策略 11
10月3日 地の文を変更しました。
「誰がこんな事を……って、こ、この宝剣は……アリエラと僕の……」
私は目を疑いました。
皇帝陛下の胸に刺さっている宝剣は、私達が将官の任命を受けた時に、皇帝陛下より賜った物です。それはある意味、私達を証明する物でもあります。
つまり間違いなく私とヘリオ先輩の物です。
私達は公式の行事で正装する時に限り、この宝剣を帯剣します。しかし今回は正装する機会のない任です。従ってこの宝剣は、私達の執務室に保管してあるはずなのです。
「何で私達の宝剣がここにあるの……?」
私が宝剣に触れようとしたとき、ヘリオ先輩が慌てて止めます。
「駄目だアリエラ、触れちゃ駄目だ」
「でも……これ……私達じゃないよね……」
「何言っているんだアリエラ。しっかりしろ!」
「でも、でもよ、私達の宝剣だよこれ……きっと刺しちゃったんだ……このままじゃ私達、死刑だよ……」
「大丈夫だよ、そんな事は無いよ、しっかりしろ! いつものアリエラらしくないぞ!」
「でも、私達がやっちゃったのかな……アリエラ、どうしちゃったのかな……明姫姉を呼ばなきゃ……」
「おいアリエラ、いい加減に目を覚ませよ!」
ヘリオ先輩の平手が、正気を失い支離滅裂な事を言い出した私の頬をとらえます。
パシッ!
一瞬の痛みが走ると、私は我に返ります。
その時、扉が開き誰かが入ってきました。
「お待たせして申し訳ございません。皇帝陛下……」
私の目にナイグラ元帥とストントーチ参謀長の姿が映ります。そして目が合うと同時に、ストントーチ参謀長が叫びました。
「お、お前達何をした!」
「私達は何も……入室したら……」
ヘリオ先輩は状況を説明したくても、うまく言葉が出てきません。その上たたみ掛けられるように、ナイグラ元帥が扉を開き叫びます。
「ええい言い訳はいらぬ! その宝剣はお前達の物であろう! 近衛の者すぐに来るのだ!」
私達にとって状況はまさに最悪です。誰が見ても私達が皇帝陛下の暗殺を行ったとしか思えません。
そして、ナイグラ元帥の叫ぶ声を聞いた近衛兵達が、特別談話室になだれ込んできます。
「ヘリオ先輩どうしよう……やっぱり明姫姉を……」
「駄目だ、絶対に駄目だ。今は事を起こしてはいけない。黙って近衛の指示に従うんだ」
しかし私は、今自分自身に起きている事に対して、冷静な判断力を失っていました。
「来て、白輝明姫姉」
「あ、アリエラ待つん……間に合わなかったか」
ここでは警護の近衛兵以外武装厳禁とされています。例え護身用の小刀ですら、持ち込みが禁止されている場所です。
私はそこに「お人形」を呼んでしまいました。それが一時の気の迷いだったとしても、一つ重大な罪を犯してしまいました。
『あららアリエラちゃん、なんだかとっても大変な事になってるみたいね。
これはさすがにヘリオ君の仕業では無いわね』
『明姫姉……アリエラは……アリエラはどうしたら良いのかしら……』
『大丈夫よアリエラちゃん、お姉さんはちゃんと考えていますわよ。
今はヘリオ君に輝姫ちゃんを呼ぶように言って』
『うん、わかった』
こうしている間にも、近衛兵達は人数を増やしていきます。そして包囲している私達を取り押さえるため、団長の号令を待っています。
しかし、突然現れた明姫姉の動向を恐れて、何もできないでもいます。
当然の話です。不用意に近衛団を動かし、反撃されると、宮殿、いやこの都市全体を消失しかねない、魔法への恐怖のためです。
「ヘリオ先輩、明姫姉が輝姫ちゃんを呼んでと……」
「しかしアリエラ、これ以上騒ぎを大きくするのは……」
「ヘリオ先輩お願いです。輝姫ちゃんを呼んで下さい。このままじゃ私達は……死刑確定です……無実のまま……そんなんじゃ、口惜しいよ」
「だからと言って、まだ弁解の余地はあるよ」
「いいえ、イッ・サ・イ・無いと思いま・ス。私達は嵌められたんです・ヨ! 間違いなく、ア・リ・マ・セ・ン!
こんな事、考えなくてもわかりま・ス!
そもそもどうやって手に入れたか知りませんが、私達の宝剣を使うなんて、安直過ぎま・ス!」
今おかれている状況にかまわず、私はいつもの様に騒ぎました。
「やっと戻ってくれたね、アリエラ。
じゃあ、僕も呼ぶよ。
おいで金剛輝姫……様……」
ヘリオ先輩のとぼけた態度は、私を完全に正気に戻すための芝居だったようです。
『あらら、ヘリオ君もなかなかやるわね。さすがアリエラちゃんを怒らせたら世界一ね』
『ヘリオ先輩にうまく乗せられちゃいました』
『あら、乗られちゃわなくてよかったわね、アリエラちゃん』
『って明姫姉……それは決してありえません』
『あららアリエラちゃんは、乗られちゃうって意味をわかっているのね、ふふ』
『い、意味って……アリエラはわかりません、へへ』
この緊張感があふれる中、私と明姫の会話を近衛達が聞いたらどう思うでしょうか。
ここでヘリオ先輩に呼ばれた輝姫ちゃんが、不機嫌な表情で現れました。
『こら下僕! 何が「おいで」じゃ! そこは「おこし下さい」であろう。その上、おかしな間を開けおってからに……』
『……輝姫……様、ごめんなさい……』
『またおかしな間をあけおって……そもそも、妾とお主とは「命を共有する者」であろう。なぜ危機が迫った時、すぐさま妾を呼ばぬのか。
妾は信用されておらぬのか』
『そんな事は無いよ。心から信頼してます、輝姫……様』
『これは一から教育が必要かのう。
とにかくじゃ、例えお主のような下僕であっても、万が一の事があれば、妾の悲しみは天をも貫き、大地をも裂くであろう。
アリエラ、これは明姫とて同じ事じゃ。
よいか、しっかりと肝に銘じておくのじゃぞ』
『うん、わかってるよ輝姫ちゃん。
だからアリエラはすぐに明姫姉を呼んだんだ』
『確かにのう。本当にアリエラは素直で良い娘じゃ。下僕よ、アリエラをよく見習うのじゃ。
わかったかの?』
『はい……輝姫……様』
『……下僕よ、一つだけ確認しておく。
お主は、仕置きを受けたいのか、受けたくないのか、どっちじゃ?』
『えっと……受けてみたいような……受けたくないような……お仕置きしだい……』
『ようわかったわい、いろいろ考えておったが、一切やめじゃ!』
『えっ、それは……輝姫……様……』
『輝姫ちゃん……薄々は気が付いていたけど、ヘリオ先輩って……よくいうMって……ア、アリエラはそれがどういう事か、し、知らないんだけどね……えへへ』
『はいはい、皆さん、もっと緊張感を持って下さいね。近衛の方々が困ってますよ』
明姫姉の一言で私達は、今まさに皇帝陛下暗殺の容疑者、いや既に犯人として、近衛兵達に囲まれている事を思い出しました。
しかしその近衛兵達は、二体の「お人形」を前に、どのように対処していいのかわからず、完全にお手上げ状態になっています。
だからと言って、その職務上「はい、ごめんなさい」と退くわけにもいかないようであり、ただひたすら武器を構え、黙ったまま私達を牽制しているだけでした。
こうなると、私達が何かを起こさない限り、事態の収拾がつかなくなっています。
そして今、私の頭の中には二つの選択肢が浮かんでいる。多分ヘリオ先輩も同じ事を考えていると思います。
一つ目は全てを倒してここから逃げます。結果として皇帝陛下殺しと味方殺し、二つの汚名を持つ最悪の反逆者となり、今後逃げ回るという事です。敵国もそんな私達の亡命は、倫理上の理由で、受け入れてくれないでしょう。
二つ目は諸手を上げて投降します。当然嵌められた私達は、事の真偽にかかわらず、皇帝陛下を暗殺した者として死刑は確定です。
真相を知る私達は、弁解の余地もなく無実のまま処分され、実際に暗殺を企てた者の、シナリオ通りの展開となるでしょう。
私にとっては、そのどちらも当然納得できる結果ではありません。しかし残念ながら今の私に考える事ができるのは、この二つです。
その時、私は明姫姉が言った事を思い出しました。
『明姫姉、考えがあるって言ってたよね。
今のアリエラには、残念な手しか思い浮かばないよ』
『お姉さんにもそれは伝わりました。確かにその二択では、納得できる結果は無いわね』
『どうしよう、近衛兵達も開き直って……』
『じゃあ作戦を説明するわよ。
お姉さんと輝姫ちゃんを、遠いところに飛ばして逃がしなさい。そしてアリエラちゃんとヘリオ君は、大人しく捕まりなさい』
『えっ! それって、でも……でもよ……』
『お姉さん達だけ、逃げるわけじゃないから大丈夫よ。捕まるのがアリエラちゃん達だけなら、決して死刑の執行はできないわ。
さっき輝姫ちゃんが言ってたでしょう』
『あの、悲しみは天を貫きとか言ってた、あれの事なの?
でもアリエラは、意味がわからなかったよ』
『あら? そういえば、アリエラちゃんには、契約してからしっかりと話ていなかったわね。
ちょうど良い機会だから、話しておくわね』
『でも、近衛兵の人が……』
『大丈夫、今のアリエラちゃん達にあの人達の攻撃は、一切通らないから安心して良いわ』
『でも、なんだか可愛そうよ。だって私達の会話が聞けないから、無言のにらめっこしているわけだし、緊張もしているだろうし……なんか、凄く疲れそうだよ』
『あらら優しいのね。じゃあアリエラちゃん、近衛の方々に微笑みながら、武器をおろして休むように言ったらどうかしら』
『うん、そうするね』
私はそういうと包囲している近衛兵達に話しかけます。
私と目が合った瞬間、たじろいだ彼らでした。かといって何もする事もできないで、私の話を黙ったまま聞くことになります。
「近衛の皆さん、私達は今後の事を考えています。まだ時間がかかるので、武器を下ろして一休みしていて下さい。
大丈夫、私達は今のところ攻撃する意思はないですよ。
あ、そうそう、一応忠告しておきますけど、私達に皆さんの攻撃は通りません。
ではこちらの意思決定まで、もうしばらくお待ちくださいね」
しかし満面の笑みで話しかけた私の話は、当然の事ながら無視され、その上「この娘大丈夫か?」的な、残念な人を見るような視線まで浴びました。そして近衛兵達は武器を構えたまま、黙って私達の様子を見ています。
『明姫姉、やっぱり融通が利かない人達ですね』
『仕方ない事ですわ。それよりアリエラちゃん、説明しますね。
アリエラちゃん達とお姉さん達は、魔法という力を与える、その対価として、残された寿命の半分を頂くという条件で契約をしたわね』
『うん』
『でもお姉さん達はその対価を、最初に全部を頂くわけではないのよ。そうね寿命は燃料と考えるとわかりやすいかもしれないわね。
例えばアリエラちゃんが一秒生きる為には、同時にお姉さんが一秒生きる分の燃料が必要なの。つまり普通の人の二倍、アリエラちゃんは燃料を消費するの。これが残された寿命の半分を頂くという事なの。
ここまでは良いかしら?』
『なんだか、微妙だけど……なんとなく……』
『じゃあ続けるわね。
この寿命という燃料の流れは、契約主のアリエラちゃん達からお姉さん達に、ある程度満たされるまで一方通行で注がれるの。言えばお姉さん達はタンクなのよ。
だから、もしお姉さんに何かあった場合、底に穴のあいたタンクへ燃料を注ぐのと同じで、際限なくアリエラちゃんの燃料が流れ込んでしまうの。その結果は言わなくてもわかるわね。
これが「命を共有する者」という事なの。そして、さっきお姉さんや輝姫ちゃんを逃がしなさいと言った理由よ。
ここまでは、どうかしら?』
明姫が言っている事はわかります。ただ少しだけ気にかかっている事を尋ねます。
『うん、明姫姉の言っている事はわかるよ。だけどもし私達が殺されちゃったら……』
『大丈夫よ、さっきもお姉さんが言ったけど、アリエラちゃん達だけでは、決して処刑されるような事はないわ』
『どうしてなの?』
その時、しびれを切らした近衛兵の一人が、槍で私達を突いてきました。そして一人が動いたとたん、堰を切ったように、囲んでいた近衛兵達が一斉に動いきます。
キィィィン、カヵン、カコン……コン……
しかし金属が堅い物に当たった時に発する、甲高く鋭い音だけが虚しく室内に響きます。
どの槍も堅固な結界に守られている私達を、貫く事ができなかったのです。
「ば、馬鹿者! す、すぐに槍を退け! 万が一魔法使いの二人に、なにかあったらどうするつもりだ! 今後は別命があるまで決して動くな! よいか」
血相を変えた近衛団長が、命令を待たず強行に出た近衛兵達を戒めました。
『あやつの慌てぶりを見たじゃろう。つまりそういう事じゃ』
『そういう事って……アリエラ、わかんないよ』
『あらら輝姫ちゃんは、余分な事はたくさんお喋りするのに、肝心な事は言わないのね』
『そんな事は無いぞ、妾も言うときは、ちゃんと言うぞ』
『で……結局、どういうことなの? 明姫姉』
『……暴走するの。
もしアリエラちゃん達に何かあったら、お姉さん達は自分の意志に関係なく、暴走しちゃうのよ』
『暴走って……』
『つまりね、もしアリエラちゃんがお姉さんより先に死んだりすると、アリエラちゃんとの契約で、お姉さんが本来少しずつ頂ける事になっている燃料の残りが、一気にお姉さんに流れ込んでくるの。その結果、お姉さんは自分自身の制御をできなくなるのよ。
そしてどんどん流れ込んでくる燃料を、吐き出すために魔力に変換して、ところかまわずまき散らすの。それも一切制御していない魔力を完全に空になるまでね。
普段、完全に制御して使っている魔力でも、簡単に都市が消えちゃうのよ。これが何を意味するかは、あんまり考えたくないわね、アリエラちゃん。
そして空になった時、お姉さんも完全に停止するの。これもまた「命を共有する者」という事なの。
どうかしらアリエラちゃん、わかってくれたかな』
『う、うん大体は……だからあんなに恐れたんだ……知らなかったな……じゃあ、アリエラ一人でも戦場に出て行けば、みんな止まっちゃうね』
黙って私達の話を聞いていたヘリオ先輩が喋り出します。
『アリエラ理屈ではそうだけど、残念ながらこの事を知っている人は少ないと思うよ。アリエラでも今初めて知ったんだろ』
『……あっ、そうか……』
『僕たちが戦場に出て行くと戦闘が止まるのは、あくまで魔法に対する恐怖からなんだよ。
だからさっきの近衛兵達みたいに、極限に達すると開き直って飛びかかってくるんだ』
『さてアリエラちゃん達、そろそろお姉さん達を飛ばしてくれないかしら』
『そうじゃ。近衛共もしびれを切らしておる。次は、奴らを全滅させなければ収まらぬぞ』
確かに命令が無いと動けないとはいえ、かなりじれているように見えます。その表れとして包囲網が幾分小さくなっています。
『でも明姫姉、飛ばすってどこに……』
『そうね、向こうの魔法使いのいる「第一砦」と言われるところへ、お願いするわ』
『へっ? でも敵陣のまっただ中よ。そんなところに明姫姉達を? しかも魔法も使えない、完全無防備な状態で? それって倒してくれって言ってるようなもんじゃない』
『大丈夫じゃよアリエラ。確かに妾達と「魔界コンビ」とは反りが合わぬが、あやつらはそんな事はせぬ。例え契約主が命令しようともだ。もっともあやつらも、そんな事を命令する輩とは契約はせぬがな』
『アリエラちゃん、これは信用してもいいところよ。
なんていっても、同じ宿命を受け入れてるのよ。それこそアリエラちゃん達を助けにきてくれるわよ。
だから安心して、お姉さん達を送り届けて』
『うん、わかった。明姫姉、輝姫ちゃん、絶対無事でいてね。
明姫姉……じゃあいくよ』
『大丈夫よ、必ず戻るから、お姉さん達に任せてね』
『それじゃ頼み……ます……輝姫……様……』
『お主は……まあよい、仕置きは戻ってきてからじゃ』
私達は、明姫達を飛ばしました。それと同時に両手を上げて、取り囲む近衛兵達に投降しました。
すかさず取り囲んでいた近衛兵達に押さえつけられます。
「お前達、この二人に傷を付けるでないぞ!」
近衛団長が叫びます。おかげで、私達の扱いは酷いものではありませんでした。
「き、貴様達、人形をどうした!」
「いない方が皆さん動きやすいだろ、だから消したんだよ」
近衛兵に押さえつけられたヘリオ先輩がそう伝えると、私達は口に何かを詰められました。その上から覆面をかぶせられ、口と目をふさがれます。更に拘束衣まで着せられ、完全に自由を奪われました。
そしてそのまま事情を聴取される事なく、皇帝陛下暗殺という超一級の罪人として、別館の一つ、近衛団詰所の地下にある牢獄に収監されました。
「……やっぱり怖いよ……明姫姉……早く戻ってきて……」
読み進めていただき、ありがとうございます。