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議場にて 1

 全体を見直しました。11・29

「ちょ、勅命の発布である!」


 帝の腰巾着……もとい、侍従長、宮内尊文みやのうちたかふみの、妙に耳に障わる甲高い声が、けたたましく走り回る足音を携えて、普段は静かな『本殿』内をこだまする。

 ここは神国しんこく天ノ原あまノはらの首都である『本都』、その中でもとりわけの要所『本殿』である。

 政治や軍など公務の中心である。そして形式上この国を治める帝、天命ノ帝あまめノみかどの皇宮までもその敷地内にある。


 本日、『本殿』において、珍しく全員揃っての――宮内侍従長は、さておく――定例軍務会議が始まっていた。


 定例軍務会議などと大仰おおぎょうしい名が付いているが……

 この神国天ノ原は、唯一の隣接国であるバルドア帝国と百年以上に渡り、戦争を継続している。

 拮抗きっこうする両国のパワーバランスのためか、このところ大きな戦闘もなく、かといってこう着状態の戦況を進展するための策も見いだせないでいた。

 ただ、必要最小限の報告を行うためだけの、何とも言えない惰性的な、倦怠感たっぷりの空気が支配する軍務会議の状況だったのだが……

 そこに――ナマズ髭が非常に良く似合う、文官の見本のような宮内侍従長が、悲鳴にも似た甲高い声を響かせ、走る勢いそのまま『バン!』と扉を開き、倦怠感たっぷりの議場に飛び込んで来た。まさに木枯一号、冷たく厳しい時期の訪れを予感させる。

 瞬間、雰囲気は一変、参加者の怠惰な目は、生者の光を取り戻し、触れれば切れそうな凛と張りつめた空気に包まれた。


「ついに動くか」

 議場の全員が、この時を待ち望んでいたかのようでもあった。


 息を切らした宮内侍従長が落ち着くまで、議場の全員が、固唾をのんで見守る。


 待つ事約五分――六十という歳で、叫びながらの全力疾走は、かなり堪えたようだ――、ようやく息が整ってきたのか、宮内侍従長は大きく息を吐くと、緊張した面持ちと少々震えるナマズ髭……いや、手で封を切り詔を読み上げる。


「勅。

 独立魔戦部隊所属、天鳥神楽あめのとりかぐら天鳥鈴音あめのとりすずねの両名は、近衛部隊と共に吾の戦場視察に同行し守護する任を与える。

 神国天ノ原、天命ノ帝」

 今にも裏返りそうな、そして微妙に震えた情けない声だったが無理もない。現帝の天命ノ帝が即位してから七年、これまで公の場での勅命は一度もなかった。


 宮内侍従長が勅命の公表を終え、しばしの沈黙が続く。




「――で、よろしいかな、天鳥神楽筆頭魔術師殿」

 いつまでたっても、当事者となった俺の返事がない事に、しびれを切らした宮内侍従長が、返事の催促をしてきた。


「えっと宮内侍従長、それだけですか?」

 俺は『あっ!』と思ったが、時既に遅しである。

 勅命を受けた本人は、本来なら『その任、承ります』とすぐさま返事をするべきなのだろう。しかし、大きく予想を外したというのか、勅命らしくない命に対して拍子抜けした俺は、つい聞き返してしまった。


「はい、以上ですが、お断りしますか? 天鳥神楽筆頭魔術師殿」

「あっ、いや、失礼しました。その任、承ります」

 何かと疑問符は付いたのだが、公の場の勅令にこれ以上突っ込むわけにもいかない。なによりも宮内侍従長の、ねちねちとした嫌味や、いつ終わるかわからない説教が始まる前に、素直に返事をした――涙が出る程、くどいです。

 しかしここに集まったほとんどの者が、今回の勅命の発布に対して、同じ事を思ったに違いない。


「何故、この程度の任をわざわざ勅令として公の場で発布したのか?」と……


 と、言うのも、俺や鈴音は今まで何度も帝の戦場視察に、護衛として連れ出された事があるのだ。しかもそれは、この場にいる武官全てが、一度は連れ出された事がある。

 その伝達にしても今までは、帝に呼び出された者が直接口頭でその命を受けていた。したがってある意味、勅命と言えばそうなのだが、それでも公の場で命を受けた事はない。言えば、帝の個人的な希望みたいなものだったと思う。

 とりあえず俺は、前帝の頃から軍部の要職に付き、現帝の即位と同時にその手腕を買われ、軍全体をまとめる総長に就任した大石原巌おおいしのはらげんなら、不可解な勅令の意図を知っているかと思い尋ねた。


「この件に関して大石原総長は、何かご存知ではないですか?」

「天鳥君、儂は何も聞いてはおらぬよ。

 しかしながら何らかの意図があるのは明白だろう」

 大石原総長は、人当たりの良さそうな丸い顔を、少々しかめながら話す。


「やっぱりですか……」

 言葉通りの意味の返事をする俺に対して、大石原総長は、議場をぐるりと見渡す。


「この件に関しては、何らかの事情を知っている者がこの場にいると思う。が、それが誰かと問うような野暮は言わぬ。

 この場で説明できる事なら、その者が既に口を開いているはず。

 天鳥君には、追って沙汰があるだろう」

「わかりました」

 俺が、大石原総長との会話が終わるのを見計らっていたかのように、耳障りな甲高い声が飛び込んできた。


「天鳥筆頭魔術師殿、どうも君はこの勅命に不満があるようですね」


 わざわざ誰か確認するまでもなく宮内侍従長だった。


「いいえ、そんな事はないのですが……」

 と、俺が弁解を始めようとした時、それを許さないとばかりに、宮内侍従長は、あごをちょいと突き上げ見下すような視線に、右手でナマズ髭をいじりながら、その達者な口を開く。


「だいたい君はですね、帝に使える者としての自覚が足りないのではないのですか――」


(げげっ、始まっちまった。これだから年寄り文官ってやつは……)


 その喋りの様は、昔読んだ(そう、見ていたのではなく、読んだ)旧文明関係の本に載っていた、とある兵器を思い出す。

 それは金属の弾を雨霰あめあられのように撃つ、『機関銃』という兵器である。

 宮内侍従長のそれは、威力たるや肉体的にはさすがにゼロだが、精神的にかなり応えるらしい。しかも、かなりの確率で『会心の一撃』が発生するらしく、今までに何人もの文官を再起不能に追いやったとして、以前より恐れられている――できれば身内相手ではなく、戦場の最前線に立って、敵兵の精神をボロボロにして欲しいくらいだ。


「――そもそも勅命というのは、帝のお言葉なんですから、聞き返す、ましてや意図を探るなどという事は、あってはならんのです――」


(うへ、怒ってるな、初めての勅令を読み上げた晴れ舞台にケチを付けちまったからな……)


「――ですから帝が白と言ったら、黒いものでも白なんです。

 宜しいですか? 決して疑問を持ってはいけないのです――」


(うわっ、すげー事を言いだしちまったよ。

 って、『黒いものでも白』って言っちゃってるし――どのみち、そんな事を子分に言わす親分には、並の判断力を持った人間なら、誰も付いていかないって……

 てか、これ以上とんでもない事を言い出す前に、誰かこの暴走を止めて下さい)


 その時、うまい具合に大石原総長と目が合った。すかさず『この暴走を止めれるのは大石原総長、あなただけです』と言わんばかりの、熱い視線を送った。

 大石原総長は、坊主頭を掻きながら、どんな不利な戦況でも絶対に見せる事のない、困り顔で俺に無言の返事をする――って、見捨てないで下さいと、涙目な俺。


「――で、あるからと、人の話を聞いているのですか? 天鳥筆頭魔術師殿は――」


 俺の熱い視線に乗せられた意思が伝わったのか、宮内侍従長の話が弾倉交換のために途切れかかったところで、大石原総長が重そうに口を開いてくれた。

 さすがである、『総長の肩書きは伊達じゃない』とばかりに、切り込んできてくれた。


「まあまあ、宮内侍従長、まだ会議の途中ですし、この辺りで勘弁してやってくれませんか」

「はあ、しかし勅命に対して、聞き返したり、意図を探るなど言語道断ですよ」

「宮内侍従長のお怒りはごもっともですが、何はともあれ、軍部の規律の問題でもありますから、後ほど儂の方からも注意を促しておきます。

 それで、いかがでしょうか」

「まあ、大石原総長がそうおっしゃるなら、お任せします」

 宮内侍従長は言いたい事がまだありそうだったが、大石原総長になだめられ席に座った。


(総長、ありがとうございます)

 俺は心の中で頭を下げて、お礼を一つ述べた――うっかり口に出せば、宮内侍従長の嫌味が始まりますから。


「さて、少々休憩を取りますか」

 大石原総長がそう言って席を立ったところで、軍務会議は一時中断となった。

 読み進めていただき、ありがとうございます。

 

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