06
ドラゴンの逆鱗に触れた剣は、鋭く耳をつん裂く金属音を鳴らして、小枝のようにあっけなく折れた。
逆鱗に傷を付けられたドラゴンはより一層暴れ回り、ところ構わずブレスを吐き出す。
その勢いは、もう俺の魔法じゃ止まらない。
「氷弾!」
ドラゴンの口を凍らせて一瞬だけ、ブレスを吐けなくする。
「ライラ! 撤退だ!」
剣は折れた。今の魔法で魔力も底をついた。今の俺たちではまだ勝てない。ライラもすでにそれを理解して悔しそうに顔を歪めるも、反論なく共に洞窟から逃げ出した。
命からがらドラゴンの巣から出た俺たちを迎えたのは、あの野暮ったくて無骨な洞窟なんかじゃなく、無機質で規則的に青白く光る廊下だった。
焦って出口を間違えたわけではない。転移トラップに入った感覚もない。それは確かに、先ほどまで歩いてきたダンジョンだった。
「どうなってるの?」
「分からない……ただ、良くないことが起こってるのは間違いないな」
俺たちは足早にダンジョンを上っていく。行きに見かけた敵はその一切が鳴りを顰め、周囲からは俺たちの走る足音だけが響き渡る。
あともう少しで出口というところ、足音の感覚が短くなってきたときに、奴は現れた。
「カココカキ・キキカカ?」
人形の魔物。人形のようにぬらぬらと光るつるりとした四肢、のっぺりとした顔には、赤黒く鬱血した歯茎が剥き出た口だけが不気味に浮かんで、不快な音を撒き散らしていた。
「なんだあの魔物……」
俺はこれまで一度も見たことがない魔物に、警戒を強めた。
「……あれ知ってるかも」
顎に手を当て考えるライラ。
「私も話に聞いただけで、実際に見たことはないんだけど、ダンジョンに超低確率で現れる、生き返りの妙薬を落とす魔物があんな見た目だった気がする」
「生き返りの妙薬……」
そんなもの、絵本や伝記に登場する、ご都合主義なハッピーエンドの道具じゃないか。
だが、仮に本当に落とすなら相当な資金に、それどころか今後一生遊んで暮らせるぞ。
「そりゃ、倒すしかないな」
「えぇ!」
どっちにしろ退路は塞がれている。倒すなら夢を持って倒したいのが、冒険者というものだ。
「炎弾」
俺は小手調べに魔法を放つ。魔力はもうほとんどないが、この程度の魔法ならまだ撃てる。
魔法は避けられることなく、綺麗に命中した。
「……効かないか」
当たった炎弾は胸の中心で軽く火を立てたが、表面を焦がすのみで、すぐに消えてしまった。
「ギギカラカラロロロロ!!!!」
魔法に怒ったのか、汚く唾を飛ばして魔物が叫ぶと、その背後に魔法陣が現れた。
「魔法!?」
魔法を使う魔物は少なからずいる。先ほどのドラゴンのブレスだって、系統的には魔法だ。
だが、あの魔物の背後に現れた魔法陣は、口汚い魔物の出したものとは思えないくらいに美しく、俺のものより明らかに精度の良いものだった。
加えて、その魔法陣の数は五つ。
俺が同時に出せる魔法陣の数は二つ。この魔物は俺より圧倒的に格上の魔法使い。それを嫌というほどに実感させられた。
魔力の切れかけた格下の魔法使いが格上の魔法使いに勝つ方法など、有りはしない。




