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7.納品式

ノルク商会の大きな馬車に、ゴーレムンが高速船「セドナ号」を持ち上げ乗せる。

巨大な船体がふわりと浮かび上がる光景に、ノルク商会の使用人たちがどよめいた。


「お、おい……今、あのゴーレム……船を一体で……」


「俺……鋼鉄のゴーレム初めてみた……」


驚きと畏敬の眼差しを向けながらも、彼らは手際よくロープでセドナ号を固定していく。

リリィは書類の束を手にしてラガン・ノルクに近づいた。


「ここに、受取のサインなのね、で、あと、大事なのが……」


彼女が契約書の一枚を指で押さえる。そこには、太字でこう記されていた。


「有限公社エルフ製作所の一切の製品・技術を軍用目的への転用を禁止する」


ラガンはその一文に目を留め、わずかに眉を上げた。

ゆっくりと声に出す。


「……“軍用目的への転用禁止”……ですか」


契約書の紙面をじっと見つめ、次の瞬間、リュウの方へ顔を向ける。


「これは、つまり……どんなに性能が優れていても、兵器としては使わせない、ということですね?」


工房の片隅で工具箱を整理していたリュウが振り返る。

背筋を伸ばし、どこか照れたような顔で答える。


「ああ。俺のモットーは“人暮らしを助ける物を創るが、人を傷つけるものは創らない”ってことなんでね。

武器は作らないし、作ったものが勝手に兵器にされるのも、気分が悪いんだ」


ラガンは数秒間、リュウの目をじっと見つめていたが、やがてふっと口元をゆるめた。


「……正直、そこまで徹底しているとは思いませんでした。あなた方の“白さ”がよくわかります。

商人としては少々融通が利かない気もしますが――誇るべきことです」


ペンを手にし、ラガンは自分の名をしっかりと記した。


「ノルク商会、ラガン・ノルク。契約、確かに交わしました」


契約書を受け取ったリリィが、丁寧に確認しながら、にっこりと笑みを浮かべた。


「これで、正式に“セドナ号”はお渡し完了なのね」


その瞬間、工房の外から涼しい風がふわりと吹き抜けた。

吹き込む風に揺れる書類の端。

リュウはそれを見て、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、名をつけて完成、なんだな」




ラガンは目を細め、馬車の上のセドナ号を見上げた。


「“セドナ号”か……。海の神の名を冠するに相応しい姿と技術だ。

必ずや、我が社の旗艦として海を駆けてもらおう」


誇らしげな顔で胸を張るリリィ。


「次のご依頼を、お待ちしているのね!」


ラガンも軽く帽子を持ち上げるようにして応えた。


「もちろん、我々ノルク商会は、これからも“有限公社エルフ製作所”に期待しておりますよ。――ホワイトな社風も含めてね」


その言葉に、リリィが眉をひそめた。


「ホワイト……?この安月給企業が?」


ぼそりと呟く彼女の肩を、乾いた風が吹き抜けた。


そんな中、ゴーレムンがゆっくりと片手を上げ、無言で見送る。

ノルク商会の使用人たちは、整えた手綱を握り、馬車はゆっくりと出発した。


――こうして、魔導エンジン搭載高速漁船セドナ号は、エルフ製作所から旅立った。




納品が終わったあとのエルフ製作所の工房は、がらんとしていた。

道具の音も止まり、魔導機器の微かな振動もない。

しんとした空気のなかに、どこか寂しさが漂う。


リリィは机に書類を戻しながら、ふと思い出して口を開いた。


「ねぇ主任。最後までプロペラを触っていたけど、あれは何をしていたのね?」


その一言に、リュウの目がキラリと光る。

唇がゆるみ、口角がにゅっと持ち上がる。


「いい質問だ!いいところに目をつけたな!さすが!リリィ君!!」


「君!!?」


しまった、と思ったときには遅かった。

この顔、このテンション――完全に“マニア全開モード”だ。


「それはな!最初にテストしたのは湖、つまり淡水だったろ?

 だが、顧客が使うのは海だ、つまり海水!ここで何が起きるか!?」


リリィがそっと一歩、後ろに引く。


「で、でも、同じ水なのね?」


「ノンノンノン!大間違いだ!淡水と海水では密度が違う!み!つ!ど!が!

 密度が違えば水の抵抗も違う、つまり、プロペラのピッチを最適化しないと効率が落ちるんだよ!

 おつっていうのは、“そこ”なんだよ――!」


手振り身振りを交えて熱弁をふるうリュウ。

普段は寡黙で気の抜けたような男が、今は水を得た魚のようにイキイキしている。


「だから今回の調整は、海水仕様の高密度推進力設計に基づき、俺の計算では――」


永遠に続きそうな話に、リリィは項垂れた。


(……終わらないのね……まさか、納品後にこの地獄が待っていたとは……)


夕日が地平線に降りても、リュウの熱弁は続き

それを横目にゴーレムンは定時退社と決め込んでいた。

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