策略 7
細かな部分を改稿いたしました。2・26
俺達は歩みを進め、視察団と敵との中間で足を止めた。
「さてと鈴音、始めようか」
「はい兄さん、いつでもどうぞ」
俺達は『命の糸』を黒鬼闇姫、銀界鬼姫のそれぞれとつないだ。
普段の俺達は、リスクの一つである感情消失状態を避けるため、『命の糸』を闇姫や鬼姫から外している。そのため自由気ままに動き回る彼女達に……はっきり言って闇姫に、振り回されているわけです。
それはさておき、魔法を使うには、『お人形』達との同期が必要となる。そのためには『命の糸』の連結が必要となってくる。そして連結によって『お人形』の動きを九割九分制御できるようになる。
魔法使いにとっての戦闘状態となった俺は、命令を出した。
「神国天ノ原、独立魔戦部隊筆頭魔術師、天鳥神楽の名において命ずる。
バルドア帝国軍強襲部隊を殲滅せよ。
我らが帝の命を狙ったその愚かな行為、死をもって償わせよ。
ただし、その死体は可能な限り原形を留めさせる事、これは帝からの希望である。
この事を念頭に置き、そして事に対処する。いいか天鳥鈴音」
「承知しました」
この感情消失状態は、ある意味戦闘に適した状態ともいえる。普段の俺からは考えられない言葉が、照れる事も無く口からスラスラと出てくる。恥ずかしいと思わないので、照れる事も無いのである。例えば、今の鈴音なら一糸まとわぬ状態でも、包み隠さず命令を遂行するであろう。
そしてなによりも今の俺達は、どんなに残虐な命令でも、眉を一切、ほんのわずかも動かさず、顔色一つ変えないで実行する事が出来る。それが例え後になって、最悪の大虐殺と語り継がれる行為であったとしてもだ。
そして今回の命令はそれに近い。全てを消し去ってしまえば、見なくてすむ戦闘の惨状を、今回は結果として残さなければいけない。それは普段の俺や鈴音では到底出来ない事なのである。
『さて闇姫、今回は全てをなぎ払ったり、埋めたり、焼き尽くしたりは出来ないから、まずは敵の位置を特定しておこう』
『りょぉかいだよぉ神楽君、じゃあ、これだねぇ。
よろしくねぇ』
闇姫がそう言うと、俺の頭の中に古びた魔術書が浮かび上がり、開かれた。そして次から次へとページがめくられ、中程で止まった。
俺達が魔法を発動させるには、契約主である人間が『命の糸』を繰り、『お人形』に『印の舞』をさせる。そして、呪文を詠唱するという手順が必要となる。
浮かび上がった魔術書には、その操る手順と詠唱する呪文が記されている。
『じゃあ始めるよ、闇姫』
俺は『命の糸』を魔術書通り闇姫を繰り、『印の舞』を始めた。そして呪文を詠唱する前に、魔術書に目を通した。
その時、何故だろう、この呪文を見ていると、心が何かを言わそうとする。感情消失状態になっていなければ、きっと何かを言っていただろう。
そんな心を無視して、俺は呪文の詠唱を始めた。
「お空に輝くお星様
私に見せて下さいな
たくさん教えて下さいな
お願いきいて下さいな」
『お星様の千里見聞録』
俺は詠唱が終わった時、誰かの吹き出す声を聞いたような気がした。
そして同時に心の中にある、ちっぽけだが大切にしていた何かが、音を立てて崩れ落ちていった気もした。
『わぉ神楽君、大成功だよぉ。これ使うの初めてだから、心配だったんだよぉ。
でも悪い奴らみんなわかっちゃったねぇ。
右と左に十人ずつ別れて、二十人いるよぉ。
そうだ銀ちゃんにも教えるねぇ』
『そうしてくれ、闇姫。
では鈴音達は、情報を受け取り次第、奴らの退路を断ってくれ』
今の俺は、感情消失状態である。崩れかけた心ですら、普段以上冷静に指示する事ができる。
『承知しました。
では鬼姫ちゃん、どれにしましょうか?』
『こちらは如何でございますでしょうか、鈴音様』
『これは駄目よ。兄さんの話を聞いてなかったの、鬼姫ちゃん。
公開処刑を帝がお望みです。
敵を磔にして、そのまま死体を飾れる物理的な壁がいいわね。
見栄えもいいし、飾る手間も省けるわ』
『鈴音様、凄い事をさらりと言っているでございますですね』
『なぁに? 何か言いましたか、鬼姫ちゃん』
『あっ、失礼しましたでございますです。
では、こちらは如何でございますでしょうか』
『これなら、うってつけね。
準備できたら、すぐに始めるわよ』
『はい鈴音様。いきますですわよ、激震』
鬼姫の首飾りが、彼女お気に入りの戦鎚に変化する。それと同時に、鈴音と鬼姫の『印の舞』と呪文の詠唱が始まった。
「大地の民よ
古の契約に基づき
我に力を貸したまえ」
『土石要塞の闘技場』
鬼姫は戦鎚を大上段に振り上げた直後、大地に向かって振り下ろす。
『――っえい!』
と、一撃、重厚な打撃音と同時に、戦鎚が地面にめり込んだ。その衝撃波は大地と大気を揺るがし、周囲の静寂は弾けとぶ。
直後、鬼姫が叩き込んだ戦鎚を中心とした大地に、白く光る円状の魔法陣が浮かび上がり、放った衝撃波を追いかける様に広がる。
敵味方を全てを飲み込んだ魔法陣の膨張が止まると、外周が一段と輝きを放つ。
そしてその光の輪に沿って、ゴゴゴと地鳴りのような大轟音と共に大地が盛り上がり、周囲を完全に囲い込んだ。
『闘技場? どちらかというと処刑場だな……鈴音組はいい演出を作り出したな。
こっちも負けないようにしないといけないな。
闇姫、鈴音の準備した舞台通り、あの壁に張り付けるよ』
『はぁい神楽君、まっかせてぇ』
俺は、未だに隠れているバルドア帝国軍の強襲部隊に脅しと、こちらの意思をはっきりと伝えるために、口上を述べる。
「我らは神国天ノ原、独立魔戦部隊、筆頭魔術師天鳥神楽と天鳥鈴音である。
バルドア帝国軍に属するお前達二十名は、神国天ノ原領土内に不当に入り込み、のみならず、卑劣にも我らが帝の暗殺を企てた。これは実行なくとも死罪に値する。
我らは帝の命を承け、今より刑の執行を行う。
お前達は既にこの場から、逃げ出す事は出来ない。
刑は確定している! 我らに対して抵抗は無駄である! 投降は一切認めない! 降伏は無意味である!
お前達に残されている道は、何もせずおとなしく死の罰を受ける、その一択のみである!
なお我らは、帝国の犯した愚劣な行為の始終を、抗議、そしてこのような愚行を二度と起こさぬよう、忠告として、お前達帝国の王に包み隠さず報告する。以上」
俺が口上を述べ終え、あたりにひと時の静寂が戻ると、息をひそめていた強襲部隊のざわめきが伝わってきた。
「ト、トークマン隊長、魔法使いがいるなんて聞いてないですよ」
「とてもじゃない、勝負になりませんよ」
「ここは、なんとか退きましょう」
「見たところ登れない高さじゃないです。
とりあえず私が行ってみます」
「ま、待て」
トークマンの制止を聞かず、敵兵の一人が壁を登り出した。確かに高さは五メートル程度と登れない高さではない。しかも大小さまざまな礫の混ざった土壁であるため、手足をかける事もできる。
『鈴音様、壁を登る愚か者がいますですわ』
『そのようね』
『このままですと、楽しみが一つ減ってしまう事でございますです、鈴音様』
「仕方ないわね。
壁を登るそこ方、直ちに降りなさい。
只の土壁に見えても、中の者を外に出さないための結界ですよ。魔法も通っています。
敵前逃亡として情けない死に様を晒したくなければ、直ぐに戻りなさい」
「何言ってやがる。どのみち死ぬんなら、にゲェ……」
壁を登りきった彼の足下から石の槍が飛び出して、股間から頭にかけて貫き、串刺し状態となった。
絶命した彼は元の場所まで転げ落ち、そして止まった時には、頭より突き出た穂先が地面に突き刺さり、逆立ちの形となった。
「あら残念、間に合いませんでしたわ。
でも敵前逃亡兵には、お似合いの情けない最後ですわね。
でもこの後の事を考えると、あの方は幸せかも……」
「ひっ、ひえぇ、まっ、まっ、待ってくれ……おっ、俺達は……はっ嵌められたんだ……そう、だっ、騙されたんだ」
無惨な最後となった自軍兵士の姿を、目の当たりにしたトークマン隊長は狼狽した。
そして悲鳴にも似た叫びと、嘆かわしい程の醜い言い訳が、恐怖で静まり返ったこの処刑場に響き渡った。
「おっ俺達は、偵察部隊なんだ。間違っても暗殺など……とっ、とにかく嵌められたんだ」
「全く嘆かわしいよ、言うに事欠いて嵌められたときたもんだ。
どうしたもんでしょうか、闇姫さん」
『そんな事、悪い奴はやっつけるに決まってるよぉ神楽君。
それに悪い奴の言う事なんてぇ黒達には、関係ない事だもんねぇ』
そう言うと闇姫は顔の横で両掌を上に向けて、大きくかぶりを振った。
「お前ら、ここにいる黒鬼闇姫さんは、『そんな事は知らない、悪い奴は倒す』と言ってますよ。
どのみち、今更お前達が何を言っても、それはお前らの問題であって、俺達には『今、お前達がここにいる』事が問題なんだよ!
闇姫、取って置きを頼むよ」
『まっかせてぇ。
じゃあ神楽君、これをお願いするねぇ。
あぁ、しまったぁ。取って置きすぎて、呪文を直すの忘れてたぁ。
仕方ない、今回はがまんしよぉ』
俺は、魔術書に書かれた文言を見て、なぜか変な安心感に包まれた気がした。
(うん、これなら失った何を取り戻せる気がする)
早速、『印の舞』を始めた。すると闇姫が舞をしながら鬼姫と話し出した。
『銀ちゃん、鈴音ちゃんの楽しみを取っちゃうといけないからぁ、半分残しておくよぉ。
だからねぇ、勝負だよぉ』
『黒鬼闇姫さん、何を基準に勝負とするのでございますですか。
でも、よろしいですわ、ここで私が勝負から逃げて、主である鈴音様が愛する神楽様の前で、恥をかくわけにはいきません事ですわ。受けて立つとするでございますですわ。
えっとこれなんか、鈴音様好みですが、いかがで……』
話が途切れた鬼姫を見ると、不自然な格好で固まっている。そして固めている張本人である鈴音を見ると、感情消失状態なので表情は一切変わっていないのだが……何か黒く渦巻くようなものを感じる気がした。
それはさておき、俺は呪文の詠唱に入った。
「汝が行くは荊棘の道
汝を穿つは荊棘の戒め
我に仇なし事
今より千の時を刻むまで
悔やみ
そして散るがよい」
『棘刑の監獄』
詠唱が終わると闇姫の足下に、若草色に光る紋章のような模様が浮かび上がる。
そこから一本の触手のような『何か』が、敵に向かって音も無く伸びていく。
突然、触手のような『何か』は向きを変え、地中に潜り、更に敵兵達を迂回するように、鬼姫の作り出した土壁に向かって伸び出す。
やがて土壁まで伸びた触手のような『何か』は、いく筋にも分裂し、更に土壁の中を這い、敵兵の背後に音も無く迫っていく。
そして触手のような『何か』の先端が敵兵の背後に近づくと、土壁から突如として飛び出し、狙いを定めた敵兵に巻き付き、土壁まで無理矢理引き摺ってくる。
「たっ、助けてくれぇ……ひっ、わぁ……」
その戒めから逃げ出す事もできず、引き摺られてきた敵兵が土壁に触れると、更に何本かの触手のようなものが飛び出し、半ば自由を奪われた敵兵に更に巻き付き、完全に拘束し、土壁に磔ける。
そして役目を終えた触手のようなものは、棘刑の使者「荊」の戒めにその姿を変える。
敵兵を幾重にも巻き重なる戒めの茎から、鋭く突き出した無数の棘が、武装をも突き破り、肉を穿つ。
だがそれは決して致命傷とはならない。
千を越える一本一本の棘刺が、時間をかけて彼らから、生命の循環という血液を、一滴、また一滴と奪いさる。
「やっ、やめてくれ……おっ、お願いします……」
自分の無惨な末路を見た敵兵は、悲鳴に似た叫び声で最後の命乞いをする。
敵兵の中には、剣を抜き抵抗する者もいた。
が、抵抗するだけであり、逃げる事はできない。
決して剣では切る事ができない触手のような『何か』であった。
抵抗を感じ取ると、触手のような『何か』は、一本、また一本と、その数を増やす。
やがては、抵抗の証である剣を、ある者はたたき落とされ、またある者はへし折られ、そして、一人、また一人と触手のような『何か』は、無情な処刑執行人として、確実に敵兵を捕らえ土壁に磔ていく。
「うぅ……あぁ……」
戒めの茎に口をふさがれ、棘にのどを貫かれた彼らは、激痛の中で呻く事はできても、叫ぶ事も命乞いをする事もできない。
滲み出た血液が、自身を戒めている荊の茎を少しずつ、くすんだ紅色に染めていく。
六人目を磔にしたところで、闇姫が変な事を言い出した。
『どぉ神楽君、すごいでしょぉ。
でもねぇ黒、苦手なんだよねぇ、火とかぁ水とかぁ使わない、こういう魔法は……』
七人目……
『あの闇姫さん、なんだか怪しい一言が聞こえたようですが……』
八人目……
『大丈夫だよぉ、まっかせてよぉ神楽君。
黒に間違いは、ないんだからぁ、やればできるんだよぉ』
九人目……予定では残り一人。
今までもなんだかんだと言って、うまくやってきた……俺と闇姫は揃って口を開いた。
『あっ……最後の一人スカった……』
俺達に旗立の伝説が、今一つ追加された。
読み進めていただき、ありがとうございました。