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策略 15

「皇帝陛下はご無事なのか?」

「皇帝陛下が暗殺されたって本当なのか?」

「クーデターが起きたらしいぞ」

「近衛の方々、何か知らないですか?」


 俺達が宮殿前の広場に到着すると、噂を聞きつけた帝国領民達が集まり、その真偽を確かめようと、近衛達に詰め寄りちょっとした騒ぎになっていた。

 おかげで俺達は目立つ事無く、第三砦から派兵された部隊と合流できた。

 しかし侍達は変装のため帝国警備兵の出で立ちである。当然領民達から噂について質問攻めにあっている。

 もっともそれに答える義務はないので、適当にあしらい俺達は宮殿正門付近まで足を進めた。ここでようやく俺達の不審な行動の気が付き、こちらに向かってきた近衛兵達に止められ、そして尋問を受ける事となる。


「ここは一般警備兵に無縁のところ、一体何用だ。

 所属と氏名を明かせ!」

「ほう、私に名乗れと……この黒髪、名刺代わりにならぬか。神楽に比べて、私はまだまだだな」

「彩華、それでわかったら、ここまで来れないよ。それに俺も一人じゃ、無名だよ」

「確かにな。ふっ、お互い、まだまだのようだな」

「兄さん、こっちです。兄さんの席はここなんです」

 突然鈴音が腕を引っ張り、俺と彩華の会話を遮る。

「って、こら鈴音……引っ張るなって……」

「貴様ら何をゴチャゴチャやっている。さっさと名乗らんか!」

 しかしさすが彩華の選んだ精鋭達である。この状況に置かれても一切動じる事無く、俺達の漫才……いや、やり取りを面白がって見物している。



 その一方、宮殿正門で神楽達が起こした騒ぎを知ってか知らずか、宮殿内も騒ぎとなっていた。


「何故じゃ、どうしてこうなる。これでは俺達が反逆者ではないか」

「ストントーチ参謀長、これは予想の範囲である。そもそも皇帝陛下暗殺に関しては、噂として広まっているにすぎない。

 確かに最終で予想外の動きが重なったが、まだ充分巻き返す事はできる。

 既に皇帝の嫡子は逃がしておるしな。

 俺達も敵の攻勢が始まる前に退去するぞ」

「そもそもあやつじゃ。ガードナー参謀じゃ。あやつの計略が最終段階で全て裏目に出おったのが原因じゃ」

「あら、全ては私に非があると、ストントーチ参謀長殿はおっしゃりたいのですか」

 ガードナー参謀が旧謁見の間に入ってくるなり反論をはじめる。


「確かに、最終の読みを間違えたのは認めます。

 私はあの場面でヘリオ・ブレイズ中将、アリエラ・エディアス少将待遇が逃亡を選ぶと考えておりました。そうすれば神国の魔法使いといずれぶつかり、忌々しい者どもを消し去れると考えていたのです。

 結果は見事裏切られました。今も言ったようにこれについては、私の力不足でした。

 だからと言って、全てを押し付けられても困ります。

 あれ以降、私は対応策を打ち出す任から外されていたのですよ。

 今、進行している事は、あなた達の打ち出した対応策が有効に働いていない事を、意味しているのですよ。もっとも対応策を打ち出していたのですか? 何もしていなかったのでは?

 そもそも新皇帝が擁立されるまで、敵襲が無いなど……」

「ガードナー参謀、口がすぎるぞ。立場をわきまえよ」

「これは失礼いたしました、ナイグラ元帥閣下。

 さて、必要とされていない私は、出て行きます。

 そうそう、先ほど物見からの知らせが届いたのですが、どうやら宮殿正門前に神国の軍勢が来たようですわ。何でも敵ながら帝国兵のあいだにまで名の知れた女侍と、魔法使いらしい者もいるとか……では、ごきげんよう」

「あっ、待つのだガードナー参謀……」

 しかし、ナイグラ元帥の制止に耳を貸す事なく、彼女は出て行った。



 ガードナー参謀が宮殿を後にした頃、宮殿正門前では、相変わらず緊張感の無い会話を続ける神国の軍団であった。しびれを切らす近衛兵達をあざ笑うかのように、彩華と近衛兵達の押し問答が続く。


「本当に私を知らないのか?」

「だから所属と名を名乗れと言っている」

「だが、私に名乗らすと、お前達が後悔するぞ」

「何を訳のわからん事を言っている。そもそもお前達一般警備兵の名を聞いて、なぜ近衛の俺達が後悔するんだ。とにかく名乗れと言っている」

「だから、黙って私達を通した方が良いと思うぞ」

「なあ彩華、おかしな押し問答をやめて、名乗ってやれよ」

「いや神楽、そうは言っても、自分で名乗るのは照れくさい」

「なるほどそういう訳ですか、彩華さん……何でしたら俺が変わりましょうか?」

「だから、兄さんの席はここなの!」

「こら鈴音、引っ張るなって……そうだ、いっそ呼んじまおうか」

「いやまて神楽、呼ぶのは私が名乗ってからだ」

「じゃあ、腹を決めたか? いよいよ名乗るのか?」

「馬鹿、茶化すな、やめろ神楽、緊張するではないか」

「なあ、貴様らいい加減にしてくれ、しかも領民まで混ざって何を考えている。これ以上は我慢できんぞ、逮捕するしかないぞ」

 しびれを切らした近衛兵が強行に出ようとしたとき、彩華が名乗りを始める。


「わかったわよ。照れくさいが仕方ない。

 私は神国天ノ原、侍大将、山神彩華だ。

 そしてここに控えるは、私が選び抜いた精鋭達十七名。これでよいのか」

「俺は神国天ノ原、独立魔戦部隊、筆頭魔術師天鳥神楽だよ。

 さあ、おいで黒鬼闇姫」

「私は神国天ノ原、独立魔戦部隊、天鳥鈴音です。

 いらっしゃい銀界鬼姫ちゃん」

 俺達が名乗ると、空白の間ができる。無理もない、近衛兵達にとっては俺達がここにいるという事が、非現実的な事態なのである。


「はい? って……」

「ちょ、ちょっと待って、そんな冗談は……」

「なんで神国軍が……って、しかも山神彩華って……それに魔法使いまで……」

「……いや待て、お人形がいないぞ」

『やっほぉ、来たよぉ神楽君』

『お待たせいたしました、鈴音様』

「げっ、現れた……って、やっぱり本物……」

「……と、とにかく……敵襲! ……敵襲だ!」

「大騒ぎになってしまった。だから、黙って通せと言ったのだ。

 ところで神楽、彼らは私の名前を知っていたようだ。魔法使いと一括りにされたお前と違ってな。

 まあ、私も捨てたもんじゃないな。神楽も私を見習い、精進しろよ」

「えっと……彩華さん、なんと言いますか、論点が間違っているような気がしますよ」

「そうですわ、彩華姉さん。私達は訳のわからない事で有名になろうと思っていませんわ。

 兄さんも、今は隊長なんですから、情けない姿を見せないで下さい」

『さすが鈴音様、愛の鞭でございますね』

『鬼姫ちゃん、出てくるなりそれですか。よっぽどお口が暇してたんですね』

『ごめんなさいです』

 緊張感のない俺達はさておき、周りは近衛兵達の叫びを聞き、広場に集まっていた帝国領民達は混乱状態となっていた。辺り構わず走り回る者、泣き叫ぶ者、わめき散らす者、全く動けなくなってしまった者など、その様子はさながら地獄絵図であった。

 そんな中でも近衛兵達はその人数を増やし、領民達を制する事もしないで、俺達の包囲をはじめる。


「近衛兵達め、今は領民達を落ち着けるのが先決だろう。

 全く……俺達が領民の混乱を治めないと駄目だな。

 闇姫、手伝ってくれ」

『りょーかぁい、どぉーんとこいだよぉ』

 俺は「命の糸」を闇姫とつなぎ、これから述べる口上の効果を魔力によって増幅すると同時に、照れを抑える。


「静かに! 皆さん落ち着いて下さい」

 俺の第一声が広場に響き渡り、領民達のざわめきが途切れる。今俺の声は魔法によって音量を増幅すると同時に、民衆を落ち着かせるための暗示が乗せてある。もっとも人心を掌握する魔法は、非常に高度なもののため、これだけの人数には効果は薄い。したがってこの暗示も、無いよりましといった程度のものである。


「我は神国天ノ原、独立魔戦部隊筆頭魔術師、天鳥神楽である。

 まずは我ら、帝の言により無用な戦闘をかたく禁じられておる。よって戦闘の意思なき者には、手を出さぬ事を約束する。領民の方々は落ち着いて行動するがよい。

 此度の我らの目的は戦闘にあらず。

 巷を流れる噂は真実であり、今もなお無実の罪で拘束されている帝国の魔法使いを、我らの仁と義をもって、解放する事にある。

 近衛の者は直ちに武器を退き、この門を開門せよ! 我らの望みは無血の開門、そして解放である!

 その上で我らの正義は、敵主君といえども謀殺した輩を決して許さぬ。それに加担し、我らの行く手を阻む輩も同罪である。我らは刀となり遠慮なく成敗いたす。

 今一度言う。我らの望みは無血の開門と解放である!

 今より五分待とう。返答無き場合は、強行させていただく」

 俺の口上が終わると、彩華が侍達に告げる。


「お前達、刀を下ろせ。我らは招かざる客だ。一歩下がらねば奴らも休めぬ」

「しかし、よろしいのですか」

「大丈夫だ、今は神楽達が守ってくれておる。

 我ら護衛としては、情けない事だがな」

 彩華がそう言い終わると、侍達は刀を鞘に納めた。


「さて近衛の方々、我らは武器を納めたぞ。お主達も納めぬか。

 それともこのまま五分を待って、敵として私に斬られるか? 

 先に言っておくぞ、私を斬れると思っているのなら、それは間違いだ。私は強いぞ」

「あっ、こら彩華、近衛達を挑発するなって」

「何故だ? 私はこういう台詞を一度言ってみたかったのだ」

「その彩華さん……強いのは認めます。でも何もこの場で言わなくても、いいと思うのですが……」

「何を言う神楽、緊迫した場面だからこそ、いいのではないか。

 それともなにか、訓練中に言えとでも」

「いやだから、そうじゃなくて……そういう事は、敵を挑発するべき場面で言ってもらわないと……今は挑発する時ではないです」

「兄さん、いい加減おかしな漫才はやめて下さい! 近衛の方達も対処に困っています。

 それに兄さんの席はここです。何度も言わせないで下さい」

「こら鈴音、引っ張るなって」

「ほう鈴音、お主の漫才こそ、近衛の方々が反応に困っているぞ」

「なんですって、例え彩華姉さんでも……」

「わぁ待った、待った、二人とも待った。侍の皆さん方も困ってますよ。

 とにかく話の続きは帰ってからお願いします」

「わかりましたわ、早く終わらせましょう」

「わかった、一気に片付ける」

 俺はこの時、この任務が一生続く事を願ってしまった。


『ねぇねぇ銀ちゃん、今のは大人の会話なのかなぁ。黒は全くついて行けなかったよぉ』

『愛と憎しみが交わる、ドロドロとした大人の恋愛関係のお話ですから、黒鬼闇姫さんにはちょっと難しいかもですわ。

 今のところは鈴音様が一歩出てますが、彩華様の攻勢もこれからのようですわね。今後の展開が見逃せませんですわ』

 それぞれの思いがこもった五分間であった。


「さあ、兄さん五分経ちましたよ」

「神楽、しっかり頼むぞ」

 生き生きとした二人と反対に俺は、おかしな重圧に押しつぶされそうである。

 とは言っても、今は作戦を先に進めるしかない。しかたなく俺は闇姫に「命の糸」をつないだ。



 少々時間を遡り、神楽が正門前で領民達の混乱を鎮め口上を述べだしたころ、宮殿内では新政権樹立の構想が完全に瓦解した軍部に、追い打ちをかける知らせが入る。


「ただいま光信号により報告がありました。

 国境の主要三砦が神国軍により包囲された模様です。砦内においても例の噂の真偽を巡り、兵士達が浮き足立っております。更には魔法の恐怖に怯え、戦闘にならない状況になっている模様。事の真偽と援軍の要請が入っております。

 それから更に領内二箇所で、大隊規模の神国軍が蹂躙している模様です。これに対し追跡をかけておりますが、未だにその軍勢を捕らえる事ができません」

 黙って報告を聞いていたナイグラ元帥が、静かに口を開く。


「ストントーチ参謀長、ここまで矢継ぎ早に手を打たれては、いかんともしがたい。

 わずかな狂いがここまで響くとは……儂らは鉄の意思を持って決起したはずが、脆いものであるな。

 残念だが、ここは一旦退くしかないの。

 伝令、全ての兵達にはこう伝えよ。『長きに渡り続いた戦争は、まもなく終結するであろう。折りをみて投降せよ。我らは必ず決起する、その時まで堪えよ』と、頼んだぞ」

「ナイグラ元帥閣下、捕らえた魔法使い共はどのようになされますか?」

「捨てておけ。奴らは人形と繋がっておる。連れて動く訳にはゆくまい。かといって始末もできぬし、人質にもならぬし、全く困った存在だ」

「了解いたしました」

 そう言うと伝令の兵は下がった。


「神国の奴らが、人形を破壊してくれればよかったのだ。

 今更愚痴を言っても仕方無いな」

「ナイグラ元帥、残念です。

 せめて新皇帝が擁立できておれば……今は魔法使いに攻め込まれる前に、退去するのが得策でありますね」

「儂らについてきた兵には辛い思いをさせるが、彼らの涙は新皇帝を擁立し再決起の後、笑顔に変わろう」

「事には波があります故今は引き潮時、必ずや満時が訪れるでしょう」

「儂らについてくる者どもに伝えねばな。

 のろしを準備せよ。ここを放棄する」



 この言葉を最後に、ナイグラ元帥をはじめとするクーデター首謀者達と、それに追従する兵士達は、地下に張り巡らされた脱出路の迷宮に、次々とその姿を消していった。

 その頃、宮殿正門前では、約束の五分を過ぎたため、神楽が近衛兵達に返答を求めた。



「約束の五分を過ぎた。ただちに開門せよ。

 返答無き場合は、押し通らせてもらう。

 今一度言う、ただちに開門せよ」

 問いかけに対して返答が無い。


「なあ神楽、様子がおかしいぞ。

 なんと言うか、人の気配をほとんど感じない。

 そもそも物見の塔に人影が無いのはおかしいぞ」

「確かにそうだな。ちょっと確認してみるか。

 闇姫、中の様子がわかるか?」

『神楽君、それならお星様に聞けばいいんだよぉ』

『って、あれですか?』

『そうだよぉ、これよろしくねぇ』

『他に……もういいです……』

 わき上がる怪しい感情を抑え、俺は「印の舞」を行い、呪文の詠唱をする。


「お空に輝くお星様

 私に見せて下さいな

 たくさん教えて下さいな

 お願いきいて下さいな」

『お星様の千里見聞録』


『どうだ、闇姫』

『神楽君、失敗かなぁ。中には、黒が数えれるくらいしか人がいないよぉ。みんなどうしちゃったのかなぁ』

「やっぱりか。

 近衛の方々、中はもぬけの殻のようだぞ。お主ら見捨てられたんじゃないのか? 俺達は何もしないから、確認してこいよ」

「そのような戯れ言、騙されぬ」

 相変わらず、仕事熱心な近衛兵達である。


「気が進まないけど、俺達で門を壊すしかないか……」

「じゃあ、仕方ないわね。鬼姫ちゃん、門を斬っちゃって」

『承知いたしました』

「ちょっと待て鈴音、その役目は私が適任だ」

「私が先に申し出たのです。彩華姉さんは、大人しくしていて下さい」

「斬るなら私の仕事だ」

「いいえ、鬼姫ちゃんです」

「ええい、もう……どけ、近衛ども!」

「鬼姫ちゃん、やってしまいなさい!」

 双方退かず、彩華は刀を鬼姫は巨大な両手剣を同時に抜き、そして振り下ろした。

 二人の放った二本の斬撃が、たじろぐ近衛兵達の間をすり抜け、宮殿正門に向かって一直線に飛んでいく。そして二本の斬撃は音も無く、金属で作られた門に切り込みを入れ消える。


 グァッターン。グァァーン。ドグォゴォーン。


 広場を地響きで揺らしながら、三つに切り分けられた重厚な門が崩れ落ち、俺達の目の前に宮殿への道が開いた。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

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