複雑なキモチ
閉められた扉の外側でアリリエルは俯いていた。
小鷹がアリリエルの頭の上に登り、さえずる。
アリリエルは恐る恐る小鷹の頭を撫でる。
昼食の時間が過ぎてもアリリエルの掃除は終わらなかった。途中でリンが手伝いに来てくれたが、それでもこのミリア城は広い。
ため息ひとつ吐かずにアリリエルはモップを動かす。小鷹がモップの柄に停まって声を鳴らす度にアリリエルは笑顔になった。
突然、小鷹は慌てた様子で飛び上がる。
小鷹を見失って視線を下げたアリリエルが見付けたのは、自分に向かって乱暴な足取りで近づいてくるシズリアだった。しまった。授業が終わったのだ!
シズリアは胸を反り返してアリリエルの前に立ちはだかる。
「アリリエルさ、あんまり勘違いして良い気にならないでよね」
アリリエルは面食らった。なんのことだかさっぱり分からない。
「……」
高圧的な態度のシズリアに、アリリエルは静々と頭を下げる。
シズリアは値踏みをする様にアリリエルの頭の旋毛を。そして、そこから足のつま先までを眺める。
「なんか言い返してみなさいよ、つまんない」
突然の難癖に一番たじろいでいるのはリンだった。
「あの、シズリア様……? 一体どうしたのですか……?」
リンの質問を無視しているシズリアは、しかし、どんどん不機嫌になっていく様だった。
廊下の向こう側からフィアデルがアリリエルの元に駆けてくる。
「シズリア!」
フィアデルがシズリアの肩を掴む。
「なによ! フィアデルはいつもこの馬鹿女のことばっかり! 碌に言葉も話せない只のメイドじゃない!」
シズリアが勢いよくフィアデルの手を掃った。リンはおろおろと怯えながらその様子を見守っている。
フィアデルは庇う様にアリリエルの前に立った。
「アリリエルは小さい頃に受けた魔女の呪いのせいで声が出ないんだ」
アリリエルはフィアデルの陰でスカーフを握りしめた。
「古の魔女が幼いアリリエルを無理やり連れ去って……」
フィアデルの言葉の途中でシズリアは「ふんっ」と鼻息を荒くしてそっぽを向いた。
「もしかしたら、あと少しで本当に殺されていたかもしれない。それを僕の父上が保護してロッソ家の養子として迎えたんだ。僕は父上の選択を誇りに思うし、だから、アリリエルは僕が誇りを掛けて守るんだ!」
シズリアがアリリエルをキッと睨む。
「だったら、みなしごなんだったら、尚更身分をわきまえるべきよ! みなしごのくせにフィアデルの家族だって思い上がってる! 私には偽物の繋がりにしか見えないわ!」
アリリエルが握っているモップが軋む。
シズリアの言っていることは十分理解している。だけど、私が一体何をしたというんだ。そう言ってやりたかった。
しかし、アリリエルの喉の刻印は本当に声を奪ってしまうのだ。今だって言葉を紡ごうとしても、音にならない。喉が熱くなるだけだ。
「僕の話を聞け!」
「聞かない!」
シズリアは目に涙を浮かべている。
シズリアとフィアデルはお互いを迎え撃つ体制で睨み合った。
シズリアが腕を振り上げた時、アリリエルがふたりを引き離す。
「……」
アリリエルの無理に作った笑顔とお辞儀。その全てが気に入らなくてシズリアはアリリエルを突き飛ばす。
「あんたたち、どっちも馬鹿みたい!」
シズリアは赤くなった目じりを拭う。
「あんただって身の程を知らない馬鹿だから魔女に声を盗られたんでしょ!?」
「シズリア!」
フィアデルの怒声に一瞬怯むシズリア。しかし、すぐに誤魔化し踵を返して去っていく。
「知らない!」
シズリアは負け惜しみでそう言って、たまたま開いていた廊下の扉を蹴り上げた。
フィアデルが心配そうにアリリエルの表情を窺う。
その時には既にアリリエルは涙を拭いていて、気丈な笑顔を作っていた。




