策略 14
「既に戦略的、戦術的な勝敗は決した。この後は一手一手詰めていくだけ。
作戦と言っても、圧倒的な戦力での力押しとなる」
社守軍師の呟くような声が、静まり返った会議場に小さく響きながら、作戦の説明に入った。
「この軍議後、直ちに独立魔戦部隊の両名は帝国本拠地である『トゥルーグァ宮殿』に向けて出発してもらう。これには山神彩華侍大将を始めとして侍一個小隊を護衛として随伴する。道案内は忍女が合流地点で待機している。
それと同時に第三砦から侍二個小隊を『トゥルーグァ宮殿』に向かわす。
双方現地にて合流後、独立魔戦部隊筆頭魔術師、天鳥神楽を隊長とし、『トゥルーグァ宮殿』を制圧する。
なおこの部隊を今作戦における主部隊とする。
ふふ……いいわね神楽ちゃん、一番乗りよ……うふふ……男の子って、征服したときの達成感が好きなんでしょう……ふふ……あたしは女だから、征服されちゃうふりをする喜びは知ってるけどね……うっふ……鈴音ちゃんや彩華ちゃんもきっと……ふふふ……」
「社守軍師……、征服する喜びは認めますけど、一応会議中ですので、この辺りでご勘弁を……」
俺がそう言って、議場を見渡すと引き合いに出されて、その上「ふり」は図星だったのか、鈴音と彩華が照れくさそうにうつむいていた。その姿を見たとき、俺はちょっとだけ寂しくなった。
「少々取り乱したようで失礼した。
さて、後方支援、陽動については、第一砦から第三砦まで、それぞれ別命ある部隊を残し、主力部隊全てを直前の帝国側砦まで進軍させ、こう着状態を作り出す。
それと同時に、陽動として第一砦、第三砦から一個大隊を別動隊として送り込む。それぞれ山中の迂回道を使い帝国砦を迂回、その後帝国領土内を走破し、帝国内の軍勢を引きつける。
陽動部隊は、余分な戦闘は一切無用である。足を止める愚を犯してはならぬ。速力こそ最大の武器であり、帝国軍を翻弄せよ。そして一番重要なのが、敵を引きつけたのを見計らい、部隊を転進させる時機の見極めができる隊長を要すること。転進が早すぎれば陽動、囮の効果はない。遅すぎれば部隊は挟撃され全滅する。それをふまえた上で、適任者を選び出すこと。以上」
社守軍師が作戦の説明を終えると、大石原総長が質問する。
「社守軍師、敵砦の戦力が陽動部隊討伐に向かう事はないのか?」
「うふふ……心配ないわよ、総長さん……ふふ……あたし、本殿を出る前に、帝国の間者にこう言ったの……うふ……『帝国のお人形が投降したの、だからこの機に帝国の三つの砦を落とします』って……ふふふ……そおしたら、その間者、慌てて報告に行っちゃったわ……ふふ……だからね、陽動とわかっている部隊に、本隊を向かわせたりしないわよ……それに、周りをこっちの主力に囲まれたちゃってるんだからね……ふふ」
「社守軍師……その、主力部隊も帝国側に比べて人数的、さらには地形的にも不利だが大丈夫か?」
「失礼しました、大石原総長。また取り乱していたようです。
それにつきましても、私の間者がそれぞれの砦に『軍事政権樹立のため、軍上層部によって皇帝が暗殺された。その犯人として、帝国の魔法使い達が濡衣を着せられ逮捕された。今、敵の魔法使いが現れたらなす術なし』と触れ回っております。
それこそ砦を包囲した時点で、投降してくる可能性もわずかですが、有ります。
また、これは包囲作戦開始とともに各所で流布いたします。奴らにとって皇帝暗殺の一件は、まだ帝国領民に隠しておきたいこと。こちらが黙っていると、我らの進攻によって殺害されたとするはずです。したがってここは先手を打ち、こちらから先に噂として広めてゆきます」
「なるほど、用意周到じゃな。
帝、いかがなされますか」
「よし、作戦の発動を許可する。各責任者はただちに人選を開始せよ。社守軍師の承認を得た後、各所に通達せよ。なお光信号の使用を認める。
天鳥神楽をはじめとする主部隊は現地で加わる、第三砦からの二個小隊の人選がすみしだい、帝国本拠地『トゥルーグァ宮殿』に出発せよ。
敵砦攻略の主戦力部隊は、明日午前六時に出発する。
陽動部隊は、行動開始地点で待機の後、敵砦包囲完成の知らせを受けた後、行動開始せよ。以上である。
この作戦の成功により、長きに渡り続いた戦争は終結するであろう。
ここに至まで、俺達は多くのものを失った。
よいな、既に勝敗は決しておる。蛮勇は犬死にと同じである。生きてこそ、次の時代へ行けるのだ。
そして敵を思いやれ、無駄な血はこれ以上必要ない。
皆で生きて、次なる時代を謳歌しよう!」
「おぉ! 天ノ原、弥栄! 弥栄! 弥栄!」
帝の言葉を聞き終えると、議場内いるもの全てが立ち上がり、一斉に声を上げた。
それを合図に軍議が終わり、準備のため早々に議場から退室しようとする俺達を彩華が止める。
「神楽、小隊選出後、社守軍師から承認を頂きしだい詳細を伝えに行く。それまで部屋で待機していてくれ……」
「ああ、了解した。
ん、他に話が有るのか?」
「あっ、いや……」
「兄さん、ほら早く戻りますよ」
「あっこら鈴音、ごめん彩華、後でな……」
彩華のもの言いたげな態度が気になったが、会話に割り込んできた鈴音に腕を引っ張られて、強引に連れ出されてしまった。
そして俺達は部屋に戻り出発の準備を始めた。
「まあ、準備っていってもな……ところで鈴音、さっきのは、その、なんだ……彩華にちょっと失礼だったのでは……」
「あら、そうでしたかしら。それはすみませんでしたわ。
でも兄さんはいつものんびりしてるから、準備が遅くなると作戦に影響しちゃいますからね」
『神楽様、鈴音様のお気持ちもわかってあげて下さい。
愛する方が目の前で、最大の敵とお話しているんですよ。防衛本能がハッ……』
突然口ごもった鬼姫の視線の先には、当然目尻をつり上げ、不自然な笑みを浮かべる鈴音がいる。
『本当に鬼姫ちゃんは、いつになったらお口の聞き方を覚えるのかしら』
『ご、ごめんなさいです』
と、ここで毒気を抜く、闇姫の怪しい歌声が耳に入ってくる。
『おやつ、おやつ、三時のおやつを持ちましょう。神楽君、おやつ持ったぁ?』
『出たな、食いしん坊闇姫、でも今回闇姫達は、俺達が呼ぶまでここでお留守番だよ。それと明姫達は契約主を開放したらすぐ呼ぶから、それまで待っていてくれ』
『えぇじゃあ黒達はおやつは無いのぉ、お弁当も無いのぉ』
『そこは大丈夫、食堂のおばちゃんに、闇姫達が来たら、特別なのを出すように言っておいたから』
『わぉ神楽君、さっすがわかってるぅ』
『黒鬼闇姫さん、本当にあなたは、はしたないですわよ。白輝明姫さんや金剛輝姫さんも笑ってますよ』
『あらら、お姉さんは笑ったりしませんよ』
『お主らが残……いや痛い娘達とわかっておるでのう』
『えぇ金ちゃん何を言ってるのぉ、わけわかんないよぉ。だって黒はどこも痛くないんだよぉ、痛いのは銀ちゃんなんだからぁ。だってねぇ、いつも鈴音ちゃんに「ゴン」って、されてるからねぇ』
『黒鬼闇姫さん、あなたは馬鹿にされている事がわからないのですか』
『えぇ、そうなのぉ。全然気が付かなかったよぉ。
じゃあ、そんな事言っちゃいっけないんだよぉ、鈴音ちゃんに怒られちゃうんだよぉ』
『闇姫ちゃん、私は怒りません。もうあきらめています』
その時、扉を叩く音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼する」
扉を開けて彩華が入ってきた。
『鈴音様、超弩級の敵が来襲です』
『鬼姫ちゃん、何か言いましたか』
『いいえ……ごめんなさいです』
「先ほど、私を筆頭に六名、独立魔戦部隊の護衛部隊として申請通り承認された。あわせて第三砦からの二個小隊十二名も承認された。
集合は裏門前に午後五時十五分、出発は午後五時半、少々早いが、それまでに夕食はすませておくよう。
それと神楽……いえ失礼、全てが終わってからにする。
何か質問はあるか?」
「いや、特にはない。道中の護衛、しっかり頼むね。それと……言いたい事は……」
「兄さん、食事に行きましょう」
「あっこら、彩華も一緒にどうだ」
「私はまだやる事がある、遠慮しないで行ってくれ。では後ほど」
「さあ、兄さん行きますよ」
またもや俺は鈴音に引っ張られて、部屋から強引に連れ出されてしまった。
「こら鈴音、彩華がまだ部屋に……彩華、ごめん……」
『鈴音ちゃん、黒達を忘れてるよぉ』
『早く来ないと置いてっちゃうわよ』
彩華に対する鈴音の敵対心はかなりのものである。まあ、気持ちはわからない事もないのであるが、この先同じ部隊としてやっていけるのか少々心配でもある。
早めの夕食をすませた俺達は、集合時間少し前に向かった。
到着すると、既に彩華達侍小隊は揃っていた。そこには帝と社守軍師も出向いていた。そして俺達を確認すると帝が口を開く。
「今更、激励というわけじゃないが、期待通りの報告を待っているよ」
「はい、必ずご期待に応えます」
「うん、頼んだよ。それと静からも話があるようだ」
「先ほども触れたが、皇帝暗殺の企ては、軍上層部によるものである事で間違いない。
宮殿制圧時、その首謀者達をできるだけ捕らえてほしい。それと同時に、皇帝一族の確保もお願いしたい。
これは統一後、反旗をひるがえす者の大義名分を奪うために必要となる。
もっとも既に、皇帝一族の血筋の者を連れ出して、逃走している可能性もあるので、できる限りでよい。
まずは宮殿制圧に全力を注いでくれ。
うふ……神楽ちゃん、成功した暁には、あたしからもの凄いご褒美をあげちゃうわ……ふふ」
「社守軍師、お話はわかりました。
ほら兄さん、だらしない顔はやめて下さい!」
「えっと……さて、時間かな……皆さん張り切って行きましょう」
怪しい妄想を抱いていた俺は、いろいろとごまかすために、出発の号令をかけた。
「なにそれ」
ここにいる全員の冷たい視線にさらされながらも、時間通り砦を出た。
そして道案内の忍女と合流し、山中の道なき道を夜の闇にまぎれて進んだ。
途中三時間程の仮眠を取り、明け方には宮殿のある都市トゥルーグァ近くまで辿り着いた。しかしここからは平地となり街道を進むため、俺達は帝国領民、彩華達侍は武器を持ち歩くため帝国警備兵の服装に着替える。
「帝国領民の服って可愛らしいわ。ちょっと羨ましいわね。
ねえ兄さん、似合うかしら?」
「うん似合っているよ。俺の方は?」
「なんだか、見慣れない格好だし……変です」
「鈴音さん、そんなきっぱりと……せめて……しかし俺達一行って不自然に見えるけど、こんなんで大丈夫かな?」
「確かに、神国でこんな一行を見かければ、私なら間違いなく尋問するがな」
「彩華、あんまり怖い事言うなよ」
「しかし神楽、そのために社守軍師が手を打っているのだ」
「まあ、確かにね」
「さあ兄さん、早くこっちでご飯食べますよ」
「だから引っ張るなって、こら鈴音、彩華に失礼だよ」
「いいんです、兄さんは私のものですから。それにこんなところを帝国民に見られたら、それこそ不自然です。だから彩華姉さんには遠慮してもらうのです」
「気にするな神楽……鈴音の言う事ももっともだ」
笑顔でそう言いながらも、目が笑っていない彩華が気になった。そして鈴音は俺と彩華が穏やかに話をする事が、どうにも我慢できないらしい。そんな焼き餅を焼く鈴音に引っ張られて、衣服と一緒に用意されていた朝食を食べた。
時を同じくして、社守軍師の打った潜入支援策の一つ、「皇帝の暗殺」という噂の流布が発動されていたため、辺りは早朝にもかかわらず、騒然としていた。
そのため街道は警備兵や領民達が行き交い、平時なら怪しい一行に見える俺達は、うまく紛れ込む事ができた。
「兄さん、本当に大丈夫かしら」
「鈴音、あんまりおどおどしていると逆に怪しまれるぞ」
「じゃあ、腕組んでもいい?」
「何故……」
「だって……ちょっと怖いんだもん」
「まあ、仕方ないな、でもあんまり引っ付くなよ」
「でも、これくらいの方が恋人同士みたいでしょ」
「……しかし……」
「これでいいの!」
俺は後ろから刺すような彩華の視線を感じながら、鈴音と腕を組み歩いた。
そして俺達は、ほどなくしてトゥルーグァに入った。
読み進めていただき、ありがとうございます。