策略 2
地の文を変更しました。10・3
人物像などを付け加えました。12・18
『大丈夫だよ鈴音。帝はこういう事態を想定した上で、勅命を発布したと思うよ。
作戦みたいな事も言っていたしね』
俺は鈴音の不安をぬぐい去ろうと、帝と交わした話の内容に多少尾ひれを付け加えた。
『そおだよぉ、鈴音ちゃん。頼りない神楽君だけじゃないんだよぉ。
なんてったって、頼れる黒や銀ちゃんが付いているんだよぉ……うんうん、凄い事だよぉ。
だからねぇ、大船にドーンと乗ったつもりでいたらいいんだよぉ』
『って、闇姫さん。大船って……あれ? 間違っていない!
どうした、熱でも出たか?』
『だからぁ、黒は、やれば出来る子だって、何度言わせるんですかぁ、神楽君』
『あのぉ闇姫さん……その言葉は……やっぱりいいです、もう何もいいますまい……』
真面目な会話をしていても、なんだかわからないうち、闇姫のペースに乗せられて、そして振り回されてしまう俺達であった。
『とにかくだ鈴音、闇姫もああ言ってるし、なによりお前は俺を守ってくれるんだろう。
俺は大船に乗ってるつもりなんだけどな――って、あれ? これじゃ俺自身の不安が無くなったかだけか……』
『ふっ……そうだね兄さん、私がしっかりしなくちゃ駄目だよね』
『まあなんだ……闇姫は頼りないなんて言ってたけど、俺だってやれば出来る男なんだぜ』
『兄さん、それ自分自身に言わない言葉です』
『あっ、しまった……』
情けない事を口にした俺は、照れ隠しも含めて、鈴音を引き寄せそっと口づけをした。
『わぉ神楽君、やるぅ、かっこいぃ。
よっ、お二人さん、熱いよぉ、熱いよぉ、ヒュッヒュゥー』
『黒鬼闇姫さん、あなたいつの時代の人ですか? はしたないですわよ。
当然、鈴音様、神楽様、お二方もですわ!
今はまだお仕事中でございますですわ。そういう事は、お二人の個人的な時間に好きなだけ行ってくださいましですわよ。
全くもって羨ましい……じゃなくて、はしたないですわ』
『そうですよ兄さん。ちょっと恥ずかしかったです。
でも、もう大丈夫です。ありがとう』
突然、俺に口の自由を奪われて固まっていた鈴音が、その拘束から解放され顔を桜色に染めながら我に返った。
その日、帝から大掛かりな作戦行動になる事を遠回しに伝えられたのはずなのだが……それをさておき、『本殿』内の神国天ノ原軍本部の一角を淡く、それでいて熱く、ほのぼのとした緊張感の無い空気を作り出す独立魔戦部隊の俺達であった。
一方その頃バルドア帝国軍部では、『敵国トップの戦場視察』という情報の真偽やその意図、そしてその対応をめぐり、熱い議論と緊張感をもたらしていた。
それはまるで、遠く離れたどこかの部隊のそれを横取りするかのようであった。
「まったく何なのよ、今日の軍議は! 何が緊急を要すよ! いったい何が、キ・ン・キュ・ウなの! こんな結論なら、ヒヨヒヨ共だけで勝手にやっていればよかったのよ!」
ここはバルドア帝国の首都『トゥルーグァ』である。そして立憲君主制を謳いながら、その実は専制君主制であるバルドア帝国全ての中心、皇帝ロスディオ・バルドアが居住する『トゥルーグァ宮殿』内である。
そこで軍務会議での不満を、周りの見る目はおかまい無しに、大声を上げて騒ぎながら、自室に向かう小柄な美少女がいた。
「いったい、ゼ・ン・タ・イ、どうしちゃったのカ・シ・ラ!」
今一度言う、ここは本来なら静まり返っているはずの、バルドア帝国全ての中心『トゥルーグァ宮殿』内である。
ともすると、反逆行為として即刻逮捕されかねかい行為である。
「そ、そんなに怒るなよ、アリエラ」
と、小柄な美少女の隣を並んで歩く大柄な男性が、周りの目を気にしてあたふたとしている。
そして大柄な体に似合わない、少々情けない弱々しい声で、騒ぎ立てる小柄な美少女の名を呼びながらなだめる。
「へリオ先輩は何とも思わないのデ・ス・カ? だって、おかしいでしょう、変でしょ・ウ!」
そんな言葉はおかまい無しに小柄な美少女は、堂々と騒ぎ立てる。
バルドア帝国の魔法使いの一人、アリエラ・エディアスである。
腰近くまで伸ばした、透けるような銀髪をツーサイドアップ、いやツインテールにまとめている。黒色のシュシュが、銀髪に映えると共に、微妙に背伸びしたい十四歳という年頃を表現している。
美少女の容姿に印象的に映える、色素の薄い白い肌に銀色の瞳。それらは、透けるような銀髪とも相まって、ある意味『妖艶?』とも言える――年齢相応の、あどけなさが無ければだが。
外観からも容易に推測できる、揺れるものが見当たらない少々残念な体つきは、小柄という事と併せて、それは年齢相応というのか、似合ってはいるのだが――まあ、全てを含めて、乞うご期待といった、少々残念な部分を持ちあわせている美少女である。
「うっ……で、でも、まだ、宮殿内だから、そんな大声は駄目だよ」
と、二メートル近い大柄な男性は、情けなくたしなめる。
百四十センチと小柄なアリエラに、簡単に気圧されてしまう情けない彼は、バルドア帝国のもう一人の魔法使い、ヘリオ・ブレイズである。
短く爽やかに整髪された赤毛も、目鼻立ちがくっきりした顔つきも、バルドア帝国の男性としては、極々標準的な容姿である。
それでも目立つところを強いて言えば――大柄な身長という事になるだろう。
そんな二人のお騒がせ押し問答は、まだまだ続く。
「敵の頭が戦場にノコノコ出てくるんでしょう。鴨ネギよ、カ・モ・ネ・ギ。そんなのお鍋にして、おいしく頂くのがアッタリ前じゃない!
しかもよ、シ・カ・モ、鴨鍋賛成派が六割を超えていたのに、どうしてヒヨヒヨの日和見になっちゃうの? ホント、どこをどう間違えるとこんな風になっちゃうわけ? 全く皆さん、バッカじゃないのデ・ス・カ!」
「そんな事を言っちゃ駄目だよ。
どのみち皇帝陛下の決断だし仕方ないだろう。その皇帝陛下もアリエラのいう日和見派だったんだから」
「だから、ダ・カ・ラ、いっくら皇帝陛下でも多数決で決めた結果を変えちゃ駄目でしょう。
一体なんなの! 皇帝陛下って、そんなに……モゴ、モゴ」
あまりに熱くなり、見境なく悪態をつきだした私の口を、ヘリオ先輩の大きな手がふさぎ、そして耳元で囁きます。
「この国は立憲君主を謳ってはいるけど、その実は専制君主制、皇帝陛下の決断は絶対なんだよ。僕たちは当然その事を知った上で使えているんだよ。
だから駄目だよアリエラ、それ以上言ってしまっては、わかったかい」
ヘリオ先輩の、心地よく体に響く低音とこそばゆく耳に触れる息遣いが、高ぶった私の感情の中心を体中に分散させてぼかしてくれました。
そして落ち着きを取り戻した私は首を縦に振ります。
「……モゴ……」
「わかればいいよ」
ヘリオ先輩は口をふさいでいた大きな手をどかしてくれました。
「でもよ、デ・モ、こんな決定をするなんて、皇帝陛下はアリエラ達の力を信用していないんじゃないの」
「そんな事ないと思うよ。
でもね、その鴨鍋行列には魔法使いを護衛として同行させるみたいだから、まともに向き合うのはよろしくないんじゃないかな。多分皇帝陛下も同じ考えだと思うよ」
その時、今まで黙った私たちの話を聞いていた『お人形』達が口を開きました。
『それはどういう意味なのじゃ、我が下僕のヘリオよ。
そこの白輝明姫ならいざしらず、この金剛輝姫様まで、あのいけ好かぬ女共に遅れをとるというのであるか!』
いつ聞いても不思議な輝姫ちゃんの口調は、何でもヘリオ先輩が憧れている、姫様とか女王様を反映したものと聞いた事があります。
命令を出す時のような目尻の上がった厳しい表情も、ヘリオ先輩の好みでしょうか。
それよりも不思議なのが、お姉さん体型の輝姫ちゃんを包む服装です。
隠すべきところは隠しているのですが、微妙に露出部分が多いというのか、良く言われるセクシー系というのか、黒で統一された鞣した革のような、妖しい艶を放つ素材で作られているドレス。これもヘリオ先輩の好みを反映したとか何とか――って、ヘリオ先輩の趣味というのか嗜好を疑います。
もっとも、ウェーブのかかった長い金髪を一束にした、ボリューム感たっぷりのポニーテールとは、非常に似合っていると思います。
『あらら輝姫ちゃん、今日も元気でいいわね。
でもね、あんまりお姉さんの事を馬鹿にしたような口を利いてると……あの事を言っちゃいますよ』
私と契約した明姫姉は、おっとりしてますが、やっぱりお姉さんです。ちょっとだけ口の悪い輝姫ちゃんを、一言で黙らせたりします。
そんな明姫姉は、黒色のスカート丈の長いエプロンドレス。
私と同じ銀髪を背中で揃えている髪には、必要以上乱れないように、ホワイトブリムを付けています。
何でも、『契約主に使えるのですから、私達はメイドです』と、ヘリオ先輩のなんだか恥ずかしい嗜好(純真無垢な乙女の私にわかりませんが)に合わせた輝姫ちゃんと違って、明姫姉自身の趣味で、決めたみたいです。
『うっ……ごめんなさい。
……妾が怒られてしまったではないか、この馬鹿下僕』
『金剛輝姫さん、僕はそんなつもりで……』
ヘリオ先輩の言葉を遮り輝姫ちゃんの声が響きます。
『……何度言ったらわかるのじゃ!
妾を呼ぶ時は「金剛輝姫様」、「金剛様」、「輝姫様」のどれかであると……三つも選択肢を与えておるのに、何年妾の下僕をやっているのじゃ。
ほれ、も一度呼んでみるがよい』
『……金剛輝姫様……』
『長い!』
『……金剛様……』
『堅い!』
『……輝姫様……』
『馴れ馴れしい!』
『僕は一体どうしたらいいのですか』
肩を落とすヘリオ先輩です。でもなんだか、なじられて嬉しそうです――ちょっと引いちゃう私。
『主の名前を心を込めて呼ぶ事が出来ぬとは、全くもって嘆かわしい。
もうよい、妾は疲れた。好きに呼ぶがよい』
二人の会話が一段落したところで、輝姫ちゃんの言葉が気になった私が口を開きます。
『ところで輝姫ちゃん』
『なんぞ用かへ、小娘。
そう言えば先ほど、我が下僕に何やら耳元でいわれていたようじゃが、頭の熱が他に回らなんだか?
良いのお、初々しき事とは、小娘には少々刺激が強かったようじゃのう』
私は改めてへリオ先輩に囁かれた時の事を思い出すと、急に恥ずかしくなり自分の顔が赤く染まっていくのがわかりました。
『あらら輝姫ちゃん、アリエラちゃんまでいじめちゃ駄目でしょう。
お姉さんの口もいつまでも閉じていると思わないでね』
『ひっ! わっ、悪かったのお、小娘……あっいや、アリエラ。
さ、何でも訊いてくれ。妾は何でも答えるぞ』
『さあ、もう大丈夫よ、アリエラちゃん』
『うん、ありがとう明姫姉』
私は理由を知らないが、輝姫ちゃんは明姫姉をかなり恐れているようで、なんだかんだといっても明姫姉の言う事はよくききます。
その明姫姉に元気づけられた私は、気を取り直して口を開きました。
『輝姫ちゃんがさっき口にしていたけど、向こうの魔法使いが契約したお人形さんを知っているのかな?』
『よく知っておるぞ』
『あらアリエラちゃん、あの二人なら私もよく知っていますよ。
でもね、私たちと反りが合わないというのか……あの痛い娘達とは、あまりお友達にはなりたくないわね』
『確かに、あの二人はかなり変わっておるの』
(僕にはあなた達も、変わっているように思うのですが……)
(ヘリオ先輩、それ輝姫ちゃん達にも聞こえるって……)
私達『魔法使い』は、ちょっと強く心に思った事が『お人形』や一緒にいる魔法使いに伝わります――要注意事項なのです。
『なんぞ言ったか下僕よ。もう一度はっきりと言ってみよ』
『あっ、いや、僕も変わっているから、その二人とは仲良く出来るかな……って……』
しどろもどろで意味不明の言い訳をするヘリオ先輩――ほら、言わんこっちゃないです。
『もう喋るでない! しばらくこやつは放置じゃ』
輝姫ちゃんに叱られたヘリオ先輩は小さく縮こまってしまいました。
ヘリオ先輩は輝姫ちゃんの事を恐れて……と、いうより女王様のように崇めている気がします。
何でそうなったのか追求したい探究心と、いけない事を知りたい好奇心はあるんだけれども……十九歳と大人の世界に、片足を踏み込んでいるヘリオ先輩はさておき、まだまだツインテールが似合う十四歳の私が知るには早い気がします。
『そんなに変わっているんだ。なんだか会うのが楽しみ……になんかしていないんだか・ラ!』
『あららアリエラちゃん、でもね、もしあの二人と話す機会があっても、騙されちゃ駄目よ。
痛そうに見えても、結構腹黒で計算高いからニコニコしながら話ているうちに気が付くと、とんでもない事に巻き込まれちゃうわよ』
『確かにそうじゃ。あのおとぼけ娘にすまし女、「魔界コンビ」の名前は伊達ではないからの』
『えっ、あなた達の事を「神の贈り物」とか「魔王の使い魔」っていうじゃない、あの話は本当の事なの?』
今更ながらありえない事を、改めて訊いちゃう私ってお茶目ですか?
『あらアリエラちゃん、そんな凄い通り名で呼んで頂けるのは嬉しい事だけど、そうじゃないわよ。
向こうの娘達の名前がね「黒鬼闇姫」と「銀界鬼姫」っていうのよ。
ほら黒い鬼の闇の姫とか、冷たい銀世界の鬼の姫とかいかにも「魔界」じゃない。名は体を表すっていうし嫌よね、すごく不気味よね』
『ものは言いようと思うけど、明姫姉』
『あら、そんなつれないわね、アリエラちゃん。
でもね、そんな人たちはおいといて、お姉さん達はほら、白く輝く明るいお姫様とダイヤモンドの輝きを放つお姫様よ。とっても明るく輝いている「天上界コンビ」なんだからね』
私は『何かのキャッチフレーズのような、その通り名は誰が付けた』とツッコミを入れたい気持ちを堪えました。
『って、表裏とか陰陽の存在って名前もだなんて、アリエラは知りませんでした……』
『名前まで陰陽の関係かどうかは知らぬが、本当に反りが合わぬのじゃ。
そもそもあやつじゃ、銀界鬼姫。
何が「黒鬼闇姫さん、なに一人で暴れているのでございますですか」じゃ。舌噛みそうじゃわい。
で、黒鬼闇姫の返事はこうじゃ「えぇー黒じゃないよぉ。だってぇ、何かいたんだよぉ」と、こっちまで残念な気分になるわい。
でじゃ、最後に「私はパートナーである黒鬼闇姫さんを叱ってきますですわ。こんな事をお願いするのは心苦しいですが後をお願いしますですわ」となるのじゃ。
パートナーなら最後まで片付けろと、言いたくもなるじゃろ。腹立たしいわい。
全くもってあやつらのおかげで、妾も明姫も散々な目にあった事数知れずじゃ。
いつか必ず、痛い目を見させてやるのじゃ』
『そうね輝姫ちゃん。お姉さんとしても駄目なものは駄目と、しっかりと教えてあげるつもりですからね』
私は先ほどヘリオ先輩が心の中で呟いた言葉を思い出してしまいました。
『ヘリオ先輩の言った事がわかる気がする。
てか、それって反りが合わなとかじゃなくて、いたずらに巻き込まれたとか、尻拭いさせられたとか――そういうレベルのお話ですよね、モ・シ・カ・シ・テですが……
で、その変わり者の仲良し四人組のちょっとした喧嘩の末路が「人類滅亡」って、シャレにならないから』
『あらら、アリエラちゃんにまで変わり者って言われちゃった。お姉さんちょっとショックです』
『あっ明姫姉、ごめん。そんなつもりじゃないんだからね』
『でもいいのですよ。お姉さんはアリエラちゃんの事が好きだから、許しちゃいます』
私は気が付きました。先ほどまで張りつめていた緊張の糸がいつの間にか切れています。いや、そうじゃなく緊張感そのものが消えてしまっています。今まで何度も経験している事だけど、明姫姉達が会話に絡むと不思議と緊張感が消えてしまいます。
私は、ほんのりと優しく温かいこんな雰囲気が大好きです。
でもそんな雰囲気は長続きしない事も知っています。
この日から三日後、詳細な情報がもたらされる事によって、再び緊張の糸が張り巡らされました。
読み進めていただき、ありがとうございます。