フィアデルの提案
夜になってミリア城が静かになった後も、アリリエルの心は晴れない。メイドたちが眠る寝室は木製の二段ベッドが並べられている。眠れずに二段目のベッドから起き上がったアリリエルは一段目で寝返りを打つリンを起こさないように窓際の机に向かう。
大きな月が出ていて、窓の外はそれほど暗くなかった。月明かりはアリリエルが着ているゆったりとした寝間着を青白く照らしている。
偽物の繋がりとシズリアは言う。私にはその繋がり以外に持ち合わせがないのに。
アリリエルが物思いに耽っていると、突然窓からフィアデルが顔を出した。
「アリリエル? 起きてる?」
「……!」
フィアデルは城の壁のくぼみに足を掛けている。アリリエルが急いで内側にフィアデルを招き入れると、フィアデルは窓縁に腰掛けた。
一体どうしたのかとアリリエルが戸惑っていると、フィアデルはため息をついた。
「シズリアがアリリエルみたいにお淑やかだったらなぁ」
突然のフィアデルの独り言にアリリエルは曖昧にかぶりを振った。
フィアデルは不思議そうにしかめ面を作る。
「何が違うんだよ? だってあいつ、口を開けば文句ばっかりで……」
アリリエルは再度かぶりを振る。
「シズリアを庇ってるの?」
そうではない、と思う。でも、自分の中の気持ちが言語化できない。
フィアデルはアリリエルを待たずに言葉を継ぐ。
「そうだ! 今から魔女の住処に行こうよ! アリリエルの声を奪った呪いを解く方法を探すんだ。そうすれば、アリリエルが言いたいこともっと分かるし、シズリアにも馬鹿にされないで済むだろ!?」
アリリエルの頬を爽やかな夜風が撫でる。
風はフィアデルの背中を押し、窓からフィアデルの姿が突如消えた。窓枠から滑ったのだ……!
アリリエルは驚いて窓に乗りかかった。
すると、フィアデルは辛うじて片手で窓の手すりに引っかかっていた。
「あ……、危ない危ない」
アリリエルは泣きそうな表情でフィアデルを非難した。なんと危ないことをするのだ。大体、突然だったから気が向かなかったが、こんな夜更けにメイドの寝室に忍び込むなんてどうかしている!
フィアデルは窓に再び乗り出し、白い歯を見せて笑う。
「行くだろ?」
アリリエルは喉の刻印に触れる。行きたい気持ちはある。この呪いが解けるなら、試す価値はある筈だ。
だが、アリリエルは寝室を見渡して、かぶりを振る。
「もしかして怖いの?」
躊躇しながら頷くアリリエル。
「大丈夫だよ。古の魔女はとっくに父上が退治したんだから」
窓に近いベッドで眠るマルサの寝息が止まる。アリリエルは慌ててフィアデルを机の下に隠した。フィアデルは机の下でアリリエルを上目遣いで見上げている。
「アリリエルが行かないなら、僕、ひとりでも行くよ」
困った表情で迷っているアリリエルを尻目に、フィアデルは寝室を出ていこうとした。
アリリエルの手がフィアデルの袖を掴む。
フィアデルがアリリエルを見る。
「一緒に来てくれるの?」
アリリエルは泣きそうな顔で、遂に首肯した。
「やっぱりアリリエルって優しい!」
悪戯っぽく笑うフィアデル。
私の弟はいつもこうだ。アリリエルは観念した。
ミリア城の城壁には子どもにしか通れない大きさの抜け道がある。アリリエルにとってもその穴は少し小さく、身を屈まないと通れない。そこを通って寝静まる城下町を東に抜けたら、恐ろしの森の入口がある。そこに門番はいない。太陽文字で立ち入り禁止と記された簡素な立て看板が無造作に掛けられているだけだ。
月明かり。夏は蛍が闇夜を照らす。恐ろしの森はアリリエルが想像していたよりかは暗くなかった。足元は苔だらけで、足を踏み出す度に音を鳴らして反発する。アリリエルはフィアデルと手を繋いで森の中を進む。
アリリエルが怖がって周りを見渡しながら進む反面、フィアデルは機嫌よく口笛を吹いていた。




