策略 9
10月3日 地の文を変更しました。
「だから、ナ・ン・デ、皇帝陛下の護衛の任を受けたアリエラ達が、張本人の皇帝陛下にオ・ア・イできないなんて、どういう事なのカ・シ・ラ。
アリエラ達って、嫌われちゃってるわけなのカ・シ・ラ」
強襲作戦が発動された十月三十日、私達特殊遊撃部隊は、万が一の事態に備え、皇帝陛下護衛の任を受けて宮殿に入りました。
着任の挨拶と、アリス・ガードナー参謀の個人的な心情はわかるのだが、間違いなく失敗に終わる強襲作戦の停止を直訴するため、皇帝陛下に謁見を求めました。
しかし、前室に控えているイスカラ・ストントーチ参謀長に、何かと理由と付けられて門前払いとなってしまいました。
「そんな事大声で言っては、駄目だよアリエラ。
場所をわきまえないと……一応女の子なんだし……」
控え室に戻る途中、ところかまわず大声で悪態を吐きまくる私を、青い顔で止めるヘリオ先輩でした。
「ヘリオ先輩! 一応? ……一応ってどういう事カ・シ・ラ!
私は間違いなく、カ・ワ・イ・イ・女の子です。それとも、証明が必要です・カ! パンツ脱いで見せないと駄目デ・ス・カ!」
頭に血が上っている私は結構短絡的な行動をとったりします。
私が自分でスカートをめくり上げると、慌ててヘリオ先輩が止めます。
「わぁ待って待って、ごめん、アリエラ。
可愛い女の子はそんな事はしないよね。
あんまりそういう事は……周りも引いてるよ」
「いいの、イ・イ・ノ・デ・ス、引いても。
それより、ヘリオ先輩は口惜しくないんです・カ。参謀長のあのスリーエルなタ・イ・ド。
なにが『皇帝陛下はご多忙故、儂から伝えておく。お前達はもう下がってよい』よ。まったく何様のつもりなのカ・シ・ラ」
「少々言葉がすぎるぞ、アリエラ・エディアス少将待遇」
「なにカ・シ・ラ! あっ……元帥閣下……失礼しました」
振り返るとナドウッド・ナイグラ元帥が難しい顔をして立っていました。
「アリエラ・エディアス少将待遇はまだ若いから、いろいろ噛み付きたくもなるだろう。ただ参謀長もあれでいろいろと気を使っているんだ。その事、少しだけでいいからわかってやってくれ」
「はい、しかし……」
「わかっておる、強襲作戦の件であろう。
しかしなアリエラ・エディアス少将待遇、例えそれが愚策であったとしても、既に発動しておる。今更止めるわけにはいかぬ。
そして一部の者のごり押しがあったとしても、皇帝陛下が許可をしたのだ。それに意を唱えるというのは、不敬罪、反逆罪とも取られかねん。
俺としても、出来る兵をむざむざと……口惜しいだろうが、今回は我慢してくれ」
「元帥閣下がそこまで言うのであれば……承知しました」
「そうそう、着任の挨拶の件は明日にでも、皇帝陛下に謁見できるよう、取りはからっておく。
それと……宮殿内とはいえ公衆の面前で、可愛い女の子が、大声で悪態を吐いたり、スカートをめくって「パンツを脱ぐ」なんて言わない事、いいかね」
「あ、はっ、はい、すみませんでした」
一部始終を見られていた事を知った私は、耳が急激に熱くなります。まさに顔から火が出るほど恥ずかしく、うつむいたまましばらく動けなくなってしまいました。
「アリエラ、だから言っただろう。とりあえず顔を上げて、控え室に戻ろう」
いつも私達にいじめられているヘリオ先輩が、嬉しそうな声で言ってきました。私が今、顔を上げる事が出来ないのを、知っているにもかかわらずです。
今、彼から日頃の逆襲を受けているのはわかっています。恥ずかしくて顔が火照り、うつむいている私だが、大人しく逆襲を受け入れる程甘くはありません。そして私は最大級の反撃に出ました。
「ヘリオ先輩は意地悪デ・ス……いつもアリエラ達にいじめられてるからって、なにもこんな時に……」
ヘリオ先輩が涙に弱いのを知っている私は、うつむいたまま泣きまねをしました……含み笑いをしながら……
「ご、ごめんアリエラ、そんなつもりじゃないんだ」
「いいんです。日頃先輩をいじめてるアリエラですから、仕返しされても文句は言えないですね……グス」
「いやだから、仕返しとか……そんなんじゃないんだ。だから泣かないでよ、アリエラ」
慌てふためくヘリオ先輩をよそに、火照りの収まった私は、何事もなかったように顔を上げます。
「さあヘリオ先輩、馬鹿な事をしていないで、控え室に戻りますよ」
呆気に取られて固まるヘリオ先輩をそのまま放置し、私はさっさと控え室に向かいました。
その後、翌日皇帝陛下への謁見が了承されたことが、ナイグラ元帥の使いから伝えられました。
一夜明け強襲日当日、私達は皇帝陛下に着任挨拶を行うため、謁見の間に赴きました。そして、通された前室には、地方領主の三人が謁見を待っています。
「おかしな話ですよね、ヘリオ先輩。
皇帝陛下の護衛の任を受けたアリエラ達が、ここにいるっていうのは……絶対変ですよね」
「まあまあアリエラ、滅多な事を言っちゃ駄目だよ。こうしていたって、何か事が起きれば、すぐさま皇帝陛下の下に、駆けつける事ができるんだから」
「ヘリオ先輩、へ理屈はどうでもいいのです」
「いや、へ理屈って……」
「ガードナー参謀は、今回の作戦で敵の魔法使いが動きやすいように、アリエラ達を遠ざけたみたいな事を言ってたよね」
「まあ確かに。でもはっきりとではないけど」
「やっぱりアリエラ達は嫌われてるのかな……もしかして、ヘリオ先輩がガードナー参謀を泣かしちゃったからかな……」
「いや、だから泣かしてないって」
「でもよ、でも……ヘリオ先輩は女を泣かせるのが得意ですから……昨日もアリエラは泣かされてるし……恨まれちゃっているのかな?」
「あのアリエラさん、僕に対する認識も泣かせるという言葉の意味合いも、だいぶ違っているようですし、話もかなり脱線してますよ」
「という事は、あれかな? もしかして、ここで何かが起きるのかな? 間違っても敵は攻めてこないから、それ以外で何か陰謀めいた事が……それをアリエラ達で未然に防いでもらいたいとか」
「あんまり怖い事を言わないで下さい、アリエラさん」
「でも嫌われていないのなら、それくらいしか考えられないよ。こんなところに送り込まれるなんて……」
「アリエラ、もしそうなら、ガードナー参謀から何らかの指示があるはずだよ」
「なら、実はアリエラ達が嵌められちゃったとか……」
「だから、それは何の為にですかアリエラさん」
「だって、ヘリオ先輩が女を泣かすから……その仕返しとして……」
「お願いだから、僕をそんな目で見ないでちょうだい。そもそも泣かされてるのは、いつも僕なんだから……現に今も……」
「ヘリオ先輩、馬鹿な事を言ってないで、謁見の順番ですよ」
私達は係の者に先導され、謁見の間に向かいました。
「ヘリオ先輩、シャンとしてよね。アリエラは恥をかきたくないんですからね」
「あ、あぁ、も、もちろんだよ」
謁見中は、あれでも私の上官のヘリオ先輩が主に受け答えをする。口の達者な私は、皇帝陛下が私の言葉を欲されない限り、口を開く事はできません。
非常に残念だがヘロヘロのヘリオ先輩が、できの良い私を抑えて特殊遊撃部隊のリーダーなのです。稀に、らしい事をしますが、イレギュラー、若しくは誤差の範囲です。
案内された謁見の間は扉もなく、思った以上開放的な空間が広がっています。
出入り口両脇に立つ近衛兵に、いったん止められ、ひと睨みされたのち、ようやく広間に通されました。
「やっぱりおかしいよ。護衛任務のアリエラ達が、この扱いだよ。本当にこれって作戦として、話が通っているのかしら」
「駄目だよアリエラ、静かに」
明姫姉達を連れてくる事ができないため、いつもの念話のような会話ができない私は、つい呟いてしまいます。
謁見の間に入ると、正面奥中央の玉座にはバルドア皇帝陛下が鎮座し、両脇に側近が控えています。
私達は左右それぞれ十数名の近衛兵達が整列し睨まれる中を玉座前まで進み、片膝をついて頭を下げました。
「特殊遊撃部隊、中将ヘリオ・ブレイズ、少将待遇アリエラ・エディアス両名は、ナドウッド・ナイグラ元帥の命を受け、バルドア皇帝陛下護衛の任に着任した事を、ご報告いたします」
「ほう、そなた達であったか。報告は受けておる、その役目しっかりと頼んだぞ。
そうそう、明日は、ナイグラ、ストントーチともに茶会に参加するがよい。話しておきたい事もある。沙汰は後ほど使いの者を送る。
本日は、もう下がってよい」
私達は、半ば追い立てられるように、謁見の間を後にしました。
「うぅぅ……」
「アリエラ、まだ駄目だ。せめて控え室に戻るまで、我慢するんだ」
「うぅ……なにさ、ナ・ン・ナ・モゴ……」
我慢しきれず、口を開きかけた私でしたが、ヘリオ先輩の手で天使の口をふさがれました。そして、この小柄で可愛らしい体を、いとも簡単に抱きかかえると、そのまま控え室に向けて猛ダッシュを始めました。
「アリエラ、暴れるな。こら、大人しくしろ……」
「……モガモゴ……ウゥ……アグ」
「わっ手を噛むな……こら、痛いって……」
「ゔぅ……」
周りに目もくれないで、ひたすら控え室を目指して走るヘリオ先輩と、周囲の好奇の目に晒されてながらも、この束縛から抜け出そうともがく私でした。
しかし口や頭の勝負なら決してヘリオ先輩には負けない私も、力勝負だけは残念ながら勝てません。
必死の抵抗も虚しく、足をばたつかせ暴れた為に、スカートがめくれ上がり「パンツ丸出しちゃん」という結果を招いていました。とは言ってもこの時点では、そんな事になっているとは、知らなかったのですが……その見事な艶姿で抱きかかえられたまま、控え室まで運ばれてしまいました。
そして部屋の扉を開く為に、私の口を束縛していた手を離しました。
「ヘリオ先輩! い、いきなり何をするんデ・ス・カ!」
しかしヘリオ先輩は、答えもしないで扉を開くと、すぐに部屋へ飛び込み扉を閉めます。
「ハァハァ……よし、ここなら防音だ、好きなだけ騒げるぞ、アリエラ」
不自然な姿で、いきなり飛び込んできた私達に驚き、呆気に取られていた明姫姉達が、我に返り口を開きます。
『下僕よ、また小娘が何かしでかしたのか?』
まずは輝姫が問いかけてきました。そして答える間も与えず、明姫のツッコミが入ります。
『あららアリエラちゃん、凄く色っぽい格好でどうしちゃったのかしら?』
私は明姫の言葉で、妙にお尻が涼しく感じた理由がわかりました。
「ヘリオ先輩、アリエラのパンツを見せびらかしたかったのです・カ!
ぼちぼち、ソ・ロ・ソ・ロお尻を隠したいのデ・ス・ガ・よろしいでしょう・カ!
それよりナ・ニ・ヨ・リ・モ、その手は、いつまで、ド・レ・ダ・ケ触っているつもりなのデ・ス・カ!」
ヘリオ先輩の抱きかかえる手が、私の胸のふくらみしっかりと掴んでいました。
私の言葉を聞いた彼は、二、三度手を動かし、感触を確かめると、ようやく掴んでいるものの正体に気が付いて、その手から力を抜きました。言ってはならない言葉とともに……
「へっ……あっアリエラ、ごめん気が付かなかった」
「うぅぅ……気が付かなかったって……ヘリオ先輩! 凄く失礼で・ス!
アリエラだって、その程度って、わかってます、キ・ヅ・テ・マ・ス! ご丁寧に、ワ・ザ・ワ・ザ、言わなくてもいいんで・ス!
でも、ダ・ケ・ド、まだ発展途上なんで・ス! 発達中なんで・ス!
わざわざ確認しないとわからないくらい、小ぶりですみませ・ン! 小さくてごめんなさ・イ!
だから、デ・ス・カ・ラ、そんなつまらないものをいつまで触ってないで、早くおろしてくださ・イ!」
「アリエラ、ごめん。本当にごめん。そんな意味じゃないんだ。だから本当にごめんなさい」
怒髪天を衝く私が可哀想に思えるくらい、ヘリオ先輩は平謝りをしながら、そっと床におろし、私を完全に解放してくれました。
確かに先輩の言動には気分的に、許しがたいところがありました。でも、事の始まりは私の「思った事をすぐに口に出す」という、少々子供っぽい性格に原因があるわけで……あの場で先輩が連れ去ってくれなければ、私は今頃偉い人達に叱られていたでしょう。なんだかんだいってもヘリオ先輩は、私を助けてくれたわけです。
自己反省をした私はヘリオ先輩に声をかけます。
「ヘリオ先輩、ごめんなさい。アリエラは、ちょっと言い過ぎました。
でも、そのうち触ればすぐにわかるぐらい、成長しますから、期待していて下さいね」
「アリエラ……ありがとう……」
『おや小娘、なんぞ良い事でもあったか?
おおかた下僕に平たいそれをごにょごにょされて、気持ちよグゲェ……痛いです……ごめんなさい』
『あ輝姫ちゃんは、ちょっとお口を閉じててね。
アリエラちゃんだって、いろいろ成長して覚えるわよね……操作術も……』
『明姫姉……それ内緒なんだから言っちゃ駄目よ。
でもね本当に酷いんだよ。謁見ってあんなもんなのカ・シ・ラ。
ヘリオ先輩が挨拶をしただけなんだよ。ほんの数分……数十秒だよ。
あっというだよ、入ったらすぐ終わりだもん。
アリエラなんか、皇帝陛下に顔を合わせる間もなく「下がってよい」だもん、文句の一つも出るわよ』
『あらら、アリエラちゃんも皇帝陛下とお話がしたかったの』
『そう言うわけじゃないんだよ。
でもね、なんだか……近衛の人達の目つきも「何をしに来たんだ」みたいで嫌だったし……本当、何の為にここに来たのかな』
護衛の任務と言っても、特にやる事もない私達でした。よくいう厄介払いと言っても良いでしょう。もっと言えば宮殿内に軟禁状態です。
そんな私達に翌朝、皇帝陛下の使いから茶会の時間と場所の知らせを受けると同時に、強襲部隊全滅の知らせも届きました。
読み進めていただき、ありがとうございます。