策略 4
地の文を変更しました。10・3
微妙に付け加えました。12・24
「さてヘリオ・ブレイズ中将、アリエラ・エディアス少将待遇、お話できるようになるまで長々と待たせてしまったようですね。なにぶん作戦前は一番忙しい時期でしたので失礼しました。
それで私に何を訊きたいのですか」
参謀室へ通された私たちにアリス・ガードナー参謀は、凛と突き抜けるような声音で、世間話の一つもなしに尋ねてきました。
ガードナー参謀は女の私から見ても凄く綺麗で、格好良いと思います――でも、今は嫌いなんで・ス!
スラリとしたボディーラインを包む、帝国軍の制服はいつ見ても、折り目がしっかりとして綺麗ですし、短く切り揃えられた金髪も、いつもしっかり整えられて、それでいて大人の色気も漂っているんです――でも、今は嫌いなんで・ス!
ヘリオ先輩がコロリとやられちゃうのもわかります。
それにしても何度呼ばれてもしっくりこない称号です。もっとも立派な称号や地位がほしいわけでもないので、なんて呼ばれてもいいのですが……
魔法使いの私は、一般の兵士達より早く正規軍として配属されました。本来魔法使いは、将官の階級と責任を受け持つのですが、幼かった当初は正式な階級が付きませんでした。
それでも責任だけは、しっかり負わされていたのですが……いかにもユ・ウ・ノ・ウ・なオジサマ達が考える事ですね。
しかしそれでは一般兵に対して、示しがつかないということで「少将待遇」という、これまた、いかにもユ・ウ・ノ・ウ・なオジサマ達が考えそうな、中途半端な階級で呼ばれる事になってしまいました。
でもヘリオ先輩は、金剛輝姫ちゃんに頭が上がらないヘロヘロ君なのに中将なんて、不思議です――図体は大将級ですけど。
「ガードナー参謀、失礼を承知で伺います。
今回の強襲部隊の編成と行動ついて、その意図を教えていただきたいのです」
相手は大人の女性です。でも負けません、乙女力を見せてやります。
「エディアス少将待遇、確かにそれは分を超えた失礼な話ですね。
私は参謀として作戦を立てることにより、兵士達をある意味、盤上の駒のように使える権利を持っています。そして、その兵士達が最も効率よく動いていただけるように、作戦内容を説明する義務も発生します。
ただしそれは、機密保持などの観点から必要最小限の説明となります。
ですから今回の作戦において、エディアス少将待遇の所属する特殊遊撃部隊に、この宮殿の護衛をお願いするにあたり、作戦内容を説明するという義務を必要最小限で行いました。
したがって、今回の作戦内容についてこれ以上、説明をする義務はありません。ましてや内容以上深いところにある意図、つまりは私の考えを晒せというのは致しかねます」
まともに正論をぶつけられて、意気込んでいた私は、返す言葉を失いました。
「うぅぅぅ……」
しかし、ただこうして黙ったまま時間をやり過ごすわけにもいきません。
そんな私を見かねたのか、珍しくヘリオ先輩の口が動きます。
「参ったなガードナー参謀、そんな義務とかなんとか、アリエラが意図なんて難しい言葉を使い出したから、そんなかた苦しい返事になったと。ですがね、もっと簡単に考えて下さいよ。
アリエラや私が伺いたいのは、向こうの戦力に魔法使いが入っているのがわかっている。それにもかかわらず、何故私たちを強襲部隊に入れていただけなかったのか、もしそれが不可能でも何故、敵の第一砦に最も近いアルダ砦に配置していただけなかったのか、という事です。
今のままでいけば、例え帝国一の精鋭を集めた強襲部隊だとしても全滅は免れません。そしてそれは何の意味も無い無駄な犠牲です。
この意見は、誰がなんと言っても、例え帝国軍の勝利を信じる事が出来ない反逆者とされても、変える事はできません。当然そんな事は私が言わなくてもガードナー参謀はわかっているはずです。
しかし、もし私たちが強襲部隊に入っていたり、近くにいればそんな惨状は起きないと思うのです。これもガードナー参謀はわかっているはずです。
ですから、この人選と配置は何故なんです? となるわけです。
もっとも、どうしてもお話しいただけない理由があるのならば、無理にとはいいません。当然、ガードナー参謀にはそこまで話す義務もなければ、私達にそれを聞き出す権利もないわけですからね」
私は自分の耳を疑いました。理屈で負けて黙り込んでいる私を差し置いて、あの大柄な体だけが取り柄の、ヘリオ先輩が自信たっぷりにものを言っているではないですか。
(あれ? ヘリオ先輩、どうしちゃったんですか? 本当にあのヘロヘロヘリオ先輩ですよね。偽物じゃない・デ・ス・ヨ・ネ。
もしかして、マ・サ・カ、自我崩壊事件で脳内の回路が作り直されちゃったんですか?
それとも、やれば出来る人だったんですか? そうなの? そう・デ・ス・ヨ・ネ)
白輝明姫姉達がこの場にいないのをいい事に、一人ツッコミをしていた私は、初めて見るヘリオ先輩の凛々(りり)しい姿……かな……を見て、惚れそうに……なるわけないけど、ちょっと、いや随分引いてしまった、じゃなくて見直しました。
少々の沈黙の後、
「――わかりました。あなた達がそこまで言うならお話しましょう。今後の作戦に影響が出るのも困りますので、ただし決して他言はしないで下さい」
そう言うとガードナー参謀は、何かを決心したように重い口開きました。
「今回の作戦を立案するにあたり、最初にあなた達特殊遊撃部隊を全面に押し出した作戦を立ててみました。その後机上でシミュレートした結果、どのパターンで行ったとしても、大きな問題が二つ残されてしまうのです。
一つは言わずとしれた、あなた達魔法使いの動きです。向こうの魔法使いと相対し、お見合いになるまではわかります。しかしその後の動きが読めないのです。
こちらの事が全て終わるまで、一切動かないでいてくれるのならば、当然問題はないのです。
しかし無論向こうもそんな事を言っていられない状況ですので、何らかの動きを見せるでしょう。
その結果は、あまり考えたくありません。
せめて向こうの魔法使い達の主旨がわかれば、あなた達の主旨と比べて、何らかの対応策が打ち出せるかもしれないのですが……自身の力量不足を感じます」
「えっと、そう言い回すということは、ガードナー参謀は、私達の主旨をご存知だったんですね」
どこの誰から訊いたのか……わかりきった事なので、私はそれ以上は言いませんでした。
「私は作戦を立案するという立場上、兵士の皆さん、特に上に立つ方達の事をよく知る必要があります。
そんな私を一部の方は『聞き耳を立てたり、覗き見が趣味の、オ・ネ・エ・サ・ン』なんて陰で呼んでいるみたいで、少しショックを受けてしまいました。
主に誰が言っているのかは、さておきますが、当然エディアス少将待遇やブレイズ中将お二人の事もいろいろと調べさせていただいております。その中には契約の主旨についても入っております。
それにつきましては、そちらの大柄な見た目だけいい男のブレイズ中将と、大人同士のお付き合いをさせて頂いたら、すぐに教えて下さりましたわ」
「あ、あのガードナー参謀、その話はしない約束では……」
そう言うと、ヘリオ先輩は『だけ』と呟いていた。
「あら私とした事が、情報ソースを明かすなんて大失態ですわね、これは失礼いたしました」
私はいつも通りの、ヘロヘロなヘリオ先輩に戻ったのを見て、変な安心感に包まれました。
「ヘリオ先輩、コ・ド・モのアリエラは、大人のお付き合いとはどんな事か、深く追求するつもりはありません。したくもア・リ・マ・セ・ン。ソーゾーもデ・キ・マ・セ・ン!
でも、部屋に戻ったら、輝姫ちゃんにしっかり報告いたしま・ス……フ・ケ・ツです」
私がそう言うと、ヘリオ先輩の顔色がみるみる青くなっていきます。大柄な体をしぼませて、そして肩をガックリと落とし、うなだれてしまいました。
「そろそろ続きをお話してもよろしいですか?」
「あっ、ガードナー参謀、お話を中断させてしまいすみませんでした。
一区切りつきましたので、続きをお願いします」
(なにさ、あんたが原因で中断したようなものじゃない・カ・シ・ラ)
短気を起こしそうになるのを、ぐっとこらえます。
「あら、エディアス少将待遇、何か言いたそうですね」
「いいえ、ブレイズ中将があまりに情けなくて……どうぞ、気にしないでお話をお願いします」
「では遠慮なく話を続けます。えっと残された、もう一つの問題でしたわね。
最初に立案した作戦内容を簡単に説明すると、あなた達魔法使いがお見合いをしている隙に、帝、つまり敵の総大将を暗殺するなり致命傷を与えるという事でした」
「えっ、暗殺とか凄く物騒なお話ですね」
「今は戦乱の時代ですから、そんな話はいくらでも、そしてこれからもたくさん聞かされますよ」
私はそんなこと当然理解しています。でも直接耳に入れると、気分が滅入ってしまいます。
少し気落ちしたそぶりを見せてしまった私にかまわず、ガードナー参謀はそのまま話を続けました。
「しかし、現在の帝国軍にそのような都合の良い武器は、残念ながら無いのです」
「都合の良い武器って、何の事ですか?」
「つまりこちらの気配を悟られない距離から、一瞬の間に、一撃で、そして正確に帝をとらえれる武器の事です。旧文明ではそんな武器が、いろいろとあったらしいのです。その技術が失われてしまった現在、都合の良い武器は存在していないのです。
それでも強いて言えば、あなた達魔法使いなら、何とかなるかもしれません。ですが敵と対峙してスキを作るという役目をおっているあなた達には、無理なんです。
当然あなた達のどちらか、若しくは両名を暗殺部隊にまわす事も考えました。でもそれですと向こうの魔法使いを、止める事が出来ないのです。
つまり、この強襲という作戦は成立しないという事になるのです。
向こうの参謀もそれを織り込み済みといったところでしょう」
「では、デ・ハ・何故? ナ・ン・デ、強襲部隊を出すのですか?
無駄な犠牲となるのが、わかっているじゃないデ・ス・カ!
こんなのは間違ってます。体裁ばかりを気にする軍上層部の横暴です」
私は「間違った事を言っていない」という自信を持ってガードナー参謀を責めたてました。
ですが彼女は顔色一つ変えないで、静かに言います。
「強襲部隊に選ばれた二個小隊二十名の兵士達は帝国軍兵士の禁忌を犯したのです。にもかかわらず、未だに裁かれていない。もし正当にさばかれれば、死刑が確定するでしょう」
「でも、だから、ダ・カ・ラ・ッ・テ、それって見せしめの公開処刑じゃないのデ・ス・カ!
しかも、勝手にやってはだめじゃないデ・ス・カ!
そんなのは軍法会議で裁く話じゃないのデ・ス・カ」
「エディアス少将待遇、少し落ち着いて私の話を聞いてくれないか!」
ガードナー参謀は私の高ぶった気持ちを落ち着かせようとしたのか、はっきりそう言って一呼吸おいた後、私と視線をしっかり合わせ続けて語り出します。
「裁判官でない私は、当然のことながら禁忌を犯した彼らを裁く権利は持っていない。
軍法会議への告発も考えたのですが、残念ながらその行為は、彼らを裁くのではなく、昇進を早めてしまう可能性があったため、出来なかった。
それでも禁忌を犯した二個小隊を見逃す事ができないでいた私は、この作戦で、ある意味合法的に彼らに消えてもらおうと考えたのです」
「だからと言って全滅が当たり前の作戦を立案するなんて……彼らは一体何をしたんですか?」
私は納得いく答えがほしくて、ガードナー参謀に詰め寄ります。
彼女は少しの間を開け、覚悟を決めたかのように口を動かし始めました。
「……あなた達は『キノモ』という名前を聞いた事ありますか? 二百人程が住んでいる……いいえ、住んでいた、辺境の極小さな集落の名称です」
「名前は少し前に何かで……」
「アリエラ、あれだよ、戦況報告書にあった『反逆者の村』だよ。
二ヶ月程前に集落全体が焼失して、確か住民も……生き残っていないとか……反逆を問われ追いつめられた住人達が、自害の道を選び自ら火を放った。その火災に討伐部隊も巻き込まれそうになったとか……」
いつの間にか正気を取り戻していたヘリオ先輩が口を挟んできました。
「報告書では確かにそうなっています。しかし事実は全く違っています」
「へっ、でも、デ・モ・ヨ、報告書って、公文書ですし、皇帝陛下の印もありましたし……何をどう間違えちゃったの?」
「一言で言えば、軍の体裁を保つため、己の保身のために捏造、いや事実そのものをゼロから作り直してしまったと、言った方がよいのかもしれません」
「でも、それは、ソ・レ・デ・ハ……報告書と真逆な……」
そのとき私の頭に浮かんだ惨状は、最も残酷で無惨なものでした。そして私は話の途中で言葉を続ける事が出来なくなりました。
「多分あなた達が今想像している通りの事が起きたのです。
あの事件の真実を話ておきます。しかし今となっては、証拠が一切残っていませんから、信用するかどうかは、あなた達次第です。
あの時、確かに五十人程の反逆者が潜んでいました。確証を得た私は、直ちに討伐部隊を編成して派兵しました。ただし反逆者達の潜伏地はキノモの集落から東に五キロ程離れたところにある建物、旧文明の遺跡でした。
討伐部隊に包囲された反逆者達は、その数を減らしながらも、隙をみて遺跡からキノモ集落に逃げ込みました。そして住民を人質に立てこもり、持久戦の構えを見せたのです。
私はこのような最悪の事態も想定していましたので、討伐部隊の隊長には交渉術と粘り強さに定評のあったトークマン大尉を任命していました。
彼は評判通り、粘り強く交渉をしていました……しかしそれは、はじめの二日間だけ。
交渉を始めて三日目を迎えたときの事です。トークマン隊長に何が起きたのかわかりません。突然彼は部下に向かって命令を出したそうです。
『集落を完全に包囲しろ』『一人も集落から出すな』と、二つ。
その後の事は、捏造された報告書を読んで下さっていれば、何が起きたのかお話するまでも……これ以上私、お話……」
私はあのガードナー参謀が目の前で、大粒の涙を流しながらふさぎ込んでしまう姿を、見る事になるとは思ってもいませんでした。
兵士達を盤上の駒のように考える、いや考えなければいけない立場のためなのか、自分の弱いところを決して人には見せず、気丈に振る舞っていた彼女の本当の姿を、少しだけ見た気がしました。
そして同じくその姿を見たヘリオ先輩がいち早く声をかけます。
「ガ、ガードナー参謀、大丈夫ですか」
「わ、私……、あつ……少し……取り乱して、みっともないところを……ごめんなさい。
まだ……こんな私にも、流せる涙が残っていたのですね」
そう言うと少し落ち着いたのか、ガードナー参謀は話を続けます。
「涙を流すなんて何年ぶりかしら、なんだかスッキリしました。
私の恥ずかしい部分を見たあなた達には、今更隠す事はないわね、ブレイズ中将」
「いや……恥ずかしい部分って……まあ確かに見ちゃいましたけど……」
「ヘリオ先輩! 何を、いったいナ・ニ・ヲ、想像しているんですか!
不謹慎で・ス! 不潔で・ス! 汚らわしいで・ス!」
「アリエラ・エディアス少将待遇、あまり怒らないで下さい。若い殿方にはよくある勘違いなんですから。
あら狭間な年頃のあなたには、ちょっと早いお話だったからしら」
(ちっ、このおばさん、純真無垢な乙女の前で何を言い出すのか、全く困ったもんです)
「それはさておき、お話を続けさせていただきます。
今回の強襲は建前はどうあれ、『私怨を晴らす』が本音です。
私にとってこの作戦の成功は、先ほども言ったように、強襲部隊が全滅してくれる事です。
この作戦を立案するにあたり、当然自身の心では葛藤がありました。
でも、あの事だけは許せない。
あの時キノモには、私の恋人……元恋人がいたのです。
彼は三年前、戦闘中に受けた傷により、やむなく軍を去り、生まれ故郷のキノモに戻りました……あの惨劇の原因になってしまった反逆者達の情報は、彼からのものでした……でも……私は……私は……」
ガードナー参謀は先ほどと同じく言葉に詰まり、溢れ出す涙を抑える事が出来なくなったようです。そしてこちらも同じく、そんな彼女を見かねたヘリオ先輩が慌てて声をかけます。
「ガ、ガードナー参謀、もう充分わかりました。
なっ、アリエラももういいだろう。
いらぬ事まで思い出させていまって、ほ、本当に申し訳ございませんでした」
これ以上話を聞く事が出来なくなってしまった私達は、ガードナー参謀が落ち着くのを待って参謀室を後にしました。
ガードナー参謀との話で作戦の意図がわかった私達でした。しかし、ここまで根深いものだったとは……想像できませんでした。
彼女の気持ちも充分伝わってきました。それでもなお、今ひとつ釈然としないものが残ってしまったのも事実です。
契約の主旨を『闘いが起きる前に止める』としている私なのに、本来起きる事のない、必要ない闘いでさえ、止める事が出来ません。
そんな悔しい思いが、わずかに残された可能性に向かって私を動かしました。
十月三十日、私は作戦通り皇帝陛下護衛のため宮殿に入るとすぐに、強襲計画の中止を直訴するため、皇帝陛下のもとに向かいました。
読み進めていただき、ありがとうござます。