09
「私たちなら勝てます!」
白銀は転移石をその場に置いて魔物に走っていった。
腕と剣が交差して、金属音と火花が散る。
「私が食い止めますので、その間にもう一度!」
魔法を避け、魔物の素早い蹴りやパンチをその大きな剣でいなす。その激しい攻防は、洗練されていることを除けばライラにそっくりだ。
「……馬鹿が。さっさと逃げれば良いものを。さっきのが俺の全力だ。俺はまだ戦いの舞台にすら立てちゃいなかったんだ」
「そんなことないです! そうだ……炎の魔法! 炎の魔法使えますよね? この魔物は炎が弱点です!」
下ろされた兜の隙間から覗く、純粋でまっすぐな紫色の目。
ライラと違う瞳の色。なのにどうしてだろう。白銀が心の底から俺を信じて本気でそう言っていると分かるのは。
どれだけ頭を振ろうと、俺を見る視線がライラと重なって離れない。
「……どうせ失敗しても死ぬだけだ。白銀、しっかり避けろよ!」
魔法陣を展開する。炎の魔法は苦手だ。
魔法陣の形は歪で、その数も比べなくても分かるほどの少ない。
「白銀!」
「はい!」
炎槍を放つ。
いくつかの炎槍は魔物の魔法で相殺されたが、白銀が離れる際に何本か魔法を切り落としたお陰でこちらの魔法の方が多い。
「ギロラレロロロロロロロ!!!!!」
着弾と同時に叫ぶ魔物。その身体は炎に包まれ、どんどんと黒ずむ。
「無魔さん!」
「おう!」
悶える魔物に向けて俺は、連続して炎槍を撃ち込む。
「ギャ! ギャロロ! ギ・ギ・ギロヌラハ……」
魔物は恨み言のようにそう呟くと、完全に燃え尽き、灰になった。
「……勝った、のか?」
あれほどまでに脅威的だった魔物はあっさりと倒れ、その場に宝箱を残して粒子となって消えた。
怨敵の呆気ない死に、俺は最初とはまた違う複雑な心境で、その宝箱を見つめる。
「やった! 倒せましたね!」
「そう……だな」
いくら警戒していても、魔物が復活する様子はない。それに俺の目の前には宝箱がある。
まったくもって味気ない結末に実感は湧かないが、俺たちは確かに倒したのだ。
俺が宝箱の蓋に触れるとカタカタと音が鳴る。震える手。どうにも鼓動が早くて苦しい。
生き返りの妙薬が手に入れば、ライラを生き返らせられる。
俺は一度深呼吸をすると、慎重に宝箱を開けた。
「何が出ました?」
横から白銀が顔を覗かせる。
「えっ! これっ!」
白銀が中の物を指差す。キラリと水色に発光する石。
「すごいじゃないですか! 転移石ですよ!」
「…………」
サイクロプスと同じその陳腐な報酬に、宝箱を開けた手と肩の力が緩む。
生き返りの妙薬など、結局は眉唾だったわけだ。
「白銀にやろう。持ってないだろ」
言いようのない喪失感。俺は宝箱から取り出した転移石を白銀に投げ渡した。
「ちょ、ちょっと待って下さい! こんな高価なもの貰えないですよ! それに私だって一つ持ってますから!」
ふらりとダンジョンを歩き出す俺を慌てて追いかける白銀。
「そうか、ならもう帰るぞ」
明日からの予定も、もうなくなった。残っているのは、どこにも置くあてのない喪失感と、無気力感だけだ。
「えっと、パーティメンバーの件は……」
ダンジョンの外、白銀は兜を付けたまま聞く。
「……あぁ、悪いがなかったことにしてくれ。冒険者は辞めるからな」
「ど、どうしてですか!?」
「生き返りの妙薬が無いなら、ライラを生き返らせられない。俺にはもう、ダンジョンに潜る理由がない……」
俺は淡々と話す。そこに感情は込もっていない。
ライラがいないならもう、いっそ――。
「私、父親の顔を知らないんです」
「は?」
ダンジョンを出ると同時にそう発した白銀。
唐突な話に、俺は思わず聞き返してしまった。




