07
「行くよ!」
ライラの声に浮き上がった意識を手繰り寄せる。既に駆け出したライラに、俺は一足遅れて魔法陣を展開した。
ライラは折れた剣、魔力はカツカツ。勝敗は目に見えていた。
「カロロロカキキユヌ」
発動された魔法は炎槍。ライラは目にも止まらぬ速度で発射される炎の槍を避けて魔物に近付く。
「氷矢!」
氷で出来た矢が炎槍とぶつかり、水蒸気が起こる。
俺はライラがどうしても避けれなさそうなものだけを狙って相殺する。
目前まで走ったライラが、その不気味な顔面目掛けて思い切り剣を振り下ろす。
ガキィン。
まるで金属でも殴ったかのような音が響き渡り、ライラの手から折れた剣が弾き飛ぶ。
「グロロロロロ・カララララ!!!!」
「ガハッ!?」
ライラが俺の横を吹き飛ぶ。腹部を蹴られたらしく、鎧が円形に凹んでいた。
「ライラ!!!!」
俺は急いで兜を上げる。口から血を出しているが、意識はある。
「大丈夫……ちょっと、油断してただけだから」
「カロロカルルルル」
振り返ると、魔法陣の数が増えていく。一つ二つ三つ……五つ六つ……。
もう数えるのも馬鹿らしい数の魔法陣。その全てが俺たちを向いていた。
「……マジかよ」
せめて、ライラだけでも。俺は魔法陣を展開する。正真正銘、最後の魔法。俺は魔力切れで動けないだろうが、水蒸気によって、ライラだけでも――。
パリンと、俺の心が折れる音が聞こえた気がした。
比喩ではなく、本当に何かが割れた音。
硬く鈍い音を立てて俺の背中になにかが当たる。床に落ちていたのは、もう光を失い既に役目を終えた転移石。
「まさか……っ! だめだ! ライラ!」
「ごめんね……生きて――」
慌ててライラに駆け寄るが、身体が光り、粒子となる。
ライラに触れる直前。俺はダンジョンの前に転移した。
「っライラ!」
俺はすぐにダンジョンに振り返り走り出すが、魔力切れでそのまま地面に倒れる。
「おい、大丈夫か?」
「まだ、ライラが中に……!」
ダンジョン前は、帰宅する冒険者が多く、顔見知りの冒険者が心配して寄ってきた。
「そんな様子じゃ無茶だ、ギルドに捜索願い出しとくから、お前は帰れ!」
「俺が、行かなきゃ!」
這ってでも進もうとするが、押さえ込まれてしまう。
魔力を限界まで使った副作用で鼻と目から血が流れ、視界もボヤけてが話しかけてきているのかも分からないまま、俺は医療所に連れて行かれた。
捜索隊はライラを見つけられず、捜索は早々に打ち切られた。
捜索隊が解散しても俺は、何度もダンジョンに潜った。
気付けば使える魔法も増えて、ドラゴンもサイクロプスも、このダンジョンの魔物は敵じゃなくなった。転移石もエリクサーも掃いて捨てるほど手に入れた。
それでも俺は、ライラの痕跡すら見つけることは出来なかった。
あの日と同じダンジョンの変化。きっとあの魔物もいるはずだ。
「すぐ、生き返らせてやるからな」
生き返りの秘薬さえあれば、彼女を救える。
犬も食わないようなご都合主義でつまらないハッピーエンド。
彼女を救えるなら、俺は喜んでその作品を手に取ろう。
ダンジョンを駆け上がると、金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。
「カロロロロロ!!!!」
薄気味悪く汚い声。それはまさしくあの魔物の声だった。
「無魔さん!? 戻って来たんですか?」
白銀があの魔物と対峙していた。錆びついたようにぎこちなく動く四肢と、歯茎の剥き出しになった口。本能から恐怖を引き出す見た目はあの時のままだ。
「私の実力テストはここからってことですね! 見てて下さい!」
「……こいつは俺の獲物だ。下がってろ」
白銀が兜を上げて笑顔で言うが、鎧はボコボコで、隠しているつもりだろうが、明らかに何箇所か骨も折れている。
見た目が同じだけ。分かっているが、それでも目の前で白銀を見殺しにするのを許してくれるほど、ライラは自己中心的ではないし、俺も合理的に出来てはいない。
「さぁ……何年振りだ? 二人っきりの同窓会と行こうじゃないか」




