プロローグ
古の魔女のことなら、ミリア区の子どもは誰でも知っている。
邪悪な魔女はミリア区領土にある恐ろしの森の何処かに住んでいて、森に迷い込んだ人間を生きたまま生贄として、油が茹った大壺の中に放り込むらしい。まるで悪魔の角の様に先端が尖った三角帽子の下には、吊り上げられた眉、皺だらけの顔と絶望的に歪な歯が覗いているらしい。黄ばんで縮れた白髪は哀れな生贄を縛る縄になる。捕まったら最後、まるでハムの様にぐるぐる巻きにされて、油の中にドボン。その後は食べられるだとか、動物に変えられて一生こき使われるだとか、話し手次第で結末はばらばらだ。
なんだ。只の噂じゃないか、って?
だって、古の魔女はもう死んでいる。
私が産まれるちょうど一年前、ルデリミスラ王国の手によって、ミリア区は魔女に怯える生活から解放された。ルデリミスラ王国の騎士団長ベルキース・ロッソの勇気ある進軍によって、恐ろしの森に隠れていた古の魔女は討たれたのだ。
その後、旧ミリア国はルデリミスラ王国に統治されることになって、ミリア区として生まれ変わった。大人たちは何も言わないけれど、私はそれが良かったことだと思っている。ルデリミスラ王国が太陽文字をミリア人に教えなければ、私たちの世界への知見は物凄く低かったのだと思う。知らないことがあるって、最悪な気分だ。
私がこの日記をわざわざ旧ミリア語で書き綴っているのは、本当は不服だけれど、旧ミリア国の王家としての教育の一環だ。よって、この文章はミリア人を愛した人間にしか読めない。あと二十年もすれば完全に失われる言語を使った日記なら誰に読まれることも無いでしょう、とマルサさんは笑って言っていた。誰にも読まれないから本当の事を書きなさい、だとか。だったら言ってやる。
つまんない!
私に指図する奴は大人でも子どもでも容赦しないんだから。確かに死んだ古の魔女は恐ろしかったかもしれないけれど、怒った私はもっと怖い。そのことをいつか必ず知らしめてやるのだ。
とにかく! 古の魔女バリティテリアはもう居ない。
セドニス歴500年7月28日
シズリア・ミリアの日記より抜粋。




