策略 8
今回も描写上、少し残酷な表現を使っています。
苦手な方は、適当なところで飛ばして下さい。
『わぉ外すなんてぇ、黒、びっくりだよぉ。
やっちまったですよぉ、神楽君』
『やっちまったも、なにも、旗立てたのは、闇姫さんですよ。
えっと、鈴音は……間に合わなかったか』
討ちもらした敵兵の討伐を、鈴音にお願いしようとした。しかし鈴音は任されていた九人の殲滅に向けて、既に「印の舞」をすませ、呪文の詠唱に入っていた。
「我に敵なす者
棘刺の刑を受けよ」
戦鎚を戦弓に変えた鬼姫が、その戦弓に光の矢をのせて引き絞る。そして詠唱が終わると逃げ惑う敵兵達に向け、一射目を放った。
「おっ、おい何か飛んでくるぞ」
「とにかく逃げろ!」
光の矢は無数に分裂し、結界の土壁に行く手を阻まれた者のところへ、逃げ惑う事に疲れた者のところへと、足を止めた敵兵を見つけると、その形を刺又に変化させて現れ、結界の土壁に押し付け、その自由を奪った。
「たっ、助けてくれ」
「頼みます。何でも話します」
鬼姫が狙いをつけた九人の敵兵全てを土壁に押し付けると、無表情のまま鈴音が口を開いた。
「こんな事になって、皆さん残念ですわね。
いつもなら、苦痛を感じる前に気持ちよく、逝かせてさしあげるのですが……ちょっとだけ不幸でしたわね。
私も最後のご奉仕をしてさしあげられなくて、辛いのよ。だから恨まないでね。
じゃあ鬼姫ちゃん、じっくりと止めを刺していきますわよ」
『承知いたしました。鈴音様』
「では皆さん、ごきげんよう、さようなら」
『千本の鉄杭』
引き絞られた鬼姫の戦弓から二射目の光の矢が放たれる。
一射目と同じく光の矢は無数に分裂し、その姿を細長い鉄杭に変え、土壁に押さえつけられている敵兵に向けて、飛んでいく。
「お願いです、助け……」
「痛……」
「ひぃ、勘弁を……」
鉄杭は正確に、等間隔に、骨をも貫きながら鈍い音を立てて、四肢の先端から心臓に向かって行進していく。
一本、また一本と鉄杭が打ち込まれるごとに、今や処刑場となっている結界内に悲鳴が響き渡る。
「やめてくれ……」
「もう、ひとおもいに……」
鉄杭の行進は、心臓に近づくとその行進を止める。まず左手からの行進が止まり、次は右手、そして左足、最後に右足が止まる。
鉄杭は既に百本程打ち込まれているだろう。
一束の鉄杭によって磔られた敵兵の中には、その激痛に耐えかね、絶命した者もいる。
「……これ以上は……」
「まだ……死にたくない……」
「お願いです……解放して……」
「まだ、元気な方が見えるようですね。
しかたないので、そんな皆さんには、もう少し楽しんでいただきますわね」
鈴音がそう言うと、鉄杭の行進が再開する。
心臓を中心に今度は外側に向かって、円を描くように、一本、また一本と鈍い音と立てて鉄杭が貫く。
「もう……」
更に五十本を数えた時、全ての敵兵は沈黙し、それを合図に鉄杭の行進もようやく止まった。
「この私を相手に、結構長持ちしたわね。手向けに褒めて差し上げますわ。
さて兄さん、残された一人はどういたしましょうか」
俺達は残った一人の敵兵に視線を集中させた。
あまりの恐怖を目の当たりにした彼は、完全に戦意を喪失して、更に逃げる気力も失い、その場にへたり込んでいる。
すると闇姫が妙な提案をしてきた。
『ねぇねぇ神楽君、あいつは天守ヤローに殺ってもらおうよぉ。
せっかく、天守ヤローも槍もってるんだしぃ』
『だけど闇姫、言っても天守は動かないよ。しかもあいつに敵とはいえ、人を殺す事ができるとは思えない』
『大丈夫だよぉ、こんな時のために、ちゃんとあるんだよぉ。
ねぇ銀ちゃん』
『黒鬼闇姫さん、あれを使うのですか? 私はかまいませんが……鈴音様、少々自由を頂いて、よろしいでしょうか』
すこし間を空けて鈴音が答えた。
『……かまわないわ、鬼姫ちゃん。お好きになさい』
『鈴音様、ありがとうございます。
私の方は許可を頂きましたわ、黒鬼闇姫さん』
『ねぇねぇ神楽君、銀ちゃんもああ言ってるし、黒もいいよねぇ、仕方ないよねぇ、汚名挽回だよねぇ』
『闇姫さん、そこは完全に間違っています。名誉挽回、汚名返上です』
『そうなんだぁ。でも黒が間違えるなんて珍しいよねぇ。
神楽君も時には正しい事を言うねぇ』
『俺はいつも正しい事しか言わないぞ。
それはさておき、この一件は、闇姫達に任せるよ』
『わぉ、話っせるぅ。
じゃぁね、じゃぁねぇ、神楽君は、天守ヤローに「今から闘うんだよぉ」って教えてあげてねぇ。
それとぉ、銀ちゃんはあのヘタレ……あっ二人ともだなぁ……えっとぉ名前を知らないヘタレとぉ、天守ヤローのヘタレと、どっちがいいのぉ。
黒はねぇ、天守ヤローを取ろうと思ってるんだよぉ』
『黒鬼闇姫さん……つまり、私に向こうを取れと言ってるわけですわね。
仕方ないわね、よろしいですわ』
『おぉ、さっすが銀ちゃん、話っせるぅ。
じゃあ神楽君、天守ヤローに声をかけてねぇ』
『ああ、わかった』
俺達の戦闘の邪魔になるのを避け、距離を取っていた帝は、戦闘……いや処刑行為に目処ががつくのを見計らって、俺達の直ぐ後ろまで来ていた。
闇姫と鬼姫が何を行うのか、今ひとつわからなかったが、俺は振り返り、天守本人ではなく帝に話しかけた。
「帝、お話したい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「かまわんよ、言ってみろ。天鳥神楽」
「はい、先ほど恥ずかしながら一人討ちもらしました。これについて黒鬼闇姫と銀界鬼姫から提案があったので、それについてお願いがあります」
(見せ物、出し物の類ですが……)
「ほう、それは楽しみでだな」
「それで彼女達は、是非天守近衛長に討取ってほしいと、言っているのです。その許可を頂きたいのです」
「ああ許可するよ。天守命、行ってこい」
「ひぃ、今更私にできる事など、何もございません」
天守は、先ほどの惨状を目の当たりにして、腰が完全に退けている。気持ちはわからないでもないが、味方ながら情けない。
「行ってこい。これは勅命だ!」
「ひぇ、うっ承りました」
「天守近衛長殿、ご協力、感謝いたします。
我らの恥を消し去っていただきたい。それに手柄にもなりましょう。
さて闇姫、話はついたぞ」
『あっりがとぅ神楽君。
じゃあねぇ、これをお願いねぇ。
銀ちゃんも頼むよぉ』
『わかってますわ、黒鬼闇姫さん。
では鈴音様、こちらをお願いします』
俺と鈴音は二人同時に「印の舞」を始めた。
「なるほど、まあそう言う事になるわけだ」
籠から出てきた帝は、屋根に上がり特等席から、楽しそうに観戦を始めた。
(先ほどの惨状の始終も、そうして観戦を楽しんでおられたんですね……)
「汝、我の手で踊れ
汝、我の手で舞え
全ては我の思うまま
汝の糸は我に紡がれた」
『糸操り人』
詠唱が終わると、鬼姫は敵兵に向かい、闇姫は天守近衛長に向かい、それぞれの両掌を向ける。
すると「命の糸」に似たものが彼女達の指先から掌を向けた相手に伸びていく。
その糸は、敵兵、天守近衛長の体をとらえると、四肢の各部に結びつき、彼らの自由を奪った。
「あっ、体が勝手に……」
「ひっ、何だ、何事で……」
闇姫と鬼姫に操られた二人は、自らの意志とは違う何かに体を支配され、一歩ずつ足を進めていく。そして二人は武器を構えた状態で、向き合った。
「帝、二人の準備が整ったようです。
号令をお願いします」
「さすが天守命、正々堂々の一騎打ちか。名は知らぬが、そちらの兵もこの状況で、天晴である。天守に勝てば、これまでの愚行は不問にしてもかまわぬ。
それでは始めい!」
とは言っても出し物の類、闇姫のボケから始まった余興ある。
闇姫と鬼姫に操られた二人の演武が始まる。
敵兵が斬り掛かる。天守が避けて槍で突く。
また斬り掛かる。避けて突く。かなり際どいところで、相手の攻撃を避ける二人であった。
「ひっ、あぶ、危ない……」
「ちょっと、やめてくれ……」
騒ぎ立てる二人をよそに、十手程したところで、天守の槍が敵兵の左腕を貫いた。
「うわっ……」
「おっ俺じゃない……ごめんなさい」
「天守近衛長殿、戦闘中に『ごめんなさい』は駄目ですよ」
次の一手では、敵兵の右太ももを貫く。
その次は、右手を貫く。
鮮血を飛び散らせ、一歩一歩後退していく敵兵を、返り血を浴び、その衣服を徐々に緋色に染めながら追いつめていく天守近衛長。
「おっ、俺じゃない。俺がやっているんじゃないんだ」
「……」
既に敵兵の意識は、無くなっている。鬼姫に操られて動いているだけの、傀儡と成り果てている。
そして他の敵兵達が磔にされている土壁を背にしたその時、天守の槍が敵兵の心臓を貫き、そのまま土壁に磔にした。
「おっ、俺がやったんじゃなんです。
うっ恨まないでください。
お願いです、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
天守近衛長の意味の分からない謝罪が、静まり返ったあたりに虚しく響く中、帝国軍強襲部隊の討伐は終わった。
『もう辺りには敵はいないね』
『うん神楽君、完璧にかたずけちゃったよぉ』
周りを確認した俺は、全てが終わった事を帝に報告した。
「帝、少々見苦しいところもありましたが、全て終わりました」
「なかなか面白い見せ物だったぞ、ご苦労だった。
闇姫ちゃんもおやつに間に合ってよかったな。
しかしここは和むには、少々雰囲気が良くない。もう少し足を進めてから休憩するとしよう」
『わぉ帝兄貴ぃ、話っせるぅ。黒、たくさん働いたからお腹が空いちゃったんだよぉ』
「ははっ、もう少しの辛抱だよ」
俺は闇姫との連結を解いて、通常の状態に戻った。
鈴音も、敵兵達が磔てある土壁を残して結界魔法を解き、通常状態に戻った。
「帝国軍の愚行のために少々遅れたが、ただちに出発する。
そうそう、この有様を描き残すように、絵師を派遣するよう伝えてくれ」
帝の号令がかかると、天守近衛長がまだ正気を戻していなかったが、視察団一行は動き出した。
一行はその後何事も無く宿に到着する。そして俺は今晩も鈴音と同室となる。
なお、この事について鬼姫が鈴音の本音を突くという、いらない一言で鈴音を怒らせるというのは、もはやお約束である。
翌朝、先に目覚めてくれた鈴音に起こされた俺達からは、黒化鈴音の恐怖は消え、平穏な朝のひと時を迎える事ができた。
支度をすませた一行は、予定通り進行する。
途中で立ち寄った集落で会談と昼食を済ませ、最初の視察目的地である第一砦に、予定通りの午後三時に到着する。
俺達は部屋に案内された。中に入ると個室が二部屋ある士官執務室である。俺達はそれぞれの部屋に別れて入った。
しかし不思議と騒がない闇姫に尋ねる。
『闇姫どうしたんだ静かじゃないか、三時を過ぎたけど、今日はおやつどうするんだ?』
『あれぇ神楽君、わかってないなぁ。
遠足はねぇ、目的地に着いたら、大人しくそこを見て回るんだよぉ』
『じゃあ、ここを見て回るか?』
『うん、鈴音ちゃんと銀ちゃんも一緒だよぉ』
部屋を出た俺は、扉越しに声をかけた。
「おーい鈴音、闇姫が砦を一緒に見て回りたいって言ってるぞ」
「はーい、今いきますね、兄さん」
鈴音達が部屋から出てくると、自由時間の俺達は、非戦闘状態のため、ゆるい空気の漂う砦内の散策を開始した。
『ねぇねぇ神楽君、お外が見えるところにいこうよぉ。
あそこがいいよぉ。上ろうよぉ。上ろうよぉ』
闇姫が指差したのは見張りの櫓であった。
『あそこは、確かに遠くまで見晴らせるけど、上らせてくれるかな。
でも近くまで行ってみよう』
『神楽君も話がわかるようになってきたねぇ。やるねぇ。うんうん、大人だねぇ』
『全く黒鬼闇姫さんは、あんまりはしゃぐのは、はしたないですわよ。いつまでたっても子供なんですから』
『鬼姫ちゃん、いいんじゃない。私は元気な闇姫ちゃんは好きよ』
『えっ鈴音様、それは私より黒鬼闇姫さんの方が好きという事でしょうか?』
『鬼姫ちゃん、そういう意味じゃないのよ』
『そうですわよね、鈴音様が一番好きなのは神楽様でイタイ……』
やはり、脳天鉄拳制裁はお約束である。
『全く鬼姫ちゃんはどうして一言多いのでしょうかね』
『ごめんなさい』
馬鹿な話を聞いているうちに、見張りの櫓ののぼり口に着いた。
俺は見張りの兵士に問いかけた。
「すみません、上がらせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか」
「は、はい、喜んで」
(どっかの居酒屋か……)
間違った言い回しの返事だったが、俺達は櫓の階段を上った。
そして台に立ったその時である。
『……来る……』
闇姫と鬼姫が揃って、緊張感たっぷりに口を開く。
『来るってもしかして……』
俺は闇姫に問いかけた。直感が間違ってなければ大変な事になる。
『うん、白姉ちゃんと金ちゃん』
『神楽様、鈴音様、来ます、白輝明姫と金剛輝姫です』
俺はすぐさま見張りの兵士に伝えた。
「帝国側の魔法使いが来るぞ、すぐに帝と司令部に伝えてくれ」
「し、しかし姿が……」
「彼女達が騒いでいる、間違いない、何かあっても俺が責任を取る。とにかく、すぐに伝えるんだ! 警鐘を鳴らせ!」
俺の叫びを聞いて、兵士の一人が警鐘を鳴らし出し、もう一人は伝音管で事態を司令部に伝える。
けたたましく鳴らされる警鐘に兵士達は、すぐさま防衛の陣を整え出した。
「報告! 帝国軍の襲来の可能性あり!」
「どういうことだ」
「帝国側の魔法使いが迫っている模様です」
その時、警鐘を鳴らしていた兵士が叫んだ。
「帝国側の『お人形』が現れたぞ!」
そして伝音管の兵士も叫ぶ。
「きっ、来ました。二体現れました」
「あっ、み、帝様、お下がりください」
「よい、代われ。
我は天ノ命である。
そこに、神楽と鈴音、うちの魔法使いは、いるか?」
司令部の人間を押しのけた帝の声が、伝音管から響き伝わってくる。
「み、帝様? ……あっ、は、はい」
「ならよい、我らに打つ手はない。彼ら二人に任せよ。
わかったな、天鳥神楽、天鳥鈴音」
「はい、承りました」
緊張する見張り台の兵士に、鈴音が優しく話しかける。
「あなた達は下に、何かあるといけません」
「いや、しかし……」
「私達なら大丈夫です」
「……わかりました、ご武運を」
そう言うと二人の兵士は階段を下りていった。
既に陣形を整えた兵士達は静まり、俺達の一挙手一投足に注目する。
そんな中、最初に口を開いたのは、当然闇姫であった。
『白姉ちゃん、金ちゃん、お久しぶりぃ。
元気だったぁ? ねぇねぇ、今日は二人だけでどうしちゃたのぉ』
『白輝明姫さん、金剛輝姫さん、あなた方の契約主はどうされたのですか?』
俺は二人の不思議な話に突っ込んだ。
『って、まさか来たのは「お人形」だけなのか?』
『そうだよぉ神楽君。今頃気が付いたのぉ』
『えっと、それってどういう事なんですの、鬼姫ちゃん』
『鈴音様、さすがに私も事情は聞かないと……』
その時、明姫達が口を開いた。
『お願いです。お姉さんの主を、私のアリエラちゃんを助けて下さい』
『ヘリオを……あんな下僕でも妾の契約主である。頼む、力を貸してくれぬか』
このやりとりを知るのは、俺達と帝だけであろう。他から見ると、ただ沈黙が続いているだけである。
それに輪をかけるように、俺はあまりに予想外の出来事に、全く言葉が出なくなってしまった。
高まる緊張の中、無言の時だけが流れていく。
読み進めていただき、ありがとうございます。