第6話:埃の奥に眠る宝物
決意を固めた久美は、すぐに行動に移った。
まず彼女が向かったのは、工場の書庫。そこから掘り出したのは、数年前に在籍していた技術者が残した「抽出技術」のレポートだった。
地元の山で採れる特殊な植物から、高い抗酸化作用を持つエキスを、低コストで抽出する手法。
明らかに有用な技術だったが、なぜか放置されたままだった。
次に久美は作業着に着替え、現場へ。
今回は視察ではなく、現場の一員としてライン作業に加わった。
最初は、現場の空気も硬かった。
「相沢課長、これは我々の仕事です。どうぞ事務所で――」
「現場を知らずして、良い企画は立てられません。教えていただけませんか?」
真摯な姿勢に、少しずつ反応が変わっていった。
ぶっきらぼうながらも、機械の扱い方や配合のコツを教えてくれる者が現れた。
泥や汗にまみれて必死に働く久美は、もはや「本社の人」には見えなかった。
作業の合間には、家族や地元の話にも耳を傾けた。
口の重かった彼らも、次第に心を開き始めた。
その過程で、久美はあのレポートを書いた技術者について聞いた。
彼は優秀で情熱的だったが、提案はことごとく却下され、やがて失望の中で工場を去ったのだという。
「もったいなかったな、あの技術……」
作業員の言葉が胸に残った。
数日が経ち、久美は一つの異常に気づいた。
本社指定の高価な輸入原料の廃棄率が、異様に高いのだ。
「半分以上、使い物にならねえよ」
作業員たちも、不満を隠さなかった。
久美は仕入れ先を調査し、驚愕する。
その商社は、片桐部長の親族が経営する会社だった。
すべてがつながった。
片桐は自分の親族の利益のために、この工場に粗悪品を高値で押し付け、コスト増を業績不振の理由にしていたのだ。
その結果、工場はリストラの対象とされた。
怒りがこみ上げた。
私利私欲のために、現場の人間の暮らしを犠牲にするなど、絶対に許せない。
だが同時に、久美の中に突破口が見えた。
あの埃をかぶったレポート。
地元産の植物を使い、安く、しかも高品質なエキスを抽出する技術。
それが実用化できれば、輸入原料に頼る必要はなくなる。
コストは大幅に下がり、製品の質も向上する。
これは、工場を再生させる鍵だ。
その夜、久美は事務所に残り、企画書作りに没頭した。
地元植物を活用した新たなスキンケアライン、その名も『RE-BIRTH』。
工場の再生と、肌本来の力の再生。二重の意味を持たせたネーミングだった。
コンセプト設計、ターゲット選定、コスト試算――。
本社で培った知識を、すべて注ぎ込んだ。
徹夜の末、企画の骨子はほぼ完成。
疲労はあったが、気持ちは晴れやかだった。
(ようやく、自分のやりたい仕事ができている)
これは復讐の道具ではない。
工場と、そこにいる人たち、そして自分の未来を救う「希望」だった。
だが久美は気づいていた。
この企画を形にするには、自分ひとりの力では足りない。
どうすれば、現場の人たちの心を動かせるのか――。
ふと視線を向けると、窓際のデスクで突っ伏して眠る優斗の姿があった。
彼も徹夜だったのだろうか。
デスクの上には開かれたノートが置かれていた。
中には、需要予測や生産効率に関する緻密な数式とグラフ。
久美は息をのんだ。
(……この人、本当に“ただのやる気のない問題児”なの?)
心の中に、小さな謎と、静かな期待が芽生えていた。




