上げると嫌でも視線があう。するとただでさえ重苦しい空気の重圧が増していく。堪り兼ねた俺は話しかける。


「アリエラ、どうも見られていると、はかどらないのだが……」

「じゃあ、アリエラの用事を先に済ませてくれませんか」

「でもな……この書類も、できるだけ早く大石原総長に提出したいから……そうだ! 鈴音を呼ぼう。うんそれがいい。あいつは書類仕事が速いから、きっと終わっているだろう」

「あっ、いえ鈴音姉さんは……」

「何だアリエラ、怯えているのか? おかしな事をしなければ、鈴音も怒らないよ」

「お、お、怯えるなんて……アリエラが怯える訳ないじゃないですか。そりゃ、ちょっとは怖いですけど……あっいえ、そうじゃなくて、鈴音姉さんにご迷惑をかける訳には……」

「なんだ、俺なら迷惑かけてもいいんだ」

「いえ、そう言う意味でも……」

「大丈夫だよ。この書類を片付けるのに、どのみち鈴音を呼ぼうと思っていたから。

 あいつもそれを織り込み済みで、仕事を片付けているよ」

 そう言うと俺は闇姫を呼ぶ。


『神楽君、おっはよぉ』

「闇姫、鈴音を呼んできてくれるか。『アリエラも待ってるよ』って」

『りょおかぁい』

 そう言うと闇姫は、嬉しそうに部屋を出て行った。そして再び部屋は静まり返った。


「アリエラ、ところで明姫は?」

「お部屋でお留守番です」

「ふーん……」


(……会話が続かねえ……)


 正面に座るアリエラは先ほどとは違い、ややうつむきその態度はおどおどしている。

 その時、扉を叩く音が響く。


 コンコン


「兄さん、入りますよ」

「ひっ」

 鈴音が入って来る姿と同時に、アリエラの引きつる様な表情が俺の目に映った。


「おはよう鈴音、朝から悪いね。ちょっと書類を手伝ってくれるか?」

「言われなくてもわかってます。そのつもりでした。

 あらアリエラちゃんも早くから、兄さんに呼び出されたの?」

「ひっ、いえ違います鈴音姉さん。アリエラは別に用事があったので……」

「そう、その用事が何だったかの前に……私が話しかけると怯えるその態度、ぼちぼり何とかならないかしら? ちょっと気分的にもね……おわかり」

「ひっ、ひえっ、ご、ごめんなさい。許して下さい。アリエラが悪かったです」

「ほらまた……それって本心からかな、それともわざとやっているのかしら。

 これじゃ、私がアリエラちゃんをいじめてるみたいじゃない。そう思わないアリエラちゃん」

「鈴音さん、それっていじめているようにしか見えませんが……とにかく、それ怖いからやめましょう」

「ちっ……兄さんが言うならしかないわね」

 俺はあまりに怯えるアリエラが可哀想になり、助け舟を出した。


「で、アリエラちゃんは兄さんに、どういった御用でしたの」

「軍に入りたいそうだ」

「えっ、どうしちゃったのアリエラちゃん」


『それが俺には「何となく」としか、答えてくれないんだ。鈴音にならと思ってね』

『わかったわ兄さん、もう一度脅しをかけてみるね……ふふ』

『社守軍師ですか』


「鈴音姉さん、いえ……何となくなんです」

「アリエラちゃん、その理由は本当の事なの? そんな理由で戦場に立って、命のやり取りをする訳なの? アリエラちゃんは人の命を、何となくで奪えちゃうんだ」

「ひっ、そ、そんな事はありません。

 アリエラだって、今まで何人もの人の命を奪って……許される訳でもないのに、何度も何度も謝って……でも、一度だって、何となくなんて……」

「でも不思議よね。今回は『何となく』で、軍に入隊しちゃうんだ。しかも今から闘うのは、アリエラちゃんにとって、今まで味方だった人達よ。

 私はアリエラちゃんが、本当の理由を言ってくれないのなら、軍に入るべきではないと思うわ。

 確かに軍に入隊する理由は、人それぞれよ。

 親の後を継いでとか、食べるためにとか、それこそ中には合法的に人を殺せるから、なんて言う人もいます。もっとも、そんな人は長生きできないのが世の常なんですが……でもね、何となくが理由で入隊した人は、今までいないと思うわ。

 そもそも『何となく』と理由を言う人は、『何となく』の後ろに何かが付くと思うの。例えば『何となくかっこいい』、『何となくやってみたい』なんてね。で、突き詰めれば、後ろにつく言葉が理由になってるのよ。『何となく』は照れ隠しみたいなものかしら。

 だからアリエラちゃんも『何となく』の後ろに何か付くと思うのよ」

 少しの沈黙をおいてアリエラが答え出した。


「なんだかアリエラ自身、恥ずかしく思えたの。だって、前は軍でお仕事をして、報酬を頂いて、それで生活していたの。

 でも今は、何もしていないのに、毎日食べる物に困らないし、お部屋もある。それにお小遣いだって……そういう事がなんだか無性に恥ずかしく思えてきたの」

「アリエラ、勘違いしちゃ駄目だよ。それは、この神国では当たり前の処遇なんだよ。

 ここでは『子供は国の宝』と言われているんだ。だから子育ての第一責任は当然生みの親にあるけど、国は第二責任者として、子供を育てる責任を負っているんだ。

 だから、アリエラが学生になろうと思えば、いつでもなれるようになっているし、しっかりと教育を受けれるように、生活の援助は行われるんだ。

 ただしその制度に甘えていると、手痛いしっぺ返しが待っているけどね。国は生みの親みたいに甘くないんだよ。

 もし、さっき言った事が理由で軍に入るなら、俺は学生になった方がいいと思うよ。

 軍に入るならその後でも、充分間に合うと思うしね」


「すっごい国だったんですね。帝国では『弱い者は淘汰される』っていう考え方でしたから……」

「それはある意味、強い国づくりになるかもしれないけどね。ただし誰にも負けないカリスマ性を持った者が、統治している時に限っての話だと思う。

 だけど今回のような……いや、帝国の歴史を見る限り、その方法があっていたとは思えない。多分三代目辺りで方針を転換しないと駄目だったと思うよ。なにせ三代目以後、まともに帝位継承をできた皇帝はいないからね」

「鋭い分析をするんですね。これじゃ帝国は勝てない訳です」

「はは、これは社守軍師の受け売りだよ。

 さてアリエラ、鋭いと褒められついでにもう一つ。

 理由はさっきのだけじゃないだろう?

 一番の理由は『契約の主旨』がらみだよね。ちなみに俺達はアリエラ達の『契約の主旨』は、社守軍師から聞いて知ってるよ」

「アリエラ達の事、そこまでわかっているんですね。

 これじゃ隠し通す意味が無いですね」

「アリエラが素直に話してくれたら、俺達のも教えるよ。軍に入隊したら、この部隊で動く事になるだろうし、背中を預ける事になるからね」

 俺がそう言うとアリエラはようやく真の理由を話し出す。


「あの戦争が終わって、アリエラ達魔法使いがこの国に集まった訳よね。

 例え新たな国が攻めてこようが、一瞬にして跳ね返せるほどの力が、ここに集結している訳なのよね。

 その話を知っている人達は、絶対歯向かってこないと思ったの。

 だからアリエラは、もう軍に入って戦闘しなくてもいいと思った訳なの。

 でも、デ・モ・ヨ、アリエラ達を知っている人達が、今でも戦闘をしているのよ。アリエラ達が出て行けば、簡単にペチャンコにされちゃうのが、わかっているのにもかかわらずよ。

 最初の頃は、いろいろと理由もあるから仕方ないかなって、我慢をしていたけど……最近になって、アリエラも戦場に出ろって『契約の主旨』が言うの、アリエラが出て行かなければ『闘いが起きる前に止める』ことなんて出来ないって……だから軍に入ろうと思ったの」


「えっと……『契約の主旨』が喋るかどうかは別にして……やっと本音を話してくれたね。明姫を連れてこなかったのも、それを見破られないようにするためだったんだね」

「うん……」

 アリエラは小さく頷いた。


「さて『契約の主旨』を話す約束だったね。とりあえず俺は『争いを無くす』、それだけなんだ。単純だろう。

 鈴音の番だぞ、約束したんだから話てやれよ」

「いいのかしら、アリエラちゃんが怯えないかしら」

「ひえっ、鈴音姉さん……な、何を言うつもりですか?」

 アリエラは、どうにも鈴音が怖いようだ。これで鈴音の「契約の主旨」を知ったらと思うが、嫁と言われなくなりそうなので有りである。


「私の『契約の主旨』はね『兄さんと共に歩み、そして守る』なのよ。だからね、兄さんにちょっかいを出すと大変よ。これを知ってなお、嫁なんて言ったら……ふふふ……」

「ひっ、ひえっ、鈴音姉さん、ご、ごめんなさい。アリエラは二度とそんな事は言いません。い、今までの無作法、ゆ、許して下さい」

 涙目で謝るアリエラであった。まあこれはこれで可愛いので有りである。

 とりあえずアリエラが、今後いっそう素直になってくれる事を期待しよう。


 その後、書類作成を終えた俺達は大石原総長の下に行った。そして、アリエラの入隊届けを正式に提出し受理された。


「本当によかったのか、アリエラ」

「はい、神楽……兄さん」

 その言葉を聞いた鈴音の目尻がピクリと上がる。


「アリエラちゃん、嫁の次は兄さんと来ましたか……」

「ひっ、で、でも、鈴音姉さんのお兄さんなんだから、ア、アリエラからすれば神楽兄さんになるんです」

 俺としては「嫁」などと、訳のわからん呼び方をされなくなっただけマシなため、黙っていた。


「で……兄さんは何と呼ばれたいんですか?」

「へっ? 何で俺に話を振るかな……アリエラ、その件については、鈴音とよく話し合って決めてくれ」


 こうして怪しい火種とともに、既に配属されていたヘリオ・ブレイズに加え、アリエラ・エディアスの、独立魔戦部隊への配属が正式に決定した。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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