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やり直し勇者ロウラン ~裏切りの魔術師を斬り捨てた俺は、今度こそ仲間を信じたい~

 ──ああ、もう終わりだ。これじゃあ一矢報いることができるかどうか……。


 胸が焼けるように痛い。視界が赤く染まり、立っているのか倒れているのかもわからない。


 それでも、俺はまだ剣を握っていた。血に濡れた手が震えても柄から指は離れない。

 ──ここまで来たんだ。何があったって放すもんか。


 目の前には、玉座に腰掛ける黒き巨影──魔王バラモシュドー。

 肌は煤のように黒く、目は灼熱のように赤い。吐き出す息が空間を焦がす。


 あの声を聞くだけで、心が軋む。



「勇者ロウラン。よくぞここまで来た」


「……仲間も、いらねぇ。誰も信じない。俺一人で十分だ」


「フハハ、孤独は毒だぞ……?」



 奴は心底心配だ……とでも言わんばかりの表情で俺を見て続けた。



「それに一人で私を倒せると思っているのか? 」



 笑うな。お前が仕向けたくせに。

 俺は、仲間を作ろうとしたんだ……本当は。

 作れたんだ……作れたと思っていたんだ。


 けど、裏切られた。

 あの魔術師──ゴーンに。


 あろうことか魔王城のすぐ手前、最後の関門を越えた時。

 やつは現れた。最初の旅で共に戦った、あの裏切り者が。



「やあ、ロウラン。覚えているか? 僕だ、ゴーンだよ」



 あの時の声を思い出す。皮肉げな笑みを浮かべながら、ゴーンはローブを翻し、続けた。



「僕はね、最初から魔王様の配下だったんだよ。お前の“信じる心”を奪うために近づいたんだ」


「……なんだと」



 怒りで体が熱くなった。裏切りじゃない。最初から罠だったのか。

 すべて仕組まれていた。俺が孤独になるように、最初から。



「魔族風情が……!」


「風情だなんて……随分失礼なことを言ってくれるじゃないか、ロウラン。魔王様の忠実なる下僕、この三魔将軍・魔のハゴーン様に向かってさ!」


「貴様……!!」



 怒りに任せて剣を振るった。

 

 鋭い爪と黒炎の魔法を操る凶悪な化け物。

 命を削るような戦いの末、俺はハゴーン──いや、ゴーンを斬り伏せた。



 だが、その代償は大きかった。

 胸を貫かれ、血を吐きながら、俺は膝をついた。

 そのままの状態で魔王と相対することになったのだ。



「……クソ……あと少しだったのに……!」



 魔王の掌が光る。

 世界が歪む。

 視界が、黒に染まっていった。



「許せない……俺を騙した魔族が許せない……!!」



 関節や筋肉は全て炭になりつつある。

 もう体は指の一本すらも動かせない。


 ああ、これが"死"なんだな。



「もし……もし、やり直せるなら……」



 最後にそう呟いて。

 そして、俺は死んだ……はずだった。


──────────────────────


「……ラン!……ウランよ!!……ロウランよ!」



 耳に響く懐かしい声。

 目を開けると、俺は――玉座の間にいた。



「え……ここ……は?」



 見覚えのある王座、豪奢な赤い絨毯。

 玉座に座る父、ローダレシア王国国王アレフ。


 そして、床には傷ついた兵士が一人。

 その光景に、心臓が止まりかけた。



「ルーンブルク……が……魔王……バラモシュドーに……」



 兵士は血を吐き、アレフに向かって言葉を残した。



「どうか……我が国の無念を……晴らして……ください……」



 どこまでも職務に忠実な兵士だ。

 もはや体は限界だったのだろう。

 俺達にルーンブルクの情報を伝えるとそのまま息絶えた。



「そうか……友国ルーンブルクも魔族の手に落ちたか……」



 父上はそう漏らすと、俺に言った。



「ロウランよ。私に付いてきなさい」



 この場を大臣に任せ、父上は宝物庫へ向かった。



「この剣は、我がローダレシアを建国した勇者トロが残した聖剣……」



 父は静かに剣を取ると、俺に差し出した。

 ──代々伝わる王家の聖剣。


 間違いない。俺は、ここから旅立った。



「ロウラン。この剣で魔王バラモシュドーを討て」



 ──同じだ。全部、前と同じ。


 だが、俺はもう知っている。

 この先に待つ運命を。

 あの裏切りも。孤独も。死も。



「……やり直せるのか?」



 思わず呟いた。

 血も、傷も、ない。

 神が……俺の願いを聞いたのか?



「今度こそ……やり遂げてみせる……」



 剣を握りしめ、俺はローダレシア城を出た。


──────────────────────


 最初の街、リュネス。


 この街で、俺は“あいつ”と出会った。



「やあ、旅の人。素晴らしい剣を持ってるね。ひょっとして……勇者様かい?もしよければ、僕と──」



 振り向いた先には、魔術師ゴーン。

 いや、魔のハゴーンだ。

 お前の正体はもう知っている。

 同じ轍は踏まない。



「……いいぜ。ちょっと外で話そう」



 何も知らないふりをして、俺は笑った。


──────────────────────


 森の中。

 人の気配のない静かな空間。

 鳥の声すら遠い。



「それで勇者様。どんな旅を考えて──」


「お前、魔族だろ」



 沈黙。

 ハゴーンの表情が一瞬固まる。

 すぐに笑い飛ばそうとするが、もう遅い。



「な、何を……冗談を……」


「俺は一度死んでるんだ。その正体も、こうやって近づいてきた目的も、ぜんぶ知ってるんだよ」


「ま、まさか……時を……」



 ああ。

 神が俺をもう一度、生き返らせた理由は分からない。大方、次こそは間違いなく魔王を殺せとかそんなところだろう。


 だが、ハゴーン。お前に関しては完全に私怨だ。


 お前は俺の手で、可及的速やかに殺さなければならない。



「そうだな……お前を殺すためだよ」



 剣を抜き、踏み込む。

 ハゴーンが叫び、黒い炎を放つ。


 だけど、知っている。

 文字通り命を取り合ったんだ。

 こいつの魔法や技、全部受けたことがある。


 それにハゴーンは前回よりはるかに弱い。

 俺の強さは前回とは比べるべくもないがそれはこいつも同様。


 俺を裏切った功績を持ってやつは魔王から力を得たのだろう。



「終わりだ!」



 剣が閃き、黒い血が舞う。

 魔族ハゴーンは悲鳴を上げ、やがて煙のように崩れ落ちた。



「……俺を……殺したからといって……貴様が"信じる心"を持てるとは限らんぞ……」


「……それでも……少なくとも前よりはマシだ」



 誰もいない虚空に呟いて、剣を鞘に戻す。

 風が吹き抜け、森が静まる。


 やっと、少しだけ心が軽くなった。



「……よし、次は魔王だ」



 今度こそ、あの化け物を倒す。

 俺は剣を背負い、森を後にした。


──────────────────────


 数日後。


 旅の途中で寄った街――フェルダン。


 宿屋の一階にある酒場で、俺はようやく腰を下ろした。

 久しぶりの肉料理。冷えたエール。

 ハゴーンを殺してから、ようやく一息つけた気がした。



「ふぅ……ようやく少しはまともに眠れるな」



 そう呟いたその時──背後から声がした。



「探しましたよ、ロウラン王子」


「……え?」



 振り返ると、金髪の青年が立っていた。

 旅装ではあるが、仕立てが良さそうで丈夫な服を身にまとい、笑顔を浮かべている。



「僕はコナルトリア王国の第一王子、コナンと申します。あなたが魔王討伐の旅に出たと聞きまして、ぜひ共に行動したいと」


「……コナン、王子……?」



 その名前を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

 一周目の記憶。

 あの時も確か、バーンに裏切られた後、この男に会ったのだ。

 ――だが、俺は断った。


 誰も信じられなかった。

 だから、ひとりで突き進み、そして死んだ。



「ルーンブルクの件は、僕の国にも届いています。魔王を討ち、世界を救い、友国ルーンブルクの仇も討つ……それが僕の願いです。ロウラン王子が出立したと聞き及び、僕も遅ればせながら参戦しようと追いかけたんですよ!」



 真っ直ぐな瞳。

 言葉に偽りはない……ように見える。



「……お前、俺と一緒に行くのか?」


「もちろんです! 一緒に魔王バラモシュドーを倒しましょう!!」



 満面の笑み。まぶしすぎる陽のオーラ。

 前回の経験もあり、どうしても人を遠ざける陰のオーラを放つ俺には、絶対に真似のできないものだ。

 思わず、ため息が漏れる。



「……やれやれ、元気なやつだな」



 でも――悪くない。

 前回でも俺のこの性格や暗さでトラブルに巻き込まれることも多かった。

 となると、こいつが一緒にいるだけで、他人とのコミュニケーションを任せられるんだ。

 随分と旅は楽になるだろう。


 ましてや隣国の王子だ。何度か会ったこともある。

 出自もしっかりとしているし変なことをするやつじゃあない。


 全て信頼できるかは分からないが、信頼ってのはいきなりじゃなくて、これから作っていくもんだ。


 そう、もう一度やり直すって決めたんだ。

 今度こそ、違う未来にするために。



「……いいだろう。明日の朝、出発しよう」


「了解です! それでは今夜はゆっくり休みましょう!」



 コナンが笑いながら手を差し出す。

 俺は少し迷ってから、その手を握り返した。



「よろしくな、コナン王子」


「ええ、こちらこそ!……ただ──」



 急に言葉を止めたコナンを訝しむように見る。



「これから旅をするのです。堅苦しい呼び方はやめましょう。コナン、と呼んでください」



 そう言って照れくさそうに笑う。



「……分かった。じゃあ俺のこともロウランと呼んでくれ。よろしく頼むぜ、コナン!」


「ええ!こちらこそよろしくお願いしますね、ロウラン!」



 夜風が入り込み、酒場のランプが揺れた。

 俺は軽く手を振り、階段を上がって部屋へ戻る。


 ようやく仲間──と呼べるかはまだ分からない──ができた。

 疲れもあるし今夜はぐっすり眠れそうだ。



「じゃあ俺はもう休むよ」


「分かりました!明日の朝からがんばりましょうね!おやすみなさい」



 そう思って、振り返らずに手を上げた。


 ──その時、背後で。

 カウンターの暗がりの中、コナンが小さく笑った。



「……ふふ、今度こそ逃がしませんよ、"勇者様" 」



 瞳の奥に、わずかに灯る赤い輝き。

 それはまるで、あの魔族ハゴーンの目のようだった……。


──────────────────────


 やり直せた二回目の世界。


 だけど、運命はまだ終わっていない。


 俺はもう、誰も簡単には信じない。

 ──それでも、また信じようとしてしまう。

 それがきっと人間ってやつなんだろう。


 そう思いながら俺は眠りについた。

 次に目を覚ます時、どんな運命が待っているのかも知らぬまま……。


拙作をお読みいただきありがとうございました!


某国民的RPG2をイメージして書きました笑

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