策略 16
10月3日 鈴音視点の地の文を変更しました。
「さて、兄さん行きますよ」
「神楽、さっさと行くぞ」
鈴音と彩華そういうと俺の腕をそれぞれ引っ張っぱる。
「ちょっ、こら二人共、引っ張らないで……とにかく落ち着いて行動してくださいよ」
だが二人は俺の話を無視して引っ張っていく。そのまま崩れ落ちた正門手前まで来ると、両脇に立つ近衛兵達が半ば涙目で、話しかけてくる。
「な、なんと言う事だ……」
「正門を……」
「いったい、何をしたんだ……」
そんな戦意を完全に喪失した近衛兵達に、彩華が足を止めて一言いう。
「斬った」
「……斬ったって……」
「あなた達が開けてくれないから、仕方なくですわ」
「それに、この程度の芸当ができる輩は、貴様らの軍にもおるだろう」
「……そんな奴は……」
「いや頭、神国の侍でも、こんな事できるのは頭ぐらいですよ。帝国の軍勢に手練がいると言っても、ここまでは……」
「こら頭はやめろ、普通に呼べぬか」
「例えば、山神の姐御ですか」
「いや彩華の姉貴だよ」
「うーん、単に姐御とか姉貴」
「山姉とか彩姉なんか」
「案外、彩華ちゃんとか」
「こら貴様ら、最後の方は主旨から外れたぞ。素直に山神大将とかいえぬのか……全く……」
「はい、大変失礼いたしました、彩華ちゃん!」
侍達が一斉に口を揃えた言ったとたん、彩華の顔が赤く染まる。
(……これは怒っているのかそれとも照れているのか……)
「き、貴様ら、全員ここに直れ! 刀の餌にしてくれるわ!」
「あっ、こら彩華、落ち着け、今は一応敵前だぞ。とにかく落ち着くんだ。深呼吸をするんだ」
「……ふう……」
(おっ、珍しく素直に言う事を聞いたぞ)
「どうだ、落ち着いたか」
「……ふう……いや、すまん、あまりの事に取り乱した」
「神楽の旦那、命拾いをしました。ありがとうございます」
「旦那って……まあいいや、先を急ごう」
このやり取りを見せられ、呆気に取られている近衛兵達を尻目に足を進めたその時である。
「待て、貴様ら、待つんだ!」
目の前に飛び出した近衛兵の一人が、俺達を制止しようと剣を構えた。どうやらこの近衛部隊の隊長みたいだ。
「ほう、今なお私を止めると……いい度胸だ」
彩華がそう言うと同時に刀を抜き、構えた。
しかし向き合った瞬間勝負はついたようだ。
「……山神彩華か……噂は確かのようだ、俺には万に一つも勝ち目がないな」
そういうと近衛兵は剣を下ろし道をあけた。
「ほう、一瞬で力量の差を見極め剣を退くか。なかなかできる芸当ではないな。
どうだ今降らぬか。悪いようにはせぬ」
「ありがたい申し出だけど……今は断らせていただく。その魔法使いの兄さん程ではないが、こんな俺にも、ちっぽけながら正義ってのがあるからな。
そうは言っても帝国が無くなったら、身の振りは考えるよ」
「そうか、残念だ。できれば先の案内……まあ、よいか。
今はここを通らせてもらう。構わぬな」
「ああ、案内は勘弁だが、行ってくれ……しかしこんなんじゃ、どっちが味方だかわかんねえな。
さて俺達は、領民達を誘導しよう」
混乱も落ち着き、無用な戦闘もなく、宮殿敷地内に入った俺達であった。しかし手厚い歓迎もなく、当然案内人も出てこない状況である。
宮殿内の敵兵がほとんどいない事に確証を持った俺は、追撃に対する防衛として侍達二個小隊を正門に残した。
「これじゃ、首謀者達は既に逃走した後だな。今更宮殿に行っても仕方ない。先に契約主達を探そう」
「そうね、兄さん。でもどこかしら。そもそもここにいるのかな? 首謀者達に連れ去られたのではないのかしら」
「よいか鈴音。契約主達は、皇帝暗殺の濡衣を着せられ、無実の罪で捕まっておる特別な罪人なのだ。当然首謀者達の目の届く範囲にいるはず。
人質として連れ出すにも、お人形とつながっておる。隠者の奴らは連れ回す訳にいかぬ。その上始末する事もできぬしな。
したがって間違いなくここにおる。
そんな事は少々考えればわかるはず。その神楽ボケした頭を、たまには働かせてみるのもよいぞ、鈴音よ」
「何ですって! 日照りが続くと頭の冴えも良くなるようね、彩華姉さん」
「なんと申した!」
「鬼姫ちゃん!」
『承知しました、鈴音様』
彩華は刀に手をかけ、鬼姫は戦鎚を取り出した。
「わぁ、だから二人とも、そういうのは全てが終わってから、じっくりと平和的に解決しましょう」
一瞬の間を置き、彼女達の間に漂う緊張した空気が解けた。
「……ふっ、神楽がそう言うなら、ここは一旦納める。よいか鈴音」
「わかってます。兄さんのためです」
「神楽……」
「兄さん……」
「最後まで見届けろよ」
「最後まで付き合っていただきます」
「ってか何故俺が……」
この作戦は決して終わらせてはいけないという事が、今の俺には完全に理解できる。
「でもそんな簡単に居場所はわからないよね……へへ」
「神楽、何を言っている」
「そうよ兄さん、私達の話を聞いてなかったの?」
「話って……聞くって……一体何を……」
二人の口が揃って開く。
「兵の詰所だ」
「兵の詰所に決まっているわよ」
「てか、なんであの会話でその答えが出てくるんだ? そもそもそんな簡単に見つかっては……困るし……」
「神楽、何をゴチャゴチャ言っておる。
そもそも詰所には四六時中兵がいて、一番警備と監視がしやすいところだぞ。鈴音もっと言ってやれ」
「はい彩華姉さん、普通そういうところの地下には、監獄が有りますわ」
「息ぴったりの回答、ありがとうございます。今後もその調子で、仲良くして下さいね」
「何を言ってる神楽、私達はいつでも姉妹のように仲が良いぞ」
「えっと、先ほどの一件は……仲が良いとは……」
「兄さん、何を言ってるの? いくら仲が良い姉妹でも、たまには喧嘩くらいしますよ」
「そうだぞ神楽、たまの息抜きのようなものだ」
「息抜きってお二人さん、普通の姉妹喧嘩って、武器に手をかけませんよ」
「あれは彩華姉さんと私の意思疎通の一つで、お互いを信頼する証です」
「そうだ、しかも行き過ぎが有れば、神楽が止めてくれるからな。鈴音も私も安心して憂さが晴らせる」
「それは、たいそう信頼をして頂き、ありがとうございます。
さて、噂の詰所はどの建物に有るのかな?」
『神楽君、あれだよぉ』
闇姫が、ここから三つ奥の建物を指をさしながら言った。
「えっと闇姫さん、何を根拠に……理由を聞くのが怖いのですが……伺いましょう」
『だってぇ匂いがするんだよぉ。おいしそうな食べ物の匂いがするんだよぉ。だからぁ、きっと誰かいるんだよぉ』
「犬ですか……そんな事と思った……」
「神楽、闇姫はなんと」
「三つ目の建物が詰所と……食べ物の匂いがするからと……」
「兄さん、どのみち先に進む訳ですから、行って覗いてみましょう」
「それもそうだな、行こうか」
俺達は手前の建家から、覗き込みながら足を進めた。
「手前は二つとも近衛兵達の兵舎のようだったな。さて次は闇姫お薦めの建家だ。確かになんだか良い匂いがしてきたな」
俺達は今までの建家の出入り口とは違う、大きく開かれた扉のない出入り口から中を覗き込む。
目の前には三十畳程の広さの部屋が広がる。中央には大きな机が一つと、それを囲むように二十脚程のイスがある。そして一番奥には、腰程の高さの細長い机が据え付けてあり、厨房機器が設置されている隣の部屋との仕切となっている。良い匂いの発生源はここのようだ。
「ここが詰所かな? 作りは食堂だよな」
「でも兄さん、詰所と食堂や休憩所を兼ねた施設かもしれません」
「神楽、奥も覗きに行くぞ」
『黒も賛成だよぉ。奥には絶対おいしいものが有るはずだよぉ。いっくよぉ』
『黒鬼闇姫さん、完全に目的を間違えてますわよ。全く、はしたないですわ』
「さあ兄さん、か弱い女性達を先頭にさせるつもりですか」
「こら鈴音、押すなって、そもそも彩華は俺の十倍は強いぞ」
「ほう、神楽には私が凶暴に見える訳だ」
「いや、そういう意味じゃないんだ」
「まあいい、全てが終わったら、それも含めてじっくりと話そう。違う一面の私が見れるかもしれぬぞ」
「全く、いつも兄さんがおかしなツッコミを入れるから、話が進まなくなるんです。
さっさと動いて下さい」
「って俺か? こら鈴音押すなって」
「いつも引っ張るなって言うから、押すんです」
念のため出入り口に侍を二人残す。そして部隊は鈴音に押し込まれた俺を先頭に、建物の奥へ進む。すると廊下の突き当たりに、下に向かう階段があった。
「当たりかな」
「神楽、これだけの建物だ。倉庫代わりの地下室くらいあってもおかしくないぞ
とにかく降りるぞ」
今度は彩華にせかされた俺達は、それぞれそこに置いてある洋灯を手に取り、火をつけて階段を降りた。
一階分降りたところで階段は終わり、奥に続く通路が現れた。
「さあ兄さん、どんどん進んで下さいよ」
「わかってるよ、だから押すなって」
「あの神楽の旦那、俺達が先頭行きましょうか」
気を利かしてか侍が話しかけてきた。
「あっ、大丈夫だよ。それにこういうところは、しんがりの方が危ないからね」
「旦那も面白い事を言いますね。
じゃあ、俺達は後ろを警戒しながら、ついていきます」
そしてまた鈴音に押される俺を先頭に、奥へと進んでいく。するとまた下へ向かう階段が現れた。
「やっぱり当たりかな。いかにもな作りだしね」
「兄さんが口を開くと長くなります。さっさと行って下さい」
「こら押すなって、落ちるだろう」
一階分階段を下りると、また階段は終わり通路になった。
俺達は通路を更に進む。
「普段なら、要所要所に警備の兵がいるんだろうけど、みんな逃走したのかな。俺達にはありがたい事だね」
「神楽、また階段だ。一体どれだけ下るんだ」
そんな事を繰り返し地下五階まで下った時、目の前に金属製の扉が現れた。
見た目ほど重厚な作りでは無かったのか、俺が取っ手を回すと、軽い音と共に簡単に扉は開いた。
中を覗くと、鉄格子の壁が目に入る。
「どうやら大当たり、間違いないみたいだ。闇姫、やったね」
『神楽君、そんなの当たり前の事で、なんで喜んでるのぉ。黒に任しておけば、間違いないんだよぉ』
『了解です、闇姫さん。今後も正確な導きをお願いします』
『神楽君、それって嫌味っていうやつだよねぇ。
黒だって、時には怒るんだよぉ』
『闇姫さん、なんだかいらついてますね』
『黒はお腹が減ってるんだよぉ。そういう時の黒は、怖いんだよぉ。黒がもっと黒くなるんだよぉ』
『それは困ったな。闇姫はお腹が空いたか……そうだ、これをあげるよ』
俺は携帯食料を取り出し、闇姫に渡した。
『おぉ、良いもの持ってるんだぁ。さっすが神楽君。黒の手懐け方をよくわかってるねぇ。やるねぇ』
『って闇姫さん。手懐けるは自分自身に言わないですよ』
「兄さん、闇姫ちゃん、何をしているのですか。皆さん待ちくたびれてますよ。いい加減に核心部に向かって行きますよ」
「悪かった。だから押すなって……」
その時、奥の方からガチャガチャと金属のぶつかる音が響きながら近づいてくる。どうやら残っている……いや見捨てられた二人の近衛兵のようだ。
「貴様ら何者だ」
「俺達は神国天ノ原の者だ」
「馬鹿な……」
「あなた達、見捨てられたみたいですわ」
「何を言うか」
「上には誰もおらぬぞ」
「戯れ言を……」
「帝国の魔法使いはこの奥にいるのか?」
「知っていても、貴様らに……なに!」
ゴン! ガン! ……ガシャン……グシャン
俺の両脇を侍達が素早くすり抜け、鈍い金属音を響かせ、二人の頭部に刀の峰を打ち込んだ。鉄兜で守られているとはいえ、その衝撃はかなりのものだったらしく、二人はその場に崩れ落ちた。それを見た侍は手際よく縄で拘束した。
「旦那、見てると危なっかしいんで、申し訳ないと思いましたが、手を出させていただきました」
「ああ、気にしないでくれ。この奥に契約主がいる事がわかったからね。
それにしても見事な動きだね。機会があったら手ほどきしてほしいよ」
「旦那、だめですよ、俺達の仕事が無くなっちまう」
足を進め、丁字路の突き当たりで左右を見ると、それぞれに小さな窓がついた扉が一つあった。
俺達はまず右側の扉の前まで行き小窓から覗いた。
四畳半程の広さの部屋の中央にぼろ布のような小さなかたまりがある。しかしよく見ると、人の形をしている。ぼろ布に見えたのは拘束衣のようだ。その外観は鈴音よりひと回り、いやふた回り近く小さい。多分白輝明姫の契約主だろう。
「おい! 大丈夫か? 助けにきたぞ!」
俺が小窓から話しかけると、小さく体を動かし反応した。しかし声は聞こえない。頭に被されている覆面が、目隠しと猿ぐつわになっているのだろう。
「とにかく扉を壊して助け出そう」
「兄さん、ちょっと待って」
「なんだ」
「彼女達がここに拘束されてどれくらいになると思います」
「明姫達が来たときからだろう、二日いや三日目か」
「多分、これまであの格好のままよ……お手洗いとかにも……拘束衣の中は……」
「あっ、俺達は向こうを見に行ってくる。こっちは鈴音と彩華に任せる。っと彩華、とりあえずあの扉だけ斬ってくれ」
「鈴音ではなく、私なのだな、神楽」
「えっ、あっ……あの彩華さん、今は一応緊急事態ですので……えっと鈴音には、なんだ……鬼姫に……そう、ほら、下着とか取ってきてもらわないと……男物も頼むよ」
「今は何も言ってません。全て終わってからのお楽しみに取って置きますわ、兄さん」
「えっと、とにかくお願いします」
俺達男四人と彩華に闇姫は、もう一方の扉の前に行き、小窓から中を覗いた。やはり同じように、拘束衣を着せられた人が横たわっていた。
「神楽、下がっていろ」
俺が下がると彩華の斬撃が監獄の扉を切り裂いた。
「では神楽、私は鈴音を手伝いに戻るぞ」
「ありがとう、彩華。
さて闇姫、今から俺の部屋に飛ばすから鬼姫の手伝いをしてきてくれ。それと秘密のおやつ箱からなにか食べ物を持ってきてくれるとありがたい」
『神楽君、なんで黒の秘密のおやつ箱を知ってるのぉ。覗いちゃ駄目なんだよぉ』
『だって、ちょっと前に闇姫が嬉しそうに見せてくれたんだよ。「これ黒の秘密のおやつ箱だから黙って食べちゃだめなんだよぉ」ってニコニコしながら』
『覚えてないなぁ……まあいいかぁ、今回は許すよぉ。じゃあ行ってくるねぇ、よろしくぅ』
『頼んだよ、闇姫』
俺は闇姫を自室まで飛ばした後、監獄内に入り、横たわる人物に話しかける。
「俺は神国天ノ原、独立魔戦部隊、筆頭魔術師天鳥神楽です。
白輝明姫ならびに金剛輝姫の願いを受け、契約主であるあなた達を助けにきました。あなたはヘリオ・ブレイズですか。ここまで理解できたら、首を一回縦に振って下さい」
すると横たわる人物は一度うなずいた。
「今から覆面を外します。目はゆっくりとあけて下さい」
俺はそう言うと、洋灯の明かり一つを残し、ヘリオ・ブレイズの覆面を外した。そして彼の口から猿ぐつわを外し、詰められているものを取り出した。
彼はゆっくりと目を開け、辺りを確認した後、口を開き弱々しい声で話す。
「皆さん……敵である私達を……ありがとう……本当にありがとうございます。
……ゴホッ……ところで……皇帝陛下暗殺の……ゲホッ……」
「三日ぶりに声を出すのだ、無理をしては良くない。今は休みなさい。
今、俺達のお人形が着替えとなにか食べ物を取りに行ってる。着替えて落ち着いたら、金剛輝姫を呼ぶといい。彼女も喜ぶよ。
それと皇帝暗殺は……首謀者達は残念ながら取り逃がしたようだが、神国の俺達がここにいる。この意味はわかるね」
彼が一つ頷いたところで、俺達は闇姫達の到着を待った。
彩華が牢獄の扉を斬った頃、鈴音の方も鬼姫が扉を斬り終わっていた。
「さて鬼姫ちゃんは、私の部屋から着替えの下着を取ってきてね。兄さんの部屋から男物も取ってきてよ」
『鈴音様、いよいよ例の凄いのを……彩華様は強敵ですから、ここで勝負をかけるのですね。しかし神楽様のは見た事無いので……行けばわかるのでしょうか……と、鈴音様……なに怒って……』
『鬼姫ちゃん、何を勘違いしているのかしら。
何で私が適地のど真ん中で、いかがわしい格好で勝負をしないといけないのかしら? そもそも鬼姫ちゃんは何を聞いていたのかしら? これはお口だけじゃなくて、お耳も指導が必要かしら』
『すみません……ごめんなさいです。
ところで大きさはどうでしょうか』
『確かに……下は良いとしても上はねぇ……とりあえず、一番小さい物を持ってきてね。あと大きなタオルを何枚か。服は前に着ていた物がしまってあるから、それを持ってきてね。それと男物も適当に、鬼姫ちゃんならやれるわね』
『大丈夫……かと……では、お願いします』
怪しい打ち合わせが終わると、私は鬼姫ちゃんを部屋に飛ばしました。
「お前達、何をゴチャゴチャやっていたのだ」
「えっ、彩華姉さんわかったの?」
「いや、そんな雰囲気が漂っていた」
「そのうち彩華姉さんには、何を話しているのか、わかっちゃいそうですね」
「それはそれで面白そうだ。さて入るぞ」
解放された牢獄に彩華姉さんと共に足を踏み入れ、横たわる人物に声をかけます。
「私は神国天ノ原、独立魔戦部隊、魔術師天鳥鈴音です。
白輝明姫ならびに金剛輝姫の願いを受け、契約主であるあなた達を助けにきました。あなたはアリエラ・エディアスですか。ここまで理解できたら、首を一回縦に振って下さい」
するとその人物は、待ってましたとばかりに何度も首を縦に振ります。
「えっと……返事は一度で大丈夫です。明姫ちゃんに言われませんでしたか。
それでは今から覆面を外します。慌てないでゆっくりと目をあけて下さい」
先ほどの件もあり、私は注意を促します。
ゆっくりと覆面をめくり上げると、まだあどけなさが残る顔が徐々に現れます。
と、ここで彼女の見開いた全開の目と私の目が合いました。
(……こいつ絶対に素直じゃない……)
などと思う心の叫びはさておき、私は完全に覆面を取り、猿ぐつわを外しました。その時、彼女は口から何かを吐き出し、解放された口で騒ぎ出します。
「一体なんなの、ナ・ン・ナ・ノ・ヨ!
なんで、ド・ウ・シ・テ・私がこんな目に遭わなきゃいけないのカ・シ・ラ!
あんた、何にか聞いていないのカ・シ・ラ!
……ゲホッ……ゲホッ……ゴホッゴホッ……アァ……なんなの・ヨ! ……ゴホッ……」
私は猿ぐつわを外した事を後悔しました。
「お前、アリエラと言ったな。馬鹿ものが、三日程まともに喋っておらぬのだぞ。
いろいろと言いたい事があるのもわかるが、一気に喋ると、喉を潰すぞ!
申し遅れたが、私は神国天ノ原、侍大将山神彩華だ。
しかし、助け出した者にその態度は、気に入らぬ。この礼儀知らずが! しっかり詫びてみせろ!」
「彩華姉さん、まあ落ち着いて下さい」
「ご、ごめんなさい……ゲホツ……助けてくれてありがとうございます……ゴホン」
彩華姉さんに諭され、アリエラちゃんの口調が変わりました。
(……案外素直なのか……)
「やればできるでないか。まあ今はしっかり休むがよい」
「あの……ヘリオ先輩は……皇帝陛下のゲホッ……」
「無理しなくて良いわ。ヘリオ・ブレイズは、一緒に来た兄さん……男達が助けてるわ。アリエラちゃんの今の身なりを、男達に見せる訳にはいかないでしょう」
「皇帝暗殺の首謀者達は、残念だが取り逃がした」
「えっと天鳥鈴音さん……山神彩華さん……お気遣いありがとうゴホン……帝国はどうなったのですか」
「無理に話さなくて良いわよ。後でゆっくり話しましょう」
「今、神国の私達がここにいる。それが全てを物語っている」
アリエラちゃんは一度頷くと静かになりました。
「もうじき私達のお人形が着替えと食料を持ってくるわ。
着替えと軽く食事をすまして落ち着いたら、白輝明姫ちゃんを呼ぶといいわ。彼女もアリエラちゃんが呼んでくれるのを待ってるわよ」
「本当に皆さん、ありがとうございます……コホン……敵である私達のために……明姫姉……もうちょっとの辛抱だよ……ケホッ」
そういうとアリエラちゃんの目から、一筋の涙が流れ落ちました。
読み進めていただき、ありがとうございます。