摩耗と窒息の歌
「ハーラン」
呼びかけは消えた。
自分を憐れむそれに、一度も答えたことはない。
恐らくそれは、自分の代まで続く水女たちとの呪いの紐帯を伝って届くのだ。
呪いながら憐れむ、心を持たず気分しかない漣のような精霊の娘たちの残響には何の意味もなかった。
小さい頃は、まだ絶望の石は吐かなかった。
ただ、この世に来た瞬間に、生まれたことと生きていることは既に息苦しかった。
本能で、石を呼吸するように刻んだ。
そうすれば息を詰まらせている何かを吐き出せる。
初めに彫ったのは、手を伸ばしてすぐ触れた石の欠片に刻んだ小鳥。
一心に彫った。
石は無機質で世界で唯一心地よいものに思えた。
願いながら石を刻んだ。
わたしの代わりに、息を吸って。息を吐いて。
小鳥は啼いて、わたしの石の滓が残った手のひらから飛び立った。
先代が石になり、代替わりを知っても村人は変わらず、幼いわたしの元に儀式として死者を運んできた。
最初はわたしと丈の変わらない少女だった。
わたしは彼女を刻んだ。
彼女を刻んだ石は静かに息吹きを宿した。
そうやってこの村は、静かに息吹きする彫像で溢れかえり、喪失の痛みが止むまで死者の彫像を傍らに暮らしていた。
その代わりにわたしの至らないところは村人が面倒をみた。
幼年期を終えると、わたしとの距離を窺うような村人と、脆さで溢れる世界への不安と不快に少しは慣れた。
わたしは評価された。
先代たちと同じように、祝された御業を継いで息吹き持つ石を刻む彫刻家だと。
だがなぜだろう。
孤立した世界で石を刻む、それだけでも成り立ってはいた。
だが、世界に窒息しながら長く存在し続けるうちにわからなくなり始めた。
わたしは心に亀裂を抱えた石工の娘を覚えている。そのまた娘も。
そして無形から石の形に彫り刻まれた水女の嘆きの声も。
だけど、先代たちと違ってわたしに刻むべき対象はない。
湖の周りの村の者たち、彫像の依頼に訪れるものたち、評判が広まってさらに遠方から訪れる豪華な衣の注文者たち。
自身の柔らかさに疑問も不安も抱かず当然のように呼吸ができる者たちは、わたしの彫像を喜ぶ。
彼らの儚さにも少しずつ善いものを見出だすほどに、混乱が兆した。
世界は素晴らしい生きた彫像を刻むとわたしを誉めそやし、それを望む。
だがわたしが刻むべき素晴らしさとは?
石は堅固で不動でこの上なく安堵するものだ。
だが、彼らの脆弱さを写さなくては、彫像は完璧ではないのでは?
彼らの壊れやすさを置き去りにしては彫刻は不完全なのでは?
完全で完璧なものは存在しうるのだろうか。
時折存在するように思い、そして不可能なように思って振り子のように揺れる自分に慄く。
これでは自分が水に戯れる影のようだ。
わたしは石と世界の間で鑢のように擦られた。
世界にいればいるだけ、細くなっていく息に圧迫を感じる。
空気が足りない。息ができない。
世界は不確か過ぎる。
泡沫のざわめきのようにしかみえない人々はわたしに望む、奇跡を。
が、彼らはわたしに呼吸をくれない。
わたしの柔らかいものへの理解はいつしか潰えて止まった。
彼らもわたしを窒息させる世界の一部だ。
柔らかく遠慮がちに、時にはピンで刺すように居丈高に、わたしの喉を絞る。
何を刻んでいるのかがわからなくなった。
ただ、彼らが言うように、望むように。
これ以上わたしの首が絞まらぬように。
わたしの呼吸は不規則で、不安定で、もう石を刻んでも思うようにならなかった。
そしていつからか体が絶望を石にすることを覚え、石を吐くようになった。
これは、きっと足掻きなのだろう。
ひたすら長い長い窒息に関わらず、生きることをひたすら持続しようとして。
常に流動することは生きることの一面でもある。
固まる絶望を追い出さないと機能しないのだ。
そしてわたしは黒い石を吐くようになった。
先代たちが様々な理由でそうなったように。
吐く。吐く。吐く。
わたしの有り様を嘆く幻の声が聞こえる。
未来が決まっていても。
石とだけ向き合っていれば良かったのに、世界はその間に割り込んでは多くを要求してくる。
自分の望み通りのものを、わたしの腕を使って形造るようにと。
一時の称賛。すぐにまたそれ以上のものを造るように、と。
わたしの息を世界のために使うようにと。
わたしの息は干上がる。
吐く。吐く。
そして石を吐くのが止まる。




